『言いたい言葉』

 

 言いたくて、言いたくてたまらない言葉がある。
 ずっと前から、心に溜め込んだまま誰にも言うことができない言葉が。

 だが、それを言うことのできる日は、きっと来ないだろう。
 なぜなら、それを伝えたいと思う人に会う機会など、多分、もう二度とないだろうから――。

 

 

『銀髪の戦士の方には、割引サービスがあります』

 その宿屋の入り口にかけられた古ぼけた木の看板には、そう書かれていた。いかにも素人臭い手で彫られた字だが、よくある張り紙ではなくわざわざ木の看板にしてあるところを見ると一時的なものではなく、恒久的なサービスなのだろう。

 女性割引や団体割引ならともかく、髪の色で割引くなどほとんど聞かないサービスである。
 しかも銀髪自体が珍しい色合いだし、その上剣士と限定されているのでは、なおさらだ。
 カール王国領内の辺鄙な宿屋で行っている、変なサービス。通り掛かる旅人の大半はその看板を見てそう思い、通り過ぎるだけのこと。
 その多くは、そんな看板のことなど忘れてしまい二度と思い出すこともないだろう。

 だが、とある二人連れの旅人はそうではなかった。入り口の前で立ち止まり、熱心に看板を見つめている。

「お、見ろよ、これ。銀髪の戦士は割引だってさ、おまえならぴったりじゃん!」

 いかにも少年らしい元気な声に対して、連れである銀髪の戦士とやらは何かを言ったらしいが、その答える声は中までは聞こえなかった。

「なんだよ、相変わらず根暗だなぁ、そんなの気にすることないだろ、さあ、入ろうぜ!」
 そう言いながら連れを引っ張って宿屋には言ってきた少年を見て、彼女は思わず目を見開いた。

 まだ15、6才程の黒髪の少年と、20才を少し超えたばかりと見える銀髪の青年。年下であるはずの少年の方が主導権を握っているのか、宿屋のカウンターの中にいる彼女に話しかけてきたのも少年の方だった。

「こんちはー、このサービスってこいつにも使えるっすか?」

 人懐っこく、元気な口調で話しかけてくる少年を、彼女は呆然として見つめていた。

「……!」

 銀髪の戦士だけならともかく、黒髪の少年まで一緒だとは――忘れることのできない二人連れの記憶が蘇る。

 かつて、この町を一度だけ訪れたことのある二人の旅人がいた。何か理由があったのかわざと身分を隠して旅をしていた様だが、その名を言えば誰もが知っている様な有名人だった。

 世界を救った勇者一行の魔法使いと、戦士。
 ポップとヒュンケル――それが、彼らの名前だった。

「どうです、だめなんですか、こいつじゃ? ……って、どこか気分でも悪いんですか」


 心配そうに呼びかけられ、彼女はやっと正気に返る。

「あ、いえ、大丈夫よ。
 それより割引サービスのことだったわね、そうね……」

 ようやく気を取り直して、彼女は目の前にいる二人連れを見直す。
 ごく在り来たりの旅人の服を着た少年はともかく、銀髪の青年はちゃんと腰に剣を差している。

 だが、宿屋の受付として客商売をこなしてきた彼女の眼力は、その不自然さを見逃さなかった。
 その剣は、青年の身長から判断していささか短すぎるのではないだろうか。剣を腰につるすためのベルトだって、そうだ。

 一番使い込んでいると見えるベルトの穴よりも太めの部分で、ベルトをとめている。
 ついでにいうのなら、少年の方の服装もよく見れば微妙におかしかった。
 少年の方のベルトの端は、微妙に長めに余っている。

 おそらくは、この剣は少年のものなのだろうと彼女は判断した。宿屋の前でこっそりと剣をベルトごと交換し、銀髪の戦士を急ごしらえで整えたに違いない。
 なかなかの美形である銀髪の青年を見つめながら、彼女はわずかに眉を顰める。

「……戦士さん、あなた、本当の職業は何なの? 僧侶? それとも、魔法使いなのかしら?」

 その指摘に、途端に青年と少年がそろって罰の悪そうな表情を浮かべたのがおかしかった。
 詐欺師というには余りにも細やかで、悪気など微塵も感じられない二人組に向かって彼女はにこやかに笑いかける。

