『森の収穫祭』

「え……、あ、洗わないで、そのまま食べるんですって……?」

 信じられないことを聞いたとばかりに目を大きく見開き、真っ赤な果実を前にして怯んでいる少女を見て、村人達はおかしそうに笑う。

「ああ、そうさね。もぎたてのリンゴをそのまま食べるのは、また格別だよ」

 その言葉通り、摘んだばかりのリンゴをささっとエプロンの端で擦り、そのままカプリと口に含む。
 村人にしてみれば、それはごく当たり前の行動だ。

 果物の熟し具合をチェックする際、特に汚れた様子がないのであれば、わざわざ洗うなどの手間をかけたりはしない。
 村人達の感覚では、その辺になっている果物は自然の雨や風で十分に綺麗に洗浄されていると考える。

 ましてや現場で味見をするのであればいちいち皮を剥くなんてこともせず、皮ごとがぶりと食べるものだ。
 しかし、今日、村に初めてやってきた少女にとってはそれはいささかカルチャーショックだったようだ。

 彼女が良家のお嬢様だと、誰もが一目で分かる。
 全く日焼けをしていない白く滑らかな肌に、家事とは無縁の者だけが持つすんなりとした傷一つない手。

 長い栗毛は丁寧に手入れをされている上、こんな僻地へやってくるには似つかわしくない絹の服を着た少女だ。
 野生の果樹などこれまで見たこともないのか、ごくありふれたリンゴの収穫をこの上なく珍しいものでも見るかのように目を輝かせて見物していた。

 詰みたてのリンゴを食べたことがないというので一つ食べるかと進めたら大喜びしたものの、手渡したらきょとんとした顔をした。
 まさか、そのまま食べろと言われるとは思ってもみなかったらしい。

 都会育ちの少女ならではの潔癖とも言える清潔感や戸惑いは、村人の目にはかえって物珍しくてたまらない。
 思わず笑いが上がるが、それはひどく暖かな笑い声だった。

「まあ、お嬢さんには丸かじりなんて向いていないのかもしれないね。どれ、一つ、剥いてあげようか」

 親切なおかみさんが一人、作業の手をわざわざ止めてそう言った。しかし、少女は気負った表情で大仰に首を横に振る。

「い、いいえ、大丈夫よ。あたし、このまま食べてみるわ!」

 意を決したように目を瞑って一口齧った少女は、今度はその目を大きく見開く。
 さっき以上の驚きに目を輝かせながら、彼女は呟いた。

「美味しい……っ。こんな美味しいリンゴ、初めて……! これって特別なリンゴなの?」

「まさか。これはどこにである、ごく普通のリンゴさね」

「ええっ、信じられないわ。これなら、王宮御用達の果物に指定されてもおかしくないのに」

 少女のその言葉を、大袈裟だと思う村人は多かった。世間知らずの貴族の娘のお世辞だと思い、だが、褒められたことを喜んで笑う素朴な村人は思いもしなかっただろう。
 その言葉が、掛け値なしの本音だとは。

 村をあげてのリンゴの収穫の助っ人に来てくれた一団に紛れ込んでいた、物好きな見物人の少女だと思っていたし、実際そう扱っている。
 まさか、おっかなびっくりリンゴを囓ったこの少女こそが、噂に名高いパプニカの王女レオナだとは夢にも思うはずがなかった――。





 今日は、ネイル村のリンゴの収穫の日だ。
 怪物の多い魔の森は、実は森の恵みも豊かだ。特に野生のリンゴが豊富に自生しているのだが、これまではネイル村はもちろん、魔の森周辺の村人達もそれを知りながら怪物を恐れ、決して手は出さなかった。

 唯一の例外はネイル村のマァムぐらいのもので、彼女だけは恐れずに魔の森を自由に歩き回りリンゴの収穫も行っていたが、いくら力自慢の彼女であっても一人の力などたかが知れている。

