『恥ずかしがり屋のサンタクロース』

「いるよ!! サンタは、絶対にいるってば!」

 絶対の確信をこめて、ポップは強くそう断言する。が、そんなポップを遊び友達らは鼻で笑った。

「ふん、ガキだよなー。サンタは、本当にはいないんだって。あれは、父ちゃんや母ちゃんが夜中にこっそり、プレゼントを置いているだけなんだよ」

「そうだ、そうだっ」

「うん、兄ちゃんがそう言ってたんだから、まちがいないって」

 本当に大人なら子供の夢を奪うような真似はしないだろうが、ようやく幼児の殻からぬけだしかかった年頃の子供らは、子供の夢に対して残酷だ。
 自分よりも年下の子供相手に、自分の物知りさをひけらかそうとばかりに相手の無知をせせら笑う。

「そ〜んなことも知らないだなんて、ポップはホント、ガキだよなぁ」

 その言い方ほど、ポップをムカつかせる言葉はない。
 やっと7つ、もうじき8つになるポップは、実際にこの遊び場にいる男の子達の中で最も年下なのだが、それだけに子供扱いをされるのをひどく嫌う。

 しかも、負けん気だけは人一倍強いポップは、バカにされて黙って引き下がるようなタイプじゃない。その上、彼は妙なところで頭が回って、口も達者だった。

「なに言ってんだよっ、証拠はあるのかよっ! えらそうなこと言ったって、おまえらだって人から聞いただけで、自分で確かめたことなんかないんだろっ!」

「うっ」

 ものの見事に図星を突かれて、一番年上の子が怯む。
 ポップよりも年上と言え、その差はほんの2、3才程度――10才そこそこの子供にとって、夜中まで起きているのは至難の業だ。どう頑張っても途中で眠ってしまい、自分の目で真相を確かめたことなんてない。
 その弱みを的確に突いたポップは、小生意気に胸を張る。

「ほぅらっ、自分の目で確かめてもないんじゃないかよっ!! なのに、サンタが絶対にいないだなんて決めつけるのかよ!?」

 幼い子供とは思えない様な達者な理屈で追い詰めてくるポップに、年上の子もたじたじになってしまう。だが、理屈で負けてしまいそうになれば、腕力にものを言わせようとするのが男の子というものだ。

「うっ、うっせーなっ、だいたいおまえはいつも生意気なんだよっ!!」

 風向きが変わってきたのを感じ取って、ポップ以上に顔色を変えたのは彼の側にいたジンの方だった。

 割におっとりとした性格の上、ポップと違って他人に自分からケンカをふっかけるタイプでもないジンは、こんな時はオロオロするばかりだ。ポップの無茶を止めたいと思いつつも、自分よりも年上の男の子数人相手ではさすがに怯んでしまう。

 だいたい、ジンはケンカなど得意な方ではない。
 それはポップも同じ――と言うか、ジン以上にケンカはからっきしのはずなのに、彼はどこまでも負けん気だけは強かった。

「それとこれは関係ねえだろっ! 口で負けたからって、ぶん殴ってごまかす気なのかよ!?」

「うっせー、うっせーっ!! てめえ、とにかく生意気なんだよ、だまりやがれっ」

 そう言って、年上の子はポップを乱暴に殴ろうとする――が、そこに割り込んできたのはラミーだった。

「ちょっと! ポップ、何してるのよ!?」

 もし、ここで割り込んだのがジンだったのなら、一緒に殴られてケンカにもつれ込んだだけだっただろう。

 だが、年下の子相手に理屈で負けた腹いせに殴りかかろうとしたさすがの悪ガキ達も、女の子を殴るような真似だけはしなかった。それをいいことに、ラミーは年上の男の子達を恐れる様子もなくポップの腕を引っ張った。

「こんなところで遊んでないでよ、まだ、お使いおわってないでしょ、急がないと」

 そう言いながら、ポップとついでにジンの腕を引っ張るようにしてその場を離れる。その様子に不満そうな顔をしつつも、それでも彼らはそれ以上はちょっかいを出してこようとはしなかった。
 しかし、捨て台詞だけは忘れない。

