『ご趣味はなんですか?』

「ダイくぅ〜ん、この後、何か予定はあるかしら?」

 とびっきり上機嫌な笑顔で、少しばかり語尾を伸ばしつつ甘え気味の声をだしてくる――そんなレオナを目にしたのなら、警戒心を感じた方がいい。

 彼女と親しい者ならば、口を揃えてこの意見に賛同するに違いない。三賢者やポップ、バダックなどならば、こんな時のレオナがいかに無茶なわがままを言い出すか、前例を幾つでもあげてくることだろう。
 だが、ダイは特に警戒するでもなく、素直に答えた。

「ううん、別に予定はないけど」

 勇者とは言え、平和になった世界ではダイはまだ成人前の子供にすぎない。頭脳面ではごくごく人並み、一般常識においては人並みからグンとレベルの下がった位置にいるダイには、レオナやポップのように頭脳面で政治に関わるなんて芸当はできっこない。

 また、剣の腕前そのものは優れているとは言え、ダイにはヒュンケルのように近衛隊長として振る舞うのには向かない。強さと、他者を指揮する才能はまったくの別物だ。

 ついでに言うのなら、ダイには特殊技能どころか一般常識すら欠けている。
 年齢的にもまだ仕事をするよりも勉強に力を入れた方がいいという周囲から意見に従って、今のダイは午前中は家庭教師から授業を受けているが、午後は自由時間になっている。

 周囲の人間は、魔界から戻ってきたばかりのダイがゆっくりと過ごせるようにと気を遣ってくれたのだが、ダイにしてみれば正直、空き時間を持てあましていた。

 地上に戻ってきてからと言うものの戦う必要もなくなったし、以前のように魔王を探して旅をする必要もない。
 結局のところ、ダイには特にやることはないのである。

 まあ、強いて言うのならば、ポップの所に遊びに行こうかなと思ってはいたが、約束しているわけでもないので予定とは言えない。
 ダイのその答えを聞いて、レオナがパッと顔を輝かせた。

「そぉお!? なら、よかったら、一緒にベンガーナに行かなぁい? デパートに買い物に行きたいのよ」

「うん、いいよ」

 考えずに、ダイは即答した。





「嬉しい、助かっちゃうわぁ!! ポップ君ったら最近冷たくて、全然買い物に付き合ってくれないんだもの。女の買い物は長くって困るとか、文句ばっかり言ってくれるし、たとえ一緒に来てくれたとしても荷物持ちとしては全然役に立ってくれないし! 
 あ、ダイ君、これも持ってくれるかしら?」

 甘えた声ながら、レオナが差し出してくる荷物は途切れることはない。
 レオナが主に買っているのは洋服なだけに一つ一つの包みは決して重くはないのだが、かさばる上に量が多いだけに積もり積もってずっしりと重い。

 まあ、重いとは言ってもダイにとっては持つのは難しくはないのだが、一つ一つ別の袋やら箱に入っているせいで、非常にバランスが悪くて持ちにくい。落とさないように苦労して荷物を持ちながら、ダイは内心思う。

(これじゃ、ポップには持てないと思うな)
 
 それに、彼女の買い物が長いという点はダイもポップに同感だった。
 ベンガーナのデパートにやってきたレオナは、さっきから飽きることなく何度も洋服売り場を行ったり来たりしつつ、エネルギッシュに買い物をしまくっている。だが、ダイにはそれには何の不満もなかった。

 なぜなら、レオナがすごく楽しそうだったから。
 喜々として次から次へと洋服を試着したり買い込んだりしているレオナは、非常に活き活きとして見える。レオナの笑顔が好きなダイにしてみれば、彼女が喜んでくれるのは素直に嬉しい。
 だが、一つだけ疑問があった。

「だけどレオナ、なんでこんなにいっぱい服を買うんだよ? 身体は一個しかないのにさ」

 ダイにしてみれば、服は一着か二着あれば十分だ。
 服なんてものは食べられもしないし、防具としてはさして役に立たないし、ダイにとってはあまり興味がない。デルムリン島にいた頃は、仲間達は誰も服など着ていないのに自分だけは着なければいけないのが面倒で、服なんてなければいいと思っていたぐらいだ。

 なのに、なぜレオナがこんなにも服が好きなのか、ダイにはよく分からない。

(マリンスライムとか、スライムつむりみたいだよね、レオナって)

