『クリスマスの魔法』

 

「うっわぁ……!」

 ただでさえ大きめの目が目一杯見開かれ、呆然としたようにその光景を見つめる。
 最初は驚きで満たされたその目は、すぐに子供っぽい好奇心のままにキラキラと輝きだした。

「すっげー、これ、マジでスゴいですね、先生っ! おれ、こんなにおっきなクリスマスツリーなんて初めて見ましたよっ」

 と、はしゃいだ声を上げながら、ポップは町の広場に置かれたクリスマスツリーを好奇心満々の目で見つめていた。
 愛弟子のその様子を、アバンは微笑ましいものを見やる目で見守っている。

(こんなに喜んでもらえるとは、やはり大きめの町に来て正解でしたねえ)

 今は、クリスマス。
 冬も押し迫ってくるこの時期は、一年で一番、お祭りムードに満たされる季節だ。

 収穫祭や復活祭など季節ごとの祭りは他にもいくつかあるが、一番深く人々の間に浸透し、誰もが心から祝うのはなんと言っても降誕祭――クリスマスに他ならない。

 そのせいかこの時期は、世界は賑わいと少しばかりの寂しさに包まれるものだ。

 クリスマスは、一年に一度しかない特別な日だ。
 だからこそ、人はその日を大切な人と一緒に過ごそうと考えるものだ。その相手は恋人かもしれないし、家族かも知れないし、あるいは友達かも知れない。

 いずれにせよ気の置けない相手と一緒に過ごす、特別な日――だからこそ、この時期に一人で過ごすのはいただけない。なまじ誰もが賑やかに、楽しそうに見える季節だけに、この時期にホームシックを起こす者は多い。

 実を言えば、アバンはそれを心配していた。
 秋に無理矢理押しかけ弟子となってついてきたポップと旅をし始めてから、そろそろ三ヶ月ほどの月日が経つ。

 新しい生活にも慣れ、身も心にも余裕ができてくる頃合い……ただでさえ、ホームシックになってもおかしくない時期だ。その時期とクリスマスが重なったのなら、ポップが家に帰りたくなってもなんの不思議もない。
 なんと言ってもポップは、まだ13才の少年なのだ。

 これまではクリスマスは決まって自宅で家族と共に過ごしていただろうし、
こんな風に旅先で迎えるクリスマスなんて初めてのはずだ。

 ポップが寂しさを感じないですむように、アバンはあれこれ考えた末に賑やかな町へ連れてくることにした。大きめの町では、クリスマスの時期には町を挙げてお祝いをしたり、特別なイベントを組むことは多い。
 この町もその一つだった。

 町の広場に一際大きなクリスマスツリーを飾り付け、道行く人の目を楽しませている。飾りをふんだんに飾り付けたツリーは、田舎の村で素朴な手作りツリーしか見たことのない少年の目には、この上なく立派で目を引く代物であるらしい。

 ポップはすっかり面白がって、ツリーをしげしげと見つめている。好奇心を隠しもしないでツリーを楽しんでいるポップの姿を見ているアバンだったが――気がつくとその姿に別の少年の面影を重ねていた。

『なんだ、この変な木は』

 興味はあるようだったが、好奇心や喜んでいるとはほど遠い目だった。むしろ、煌びやかな飾りの影にどんな罠が隠されているのかと、疑惑と不審に満ちた険しい目をツリーに向けていた幼い少年を思い出す。

 彼にとっては、クリスマスツリーなんてものは正真正銘生まれて初めて見るものだったのだろう。

 不死系怪物に地底魔城で育てられた子供が、クリスマスの習慣など知っているはずもない。もしかすると彼の育ての親はクリスマスについては知っていたかも知れないが、魔王の城でクリスマスらしい支度を調えるなんてのは不可能に近い難題だ。

 そんな少年に、クリスマスの説明をするのは一苦労だったことをアバンは懐かしく思い出す。

 特に苦労させられたのは、サンタクロースの話だった。
 子供達にプレゼントを配る善良な老人の話を、あの子は全く受けつけなかった。夜中に人の家に勝手に忍び込んでくるなんて、敵かタチの悪い泥棒に違いないと真顔で断言していたものだ。