「ま、ポップみたいなチビは、女の子とお手々つないで、なかよくお買い物してるのがお似合いだぜっ」

 それを聞いたポップがまたもムッとした何やら言い返すために振り向きかけるのを、ジンは慌てて抑える。

「もうやめろって、ポップ!!」

 せっかく、ラミーの機転のおかげで危機を脱したというのに、ここでまた騒ぎをこじらせられたのではかなわない。純粋に親切心から止めたのだが、ポップはそれに感謝するどころか、不満一杯にジンを睨みつけてくる。

「ジンはどっちの味方なんだよ!? あ、もしかしてジンもサンタはいないって言うのかよ!?」

 噛みつくように怒鳴られ、ジンは少しばかり困ってしまう。
 実を言えば、ポップより半年ほど早く8才になったジンは、サンタクロースの正体は、何となくだが分かってきたところだ。

 自分がほしいなと思った物をきちんと用意してくれ、それを自分の枕元に置いておける人物など限られているのだし、なによりもサンタについて語る時の大人達の態度が決め手だった。

 だが、それをポップに対して言うのは気が進まない。
 ジンとしても、はっきりと確信しているわけではないし、なによりも幼なじみだけあって彼はポップをよく知っている。一度言い出したポップは、決して引かない性格だ。

 おまけにビックリするほど口が達者なポップを相手に、ジンは口では一度も勝てた試しはない。だから正面切って反対する気にはならず、曖昧に言葉を濁すのが精一杯だった。

「味方って言われても……だけど、おれもサンタさんは見たことないし」

「サンタはいるって! 他の家には来ないかも知れないけどうちには絶対来ているよ!!」

 ポップは頭に巻いたバンダナが激しく揺れるほど首を強く振って、叫んだ。

「だって、もしサンタの正体が父親だっているなら……、それって親父がおれにプレゼントをくれているってことだろ? そんなの、ありっこないもん!」

 ――実の親に対してなかなかに失礼な言い分である。

「どうしてそう言えるのよ?」

 不思議そうに問いかけたラミーに、ポップはきっぱりと言い返す。

「知ってるだろ? おれ、去年、サンタから本をもらったんだぜ!」

 この上なく嬉しそうにそう言ってのけるポップに、ジンもラミーも少しばかり肩をすくめて目を見交わしあう。

 一般的な子供にとって、本はプレゼントとして嬉しいものではない。……と言うよりも、貰ってがっくりするプレゼントのナンバーワンではないだろうか。たまにしか会わない親戚などが、いい物をあげると勿体ぶってプレゼントしてくれた本を、大抵の子供はろくすっぽ読みもせずに部屋のどこかに放り出しておくものである。

 宿題でもないのに、本を読もうとする子供はそう滅多にはいない。
 だが、ポップはごく稀な、数少ない本好きな子供だった。去年もサンタから貰った本だと大騒ぎし、ジンやラミーに迷惑なほど見せびらかしてくれたものである。

 ……もっとも二人にとっては、ちっとも羨ましくなどなかったのだが。
 教会で神父が子供達にくれる教科書よりもずっと分厚くて、小さな字でやたらと難しいことばかり書いてある本は絵も少なめで、ジンやラミーにとっては読もうとする気にすらならない本だった。

 ポップはやたらと興奮してはしゃいでいたが、どこが面白いのかさえ二人にはさっぱりだった。

 正直、あんな物を自分が貰ったのなら、嫌がらせとしか思えない。だが、ポップに素直にそこまで打ち明けるつもりはジンにはなかったので、頷くだけにとどめておく。

「あ、ああ、それは覚えてるよ」

「なら、分かるだろ。もし親父がサンタなら、おれに本なんかくれるもんか!  あのクソ親父、おれが本を読んでいるとすぐに怠けてないで働けとか、子供なら外へ遊びに行けとか言うんだぜ!? 本なんか、贈ってくれるわけねえじゃん!」