 貝殻を背負ったスライム族は、生まれつき殻がついた状態で生まれてくるわけではない。空いている殻を見つけて、それに潜り込む習性を持っているのだ。

 そのため、空いている殻を見つけると彼らは喜んで今までの殻と比べ、気に入ったのなら住み替えてしまう。レオナ本人には言わなかったが、試着するレオナはそんなスライム達とそっくりだとダイは思っていた。

 今も、レオナはバーゲン品と書かれた札のついた服に目を輝かせて飛びつき、鏡の前で胸元に当てて併せて見ながら、嬉しそうにくるくると回っている。

 おそらく、角度を変えて服が合っているかどうかを確かめているのだろうが、その様子は嬉しさの余り踊っているように見えた。

「あら、分かってないのね、ダイ君。
 いいのよ、こうやって買い物をするのがあたしの趣味なんだから♪」

「しゅみ?」

 聞き慣れない言葉にダイが小首を傾げると、レオナはいつものように分かりやすく噛み砕いて教えてくれた。

「趣味っていうのはね、暇な時間に楽しむためだけにやることなの。趣味を持つって言うのはそれだけで人生を豊かにしてくれるし、ストレス解消にもなってくれるのよ。
 どんなに仕事で疲れた時だって、こうやって買い物をしまくれば一気に気分転換できちゃうんだから!」

「ふぅん。なんかよく分からないけど、しゅみってすごいんだね」

「ええ、そうよ。ダイ君も何か、趣味でも見つけてみたら?」

「見つける? しゅみって、探すものなの?」

「まあ、探すっていうか大抵の人は一番好きなことを趣味にするから、自然に見つかるって感じかしらね。でも、自分から積極的に趣味を探すのも悪くはないんじゃない? 
 そうね、ダイ君の場合だったら――」

 なにがダイにあっているのか、教えてくれようとするレオナの言葉にダイは無意識に期待して耳をそばだてる。

 ダイにはまだ『しゅみ』というものはよく分かってはいないが、暇な時間を楽しめる方法があるのなら、聞いてみたい。ポップもレオナも仕事で忙しく手なかなか遊んでくれないせいで、ダイは今のところ暇を持てあましているのである。

 聡明なレオナならば、きっとダイにぴったりな趣味を教えてくれるだろうと期待したのだが、残念ながら話はそううまくは進まなかった。

「あっ、なにっ、あれっ!? うそぉっ、75%OFFですって、見逃せないわっ!!」

 それを見た途端、レオナはダイとの会話もすっぽりと忘れてしまったのか、猛然と女性だらけの戦場――別名、バーゲン会場へと突っ走る。

 話の最中にも洋服探しの熱意を忘れず、目当ての洋服に向かって突進していったレオナにしてみれば、それは軽く言って見ただけの言葉だったかもしれない。
 が、ダイにとってはそれが趣味探しのきっかけとなった言葉だった――。





「ねえ、ポップはしゅみってある?」

 と、ダイが真っ先に聞いてみたのはポップに対してだった。ちょうど、昼食を食べ終わってまったりとくつろいでいる時間を狙って、疑問をぶつけてみる。

「んー、趣味ぃ?」

 ポップは生返事をする。

「別にねえよ、そんなの」

 その答えに、ダイは少しばかりがっかりする。
 どうせ『しゅみ』を楽しむのなら、ポップと同じものだといいなと思っていたのだ。アバンとの授業の時のように、ポップと一緒にできるのならばそれはさぞ楽しいと思っていただけに、当てが外れた気分だった。

 しかも、ポップときたらさっきから本に見入っていて、ダイの方に見向きもしてくれない。食後の一休みだと言って中庭に向かったポップは、木の下にどっかりと座り込んで本を読み出したまま動かない。

 別にダイを無視しているわけではないし、話しかけるとそれなりには返事はしてくれるのだが、ダイとしてはちょっとばかりつまらない。

 放っておかれた感じがして寂しいだけでなく、やることのないダイは退屈で物足りない。ポップの方は本を読んでいるせいか、全然退屈ではないようだが――。
 と、ダイはふと気がついた。

(そっか、ポップのしゅみって本なんだ……)

 思えば、ポップが休憩時間にそうやって本を読んで過ごす姿はしょっちゅう見かけている。ちょっとした空き時間など、ポップは執務室でもよく本を読んでいたりする。ポップの部屋にある壁一面を覆う程の本の量だって、それを裏付けている様に思える。

 そう思った途端、ダイはひどくがっかりしてしまう。
 簡単な読み書きから習い始めているダイは、本を読むのはひどく苦手だ。絵本程度ならば何とか読めなくもないが、ポップが好むような字がぎっしりと詰まった本などは見るだけで頭痛がしてくる。

 それを思えば、ポップと一緒に趣味を楽しむのは絶望的だ。
 一気にションボリしてしまったダイは、ふと、心配になった。

(あ……それなら、邪魔しちゃ悪いのかな?)