「本物の戦士さんでなければダメと言いたいところなんだけど、でも、いいわ。お客さんのハンサムさとお連れさんの髪の色に免じてサービスしちゃうわ」

「やったぁっ! ラッキーっ、おばさん、ありがとっ」

 旅人にしてみれば、泊まる宿屋の料金をたとえわずかでも値引いてもらうのは嬉しいものだ。手放しに喜ぶ黒髪の少年の言葉を、彼女は微笑みながら聞くことができた。
 若い男から『おばさん』と呼ばれることになんの抵抗を感じなくなってから、もうずいぶん経つ。

 宿屋の女将に相応しい貫禄と包容力を身に付けた彼女は、若い二人組の旅人が連れ立って部屋に向かっていくのを眺めやる。
 その目は、懐かしそうに細められていた。

 理屈では、別人と分かっている。特徴は似ていても顔は全然違う。
 実際にあの二人がこの宿屋にくる確率など万に一つも有り得ないし、大体のところ訪れたとしてもあんなに若いはずがないのだ。

 あの頃、自分と一つ違いだったはずの黒髪の少年や、数歳上だった銀髪の戦士が、当時の年齢や姿のままでいるはずはない。実際には、彼らも彼女と同様に中年と呼ばれる年代になっていることだろう。

 だが、それが分かっていてもなお、今の二人組の姿は懐かしかった。
 ちょうどあの頃の二人の年頃と同じ背格好の銀髪の戦士と、その連れである黒髪の魔法使い風の少年。

 ――もしも。
 もしも、もう一度会えたのなら。
 言いたくて、言いたくてたまらない言葉が彼女にはある。
 ずっと前から、心に溜め込んだまま誰にも言うことができない言葉が。

 

 

『あの時は、ありがとうございました。そして、ごめんなさい』

 真っ先に言いたいのは、それだ。
 言いたいお礼も、謝罪の言葉も、尽きることがない。

『あれからいろいろありましたけれど、わたしは結構、幸せな毎日を送っています』

 あの頃は、自分が不幸だと認める余裕すらなかった。自分で自分が不幸だと認めてしまったら、それっきり立ち上がることもできなくなってしまいそうで、泣くことさえできなかった。

 こんなことはなんでもないのだと自分に言い聞かせ、毎日を生きるのに必死だった。もう家族などいない自分はこれからずっと一人なのだと思い込み、肩肘を張って生きようとしていた。

 今思えば、そんな気持ちでいっぱいいっぱいになっていた16才の少女はどんなに不幸だったことか。
 当時の自分を思い出して、彼女は少し笑う。

 失ってしまった家族は戻ってこないままだが、今の彼女には新しい家族がいる。
 あの日、荷車を貸してほしいと頼んだ相手。それが、今の彼女の旦那だ。
 あの夜、たまたま庭先に古ぼけた荷車を置きっ放しにしていた宿屋を通りかかったのは、今思えばなんて幸運だったのか。

 初めて出会ったのに、いきなり荷車を貸してくれという無茶な頼みをしたのに、何も言わず、何も聞かずに応じてくれた。
 翌日になってから、お礼と共に荷車を返しにいったのをきっかけに彼と付き合うことになるとは思いもしなかったものだ。

 特に目立って特徴のある男でもないし、取り柄があるという訳でもない。
 恋をしたという程には、強い感情を覚えたつもりはない。だか、人がよくって一緒にいると安らぐ人ではあった。

 短く切った髪が元の長さに伸びる頃までの付き合いを重ねた後、彼からぼそっと求婚された時に彼女はそれを受けた。

 彼と結婚し、運良く三人もの子宝にも恵まれた。青年の実家が大家族だったせいもあり、今は自分でもびっくりするぐらいの大勢の家族に恵まれた。義理とはいえ、両親と呼べる存在をもう一度持てたのもどんなに嬉しかったことか。

 おまけに商売が宿屋ということもあり、いつも来客が耐えない。商売柄とはいえ、常に明かりの点る家だ。
 いつだって騒がしくて賑やかで、自分の時間さえろくに取れない慌ただしい日々だ。