「…………まあ、そう言われるとそんな気もするけど」

 ジャンクに悪いなと思いながらも、ジンはついポップの言葉に納得してしまった。
 口の達者なポップの言葉には、いつもそうだが不思議に説得力がある。

 それにジャンクの厳しさは、近所でも有名だ。
 息子どころか、近所の子供さえ叱りつける強面の頑固親父を恐れている子供は多い。余談ながら、ジンもその一人だ。彼が子供のために、プレゼントを贈ってくれるとは、確かに思いにくかった。

「だろ!? それに、あんな本なんて村には売ってないもん! うちにも、ラミーの家にも、教会にだってなかったんだぜ! なのに、クリスマスの朝に突然ふえたんだ! 
 だから、うちには絶対、サンタがきてるんだよ!」

(う、うぅ〜、なんか、間違っているはずなのに間違ってはない気がするんだよね……)

 ポップのその主張に、ジンはどう返事していいのやら迷う。
 友達としてポップの味方をしたい気持ちもあるが、だからといってサンタがいると無邪気に信じるには、ジンは少しばかり成長しすぎていた。

 結果的に、どう反応していいか分からなって考え込んでしまったジンと違って、ラミーの反応は早かった。
 おしゃまな彼女は、肩をすくめてため息をついてみせる。

「そんなことに拘るなんて、まったく子供よね、ポップって」

「何だよ、ラミーまで」

 不満そうにポップが文句を言いかける機先を制し、ラミーはぴしゃりと言ってのける。

「いい? プレゼントは誰からもらうかなんて、どうでもいいのよ。何をもらうのかこそが、一番大事なんじゃない!」

 ラミーの、やたらとちゃっかりとしたそのご意見には、ジンどころかさすがのポップも絶句せざるを得ない。
 まだほんの8才でも、女の子とはひどく現実的で、逞しい存在だったりするのだった――。





「あなた……、そんなものをずっと背負っていては、疲れるんじゃない?」

 呆れるのと、気遣っているのとが半々ぐらいの割合でかけられた愛妻の言葉に、ジャンクはむすっとした顔のまま首を振った。

「別に、これぐらいどうってことねえよ」

 その言葉は、強がりばかりとは言えなかった。
 ジャンクの背負っている背負子はそうたいして大きな物ではないし、重さもさほどでもない。が、そうとは言え、四六時中背負うには邪魔くさいには違いない。

 実際、先程から武器屋に来た数少ない客達も、ジャンクの格好を見て一瞬戸惑ったような表情を浮かべていた。中にはなぜそんな物を背負っているのかと聞く者もいたが、ジャンクは「別に……」と、説明にもなっていない言い訳で押し通してしまっている。
 どうやら、ジャンクには荷を下ろす気はなさそうだった。

「そんなもの、どこかに隠しておけばすむことじゃない」

 愛妻のすすめにはほとんどの場合無条件で従うジャンクだったが、こればかりは譲れないとばかりに首を左右に振る。

「いや、あのガキときたら、ちょっと目を離すとすぐに目新しい物に気がつきやがるからな」

 普通の子供ならば、ジャンクもここまで用心する気などない。
 だが、ポップは好奇心が強く、おまけに記憶力の良さと観察力がずば抜けた子供だ。

 家の中に何か新しい品があれば、すぐに気がついてしまう。見つからないように隠しておいても、同じことだ。たとえ戸棚の奥に隠しておいても、ポップはそこからはみ出た品からヒントを得て、何か新しい物が戸棚に入れられたと察してしまう。

 おまけに、変なところで変に行動力があるのが困りものだ。
 鍵を厳重にかけたはずの武器倉庫にも潜り込んでしまうぐらいのやんちゃ坊主だ、どんなに隠しておいたところでこの狭い家の中で突然増えた品を見つけ出してしまうだろう。

 結局のところ、ジャンクがずっと肌身離さず持っているのが一番安全なのである。いかにポップがわんぱくで好奇心が強くても、父親に直接ちょっかいをかけてくることはないのだから。

