『降り注ぐ雨』
  
 

「……?」

 ヒュンケルにとっては、それは初めて見るものだった。
 思わず手を伸ばしたが、伸ばした手だけではなく全身に『それ』は落ちてくる。あっという間に全身を濡らす『それ』に、ヒュンケルは戸惑わずにはいられない。

 濡れた服が身体にまとわりつく上、冷たくて不快ではあったが、ヒュンケルはそれでも『それ』から目を離せなかった。まるで、魅入られたように『それ』を見つめていると、後方から声がかけられる。

「ヒュンケル、こんな所にいたんですか。探しましたよ、急にいなくなったりしちゃ心配するじゃないですか」

 優しげな声を聞いても、ヒュンケルは振り向かなかった。
 これが他の誰かだとしたら、ヒュンケルは必ず振り返っただろう。人間は、ヒュンケルにとっては信用のおける存在ではない。

魔物に育てられたヒュンケルにとって、見知らぬ人間は恐れと警戒の対象だ。どんな目的で近づいてくるにせよ、警戒せずにはいられない。

 だが、アバンだけはその必要はない。
 地底魔城で出会ってから、ヒュンケルを弟子として連れ歩いている青年は、ひどく面倒見が良くてお節介な性質のようだ。

 ヒュンケルが少しでも単独行動を取ると、必ずこうやって探しに来る。
 そんなアバンの態度に対して、ヒュンケルはいつも必要以上の苛立ちを感じてしまう。

 理屈では、アバンのそんな甘さは、ヒュンケルにとって都合のいいと分かっている。
 なぜなら、アバンは父の仇だ。
 アバンから剣の修行を受け、その剣でいつかアバン自身を殺す――その目的は、今やヒュンケルの胸にしっかりと刻まれている。

 年齢の割には利口で現実的なヒュンケルは、アバンのこの甘さは自分に好都合だとは理解していた。

 まだ子供のヒュンケルは、自分で自分の命を繋ぐ方法を身につけてはいない。悔しいが自分一人の力ではまだ生きていけないことを、ヒュンケルはすでに自覚していた。
 自力で生き抜けるようになるまでは、誰かの保護を必要することも分かっている。 

 人間世界の常識にさえまだ馴染みきっていないヒュンケルにとって、保護だけでなく知識も惜しみなく与えてくれるアバンは便利と言えば便利な存在ではあった。
 その甘さにつけ込んで、ヒュンケルは相手を利用するだけ利用してから殺すつもりでいる。

 そんなヒュンケルの思惑にもまるっきり気がつかず、保護者としてヒュンケルの面倒を見ているアバンの甘さには、ほとほと呆れ果てる。その方が都合がいいとは思いながらも、なぜか、時折いらつく物を感じてしまう。
 今も、そうだった。

「…………」

 自分でも分からない苛立ちが強まって、ヒュンケルはアバンに返事さえしなかった。
 しかし、この底抜けにお人好しな青年はヒュンケルの思惑に気がつきもしない癖に、妙なところで頭の切れはいい。

 ヒュンケルは何も言わなかったが、彼の様子を見てアバンは疑問や戸惑いを読み取ったらしかった。

「ああ、そうでしたか。あなたはもしかして、雨を見たことはなかったのですか?」

「雨?」

 初耳だった。
 地底魔城で暮らしてきたヒュンケルは、ずっと地下で暮らしていただけに地上の習慣だけでなく自然現象にさえ疎かった。

 不死系怪物は別に雨に弱いというわけではないが、だからといって濡れるのを好むわけではない。生前の習慣と同じように、身体が濡れるのは嫌うものだ。

 基本的に地底魔城の門番を強めるバルトスは外に出る用事もなかっただけにわざわざ雨の日に外に出ることはなかったし、また、そんな日にヒュンケルを外へと出してくれることもなかった。

 人間には太陽の光は必要だろうと、天気のいい日にはヒュンケルが外に出られる様に極力手を尽くしてはくれたが、悪天候の日に幼い子供を外に出したいとは思わなかったのだろう。
 しかし、今、ヒュンケルがいるのは地上だった。