 マァムがどんなに頑張ったとしても、せいぜい自宅や近所へのお裾分けレベルの収穫しかできなかった。

 だが、今や世界は平和になった。
 魔王が倒されたおかげで怪物達もおとなしくなったのみならず、魔の森には怪物達を管理するための森林警備隊が設立されたのだ。そのおかげで魔の森を一般人が気楽に歩き回れるようになってきたのである。

 それならば、手つかずのままのリンゴをそのまま放っておく手はない。本格的に収穫してもいいのではないかと言い出したのが誰だったか定かではないが、その意見にネイル村はもちろんのこと、近隣の村々まで乗り気になった。

 ネイル村の者だけでなく、魔の森周辺の複数の村の人達がこぞって協力し合い、リンゴの大収穫を行おうと計画したのである。単に収穫するだけでなく、ついでに大勢で集まって収穫祭を祝おうと盛り上がりに盛り上がった企画をたてたのだ。

 その際、森林警備隊のメンバーはもちろんのこと、マァムも里帰りついでに友達を連れて協力すると申し出ていた。思わぬ人手が増えたことを喜ぶ純朴な村人達は、その友達というのが世間で噂に高い勇者一行だと知るはずもない。

 ネイル村の人々は一応はマァムの両親のことも、マァム自身のことも知っているのだが、彼らはあまりにもマァムが幼い頃から知りすぎている。マァムが勇者一行の一員として立派に戦い、世間では聖拳女だの慈愛の使徒だのと呼ばれていると知識では知っていても、彼らにとってはマァムはおむつをしている頃からの知り合いだ。

 英雄の娘だからと言って特別扱いしなかった少女が、今や本人そのものが英雄となったからと言って態度を翻すような真似はしない。

 そして、ネイル村の人々はダイやポップのことも知ってはいるのだが、ダイ達がこの村に訪れたのは旅を始めたばかりの頃の話だ。魔の森で迷子になっていた頼りない少年達の印象が強く残っているせいか、英雄と言うよりはマァムの友達としてとらえている様子だ。

 おかげで勇者一行は実に気楽に、ごく普通の一般人の立場で素朴な村の収穫祭を楽しんでいる。レオナもまた、王女としてではなく普通の少女として気楽に振る舞う自由を満喫していた。

(本当に、美味しいわ)

 もっとも、素性は隠せても育ちからくる上品さは隠せない。
 丸かぶりの仕草にさえどこか気品を漂わせながら、レオナは丁寧にリンゴを租借する。

 材料を厳選し、贅を尽くした料理などは食べ慣れているレオナだが、こんな形で素材の味をそのまま食べる機会などなかった。しかも、摘みたての実を食べるのも初体験だ。

 いや、初体験というのならば、こんな風に農作業を見物すること自体も彼女にとっては初体験だ。
 大勢の村人達がリンゴの実を収穫している様子を、レオナは物珍しげに見つめていた。

 木の枝のあちこちになっているリンゴをハサミで切り取り、籠に入れていくという作業を誰もが熱心に行っているが、その中で一際目立っているのは淡い赤毛の少女だった。

 魔王軍との戦いの中では素手で鋼鉄の鎧をも砕いていた手は、今は実りの果実を摘むために使われていた。実に牧歌的で平和な光景に、レオナは微笑まずにはいられない。

 様々な事情から騎士となり、騎士達の中で最高の座とも言えるカール王国領主の座についたものの、マァムの本質はやはり善良で素朴な村娘なのだ。
 故郷の近隣の村の農作業を手伝うマァムの姿は、ごく自然なものだった。

 慈愛の使徒である彼女には似合っているし、おそらくは本人も戦いよりもこんな作業の方を好んでいることだろう。

 毎年のようにやっていることだと本人が言っていた通り、その手つきは慣れたものであり手にしている籠も一番大きなサイズのものだ。誰よりも一番多くリンゴを収穫しているマァムの後ろから、ひょこひょこついて歩いているのはダイだ。

 ダイもマァムと同じ大きさの籠を持ってせっせとリンゴを収穫しているものの、速度はさすがに彼女は及ばない。
 というよりも、ダイはどちらかと言えばつまみ食いや拾い食いの方に熱心だ。