 生き生きと買い物という趣味を楽しんでいたレオナを邪魔せず応援したように、ポップの趣味に対してもダイは協力したいと思う。

 ――が、読書というダイには最も不向きな作業に関しては協力なんて夢のまた夢だし、それならばせめて邪魔しないようにするぐらいしかできない。心残りを感じつつも立ち上がったダイだったが、思いがけずにポップから声がかかった。

「んー? どっか行くのか、ダイ?」

「うん、ちょっとしゅみ、探してくる。じゃあ、またね、ポップ」

 趣味を探すという漠然とした目的は捜し物と言えるかどうかは微妙だが、とりあえずダイはそう答える。

「おー、頑張ってこいよー」

 本を読むのに夢中になっているのかポップの返事は上の空っぽかったが、それを聞きながらダイは城内に向かって歩き出す。その姿が見えなくなった頃、ポップはようやくダイの残していった言葉の奇妙さに気がついたらしい。

「ん? おい、ダイ、おまえどこに何を探しに行くって?」

 思わずそう呼びかけたポップだったが、その時にはもう、ダイはとっくにいなくなっていた。





「趣味? はっはっは、それならワシはいくらでもあるぞ!
 剣術はたしなみだから当然として、なんと言ってもワシはパプニカ一の発明王じゃからな、機械いじりはお手の物じゃわい!」

 と、楽しげに笑い飛ばしたのはバダックだった。
 年老いても未だに現役兵士としてパプニカ城で勤務しているバダックだが、彼の任務は他の兵士達とは一線を画している。並の兵士ならばみっちりと訓練や勤務に追われるものだが、レオナのお付き兵としては最古参のバダックはかなり優遇されている。

 そのせいか、彼は兵役に就いているよりもむしろ庶務的な用事をこなしていることが多い。今も、バダックは庭に面したレオナの執務室前の中庭で花壇の手入れをしているところだった。

「最近はまあ、ガーデニングに凝っていると言えるかな。これでなかなか、花を育てるのも楽しいものじゃぞ。
 どうじゃ、ダイ君もやってみないかの? 姫様もお喜びになるぞ」

「レオナが? うん、それならやってみる!!」

 ガーデニングというのはよく分からないが、レオナが嬉しそうに笑ってくれるというのなら、ダイとしては是非やってみたい。それに、レオナが喜ぶのならポップも喜ぶかも知れないと、ダイは至ってポジティブに考えていた。

「おお、そうか。じゃあ、まずはここら辺をスコップで軽く掘ってみてくれんかの?」

 笑顔のバダックに言われた通りに、ダイは実行する。が、ダイが手伝い初めてから5分とたたないうちにバダックが音をあげた。

「うわわっ、い、いかん、いかんっ。そんなに深く掘ったりしちゃ、って言うか、花壇を砕かないでくれぇええっ、わわっ、そっちの薔薇の茂みだけは触っちゃいかんっっっ!!」

「えっと……ごめんね、バダックさん。おれ、やっぱ、やめとくよ」

 ――かくして、ダイのガーデニングは始まる前に終わりを告げたのであった。





「どうした、ダイ。珍しいな、ポップの奴は一緒じゃねえのか?」

 パプニカの海岸で、小舟に乗って釣りをしているマトリフは、唐突なダイの訪問に驚いた様子も見せなかった。

「うん、ポップは忙しいから……」 

「どうした? 元気がねえみたいだが」

 ぶっきらぼうながら気遣いの感じられるマトリフの言葉を嬉しく思いながら、ダイは大丈夫だと答える。
 それから、疑問をぶつけてみた。

「マトリフさんのしゅみって、何?」

「あん? そりゃあ、見ての通りだ」

 そう言いながら、マトリフはシュッと軽く竿を振る。たったそれだけなのに、おもりのついた針は驚く程遠くまで飛んで着水した。
 浮きがぴょこぴょこと踊るように揺れていたが、不意にそれが水に深く潜る。と、その瞬間を狙って、マトリフは竿を引っ張った。
 途端に空中にキラキラと輝く身体をくねらせ、魚が舞った。