「ええ、雨と言います。地上では時々、こんな風に雨が――空から水が降ってくるものなのですよ」

 その話は、ヒュンケルには途方もない不思議な話に聞こえた。
 地下では、水はいつだって貴重だった。人間が生活するためには水は必須だが、元々人間が住むことを想定して作られたわけではない地底魔城は、人間用の水源が確保されていなかった。

 魔族も水は必要とするが、人間よりずっと丈夫な魔族は味に拘らなければ、人間にはとても飲めないような劣悪な水質の水でも大丈夫だ。地底魔城に引かれていた水は、ほとんど泥水と呼んで差し支えない代物だった。

 そのため、バルトスはヒュンケルのために上質な水を手に入れるのにずいぶんと苦労していた。時間をかけて濾過したり、わざわざ城外まで出掛けて水を汲んでくるのが常だった。

 そのせいで、ヒュンケルにとっては水とは貴重で手に入りにくいものだという認識がある。なのに、まさかこんな風に無尽蔵に空から降ってくるだなんて、夢にも思わなかった。

「なんのために?」

「あー、それはグッドな質問ですね。雨がなぜ降るのか……それは、人間にとっては大いなる疑問であり、未だ解明されていない大問題なのですよ。
 一説によれば、神の恵みとも言われていますし、そうではない、ただの自然現象だと言う者もおります。
 今まで様々な学者や、哲学者、神学者がその謎に挑んでいますが、明確な答えを出した者はいないんですよ」

 大仰で芝居がかったアバンの言葉を一応最後まで聞いてから、ヒュンケルは素っ気なく切り捨てる。

「つまり、おまえも知らないんだな」

「――まあ、一言で言ってしまえばそうなんですけどね」

 苦笑しながら、アバンはどこからかマントを取り出すとそれをヒュンケルの肩にふわりとかける。

「でも、雨に打たれすぎるとあまりよくないことだけは、確信を持って言えますね。さあ、そろそろ宿屋に戻りましょう、びしょ濡れになりますよ」

 そう促されてから初めて、ヒュンケルは身体がすっかり冷えているのに気がついた。物珍しさに釣られて雨に見とれていたのはそう長い時間ではないと思ったのだが、ふと気がつくと驚く程に身体が冷えている。

(……冷たい、な)

 雨は、冷たかった。
 だが、優しい手触りの水の感触は、嫌いではなかった。伸ばしたヒュンケルの手を疎むことなく、軽やかにくすぐる水滴が心地よい。

 美しく、途切れることのない雨を見つめながら、ヒュンケルはアバンに促されるままに宿屋へと戻っていった――。






「…………」

 白い衣を身に纏った男は、無言だった。
 だが、言葉に出す以上に苛烈な叱責が、侮蔑寸前の品定めが、人ならぬ双眸に溢れていた。――いや、それはある意味では叱責とは呼べないかも知れない。

 なぜなら、彼……ミストバーンには、目の前にいる人間の少年にさほどの期待を寄せてはいない。自分の要求する訓練についてこられるうちはよし、だが、それについて来られなくなったのなら、彼はあっさりと少年を見捨てるだろう。

 それこそ、子供が飽きた玩具を投げ捨てるよりもあっさりと、未練なく。
 それが分かっているからこそ、ヒュンケルは弱音は吐かなかった。荒い呼吸を無理にでも整え、休憩を取りたいと悲鳴を上げる手足を無理矢理に引き起こす。

 叩きつけるような雨の中、泥にまみれながらヒュンケルは立ち上がる。足がふらつくので、手にした剣を杖代わりにすがる様な有様だったが、それでもヒュンケルの目に浮かぶ燃えるような色合いだけは、訓練を始めた時から少しも変わりはなかった。

 ヒュンケルにまだ十分なやる気が溢れているのを確認すると、空中に停止していたミストバーンは再び動き出す。

 まるで幽霊のような気配の感じられない滑らかさで、滑るように移動するミストバーンを捕らえるべく、ヒュンケルは必死で剣を振るう。と、その打ち込みが弱いと言わんばかりに、ミストバーンの腕が動いた。

 ゆったりとした袖を一閃させただけのように見えるが、その瞬間に硬化された彼の爪が、ヒュンケルの腕を打ち据える。尖った爪を突き立てないだけ手加減はしているのだろうが、まだ十代半ばほどの少年にとっては十分以上に手酷い一撃だった。