 最初はダイもリンゴをハサミで切り取っていたのだが、それは彼には明らかに不向きだった。力が余りすぎているせいか、単に不器用なのか、茎の部分だけ切ろうとして枝ごと切り落としそうになったり、あるいは実を傷つけてしまったりしたため、彼は早々にハサミを手放した。

 代わりに出荷用の収穫が終わった後の木を揺さぶって実を落としては、地面に落ちたリンゴを拾い集める役を振られたのだ。

 村人達が丁寧に摘んでいるのは、主に出荷のためのリンゴだ。大きさも形も厳選した物だけを選び、丁寧に摘み取る。が、植物という物は規格通りには育たない物だ。

 大きさが小さい物、形が不揃いで売り物とならない果実も多い。大きさが微妙な品は村人達自身が消費するが、少しでも傷が入ったり、虫が食ったリンゴは保存しておくこともできないため、リンゴジュースを作ったり、ジャムにしたりなどの加工をする。

 そのため、傷のついたリンゴは収穫の時は少しばかり乱暴に扱っても問題がない。ダイを初めとする子供達が主に扱っているのはそういう品であり、大人達が取り残したものをせっせと集めている。

 農村では、子供であっても収穫期に遊んでなどいられない。立派な人手として一人前に働くことを要求されるものだ。
 ダイもそれに習っているのはいいのだが、その際、籠に入れる量と同じぐらい自分の口にも運んでいる。

 傷の入ったリンゴほど甘くなるという法則を知ったダイは、食べたければ幾らでも食べていいと言われたのをいいことに、思いっきり拾い食いしまくっているのだ。

(ダイ君ったら)

 ほっぺたまでベタベタにして嬉しそうな顔でリンゴを食べまくっているあの少年が、世界を救った勇者だとはこの村の者は夢にも思わないだろう。
 まあそれでもダイの作業も他の女年寄りに比べれば格段に早いものであり、役に立っていないわけではない。

 一方、力仕事には早々と音を上げたポップは、今はお年寄りやメルルと並んで収穫されたリンゴを選別したり、磨いたりという作業を手伝っている。

 リンゴは大きさや熟し方によって売値が違ってくるため、選別は大切な作業だ。わずかでも傷のついたリンゴを箱に混ぜてしまうと、箱に入ったリンゴそのものの腐敗速度が速まり、ダメになってしまう。そのため、餞別は慎重に行われる。

 本来なら、その選別には熟練した年配者の目が必須になる。
 だが、メルルの占い師の目は、どんな熟練者の目にも勝る。リンゴの運命が予め分かるのか、メルルは流れるような早さで間違いなく正確にリンゴをより分け、選別していく。

 ポップにはメルルのような予知の力はないが、並外れた観察力と記憶力を持つポップは、最初に教えられた基準を正確に守ることができる。
 そのため、ポップの仕分け速度もメルルと優るとも劣らない。

 出荷するために必要な地道な作業を根気よくこなす彼らから少し離れた所から、濃厚な甘い匂いが漂っている。
 それは、リンゴを潰した際に漂う香りだ。

 扉を大きく開けたままの倉庫の中で、巨大な木製の道具をたった一人で動かしている怪異な怪物の姿がレオナの場所からでもよく見える。

 ワニ系統の獣人であるクロコダインを、初めて見て肝を潰す者は多い。元魔王軍六団長である彼は迫力に満ちた異形の外見をしており、その威圧感に圧倒される者は多い。
 だが、彼は見かけに反して心優しく、気のいい男だ。

 クロコダインと直接知り合いになった者ならば、誰もが口を揃えてそう言うことだろう。

 この村の人々もそれは同じらしく、誰一人として彼を恐れたり、疎んじたりする様子は見せない。気さくに声をかけながら、摘んできたリンゴを彼が操作している道具に入れたり、側で手伝ったりしている。