「うわぁっ、すごい!」

 ダイの素直な称賛に、マトリフも気をよくしたらしい。

「はっはっは、そうだろう、そうだろう。ま、オレもこの道じゃ年季が入っているからな。どうだ、おまえもやってみるか? 何なら、竿を貸してやってもいいぜ」

 よほど機嫌がいいのか、マトリフは竿をつきだしてそう誘ってくる。
 それはそれで嬉しかったのだが、ダイはどこまでも正直者だった。

「でも、おれ、多分、もぐって魚捕った方が早いと思うんだ」

 島にいた頃のダイは、魚を捕る時は決まって素潜り派だった。ブラスに釣りに誘われたこともあるが、どうもダイには釣りは合わなかったとしか言いようがない。

 しょっちゅう糸に絡まってしまうダイに呆れ果てたのか、根気のいいはずのブラスに見限られて以来、ダイは釣りはすっぱりと諦めている。が、ダイの素直なその感想は、マトリフの釣り師としてのプライドを痛く傷つけてしまったらしい。

「ほぉお? 釣りよりも素潜りの方が大量にとれるとでも言いてえのか? てめえ……釣り師の前で網を投げるような真似をしくさろうって腹か……!?」

 ただでさえ険しいマトリフの顔がより一層険しくなり、声もどすのきいた低い物へと変わる。
 なんだか致命的にまずいことを言ってしまったと気がついたダイは、慌てて立ち上がった。

「あっ、やっぱりおれ、釣りをしゅみにするのはやめとくよっ。じゃあね、マトリフさんっ」

 それだけ言い残して、ダイはさっさと退散する。かくして、ダイのグランダーへの道も断たれたのであった――。





「私の趣味ですか? そうですね、色々ありますけれどやっぱり一番好きなのは料理ですね〜」

 楽しげに言いながら、アバンは手際のよい動きでトントンとまな板の上で何かを刻んだり、スープの中に何やら調味料を入れたりという動作を繰り返す。
 今のアバンは、カール王国の国王だ。

 いくら弟子とはいえ、突然、何の連絡もなしにやってきた客をそうそう気楽に迎えられる立場ではないのだが、アバンはダイを優しく迎え入れてくれた。ダイの唐突な質問にも、戸惑うことなく応じてくれる大らかさは勇者の家庭教師時代と少しも代わりがない。

 頭にはしっかりと三角巾を巻き、エプロンまで着けたその姿は、元勇者としも現在のカール王としても些か威厳に欠ける姿ではあるのだが、アバン本人はひどくうきうきしていて嬉しそうだった。

「どうですか、ダイ君もやってみませんか? 料理作りもやってみれば楽しい物ですよ」 

 そう誘われて、ダイは少し考え込んでしまう。

(…………うーん、でも、なんか、すごく大変そうだよなぁ)

 ダイにしてみれば、料理などという物は一種の魔法としか思えない。食材にあれこれと手を加え、全く外見が違う物に仕上げるのはすごいとは思うし、もちろん食べるのは大好きだ。

 だが、自分でやってみたいとは全然思えないし、できる気がしない。
 今、アバンはアップルパイを作っていると言っていたが、リンゴや卵なら生でもそのまま食べられる。

 小麦粉やバターなどはそのまま食べてもあまり美味しくはないが、それでも食べられないこともない。なのにわざわざ捏ねたり伸ばしたり、煮たり焼いたりするのは面倒そうだし、何より途中で食べるのを我慢するのが辛い。

 まだ焼く前のパイ生地を伸ばしているアバンは実に楽しげだが、ダイにしてみればそれをそのまま食べたいと思う気持ちを抑えつけるだけでも大変だった。焼いてなくても美味しそうな匂いのする生地を、もし自分で伸ばせと言われたのなら――。

(だめだ、きっと食べちゃうよ、おれ)

 作っている途中で全部胃の中に収まってしまうのならば、それは料理とは言えないだろう。

 料理を作ろうとして、つまみ食いだけで終わってしまうような趣味では、それは到底人に胸を張って言える物ではない。もし、ポップがそれを見たら、呆れまくった顔をするだろうし、一緒にやってくれそうもない。
 料理を趣味にするのは、ダイにはひどくハードルが高そうだ。