 気配にもひどく敏感な子だったし、彼の枕元にこっそりとプレゼントを忍ばせるのにアバンはずいぶん苦労したものだった。

 なまじ、サンタクロースの話をしたのが仇になって、不法侵入者が来たのならとっ捕まえようとばかりに警戒しまくり、なかなか眠ってくれなかった一番弟子のために、あの年のクリスマスにはアバンはほとんど徹夜を強いられた。
 だが、それも今となってはいい想い出だ。

 当時は苦労しまくったことでも、また、悲しみを伴う記憶だったとしても、年月は魔法のように記憶の中から辛いものを和らげて、輝かしい想い出へと昇華してくれる。

(あの子も、そう思っていてくれると嬉しいんですけれどね)

 生きているか、死んでいるかも分からないが、今も忘れられない一番弟子を思い、アバンは今の弟子に声をかけた。

「さ、ポップ、そろそろ寒くなってきましたし、宿屋を探しましょうか」
 
「えー、もう少し見たいですよ、だってもう少し暗くなったら魔法で灯りをつけるって言うんですよ!」

 人懐っこいポップは、いつの間にか町の人からそんな話まで聞き込んだらしい。誰とでもすぐに馴染めるのは、ポップの長所だ。

「日が沈んだら魔法使いがやって来ると行ってましたし、きっともうすぐ来ますよ! ほら、こんなに暗くなってきましたし」

 ポップの言う通り、すでに日は沈みかけている。だからこそ、アバンは少しばかり心配だった。

「それも面白そうですが、先に宿屋を探しませんか?」

 普段ならばどうということもないが、ここのような大きな町ではクリスマス期間中は宿屋は満杯になりがちだ。それを考えれば、早めに宿を取るに越したことはない。

 暗くなってから魔法使いが来るというのであれば、先に宿を取ってから出直してきた方が落ち着いて見学も出来るというものだ。 

 しかし、ポップは宿屋を取りに行っている間に肝心な部分を見逃すのを嫌がってかアバンの手を避け、人がどんどん増えてきたツリーの周辺をうろちょろと動き回っている。

「やですよ、せっかくだから魔法を見たいじゃないですか!」

 などと、魔法使いにあるまじきことを言っているポップにアバンは苦笑する。

(やれやれ、困った子ですね)

 こうなると、ポップは絶対に諦めようとしないのはすでにアバンは知っている。
 かといって、ここにポップを残して一人で宿屋を取りに行くのも、ためらわれた。

 なにしろこれだけの大きな町だ。人混みも相当なものだし、はぐれたのなら厄介なことになりかねない。そんなことをポップに言えば迷子になるような年じゃないと拗ねるだろうが、アバンが心配をしているのは迷子などではない。
 クリスマスに増えるのは、幸せな人ばかりではない。

 大勢の光が集まれば影が濃くなるように、大きな町にこそ怪しげな人々も集うものだ。スリや泥棒が多発するこの時期に、子供を一人放っておく訳にもいかない。

 好奇心が強くてお調子者のポップは、ただでさえ危なっかしいところが多いのだ。そんな子を、夜の町に置き去りにするのはアバンには論外だった。

「しかたがない子ですね、じゃあ、ちょっとだけですよ」

 そう言うと、ポップは安心したのかアバンの側にちゃっかりと戻ってくる。

「早く魔法使いが来るといいですね! ね、先生、どんな魔法だと思いますか? 火をつけるって言うから、やっぱりメラかなぁ? あ、でもそれだとツリーが燃えちゃいそうですけど」

 楽しげにおしゃべりをするポップに、アバンは好きなように予想させておく。正直言えば、アバンはやってくる魔法使いが使う魔法の種類に見当はついていたのだが、敢えて口にしなかった。
 本人にあれこれと考えさせた方が、勉強になるだろうと考えたからだ。