 レオナが初めて見かける木製の道具は、破砕機と呼ばれる装置だ。
 中に入れた果物を押しつぶし、液体を絞り出すという仕掛けで、ジュースや果実酒を作るためには欠かせない道具だという。

 芳醇な香りを漂わせる琥珀色の液体の大半は、いずれはリンゴ酒となるように熟成されることだろう。だが、リンゴの収穫が終わった後の収穫祭では、男衆には去年仕込んだリンゴ酒を、女子供にはできたての新鮮なリンゴジュースを振る舞ってくれると聞いている。

 空気までも甘く染めるその薫り高いジュースを楽しみにしながら、レオナは黙々と働いているクロコダインを見つめていた。

 本来なら数人の男達が力を合わせて絞るはずのリンゴの破砕機を片手が軽々と動かしているクロコダインに、この村の人々もすっかり馴染んでいる様子なのが、レオナは見ていて嬉しかった。

 馴染んでいると言えば、クロコダイン以上に村に馴染んでいるのはチウの方だろう。

「こらぁっ、そこぉっ! サボってないで、きりきり働くんだっ! あっ、隊員7号、あの高い枝のリンゴを摘んでこい! 
 待てッ、隊員10号、舌でリンゴをとるんじゃなぁ〜いっ!!」

 切り株の上にふんぞり返り、えらそうに指示を飛ばしている大ネズミは、チウだ。
 怪物でありながら拳聖ブロキーナの弟子であり、自称二代目獣王と名乗っているこのネズミは、13名のメンバーからなる獣王遊撃隊のリーダーでもある。

 小柄なメンバー揃いとは言え、全員が怪物という彼らを最初に見た者は驚くかもしれないが、少なくともこの辺の村ではその心配もないようだ。それどころか、子供達は怪物達とすっかり馴染んでいる。

 農作業ができる年齢の子供達は働いているが、まだ働くには早く、かといって長い間目を離しておけない年齢の幼い子供達に関しては、怪物達の半数が子守を引き受けている。

 どこの子もきゃっきゃっと笑いながら楽しそうに遊んでいるし、親達も安心しきっているのかせっせと農作業に精を出している。すでに怪物の存在にさえ馴染んだ村の人達は、今日が初対面のはずの半魔の青年や全身金属の男さえ恐れる様子を見せない。

 それは、彼らに対して容赦なく叱り飛ばしているチウがいるからこそだろう。

 最初はヒュンケルやラーハルトは何をしていいのか分からないのかむやみにうろうろとしていたが、今ではすっかりとチウに顎でこき使われている。そのせいか、村人達はどうやら異形の男達を遊撃隊の一員とでも思っているらしい。

 ラーハルトにしてみればそれが気に入らないのかいささか不機嫌だが、運悪く本当に遊撃隊の一員になってしまっているヒムはすでに慣れているのか、諦めの極致で黙々と荷馬車を素手で引っ張っている。

 ヒュンケルも文句一つ言わず、せっせと荷物運びに追従しているのがおかしかった。

 だが、寡黙に働いているとは言えその姿は年頃の娘達には眩く映るのか、料理の支度をしている女達が彼をちらちらと眺めては、頬を染めてなにやら騒いでいるのが聞こえる。

 男性や子供が収穫を担当し、力の弱い者や年寄りが商品の出荷準備を担当するのなら、女達の役割は料理だ。作業が終わった後、みんなでお腹いっぱい食べるための食事の支度に余念がない。

 大きな鍋で大量のシチューを作ったり、それぞれの家から持ち寄ってきたらしい自慢の料理を戸外に直接置かれたテーブルに並べるのに忙しい。テーブルから今にもはみ出してしまいそうなほど並んでいる数々の料理は、美味しそうな匂いを漂わせている。

 それらは、いかにも農村ならではの飾り気のない料理が主体ではあったが、その素朴さがかえってレオナには新鮮に見える。
 質よりも量とばかりのあまりの大量さに目を丸くしたが、これでもまだ足りないぐらいだと言う。

