『手のひらに掴むもの』
 

 精霊達は、飛び回る。
 精霊達は目には見えない。実体もない。匂いもなければ、気配すら感じさせないとあれば、どんな武道の達人であったとしてもその存在を察知できないだろう。

 魔法力の高い者ならば、なんとなく程度にその存在をぼんやりと感じ取ることはできるかもしれない。
 だが、魔法の使い手でさえ精霊の存在を漠然と感じ取ることはできても、言葉を交わすことはできない。

 ゆえに、精霊の心を人が知ることはない。しかし、精霊達はいつも、寄り添うように人の側にいる。

 精霊は、特に特別な存在というわけではない。
 精霊は世界中、至る所にどこにでもいる。それこそ太古の昔から、常に世界中に溢れていた。

 伝説では、かつては精霊達は実体を持ち、今よりももっと強い力を持つ種族だったという。

 特筆すべきはその性質で、彼らは強力な力を持ちながらも戦いを好まない。しかし、多種族の願いに非常に敏感であり、望まれるままに力を貸す性質を持っている。

 一説に拠れば、その性質ゆえに精霊は自分達の持つ力を使い果たして衰弱し、実体も無くしてしまったいう。
 古代期に比べれば精霊の力が格段に弱まっているのは、そのせいだと主張する研究者は少なくはない。

 だが、人間の解釈はどうあれ、精霊達は世界に溶け込み、飛び回る。
 自由気ままに、まるで風のように――。





「わぁー、ちっちゃいなぁ」

 と、ダイは目を丸くして目の前にいる赤ん坊を見つめていた。
 珍しくてたまらないかのように赤ん坊に見入っているダイを、側にいる年配の女性はおかしそうに笑う。

「あら、この子はこれでも大きい方なんですよ、勇者様。そのせいで難産でね、生まれるまで丸一日近くかかりましたねえ。お母さんも赤ちゃんも、本当によく頑張りましたよ」

 にこにこと笑いながらそう言う年配の女性は、長い間産婆として活躍している女性だった。いかにもベテランらしい安定した手際の良さで、どこもかしこもふにゃふにゃした赤ん坊のおしめを器用に替えていく。その作業に熱中している女性は、運良くその後にダイの呟いた言葉を聞きそびれたらしい。

「マンドリルの赤ちゃんと同じぐらいのおっきさなんだね。それに、スライムベスみたいにまっかっかだ」

 勇者のあまりにも率直な感想に、ポップは小声ながらも全力で突っ込む。

「ボケたれっ、ろくでもないことを言うんじゃねえよっ!!」

「なんで?」

 きょとんとしているダイは、本気で自分の言葉が褒め言葉にはなっていないことに気がついていない。世間的なお祝いという意味では全く役に立たない相棒を肘で小突いて黙らせてから、ポップは赤ん坊の両親に向かって綺麗に包まれたプレゼントを手渡した。

 その際、いかにも大魔道士に相応しいよそ行きの態度で挨拶するのも、彼らへのサービスだった。

「えっと、この度はおめでとうございます。これは、レオナ姫からのお祝いです」

 パプニカ城では城内で働く者やその家族が出産した場合、王家から祝いを持たせた使者を送るという慣習がある。送るのは、古来からの風習通りの銀の匙と一定額の金貨と決まっている。
 これはレオナの曾祖父の代から始めたもので、家臣には好評だった。

 金額的にはたいした価値ではないとは言え、王族からの直々に与えられる祝福は、一家臣にとっては一生の誉れとなるのだから。
 それだけでも名誉だというのに、今回の使者は特別だった。

 通常、子供の生誕祝いに差し向けられるのは、聖職者だ。王家の信頼に深い僧侶かシスターが使者役、その護衛として近衛兵が付き添いを果たすのが慣例なのだが、今回の使者役は大魔道士であり、その護衛は勇者その人だった。

 世界を救った英雄達がわざわざ我が子の生誕祝いのために訪れてくれたという幸運に、若い父親はこれ以上の喜びはないとばかりに頬を紅潮させ、礼を述べる。

「ありがとうございます! なんとお礼を申し上げればよいのか……まさか、勇者様や大魔道士様に祝福して頂けるだなんて、思いもしませんでした。
 本当に、夢のようです」