 一人っきりで静かな時間を過ごすという気分がどんなものだったか、もう、思い出すのも難しいぐらいだ。

 毎日毎日が忙しくて、あっという間に過ぎていく。平凡で、当たり前過ぎる日々の繰り返し。当然その中には小さな諍いや悩みが絶え間なく発生し、物語の中に出てくる様な特別なことなど全く起こらない……そんな毎日だ。

 しかし、日々の退屈さを嘆き、失ってから嘆くなんて真似は、もう二度としない。これこそが幸せと呼ぶに相応しい毎日なのだと、彼女はもう知っていた。

『本当は、もうとっくに許していました』

 自分で気が付くのは遅れたが、多分、それが彼女の本音だ。
 ヒュンケルに面と向かって文句を言ったあの日でさえ、おそらくはそうだったのだろう。 自分の中の怒りを思いっきり掻き立て、ぶつける様に次々に辛辣な言葉を投げつけたが、そうすることで自分も傷ついた。

 言いたいことを言ったのは、後悔する気はない。
 そうしなければ、きっと自分はいつかつぶれていただろうから。胸にすべての感情を押し込め、一人っきりで頑張り抜くには人生は余りにも長すぎるのだ。

 ぶつける対象を持たないまま膨れ上がる負の感情は、いつか本人の心を食い荒らし、磨り減らしてしまう。
 時には、弱音をはく日があったっていい。

 それを見抜き、その機会を与えてくれたあの魔法使いの少年には、心から感謝をしている。
 あの時、彼に背中を押されなければ、自分の心を向き合う勇気すら持てないまま終わっただろうから。

『あなたは、わたしを許してくれますか?』

 言いたいことを言うのは、いい。
 だが――あんな言い方をしなくってもよかったはずだ。弱音を零し、自分は悲しいと訴えるのと、それを他人のせいにするのは全く別の話だ。

 言い過ぎたのではないかと後悔することになる夜を、あれから何十……いや、何百も数えることになるか知っていたのなら、決してあんな言い方はしなかっただろう。
 本当は、あの時にさえすでに分かっていた。
 銀の髪の戦士を責めたのは、自分が弱かったからだと。

 魔王軍との戦いの中で、少女は何もできなかった。いや……しようとしなかった。
 まだ幼かったから仕方がないだとか、力が無かったからだと、言い訳するのはたやすい。


 しかし、彼女は知っている。
 大魔王を倒し、世界をも救った勇者はまだ幼い少年だったことを。
 一度は滅びたパプニカ王国を支えた王女は、母親もすでに亡くし、戦いで父親を失ったばかりのたった14才の少女だったことも。

 勇者とずっと一緒にいた魔法使いの少年だって、自分とほとんど変わらない年齢だった。 あの時はずいぶんと大人に見えたヒュンケルでさえ、やっと20才を幾つか超えた程度の若造にすぎない。
 彼の年を追い越し、三人の男の子を育てた今の彼女には当時の彼の若さがよく分かる。


 しかし、彼らは年齢を理由に逃げたりしなかった。
 自分の持てる力を全力で振り絞り、すべてを賭けて戦ったのだと今なら信じられる。荒れ狂う群衆を前に一歩も引かず、自分の信念を押し通した魔法使いの少年の姿はいまだに忘れられない。

 その強さが、あの頃の彼女にはなかった。
 だから自分の不幸をすべて、ヒュンケルの責任でもあるかの様に責め立ててしまった。
 なのに、彼は誠実だった。
 町の人達の暴力を無抵抗のまま受け止めた様に、少女から向けられるむき出しの敵意も甘んじて受け止めてくれた。

 自分の手を汚す覚悟も、そのくせ相手を許す度量も持たなかった中途半端な怒りしか持てなかった、未熟だった頃の自分。
 誰にもぶつける当てのなかった激情を、あの銀髪の戦士は真摯に受け止めてくれた。一言も反論せず、窘めず、黙って受け止めてくれた。