 痛烈な痛みに思わず呻いたものの、それでもヒュンケルは剣を取り落とさずにがむしゃらに剣を振るう。
 強くなるために。
 復讐を遂げるために。

 ただそれだけを考えながら、盲目的に剣を振るい続けるヒュンケルの上に、雨は降り続ける。激しい訓練のせいで燃えたぎるような熱さを感じているヒュンケルには、雨の強さなどどうでもいい。
 ただ、雨の冷たさがやけに心地よく感じられた――。






 最初は、ぽつんと顔に当たった1滴にすぎなかった。
 だが、それはすぐにぽつぽつと水玉のように地べたに黒ずんだ染みを増やしていく。
 それが降り注ぐ雨に変わるまで、そうは時間はかからなかった。

(雨、か……)

 本格的に降り出した雨を、ヒュンケルは避けもせずに天を振り仰いだ。澱んだ色合いの雲から、無数の水滴が落下してくるのが見える。

 どうやら、小雨ではなく本格的な雨になりそうだった。勢いは強くはないが、いつの間にかしっとりと全身を濡らす……そんな雨だった。しかし、その雨を避けもせず、ヒュンケルはそのままその場に佇んでいた。

「ヒュンケル様。もう、戻られた方がよろしいかと。そのままでは、お風邪を召してしまいます」

 控えめな声が、背後から聞こえてきた。

「モルグか……」

 振り返って、確かめるまでもない。
 人の良い不死系怪物は、きっと困ったような顔でヒュンケルを窘めているのだろう。それを無用のお節介だと撥ね付けるのは、簡単なことだ。
 だが、ヒュンケルは静かに答えるだけにとどめる。

「このままでいい」

 この程度の雨で体調を崩すほど、ヤワな鍛え方をしたつもりはない。
 降りしきる雨の中、ヒュンケルは瓦礫と化した町並みを眺めていた。その町内の大半は、ヒュンケル自身が壊した物ではない。

 だが、町を破壊するように命令を下したのは、紛れもなくヒュンケル自身だ。実際に手を下したのは、ヒュンケルではなくその配下である不死騎士団かもしれない。

 だが、ヒュンケルはそんな言い訳に逃げるつもりはなかった。
 この町を滅ぼしたのは、他ならぬヒュンケルだ。
 壊れた町並みに比べると、人の姿がほとんど見えない。死体すらほぼ見当たらないのは、この町の住人達の迅速な避難を意味している。

 しかし、被害はゼロではなかったはずだ。
 壊れた建物や地べたには、あちこちに焼け焦げた黒ずんだ痕跡と共に、血の染みが残っていた。

 その血を、洗い流すかのように雨が降り注ぐ。
 だが、べったりと染みついた血は、多少の雨ぐらいで消え去ってはくれない。

 消えない痕跡を眺めながら、ヒュンケルはただ、雨に打たれるに任せる。
 まるで責めるかのように絶え間なく降り注ぐ雨は、ひどく冷たく感じられた――。






 いつ、雨が降り出してもおかしくはない空だった。
 まだ昼間なのに、もう夕暮れかと思うほどに暗く、曇天がすっぽりと空を覆っている。その雲のせいで気温が一段と低く感じられるような、そんな寒々しい天気だった。

 今にも降り出しそうな雨を嫌ってか、誰もが逃げるような足取りだった。一刻も早く家に帰りたいと言わんばかりに、コートの襟を立てて足早に立ち去っていく。それは、ヒュンケルも例外ではなかった。

 用事が済んだらさっさと戻れと、不機嫌そうに何度も念を押した魔法使いの少年を思い出しながら、ヒュンケルは足を速める。
 だが、その足が止まったのは、とある母子の姿が目に入ったからだった。

 まだ若い母親は、まるで急ぐ素振りなど見せなかった。むしろ、ことさらゆっくりとした足取りで『そこ』へと向かっていく。幼い腕には持てあましそうなほどに大きな花束を抱えた幼児の腕を引いて、彼女が向かったのはずらりと並ぶ墓石の前だった。