 ひどく大仰に喜ぶ若い父親に、ポップはかえっていたたまれない様な気分になってしまう。

(いや、そこまで大袈裟に感動してもらうほどのもんじゃねえんだけど)

 人々が、勇者一向に向ける無条件の尊敬――。
 時として、王様に対してそうするかのような恭しい態度を取られることさえあるのが、ポップには驚きだった。

 ポップが大魔道士となってからもうずいぶんと経つのだが、未だにこればかりは慣れない。
 ポップの感覚では、軽い気持ちでお使いをかってでたぐらいの気持ちだったのに、ここまで大袈裟に感激されてしまうとは思わなかった。

 本来なら、今日、ここに来るのはアポロだったはずだった。三賢者も聖職者の一員として、生誕祝いの使者の役割を負う資格がある。最も、国の重鎮中の重鎮であり、執務で忙しい三賢者はめったなことでこの役割を負うことはないのだが。

 が、今回の若夫婦はアポロにとっては、義理とは言え親戚筋に当たる。
 だからこそ、アポロは自分から進んで足を運ぶつもりでスケジュールを組み、この日のために時間を空けるように努力してきたのだが……彼は、肝心なところで運が悪かった。

 昨日から鼻風邪を引いてしまったのである。
 熱もなく、ただ咳と鼻水が止まらないだけではあるが、生まれたての赤ん坊に接する使者がその有様なのは、何かと問題だ。

 普通の用事ならば風邪が治るのを待ってから行けばすむことだが、生まれたての赤ん坊に祝福を与えるのは、早ければ早いほどいいとされている。
 遅れるのは非礼に当たるし、汚れのない赤ん坊にできるだけ速やかに神の祝福を与えるのも聖職者の大事な役目だからだ。

 気ばかりを焦らせて咳き込むアポロを見かねてポップが代役を買って出たところ、ダイも一緒に行きたいと言い出した。

 正直な話、ポップとしてはダイと一緒に行くのは遠慮したいところだった。
 誤解無きように言っておくならば、ポップはダイのことを嫌がっているわけじゃない。大体、嫌だと思う相手なら、行方不明になった時に苦労してまで探しもしないし、今だって一日の大半を一緒に過ごしたりなんかしない。

 普段、一緒に居る分にはダイはかけがえのない親友であり、いざという時にはこの上なく頼りになる相棒だ。

 ――が。
 『いざという時』に頼りがいのあるこの相棒ときたら、社会常識と礼儀においてはそれこそ赤ん坊以下だ。戦いや非常時になら役に立つが、王家の使者としてやらなければならないお使いの時には、足手まといにしかならない。

 さっきだって、そうだ。
 生まれたての赤ん坊を、怪物に例えるとは何事か。悪気が全くないのに素で失言しまくるのが、ダイのタチの悪いところだ。

 確かに生まれたての赤ん坊というのは、お猿さんみたいだったりするものだが、そこは母親似だとか父親似だとか、ひいおじいさんに似ているだとか、そこは言い方はいくらでもあるってものだろうに、なぜよりによってマンドリルとスライムベスなのか。

(ったく、馬鹿正直なんだからよ)

 じーっと赤ん坊を見ているダイが、また何かロクでもないことを言い出す前にとっとと用事を済ませてしまおうと、ポップは両親に向かって言う。

「では、祝福を授けますから、赤ちゃんをどなたかが抱いてあげて下さい」

 赤ん坊に祝福の魔法をかける際、大抵の家では親のどちらかが赤ん坊を抱く。誰が抱いても祝福の魔法の効果には別に変化はないのだが、肉親や名付け親などその子の一生を左右する大人が抱き上げるのが普通だ。

 大抵は母親が抱き上げるが、産後の母親の体力回復如何によっては父親や近親者がその役目を引き受ける場合もある。どちらにせよ、その選択は両親の意思に任せるのが慣例であり、これは形式的な質問にすぎない。
 しかし、不幸なことにこの場には形式も常識も知らない者がいた。