 苛烈な言葉でヒュンケルを追い詰め、一生許さないと言った少女に対して、「許せとは言わない」とだけ答えた寡黙な戦士。
 彼は、自分を許してくれるだろうか。一生どころか、あんな言葉を投げつけた舌の根が乾かぬうちにすでに後悔していたのに、それでも本音を言えなかった臆病な自分を。

『ポップさんは、お元気ですか』

 今でも、覚えている。
 初めて会った時、ヒュンケルはポップの名を呼びながらいきなり彼女の腕を掴んだ。
 その力の強さより、必死さにびっくりした。

 町の人達の暴力に倒れた後もそうだった。回復魔法でやっと目覚めた時、彼は自分のことではなくポップになぜ魔法を使ったのかと責め、強く腕を掴んでいた。
 一見怒っている様に見えたあの時の態度の意味が見えてきたのは、あの頃の年齢以上の時が経てからのことだった。

 怒っていたのではない。
 彼は、心配していただけなのだ、と。
 魔法には素人の彼女は詳しくは知らないが、それでもあの時のポップが魔法を使った後にずいぶんとしんどそうだったのは覚えている。

 男の子なのにやけに力も弱く、荷車を引く時もひどく辛そうで、とても見捨ててはおけないと思ったものだ。
 おそらく、彼はどこか身体を壊していたのだろう。本来なら、魔法を使えないような体調だったのではないかと思う。

 ポップとヒュンケルの数少ない会話の記憶の中でさえ、それを思わせる言葉があった。 それを案じたからこそ、ヒュンケルはポップを心配し、結果的に怒っている様に見えるという次第だったのではないかと、後になってから分かってきた。

 自分自身の身を一切庇わなかったあの銀髪の戦士は、あの黒髪の魔法使いの少年のことは自分以上に心配し、守りたいと思っていたのだろう。

『あの時、傷ついたあなたを癒してくれたのは、あの魔法使いの少年だったでしょうか?』


 明るく、ちょっと調子がよくて、だが不思議なぐらいすんなりと人の懐に入り込んでくるような――ポップはそんな少年だった。
 勇者一行の魔法使いだとか、二代目大魔道士という一般で知られる称号とはかけ離れた、だか途方もなく凄まじい魔法を使いこなす少年。

 ポップとはごく短い間、話をしただけだった。正直な話、彼と何を話したのかさえ今となってはよくは覚えていない。
 だが、あの時に感じた暖かさは覚えている。

 まるで彼の言葉そのものに魔法の力が込められていたかの様に、彼と話していると気が軽くなった。
 その恩恵がヒュンケルにも与えられていたのならいいと、彼女は思う。

 怒りに任せて彼女が投げ付けた言葉をよけもしなかったあの不器用な戦士の傷を、あの魔法使いは魔法も使わずに癒してくれた……そう信じたい。

『あなたは……今、幸せでしょうか?』

 この質問には、是非とも頷いてもらいたいと思う。
 詳しく聞かせてくれなど、高望みをする気はない。
 たとえ他の質問や話しかけを全てを無視されたとしても、この質問に頷いてもらえればそれだけで救われる。

 自分が幸せになった様に、彼もまた、幸せだといい。もちろん、あの魔法使いの少年も――。

 そう思う気持ちは、祈りに似ていた。
 神に祈りを捧げ心の安寧を計る様に、彼女もまた、時折あの二人組のことを思い出しては祈りにも似た思いでそう願う。

 かつて自分の犯した罪を思い出し、それを決して忘れない様に夫に頼んで、宿屋の看板に銀髪の戦士へのメッセージを刻み込んだ。


 夫は彼女の頼みに対して少し目を見張っただけで、事情も聞かずにすぐに頷いてくれた。
 近所の人達もそうだった。あの看板のサービスについて不思議そうに聞いてくるのは、きまって若い世代かあの事件の後に引っ越してきた人達だけだ。

 あの日、あの事件に関わった人々は彼女が掲げたその看板を見て、微妙に反応を見せた。何かを懐かしむような目をする者、眩いものをみるようにみる者もいれば、逆に気まずそうに目を逸らす者もいた。