「あ、来ましたよ! あの人がそうみたいですね」

 町長らしき恰幅のいい男に伴われてやってきたのは、長衣姿の年老いた老人だった。いかにも魔法使いという風貌の彼は、手にした古びた杖を手にしてなにやら呪文を唱える。

 その途端、彼の杖の先端が光に包まれる。それを大きく振るうと、ツリーのあちこちにぼうっと光の球が灯った。

「へえ、この町にはなかなかの魔法使いがいるみたいですね」

 ちょっと感心して、アバンはあらためてツリーを見返す。
 今の呪文は、洞窟を明るく照らし出す照明魔法――レミーラの応用に違いないが、それをこんな風にアレンジして使ってみせるとはたいしたものだ。

 ポップが大はしゃぎしまくったこのツリーは、実はアバンの目にはそれ程のものとは映らなかった。元々は貴族出身であり、歴史のあるカール王国の騎士団に在任していたアバンにとって、もっと豪華なツリーや凝った仕掛けなどいくらでも見た経験がある。

 その経験から引き比べて見ると、このツリーは大きめではあっても飾りが少々地味ではないかと思った。クリスマスツリーの飾りには、派手さを演出するためにキラキラと光を反射するような物をつるすことが多い。

 だが、このツリーには細々と小さな飾りは多いものの光り物系の飾りは少なかった。それはどうやら、灯りをつけるからこそ控えていたらしい。

 ツリーのあちこちに光の球が浮かび上がることで、ツリーの美しさは完成し、レベルが各段に跳ね上がった。夜目に一際輝く光の球を見て、人々から感嘆の声があがる。ポップも、その一人だった。

「うわぁ、魔法使いってすごいんですねえ〜」

 はしゃぐ弟子を見ながら、アバンは内心のため息を抑えきれない。

(……あなたも、一応は魔法使いなんですけどねぇ) 

 いや、まだ自由に魔法を使うことはできないから、魔法使いというよりはその卵と呼ぶべきか。なにしろポップときたら変なところで臆病で、魔法を放つ思い切りが足りないのである。

 おまけに地道な修行や勉強が大っ嫌いで、しょっちゅうサボりたがるポップの修行はお世辞にも順調とは言えない。

 だが、アバンの目が正しければ、ポップは間違いなく優れた魔法使いになれる素質がある。
 焦らず、ゆっくりと育てようと決めた弟子の頭に軽く手を置き、アバンは優しく促した。

「さて、気が済んだのならそろそろ宿屋に行きましょうか、ポップ。この町は、確か鴨料理が有名なんですよ」





「相済みません、ちょうどついさっき満室になったところでして。いや、なにしろこの時期はこの町の宿屋は大変混み合いますので、すでに屋根裏部屋まで一杯になってしまった様な有様なんですよ」

 ひどく申し訳なさそうに、宿屋の亭主が謝る言葉――それは、すでに初めて聞くものではなかった。

(やれやれ、タイミングが悪かったと言うべきですかねえ)

 どの宿屋に行っても、同じ言葉を聞かされている。
 大きな町だけに宿屋は複数あるから大丈夫だろうと油断していたのが、また運が悪かった。どうやらクリスマスツリーのショーを見ているうちに、町中の宿屋は全てふさがってしまったらしい。

 この時点で、アバンの計画はすでにずいぶんと狂ってしまった。
 本来ならばいつもよりも少し上質の宿に泊まって、ちょっとしたご馳走でも食べようかと思っていたのだが。宿屋によっては、今日は簡単なパーティを行う所もあると聞いていたので、ポップをそれに参加させるのも手だと思っていた。

 が、現実は非常に厳しかった。

 イベントやパーティつきの宿屋は早々と満室になり、最後の宿屋で頼み込んでアバンが案内された部屋は飾りもへったくれもない、粗末極まりない部屋だった。
 空き部屋というよりも、ほぼ物置である。

「ええ、本当に申し訳ないんですが、こんな場所しかあいていないんですよ。しかも、予約が立て込んでいるせいで素泊まり扱いになってしまいますが……」

 その分、お安くしておきますからと機嫌を取るように言ってくれる宿屋の亭主の言葉など、なんの慰めにもならない。

 これが一人旅ならば、別に問題もなかった。
 野宿に慣れているアバンには、雨風さえ避けられれば物置どころか軒下でもなんの問題もない。むしろ、この状況で物置とは言え寝場所を確保できただけでもラッキーだ。