「はいはいはいっ! なら、おれが赤ちゃんをだっこしたい!」

 と、嬉しそうに名乗りを上げたおバカ勇者に、ポップは反射的にメラゾーマをぶっ放したくなったが、辛うじてそれはこらえる。

「……あのな、ダイ。こーゆーのはだなぁ、大抵は両親が――」

 怒りを噛み殺しつつ説教しようとするポップだったが、若い父親は諸手を挙げて賛成の声を上げる。

「よ、よろしいんですか!? 勇者様さえよろしかったら、是非お願いします!」

 目をキラキラと輝かせてそう答える父親に、かえってポップの方が驚かずにはいられない。

「へ? いいんですか、それで?」

 子供の洗礼式は、一生に一度だ。
 まあ、何人も子供が生まれた大家族ならば、下の子になるほど扱いが雑になるというのか、親ではなく兄弟やら希望者、ひどい時には近所の暇な人が赤ん坊をだっこすることも珍しくないが、この子は若夫婦の初めての子だ。

 当然のように若夫婦らの手で子供を抱き上げ、祝福を受けたがるかとポップは思っていたのだが、若い父親は頬を紅潮させて力説した。

「もちろんです! 勇者様に抱かれて、大魔道士様の祝福を受けられるだなんて、願っても得られない幸運ですよ……! うちの子が、そんな幸運に恵まれるだなんて――ああ、夢のようです」

「ええ、ええ、まったくですわ。きっと一生の誉れになります、勇者様さえよろしければ是非お願いいたします!!」

 母親までもが口を揃え、嬉しそうにそう言いきるのでは無理に止めさせるわけにはいかない。ポップはこっそりため息をついて、しぶしぶとダイに向かって囁きかけた。

「しゃーない、おまえが赤ん坊を抱っこしな。だけど、いいか? ぜーったいに力を入れるんじゃねえぞ!」

「うん!」

「ホントだな? うっかり間違えちまったなんて、今回だけは通用しないんだからな」

「うん、分かったよ。うんと、気をつけるってば」

「本当に、本当に気をつけろよ! いいか、いつもの十倍以上は気を遣って、真剣にやれよ!」

 しつこく念を押されて傷ついたのか、ダイはどことなく恨みがましそうな目でポップを見る。

「……ポップ、もしかしておれのこと、信用してなくない?」

「当たり前だっ!」

 間髪入れず、ポップはきっぱりと答える。
 こと、力加減という微妙な線に関して、ポップはこの相棒を全く信頼しちゃいない。本人はたいして力を入れていないつもりでも、ダイの力は桁外れなのである。

 それはダイにうっかりと抱きしめられて何度となく被害に遭ったポップが、一番良く知っている。実際、今日だってすでに一度、抱きしめられすぎてえらい目にあったばかりなのだ。そうそう、ダイの力加減を信用できるはずがない。

 赤ん坊の両親がここまで乗り気でなかったら、取りやめさせたいぐらいだ。
 しかし、一度引き受けた以上は途中で取りやめるわけにもいかない。しつこいぐらいにダイに注意を囁きまくった後、ポップは両親に向き直ってよそ行きの声で話しかけた。

「では、御子を勇者へお渡し下さい」

(……やめといた方がいいと思うけどな〜)

 内心の呟きは心の中だけにとどめ、ポップはダイが赤ん坊を受け取るのを不安そうに見ていた。
 案の定と言うべきか、その不安は的中した。

「うわぁ、軽っ」

 赤ん坊を抱くのが生まれて初めてのダイは、その軽さに驚いている。それだけならばまだいいのだが、持ち方が危なっかしくて仕方が無い。持ち方が悪いせいで赤ん坊の首がぐらっと揺れ、仰け反りそうになったのを見て、ポップだけでなく勇者贔屓の両親でさえ不安そうな顔になる。

「あらあら、勇者様、その子はまだ首が据わっておりませんので支えてあげて下さいな」

「こ、こうかな?」

 幸いにもベテランの産婆は慣れているのか、赤ん坊の扱いに不慣れなダイを軽く笑いながら、抱っこを巧みに整え直す。

 首を支えるコツを今一歩理解できていないダイの胸に、赤ん坊がべったりと寄り添うような形になったが、取りあえず落とす心配が無くなったことにポップはホッとする。
 が、それもダイが口を開くまでの短い間だった。

「わー、赤ちゃんってあったかいんだね! それに、すごくおいしそうな匂いがするよ!」

 あまりにも率直な感想を言いつつ、犬のようにクンクンと赤ん坊の匂いを確かめている勇者を見て、ポップは頭を抱え込みたくなった。しかもダイの直情さ加減と好奇心は、とどまるところを知らない。