 だが、なぜそんなことをするのかと聞く者は、誰もいない。
 みんなもまた、彼を忘れてはいないのだ――。

 以前、ヒュンケルに八つ当たりしたのとは反対に、通り掛かった銀髪の戦士にほんのちょっぴりの親切を与えるようになったのはいつの頃だったか、彼女にはもう思い出せない。 これで罪滅ぼしになるとは思っていないし、そんなつもりもない。

 だいたい、本心からヒュンケルに対して謝罪や質問をしたいと言うのならば、それは決してかなわない夢ではない。
 ヒュンケルもポップも、生きているのだから。

 少なくとも、勇者一行のメンバーが死んだなどという噂は彼女は聞いたことはない。宿屋という商売柄、噂には敏感な方だし勇者一行の噂には常にアンテナを張って注意深く聞いていた。

 彼らがどう活躍しているかまでは知らないがそれでも彼らは確かに生きているし、人々の口から尊敬の念を込めて噂されているのは確かだ。
 文字通り遠い異国の噂として、彼らの話はたまに聞くことがある。
 噂以上に詳しく知りたいと望むのなら、方法だってある。

 さすがにカール王国の辺境にいては無理だが、王城に行ってアバン王に拝謁の許可を得るか、でなければ勇者一行ともっとも親交の深かったパプニカ王国に行けば彼らの詳しい消息を調べるのはそう難しくはないだろう。

 もともと彼女はパプニカ王国の出身であるだけに、あの国の事情には明るい。先代のパプニカ王は庶民との謁見もよく行うので有名だった。その一人娘であるレオナが父王の政策を受け継いでいるのなら、きちんと正規の手続きを取れば会ってくれる可能性は高い。
 もしヒュンケル達の方も彼女の記憶を残していて、幸運に恵まれれば彼らとの再会も有り得るだろう。

 それは、決してかなわない夢ではない。
 子供達の世話から手が離れた頃から、夫は彼女に一度祖国への里帰りをしてみる気ないかと薦めてくれている。

 家族は失ったとはいえ、パプニカは彼女の故郷だ。父母の墓参りもかねて、彼女の国に一度は帰るのも悪くはないのではないかと旅行話を持ち掛けてくる夫の気持ちは嬉しいと思っている。

 だが、そこまでの勇気は彼女にはなかった。
 墓参りはさておくとして、パプニカであの二人に会いたいと思う気持ちはあるが、それは意図的なものではなく偶然であるといいと思ってしまう。

 あの日、偶然に出会ったのなら、再会もまた予期せぬ偶然であってほしい。
 お忍びで旅をしていたあの頃の様に、ふらりと旅をしているヒュンケルに、願わくばポップにも会えたのなら――その時こそ伝えたいと思う。


 一目惚れから始まる運命の恋の出会いを願う少女の様に、年甲斐もなくそんな偶然を夢見ている。
 おそらくそんな偶然でもなければ、きっと謝罪や様々な質問を投げ掛ける勇気などわきはしないだろうから。

 これがただの自分勝手な、自己満足だと彼女はとっくに承知している。
 だが、それでもいいのではないか。
 胸に溜まった、幾つもの言いたい言葉が今も彼女の中にある。

 しかし、それを言うことができなかったとしても、きっと悔いはしない。そうなれば、一生大切に、この言葉を胸に秘めておくだけのことだ。
 それを伝えたいという想いも、伝えたいと願う人達のことも、彼女は決して一生忘れない。

 彼女は今も、祈っている。
 彼らへの感謝と、幸せを――。
                                     END



《後書き》

 ポップとヒュンケル旅の番外編『言わない言葉』のそのまた番外編のお話です♪
 ヒュンケルを一生許さないと泣いていたあの少女が、いつか救われる話を連載中の頃から書いてみたかったんです!

 人を恨むのに比べたら人を許すのは難しいけれど、でもその方が本人にとっても他人にとっても幸せだと思っています。
 ところでオリキャラのこの少女、これだけ出番があっても名前がなかったりして…(笑)
 ヒュンケルを憎む名もない群衆の一人という位置付けのキャラクターだっただけに、最初から名前を付けるつもりはなかったんですが、ここまで何度か登場させているのに名無しだとなんだか悪かった様な気がしてきますね〜。

 

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