 だが、せっかくポップに賑やかな町のクリスマスを見せてあげようと思ったのに、これでは思いっきり逆効果もいいところだ。

 それどころかなまじ町が華やかなだけに、物置で寝泊まりするのはうらぶれた寂しさをひしひしと感じさせるのではないだろうか。
 密かに心配するアバンだったが、ポップはけろりとしたものだった。

「あーあ、ついてなかったっすね、先生。でも、こんな日もありますよ!」

 などと気楽に言っているが、そもそもポップが原因であるのだが。
 だが、そのお気楽さがポップのいいところでもある。アバンは苦笑交じりながらも、笑顔で言った。

「まあ、それもそうですね。宿屋に泊まれただけ、良しとしましょうか。どこで迎えたって、クリスマスはクリスマスですしね」





(さて、何を買いましょうかね?)

 賑やかなクリスマスの町の中を、アバンは急ぎ足で歩いていた。
 今日の分の夕食を買ってくると言う口実で、アバンは一人、宿屋から抜け出していた。それは素泊まりという都合上もあったが、ポップを連れて食堂に行かなかったのには理由があった。

 アバンは夕食を買い込むと同時に、ポップへのクリスマスプレゼントを買おうと思ったのだ。

 一緒に旅をしている場合、意外と困るのがこんな時だ。
 なにしろ四六時中一緒にいるだけに、相手に内緒にプレゼントを用意するのはひどく難しい。

 しかも、今回はタイミングがひどく悪かった。
 クリスマスに大きな町を目指すために最短距離を移動してきたため、ここしばらくは野宿することが多く、プレゼントを用意するどころではなかった。

 町に着いたら、ポップを宿屋のイベントにでも参加させている間にこっそりと買い物に行こうと思っていたのだが、この有様だ。
 おまけに、アバンには大いなる悩みもあった。

(いったい、ポップには何を贈れば喜んでもらえますかねえ?)
 
 実際、それはここしばらくの間、ずっとアバンを悩ませていた大問題だった。
 わがまま放題なようでいて、ポップは意外と物欲は薄い。

 一緒に町を歩いていても、お菓子や食べ物などには興味を示しても、品物を欲しがることはほとんどない。少額とは言え、アバンはポップに小遣いも上げているのだが、使い道と言えばそれで買い食いをする程度だ。

 服や装備を買ってあげた時もそうだったが、ポップは嫌なものは嫌だというが、しゃれっ気は薄いようだ。服や小物に拘って特に何かを欲しがるということもないので、何を贈れば一番喜ばせることができるのか掴みにくい。

(本あたりが無難と言えば無難なんですがね……)

 ポップが一番興味を示すのは、今まで見たことのないもの――すなわち、新しい知識だ。

 その意味では、知識の源となる本はこの上ないプレゼントになる。しかし、定住している者ならばそれでいいとしても、旅をしている者にとって本は非常に邪魔になる。

 ポップの体力のなさを考えると、あまりいいプレゼントとは言えない。
 まあ、ポップの記憶力を考えれば、読んだ後で処分すればそれでいい様な気もするが、それはそれでプレゼンターとしては寂しいものがある。

 どうせなら本人が喜び、なおかつずっと大切にしてくれる物を贈りたいと思うのが人情ではないか。

(うーん、難しいですね。あの子の時は、こんなには悩まなかったんですけどね)

 折に触れて不意を突いたように思い出してしまうのは、やっぱり最初の弟子のことだった。

 強くなりたいと心から望んでいたあの幼い子には、アバンは最初のクリスマスに剣を与えた。それまで使わせていた練習用の木剣ではなく、彼のサイズに合わせたちゃんとした一人前の剣だった。

 誤解とは言え、本気で自分を仇と思っていた子供相手に刃のある剣を渡したことを、アバンは今も後悔してはいない。

 それは、あの子――ヒュンケルにとって必要なものだった。
 強くなろうと思い詰め、強さをひたすら追い求めることで自分を支えていたあの傷ついた少年には、強さへの確かな指針が必要だった。