「……ごめんなさい、やっぱやめときます」

 諦めきった表情で、ダイはションボリとそう訴えた。言うまでもなく、料理人への扉は開きもしなかったのである――。





「趣味、ですか?」

 意外なことを聞かれたとばかりに、ラーハルトは眉を寄せる。だが、その表情は真剣ではあっても、決して怒っているものではなかった。無愛想に見えるし、実際に傲岸不遜な性格を隠しもしない男ではあるものの、ラーハルトは短気ではない。

 それに、他の人間に対してはともかくとして、ダイに対してはラーハルトは実に忠実な部下だった。主君の疑問になら何が何でも答えなければならないとばかりに、真剣な顔で考え込んでいる。

 その顔があまりにも思い詰めたように見えるので、ダイは些か心配になる。別に、ないなら無理しなくていいよと言いかけようとした時、ようやくラーハルトが口を開いた。

「旅行、と言ったところでしょうか」

「え!? ラーハルト、旅が好きだったの?」

 意外な気持ちで、思わずダイは聞き返していた。

「好きかと言われると悩みますが、嫌いではありません。
 城などにいると息が詰まりますし、それぐらいなら旅先で新しい地を訪れて、野宿でもしていた方がマシです」

 聞きようによってはなかなか失礼なことをさらりと言っているが、正直、ダイにはその気持ちはよく分かる。

 ラーハルトはカール王国に客分として居候しているが、実際に城に滞在しているよりも放浪している時間の方が長いらしい。まだ凶暴化したままの怪物退治を主に行っていると淡々と説明した後、ラーハルトは思いがけない誘いをかけてきた。

「どうです、ダイ様も一緒に旅をしてみませんか?」

「え……っ」

 驚きを感じた後に、意外なぐらいに乗り気になっている自分に気がついて、ダイはまたも驚く。

 ポップやレオナのいるパプニカに留まりたいと思ったし、十分今の暮らしに満足しているはずなのに、ラーハルトの言葉は風穴を開けるようにダイの心に強く吹き抜ける。

(旅か……いいかも)

 思えば魔王軍との戦いの最中も、ダイは旅をするのが好きだった。ポップやみんなと一緒に、今まで行ったことのない場所に行くのはいつだってワクワクした。

 ポップは野宿は嫌だとか、宿屋のベッドで寝たいとぼやくことが多かったが、ダイにしてみれば夜空を見上げて眠る野宿は心まで晴れ晴れとして気持ちが良かった。

 豪華で飾り立てられた城で寝泊まりするよりも、ダイの性には合っている。
 家庭教師に習って勉強する毎日から離れ、自由気ままに旅をする日々……ダイは心が大きく傾くのを感じはしたのだが――。





「……ポップ? いる?」

 遠慮がちに声をかけると、中から「おうよ」と返事が戻る。それが勝手に入れと言う意味だと知っているダイは、遠慮せずにそのまま部屋に入る。
 ポップの自室に入ると、彼は行儀悪くベッドに寝そべった姿勢のまま本を読んでいた。が、ダイの姿を見ると、本を伏せて顔を上げる。

「よっ、どうしたんだよ、ダイ? 姫さん、夕飯ん時になってもおまえが戻ってこないから、怒ってたぜ〜? 後で、ちゃんと謝っとけよな」

 ケラケラ笑いながらそう言うと、ポップは再び読書に戻ってしまう。
 その反応に、ダイは文句は無い。

 勤務後で疲れているだろうポップの部屋に勝手に押しかけてきているのは、ダイのわがままなのだから。レオナの計らいでダイには中庭に面した広い部屋を与えられているのだが、まだ城での生活に慣れていないダイはその部屋には馴染んでいない。

 自分の部屋にいるぐらいなら、ポップの側にいた方がずっと落ち着く。
 そのせいで仕事中にはポップの執務室へ、勤務後はポップの自室へと押しかけていることは多いが、ポップはそれに呆れた顔をしたり軽く文句を言うことはあるが、決して追い出したりはしない。

 とは言っても、あまり歓迎してくれている様子もないのだが。
 気が向けばダイとおしゃべりをしたり、ふざけたりもするが、こんな風に本を読んでいることはもっと多い。

 ポップはいたってマイペースで、ダイが来ても来なくてもたいして変わりがないように見える。普段は気にもならないのだが、今日はそれがやけに物足りないというか、すうすうと寂しい感じがする。