 男達が作業を終わらせる前に支度を済ませようと忙しそうに立ち働く女達だったが、どんなに忙しい時でもおしゃべりと仕事を同時にこなすのが女性というものだ。楽しげにきゃあきゃあと笑いさざめく若い娘達の視線が、ヒュンケルに集まっているのは確実だった。

 エイミにはとても教えられないわねと思いながら、くすくすと一人笑うレオナに、軽い調子の声がかけられた。

「よっ、お嬢さん。こんなところで、退屈してないかな? よければ、ちょっとおしゃべりでもどう?」

 この呼びかけや内容自体は、レオナにとっては目新しいものではなかった。
 ヒュンケルが若い女性達の視線を集めているように、レオナもまた若い男達の視線を独り占めしていた。仕事で忙しいはずにもかかわらず、青年や少年達がレオナにナンパまがいの声をかけてきた回数は、すでに両の指を越えていた。

 その度にレオナは宮廷仕込みのにっこりとした隙のない微笑みで、体良くお断りの言葉を返してきたのだが、今回は違った。呆れた顔で、声をかけてきた少年に向かって言い返す。

「何、下手なナンパみたいなことをいっているのよ。サボりもいい加減にしないと、マァムに言いつけちゃうわよ」

 と、軽く睨んだ先にいるのは緑の服を着た魔法使いの少年だ。

「ちぇっ、ひでえなぁ、退屈しているんじゃないかと心配して声をかけにきたのによ〜」

 大袈裟な口調でそうぼやいて見せるポップの軽口が、実は本音だとレオナは知っていた。他人に対して意外と気遣うタイプのポップは、人々が忙しく働いている中、置物のようにぽつんと一人で座しているレオナを心配してくれたのに違いない。
 その気持ちが嬉しいと思うからこそ、レオナは機嫌良く声を弾ませる。

「あら、ちっとも退屈なんかしていないわ。こんなに素敵な光景なんて、そうそうお目にかかれないもの」

 そう言いながら、レオナは声をわずかに潜めて独り言のように呟いた。

「本当に――ロモスはすごいわね。これもロモス王の人徳かしら?」

 国のあり方は、王の心に左右される。
 森の王国と呼ばれるロモス王国の現国王シナナは、良くも悪くも無類のお人好しとしてその名を知られている。それが災いしてか、彼の政治力を見くびる者は少なくない。

 だが、シナナ王を批判する者は、彼の本当の凄さを知らないだけだとレオナは思っている。

 ロモスも魔王軍との戦いの中で、魔王軍の猛攻に晒された国だった。その時、ロモスを攻めた魔王軍軍団長はクロコダインだったと聞いた。だが、そのクロコダインを、戦後、ロモス王国の副将軍として招聘し、森林警備隊特別補佐官という地位を与えたのはシナナ王である。

 その際、なんとチウを森林警備隊の隊長に任命したのも彼だ。
 怪物に国家の重職を与える――それが、いかに英断であり、難しいことなのかレオナには痛いほど良く分かる。それだけに同じ一国の王として、レオナは彼の度量の大きさと部下からの信頼に感心しないではいられない。

 なぜなら、レオナにはそこまではできなかったのだから。
 パプニカ王国を襲撃した軍団長であるヒュンケルの罪を、レオナは正統な裁きの末に許した。だが、それを受け入れてくれた人々も、ヒュンケルの貢献に相応しい地位に与えることに関しては、難色を示している。

 魔王軍の一員であり、一度はパプニカを滅ぼしたという彼の過去を気にする者は、本人ばかりではないのだ。

 結果、ヒュンケルは将軍ではなく近衛騎士隊長としての地位にとどまっている。本人が上の地位を望まず辞退したせいもあるが、もし自分にシナナ王ほどの人望があれば話は違っていたかもしれないとレオナは思わずにはいられない。

 クロコダインもまた、ヒュンケルと同じように魔王軍の六団長であり、ロモス王国に壊滅的な被害を与えた過去を持つ。
 だが、今、村人達と一緒に力を合わせて働いている彼を見て、誰がその過去を想像できるだろうか。