 危険は承知の上だったし、その刃が自分に向けられたことさえアバンは恨んでなどいない。
 ただ……、それっきり、あの子がアバンの前から消えてしまったことだけが、アバンの後悔だった――。





「ただいま、ポップ。遅くなってすみませんね、お腹がすいたでしょう?」

 苦労しながら大荷物を抱えて宿屋に戻ったアバンは、そそくさと物置へと入る。が、部屋に入った途端に、驚きのあまりせっかくのその荷物を落としてしまいそうになった。

「ポップ……?」

 そう広くもない、臨時の部屋は無人だった。
 アバンが置いていった荷物が部屋の隅に置かれているだけで、そこで待っているはずのポップの姿はない。
 その光景は、アバンにとっては予想外の衝撃を与えた。

(まさか、ポップまであの子と同じように――)

 魔王と対峙した時も感じなかった、ぞっとするような悪寒がアバンの背筋を襲う。だが、その悪寒が本格的な恐怖に変わる前に、アバンの目は窓から見える不自然な光を捕らえた。

 それは、普段なら人が泊まらない部屋だったからこそ見えた光景だったのだろう。

 広場に面した眺めのいい客室と違い、物置だからこそ本来なら客には決して見せない裏庭が見通せる。人目につかない裏庭の片隅で、ぼうっと浮かび上がる光は、人の頭ほどの大きさもある炎だった。

 その光に照らされ、杖を手にしている魔法使いが見えた。
 広場で見かけた堂々たる魔法使いの老人と比べれば、外見の魔法使いらしさという意味ではまるっきり比較にもならない。なにしろその魔法使いときたら若すぎるというにも、まだ早いような年齢だ。

 着ている服も魔法使い特有の長衣などではなく、アバンのお手製の布の服だし、杖だって初心者向けの簡素なものだ。
 だが、それでいてそこにいるのは紛れもなく本物の魔法使いだった。

 目を閉じたまま、精神を集中させきっているポップは、アバンがすぐ近くまで近づいても全く気がつく様子もない。気が散りやすい彼にしては珍しく、見事な集中力だ。

 ポップの身体がはうっすらと光って見えるのは、精神力が高まって抑え切れていない魔法力が溢れ出しかけているせいだ。

 その杖の先で光らせ、燃えている炎は紛れもなく火炎系呪文だろう。
 杖の先でゆらゆらと揺れたままとどまり続けているその炎を見て、アバンは驚愕を隠せなかった。

 息を飲むアバンの目の前で、ポップはゆっくりと杖を振る。いつものポップのやり方とは違うその動きを見て、アバンは気がついた。

(あれは――夕方の魔法使いの真似ですか)

 光の魔法ではなく炎の魔法で、ポップは夕方に見たショーを再現しようとしていた。だが、杖を振って魔法を飛ばそうとした瞬間、その炎はフッとかき消える。
 途端に、ポップは魔法使いから普通の子供の顔に戻って悔しそうに叫んだ。

「あーっ、また消えたぁ〜っ」

 失敗を悔しがって地団駄を踏みそうな勢いだが、アバンは今だけはポップの魔法が失敗して良かったと思わずにはいられない。なにしろ、ポップの使っている魔法はどう見たってただの火炎系呪文だ。もし、あの魔法使いがやったように木に光を灯そうとすれば、その瞬間に木が火だるまになるだけだ。

 失敗して良かったと心から思いながら、アバンはパチパチと拍手をしてみせる。その音に気が付いたのか、ポップがギョッとしたように振り返る。

「ア、アバン先生!? もう、帰ってきたんですか!? って言うか、今の、見てたんですか!?」

(もうって、あれからずいぶん経っているんですけどね)

 いつものポップなら、アバンの帰りが遅いと拗ねたり、あるいは文句を言いかねないほど待たせたはずの時間は経っている。が、魔法の練習に夢中になっていたポップは、時間も忘れていたらしい。