「その手、何か持っているの? ねえ、見せてよ」

 と、熱心に頼み込んでいるが、こんな赤ん坊に言葉が理解できるはずもない。両手をしっかりと握りしめて、わずかに嫌々するように身をよじってはいるだけだ。

 が、ダイはそれを見てよほど誰にも見せたくない、大事な物を手に握りこんでいると思い込んだらしい。

「あれ、嫌なの? ちょっとだけでいいからさ、見せてよ〜」

「って、あほかっ、おまえはっ!? 赤ちゃん相手に無茶を言ってるんじゃねえっ!!」

 我慢しきれず、ポップはつい地を出して怒鳴ってしまう。だが、ダイときたらなぜ怒られたのか分からないと言う顔で、きょとんとしているだけだ。

「無茶って、おれ、別にこの子の宝物を取り上げようなんて思ってないよ〜。ただ、ちょっと見せてもらいたいなって思っただけで」

「そこがすでに間違ってるんだよっ!! だいたい、なんでこの子が宝物を持っているだなんて思うんだ!?」

「だって、この子、すごく大切そうに手をギュッとしているじゃないか」

 いたって真面目に、ダイは赤ん坊の小さな拳を指さす。
 まだ大人になりきっていないダイやポップの手と比べても極端に小さく、それでいてしっかりと指や爪が生えそろった小さな手は、確かにギュッと握られたままだ。

 だが、だからといってその手の中に何か、宝物が握られているなどと普通の人間は思いもしないだろう。何かを持つにはその手はあまりにも小さすぎるし、だいたい赤ん坊というものはそうやって普段から手を握りしめているものだ。

「何バカを言ってるんだよ、赤ちゃんは手は握ってても何も持ってねえもんなんだよ!!」

 少しでも赤ん坊に関わったことのある人間なら、そんなのは常識だ。
 兄弟はいなくとも、故郷の村で赤ん坊をたまに見かけた経験のある程度のポップだって、そのぐらいは知っている。
 が、人間の赤ん坊を初めて見たダイには、それは初耳だったようだ。

「何も持っていないの? じゃあ、なんでこの子、こんなに一生懸命に拳を握りしめているの?」

「へ? 何でって、言われても……」 

 赤ん坊が何も持っていなくても手を握り占めているものだと言うことは知っていても、ポップはその理由までは知らなかったし、深く考えたこともなかった。

 それは若夫婦も同じらしく、さっき以上に輪をかけて途方に暮れた顔をしている。
 しかし、こんな時でも熟練の産婆は強かった。

「あら、勇者様はご存じありませんか? 赤ちゃんが拳をしっかり握りしめているのはね、その手の中に幸せを握り占めているからだと言われているんですよ」

「幸せを?」

「ええ、そうなんですよ。
 目には見えませんけれど、赤ちゃんにはちゃーんと分かっているんですよ。だから、それを大切に大切に握り占めているんです……それなのに中を見たがったり、無理に開いたりしちゃ、可哀想ですよ」

 赤ん坊の手の中身に興味を示し、開きたがる小さな子を諭し慣れている産婆のおとぎ話じみた説明に納得したのか、ダイは真面目な顔をしてこっくりと頷いた。

 もっとも、それをまともに信じ込んだのはダイだけで、他の誰も本気にはしていないだろう。話をした産婆自身だとて、本気ではあるまい。
 だが、精霊達は知っていた。
 それこそが、真実であることを――。







 精霊は人間達の強い意志に惹かれる傾向があるが、それと同じぐらい生まれて間もない赤ん坊にも惹きつけられる。
 無性であり、永遠の命を持つがゆえに繁殖とは無縁の存在である精霊にとって、新しい生命の誕生は輝かしい奇跡として映る。

 だからこそ、精霊達は贈り物を惜しまない。生まれたての赤ん坊に対して、精霊達はこぞって自分達の力を分け与える。

 精霊が赤ん坊に贈るのは、決まって『幸運』だ。
 精霊は、公平だ。
 それなりの人生を送る子には、それなりの量の幸運を。
 不運な人生を送る子には、それに対抗できるように大きな幸運を。