「今年も、また本にしたの?」

「ああ」

 今、ジャンクが背負っている背負子に入れてあるのは、プレゼント用にきちんと包装された本だ。それは言うまでもなく、ポップへのクリスマス用のプレゼントだった。

「高かったんじゃないの?」

「そうでもねえよ」

 ぶっきらぼうに言うジャンクの嘘を、妻であるスティーヌは簡単に見通していた。

 だいたい、本というのは見た目以上に高価な代物だ。正直に言ってしまえば、去年ポップに与えた本も、そしておそらくは今年の本も、この村のどこの子が貰ったクリスマスプレゼントよりも高価だったことだろう。子供だましの玩具などよりも、本の方がよほど高い代物なのだから。

 並の子供以上の賢さを持つポップには、その辺で売っているような簡単な絵本程度ではすでに物足りないことにジャンクはちゃんと気がついていた。

 子供が読むには些か難しいと思えるようなその本は、わざわざジャンクがベンガーナまで赴いて買ってきたものである。本来なら自分で買いに行かなくても、道具屋を通じて取り寄せることもできたのだが、そうしなかったのはポップが道具屋の娘と仲がよいからだ。

 村で唯一の道具屋の娘であるラミーもまた、目端の利くおませな女の子だ。
 本などという珍しい品が入荷したのを見逃すとは思わないし、また、女の子は例外なくおしゃべりなものだ。

 ポップがプレゼントに本を貰ったと知れば、遅かれ早かれそれが自分の店を経由したものだと暴露してしまうだろう。

 だが、それはジャンクの望むところではない。
 むっつりとした顔で、背負子を背負ったまま帳簿とにらめっこしている夫の横顔を見つつ、スティーヌはくすくすと笑う。

「なにも、そこまで手をかけなくとも、そろそろポップにもサンタの正体を教えてもいい年頃だと思うのだけど?」

 確かに子供が小さな頃は、大抵の親はサンタクロースの存在を信じさせるために手をかけてやる。だが、成長と共に子供が真実を気がつく頃になってくるのに合わせて、親もまた手を抜くようになってくるのが普通だ。

「別に、あなたの手から渡したっていいじゃない。きっと、ポップも喜ぶわよ。ありがとうって、抱きついて大喜びすると思うけれど?」

 スティーヌにしてみれば、その方が自然なように見える。
 スティーヌには、夫であるジャンクの心理も、息子であるポップの心理も、よく分かる。

 意外な程の頭の良さに恵まれたポップのことを、ジャンクが内心誇らしく思っている気持ちは知っていた。ただ、常識的に男の子には体力を求めてしまう気持ちから、つい息子の本好きを叱り飛ばしたり、外で遊ぶようにと言い放ってしまうのだろう。

 不器用で息子を褒めるのが苦手なジャンクの真意が、まだ幼いポップに分かるはずもない。本を読みすぎてはジャンクに怒られているポップは、自分が父親に認められていないと不満すら抱いている傾向がある。
 互いに、もう少し素直に歩み寄れば何の問題もないことなのに――。

 わざわざポップの目を誤魔化してまでプレゼントを隠し通し、サンタクロースからの贈り物だと嘘をつくよりも、素直に親から渡せばこんな面倒な真似などしなくて済むのだが。
 しかし、ジャンクは筋金入りに頑固一徹な上に、照れ屋な男だった。

「…………そんな、気恥ずかしいことなんざ真っ平御免だぜ」

 わずかに顔を赤らめ、そのくせ吐き捨てるようにそう言ってのける不器用な夫に、スティーヌは堪えきれずについに声を出して笑ってしまった。

「はいはい。ふふっ、では、今年もサンタクロースが我が家にやってくるというわけなのね」

 クリスマスまで、あと数日。
 その間、またもポップとジャンクのサンタクロースを巡る見えない攻防が繰り広げられることを覚悟しつつ、スティーヌはもうじきお使いから帰ってくる子供とその友達のために、おやつの用意をし始めた――。 

                           END 

  
 

《後書き》

 原作以前、家出前のちびポップ君のクリスマス話です♪
 サンタクロースは、普段は子供を甘やかすことのできない大人のために作られた、一年に一度だけ子供を思いっきり甘やかしてあげるための存在――そんな風に書かれた話を以前に読んで、なんとなくいいなと思いましたっけ。

 ……が、それを思い出したのがきっかけだった割には、頑固親父と生意気ちびちゃんなお話になっちゃいましたが(笑)


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