 普段の授業もこれぐらいに集中してくれればいいのですがと思いながら、アバンは優しく声をかけた。

「ええ、見ていましたよ。頑張って練習をしていたみたいですね。でも、今日はもう遅いですし、そろそろ部屋に戻りませんか?」

 普段のポップなら魔法の練習中にこう声をかければ、一も二もなく頷く。
 だが、今日の彼はなぜか渋った。

「え……、でも、まだ、うまくいかないし……っ」

「努力は買いますが、別に明日でもいいじゃないですか。第一、今日はクリスマスなんですしね」

 魔法を使えそうでいて、もう一歩のところで使えない。
 ずいぶん前から同じ段階で足踏みを続けている、そんな踏ん切りのつかない愛弟子を、アバンは急かす気などとっくにない。無理にやらせようとすると、すぐに逃げ腰になる子なのだ。

 特にクリスマスということもあり、ここ数日は授業も休んでいる。が、今日に限ってポップはしつこかった。

「クリスマスだから、おれ、成功したかったのに……っ」

 手を握りしめてそう言うポップに、アバンはおや、と思う。
 普段はこんなのできっこないと、すぐに嫌がって投げ出してしまうポップが、こんな風に食い下がるのは珍しい。
 だが、その理由が分からずにアバンは首を傾げる。

「なんでクリスマスだと、そんなに張り切るんですか?」

「だって、おれ……、なんにも先生にプレゼントできるものがないし!」

 吐き出すように、一気にポップが言う。

「家から持ってきた物もないし、お小遣いとかも全部使っちゃったし! せっかくのクリスマスなのに、何にもないから――だから、魔法を使えたらいいのになって。
 そうしたら、先生も少しは喜んでくれるかなって思って……」

 でも、失敗ばかりだし、せっかく驚かせたかったのに先生にもばれちゃったとしょげかえるポップを、アバンは呆然と見つめる。
 深い驚き――だが、それが治まると、ひどく暖かな物が胸を満たす。

「――その気持ちだけで十分ですよ、ポップ。ありがとう」

 言いながら、アバンはポップの肩に優しく手を置く。
 まだまだ小さなその肩は、冷え切っていた。それは、ポップが長い時間外で魔法の練習をしていたことを、如実に示している。

「あなたがこんなに熱心に魔法の練習をしてくれただけで、嬉しいです。――少しどころじゃないですよ、ポップ」

 躍り上がりたいほどのこの喜びの大きさは、決して『少し』なんてものではない。
 それに、アバンはすでに十分以上に驚いている。

 ポップは、知らないだけだ。
 攻撃魔法と、補助魔法の性質の差を。
 攻撃系魔法とは、本来瞬間的な物だ。火でたとえるのなら、それは燧火だ。すりあわせることで一瞬で燃え上がるが、その炎は決して持続しない。

 今、ポップがやった様に、杖の先で炎をとどめ続けるなんて真似のできる魔法使いなど、そうそう存在するものではない。夕方、光の魔法を見事に操った魔法使いだって、おそらくはできやしないだろう。

 補助魔法で光を杖の先にとどめるのは、慣れた者にとってはさして難しくないが、攻撃魔法でそれをやるのは難しい。

 それができるのは、自分の意思で魔法を完全にコントロールできる集中力に加え、その間放出し続けるだけの高い魔法力を備えている魔法使いだけだ。
 まだ魔法も使えない卵の状態なのに、とびっきりの資質をすでに見せてくれる魔法使いの少年。

(ああ……これだから、甘やかしてしまうんですよね)

 飛び抜けた才能と、飛び抜けた賢さ、それに優しさ。

 一つだけでも稀なそれらの才能を全て併せ持った魔法使いの卵を、どうして乱暴に扱えるだろう? 卵の殻を破って現れるのがどんな素晴らしい雛かと思えば、どうしたって甘やかしたくなる。

 親鳥が羽で卵を覆うように、自分のマントでポップを半ば包んだアバンは、優しく愛弟子を抱きしめた。

「素敵なプレゼントでしたよ。――メリークリスマス、ポップ」                   END 

 
 


《後書き》

 ポップとアバン先生の初めてのクリスマス物語です♪

 本当は、物語の合間合間にこの当時のヒュンケルの話も挟んで、対比させる話にしようかなとも思ったのですが、甘やかされ放題のポップに比べて、地底魔城時代ヒュンケルのクリスマスがあまりにも真っ暗なので、やめておきました(笑)


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