 比較的新しいそれらの墓石がいつ作られたものなのか、ヒュンケルは知っていた。
 魔王軍との戦いがようやく終わり、人々が少しばかり落ち着きを取り戻した頃だった。ようやく平和を取り戻した人々は、まずは亡くなった者達の弔いを望んだ。

 とは言っても、激しい戦火のせいで遺体が見つからぬ者も多かった。レオナの父、パプニカ国王でさえとうとう遺体は見つからなかったぐらいなのだ。戦いに巻き込まれた一般市民で、行方不明になったままの者は少なくはない。

 彼らの魂を慰めるためにとレオナの命令で作られた共同墓所は、誰も埋められていない空っぽの墓の列だ。

 しかし、それらの墓に花が途絶えることはない。
 墓石の一つの前で祈りを捧げる母親と、意味が分からない様子ながらも母親を真似る幼子の姿を、ヒュンケルはその場に佇んで見つめていた。

 やがて、墓場に飽きた子供が母親を急き立て、やっと空を気にし始めた母親が子供を連れてその場を立ち去っても、ヒュンケルはその場を動かない。やがて降り出した雨が石畳を濡らしても、彼はまだその場に佇み続けていた――。






「おい? おまえ、なにやってんだよ、そんなところで」

 不機嫌な口調で声をかけられるまで、ヒュンケルは彼の接近に気がつかなかった。振り返った先にいるのは、フードを深くかぶってマントを羽織った少年だった。

 そのフードのせいで顔が見えないし、マントのせいで体型すら見定められなかったが、仲間の――ポップの声を聞き間違えるわけがない。
 全く警戒する必要のない仲間からの問いに、ヒュンケルは少しばかり返事に迷う。

 それは、言いたくなかったからではない。どう説明していいのか、分からなかったからだ。
 だからこそ、ヒュンケルは曖昧に首を振るにとどめた。

「いや……」

 特に深い意味もない、相槌とさえ言えない答え。
 だが、よくあることではあるのだが、その返事はポップをいたく怒らせたらしい。元々不機嫌だった声音が、一段とご機嫌斜めへと傾いた。

「だったら、辛気くせえ面をして雨ん中、ぼーっと墓場なんか見てるんじゃねえよ!! そんなことして、意味があるのかよ!?」

 苛々と怒鳴りつけるポップの言葉は、的確に真実を射る。あまりにも痛すぎる真実に、ヒュンケルは苦笑せずにはいられなかった。

「そうだな――意味など、ないな」

 罪を償うつもりで、こんな真似をしているつもりはない。
 だが、もしそうだったとしても、こんなことが贖罪になるとも思えない。自分達の家族を奪った男が冷たい雨に打たれているからと言って、残された家族に対して何の慰めになるというのだろう?

 自嘲気味に、ヒュンケルは額に落ちた髪を払う。すでにぐっしょりと濡れた髪は、払うどころかかえって指にまとわりつく有様だった。
 そんなヒュンケルに我慢ならないとばかりに、ポップがマントを翻す。深くかぶっていたフードがはだけ、彼の顔が露わになった。

「なにも……っ、てめえの上だけに雨が降ってくるわけじゃねえだろ!」

 本気で怒っている魔法使いの少年を、ヒュンケルは初めて見るように見返した。 
 本来の年齢よりも幼く見えるポップを見ながら、ヒュンケルは今更のように思い出していた。

 今、ポップは17才……考えて見れば、当時のアバンとほぼ同じ年だ。あの時のヒュンケルにとってひどく年上に思えた教師の若さに思い至る。だが、似通っているのはそれぐらいのものだろう。

 ポップとアバンは、まるで似てはいない。
 年よりも大人びて見えて、常に穏やかな微笑みを絶やさなかったアバンに対して、ポップは年よりもずいぶんと子供っぽい。感情豊かなポップは笑顔もよく浮かべるが、それ以上にヒュンケルに対しては怒った顔を向けられる機会が多い。

 だが、それでもポップの話の要点は、あの時のアバンと同じだった。
 一人で雨に打たれるなと本気で怒っているポップの上にもまた、同じく、平等に雨が降り注ぐ。

 雨は、ヒュンケルもポップも分け隔てることはない。
 同じく、雨に打たれている時、呼びかける声が聞こえてきた。

「ポップ、ヒュンケル! こんな所にいたの?」

 そう呼びかけながら駆け寄ってきたのは、淡い赤毛の少女だった。ごく普通の女の子のような格好をしているが、彼女は見事な足取りで水たまりを避けてあっと言う間にヒュンケル達の所までやってきた。