 過不足のない幸運を、精霊は赤ん坊へとプレゼントする。ゆえに、その子が幸運をそのまま手に握り占めたまま生きていくのなら、その子の一生は保証されたも同然だ。

 聖霊に与えられた幸運のままに、その子は不運に遭うことなく過不足のない人生を送ることが出来る。
 だが、精霊達は知っている。
 未だかつて、それを実行できた人間など存在しないことを。






「この子に、大いなる精霊達の祝福があらんことを。
 この子の行く先に、幸せがありますように」

 ポップが、いつにない真面目さで祝福の言葉を唱える。呪文の詠唱を思わせる言葉を、ダイもまた神妙な顔で聞いていた。
 と言うよりも、見とれていたと言っていた方がいい。

 ポップ本人は意識していないようだが、こんな時のポップはいつもとは全く違った表情を見せる。
 その特別さに、生まれて間もない赤ん坊すら気がついたのかも知れない。

「アーァー」

 まだ言葉にもなりきっていない声を漏らしつつ、赤ん坊がしっかりと握っていた手を開いて、自分の額を撫でるポップの指を追い、今度はその指を握りしめた――。







 精霊達は、その光景を見ていた。
 それは、驚くには値しない。
 全ての赤ん坊が、遅かれ早かれ必ず辿る道だ。

 誰かの手を掴みたいと願うのなら、どうしても自分の手を開かなければならない。
 その瞬間、本来はその子のものだった幸運は指の間をすり抜けて逃げていく。

 だが、だからといってそれを嘆く必要などは無い。
 自分だけの幸運を握り占め続けたのなら、それは決して減りはしないだろうが、増えもしない。その子の人生は幸運と不運が見事に釣り合い、ただ自分を守るだけの起伏のないものとなるだろう。

 しかし、その手に握りしめたものを手放したことで、その後の運命は大きく変わる。他者の手を取ることにより、失う物もあれば与えられる物もあるのだ。

 人間が他人に何かを分け与える心を、精霊達は尊ぶ。
 だからこそ、精霊達は赤ん坊とポップにまとわりついていた。
 自分の幸運を減らしてでも、ポップの手にしがみつきたいと願って最初に手を開いた赤ん坊に、再び幸運を与えるために。

 そして、自分の幸運を分け与えるつもりで祝福の呪文を唱えるポップに、それ以上の幸運を与えるために。

 それは、人の目には見えない。
 それは、人の耳には聞こえない。
 だから人は、精霊がしてくれたことを知ることは出来ない。
 だが、赤ん坊を抱いていたのは人間ではなかった。

「勇者様、大魔道士様、本当にありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」

 祝福を授かった赤ん坊を受け取った両親が深々と頭を下げている間、古代の神々が作り上げた生物兵器の血を引く少年は、ほんの少し、いぶかしげな顔をしてポップや赤ん坊の回りに目をやる。

 だが、それだけだった。
 それ以上は、いかに竜の騎士とは言えさすがに分からない。
 しかし、ダイはほとんど無意識に、その場で最善と思える行動を取っていた。

「ん? なんだよ、ダイ?」

 急に手を捕まれてポップが不思議そうな顔をするが、ダイはとりあえずしっかりと自分の魔法使いの手を握る。
 さっき赤ん坊がそうしていたように、大切で決して逃せないものを握りしめるように、しっかりと。それから、満足したようににっこりと笑う。

「なんでもないけど、手を繋ぎたくなったんだ」

「はあ?」

 呆れたような顔をしつつも、ポップはその手を振り払わなかった。だからダイは安心して、よりいっそうしっかりとその手を握りしめる。
 その手の周囲を、精霊達が飛び回っているのに誰も気がつかない。

 誰にも知られぬまま、精霊達は飛び回る。
 見えざる祝福を振りまきながら。
 精霊達は、飛び回る――。                                       END 

 
 


《後書き》
 
 たまに書きたくなる、精霊達のお話です♪
 昔読んだ本で『本来、人の持つ幸せの量は決まっている。なのに世の中に幸せな奴と不幸な奴がいるのは、自分の幸せを他人に渡しちまうお人好しがいるせいだ』という一文が大好きでした。

 ついでに、赤ちゃんが手の中に何かを握り占めているというテーマの話も、昔から好きなんです!

 まあ、ロマンも何もなく言ってしまえば、生後間もない赤ん坊がいつも手を握り占めているのも、指を差し出すと握り混むのも、把握反射という自然現象だったりしますが(笑)


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