 怪物達と人間達が手を取り合って、平和な世界を作り上げる――誰もが理想と思いながらも手が届かないと思っていた光景が、この村では実現している。

 世界会議の場でもおっとりとしていて、自分からは積極的な意見を出さないせいで保守的と思われがちなロモス王は、実際には世界の王達の中で一番革新的であり、理想に近い国作りを実行している王なのかもしれない。

 理想とも言える平和な村の光景を、ポップもレオナもしばし無言のまま見つめた。
 二人のその視線の先には、ダイがいた。

(夢が叶ったわ……)

 楽しそうに笑っているダイを見ていると、それだけでレオナの胸は熱くなる。

 ダイに平和な世界を、見せてあげたい。
 それは、レオナがずっと前に立てた誓いだった。まだ、魔王軍との戦いが終わりきっていない頃から、その光景はずっと彼女の夢だった。

 できるのなら人々と怪物が手をとりあい、楽しみながら過ごす日を見せたい――そう思えばこそ、レオナは今まで頑張ってきたのだ。ポップに手助けを頼み、他の国々に働きかけてまで人間と怪物達の共存を唱えてきたのは、ひとえにダイに見せてあげたいと思っていたからだ。

 人間が怪物を受け入れ、怪物もまた人間と共に暮らせる世界を――。
 レオナのその願いは、ある意味で今日、叶ったのかもしれない。
 だが、これだけで満足するほど、レオナは無欲ではない。この光景を、他国の村の一部だけで終わらせるつもりなんてさらさらないのだ。

「あたし達も負けていられないわね」

「ああ、そうだな」

 打てば響く早さで戻ってきた返事に頼もしさを感じ、レオナは微笑む。同じ野心を分かち合うこの魔法使いは、政治の場ではレオナのまたとない共闘者だ。彼の手助けは、レオナにとってこの上ない強力な武器となってくれる。

 魔王軍との戦いの最中もそうだったように、レオナは勝利を確信した目で誇り高く頷いてみせる。
 と、その時、元気のいい声と共にダイが駆け寄ってきた。

「ポップーっ、レオナーっ! こんなとこにいたの? もう、ごちそうを食べてもいいんだって! 早く行こうよ、なくなっちゃうよ!!」

 ひどく焦りながら、ダイはポップとレオナの手を引っ張って行こうとする。お目当てのごちそうがなくなってしまわないか心配なのか、何度も何度もテーブルの方を振り向いているくせに、それでもポップとレオナを置いていけないとばかりに手をしっかりと握りしめている。
 その手の温かさをくすぐったく感じながら、レオナもダイの手を握り返す。

「ええ、分かったわ、行きましょう、ダイ君」

「いてっ、分かったから、そう引っ張るなっつうの!」

 ポップの文句を聞きながら、レオナはダイ達と共に手を振って呼ぶ仲間達の方へ向かって歩き出した――。  

               END



《後書き》
 
 いっぺん書いてみたかった、平和な世界で、平和な村の一日のお話です♪
 しかし、レオナの視点で書いたので何となく視点が王国寄りになっていますけど。

 人間と怪物が仲良く暮らす国――レオナやアバン先生よりも、ある意味でロモス王の方がそれをうまく実行できそうな気がしますが、時間はかかってもレオナには是非理想を追求してもらいたいものですv

 ところで、遊撃隊の隊員7号はドラキーのドナドナ君です♪ 彼は遊撃隊メンバーでは数少ない飛翔キャラなので、いろいろと便利に頑張っています。
 ちなみに隊員10号は大王ガマの大悟君。……そりゃ、舌を伸ばして獲物を捕るでしょうねえ(笑)

 ついでにレオナが一人だけ働いていないのは、彼女があまりにも農作業にも料理にも不向きなのを見た仲間や村人達が、彼女に何もせずに見守っていてくれと頼み込んだせいです。

 レオナに料理の手伝いをしなくてもいいと言ってくれたおばさん、グッジョブ♪
 この展開で、最後は惨劇なオチにならなくてよかったです(笑)


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