 彼女の姿を見てヒュンケルはわずかに驚き、それから納得した。
 普段はカール王国にいるマァムは、めったにパプニカ王国には来られない。だからこそ、彼女が来る時にはレオナもポップも大喜びして歓待する。用事を早めに済ませて、彼女のために時間を空けて待っているのが普通だ。

 今日、ポップが念を押して早く戻れと言ったのは、マァムを歓迎するためだったのだろう。それなのに、自分を迎えに来るために彼女の手を煩らわしてしまったことを、申し訳なく思う。

「わざわざ、すまない」

「いいのよ、気にしないで。それより、びしょ濡れじゃないの。大丈夫?」

 怒るどころか、心配そうに傘を差し掛けてくれるマァムは、心優しい少女だ。自分が濡れるのも厭わず傘を大きく傾け、どこからかタオルを取り出してヒュンケルの濡れた身体を少しでも拭こうとしてくれる。

 タオル越しでも感じ取れるその温もりが、心地よい。だが、ヒュンケルはやんわりとそれを止めた。

「いや、オレはいい。それより、ポップを頼む」

 雨に打たれていたと言う意味では、ヒュンケルもポップも同じだ。それでもマントを着ていたポップの方が濡れていた時間が短いはずだが、ヒュンケルにしてみれば彼の方が心配だった。

 それはマァムも同じなのか、ポップの方に振り返った途端に顔色が変わった。

「ちょっと、ポップ!? なんで、あなたまでそんなに濡れているのよ!? やだ、マントを着ていたくせになんでこんなに濡れているのよ!?」

「う、うっさいな、たいしたことないって。ちょっと、フードをかぶるのを忘れただけじゃねえか、騒ぐようなことじゃねーよ」

「なに言ってるのよ、普通忘れないでしょ、そんなこと! もう、ちょっとどころじゃないでしょ、こんなに濡れちゃって……風邪でも引いたらどうするのよ!?」

 一気に騒がしくなったポップとマァムのやりとりを、ヒュンケルは微笑ましい思いで聞いていた。ヒュンケルには常に敬意を持って、優しくもどこか遠慮がちに接するマァムだが、ポップに対しては何の遠慮も見られない。

 ごしごしとポップの頭をタオルで拭うマァムの力業に、魔法使いの少年が悲鳴を上げている。それを聞きながら、ヒュンケルはマァムの手から傘を引き受けて二人に向かって差し掛ける。

「早く城に戻った方がいいようだな」

「ええ、そうね。早く着替えて、暖かい物を飲んだ方がいいわ」

 ヒュンケルとマァムの意見は一致していたが、残り一名が不機嫌なのに変わりはなかった。

「けっ、何を偉そうに! さっきまで雨に濡れてぼーっとしてた癖しやがってよ〜っ」

 不満そうにぼやきつつも、それでも歩き出すポップの腕をマァムは強く抱き込む。

「な、なにすんだよッ、マァムっ!?」

 うわずった声を上げるポップに対して、マァムはごく当たり前のように言う。

「なにって、くっつかないとまた雨に濡れちゃうじゃない。ヒュンケルも、もっとこっちによりそって」

 大きめの傘とは言え三人で一緒に入るのにはさすがに無理があるが、ヒュンケルは異議を唱えなかった。ただ、心持ちポップやマァムに向かって傘を大きく傾けるようにして、二人に合わせてゆっくりを歩き出す。

 はみ出したヒュンケルの肩は、当然のように雨に濡れる。だが、なぜだろうか。
 冬の雨なのに、ひどく暖かに感じられた――。

END 

 


《後書き》

 ちょぴっとシリアスめな、ヒュンケルと雨の話です。
 この歌は、心のイメージソングがあったりします。シドのレイン……某アニメのOPですね。BGMによくアニソンを流しているのですが、たまにその曲から話を思いつく時もあるんです。

 ま、めったにないことですが(笑)
 ところで目立たないですが、実はこれって春夏秋冬の雨の話だったりします。


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