(……もしかして、ポップ、おれがいない方がいいんじゃ……)

 などと、ダイらしくもなく後ろ向きの方向に思考が沈んでしまう。

「……おれ、もう部屋に帰るね」

 来たばかりなのに腰を上げかけたダイに、ポップは不思議そうに声をかけてきた。

「なんだよ、おまえ、もう眠いのか?」

「そうじゃないけど、おれ、ここにいちゃ邪魔じゃないかって思って。だって、ポップがせっかく本を読んでるのに……。しゅみの邪魔しちゃ、悪いだろ?」

 昼間の経験で、ダイは学んだ。
 人間というものは、趣味を邪魔されるのは好まないらしい、と。短気なマトリフなんぞは殺気だって怒っていたし、人の良いバダックでさえダイの手伝いの後にはやたらと顔を引きつらせた微妙な表情になっていた。

 その経験から察するに、ポップの読書の邪魔もしない方がいいだろうと思ったのだが、ポップの反応は予想外の物だった。

「趣味? そういやおまえ、昼間もそんなこと聞いてたけど、なんか勘違いしてないか」

 ポップは相変わらず本から目を離さないまま、たいして気乗りがしないように答える。

「そりゃあ、読んでると面白いからな。でも、別におれは読書が趣味ってわけでもねえぜ」

「え、違うの?」

 意外で、ダイは目をまん丸く見開く。
 それに、正直、ダイにはその差が分からない。

「だって、ポップ、しょっちゅう本を読んでるじゃないか。しゅみだから、そうしてるんじゃないの?」

 ダイはてっきりそう思い込んでいたのだが、ポップの意見は違うらしかった。

「あのな、趣味だからそうしてるんじゃなくって、やってて面白いとか、何となく楽しいからやってるんだよ。
 おまえもゴチャゴチャ考えてなんかいないで、好きなことをやればいいだろ」

「…………!」
 それを聞いて、ダイは再び目をまん丸くする。
 だが、さっきと違って、その言葉はすんなりと胸に落ちてきた。
 好きなことをやれと言われて、咄嗟に思い出したのは旅に誘われた時のことだった。

 ダイも、旅は好きだ。
 だが、旅だけが目的ならば別に迷いも悩みもしない。ラーハルトに誘われるままに、そのまま旅に出ていただろう。

 しかし、ダイにとって旅の思い出は常にポップと結びついている。ポップ抜きで旅に出るなんて考えられないし、行ったとしてもきっとつまらない。そう思ったから、あの時、彼の誘いに頷かなかった。

 あの時はそれでいいのかどうかよく分からなかったが、今、ポップは力強く背を押してくれた。
 自分の好きなようにやればいい、と。

「へへ……っ」

 心が軽くなると同時に何となく嬉しくなって、ダイはダイブするようにポップのベッドの上に飛び乗った。

「なんだよ、部屋に戻るんじゃなかったのかよ?」

「ん、気が変わっちゃった。ポップ、もう少しここにいてもいいかな?」

 少しばかり甘えをのせて、ダイはポップにねだる。
 ポップがダイが近くにいても、全く気にせずに自然体で過ごしているというのなら、ダイだってそうしていたい。ポップが何となく本を読むのが好きなように、ダイだって何となくポップの側にいるのが落ち着くのだ。

 すぐ隣にゴロンと転がったダイを、ポップは嫌がらなかった。ごく当たり前のように手を伸ばして頭をくしゃっと撫でる。

「ま、好きにしていいぜ」

 欲しい時に一番嬉しい言葉をくれる魔法使いの言葉を宝物のように受け止めながら、ダイは満足しきった笑顔を浮かべた――。  

   END

  
 


《後書き》

 ダイ君の趣味探索話です♪
 魔界から帰ってきたばかりの頃は、ダイはまだ、ちょっと魔界でのダメージを引きずっているのかあれこれと手探り状態な感じですね。本人は大真面目に趣味を探しているのですが、どうにもピントが外れています(笑)

 ところで、ポップは傍目からだとどう見ても標準以上の本好きですが、本人は読書を趣味と認めていません。部屋にこもって本ばかり読むなんて女々しいと思うような頑固親父に育てられたポップは、読書は好きでも読書する自分にいいイメージを持ってないせいで、趣味とは認めてません。

 たまにいる、やたらと詳しくて拘りを持っているくせに、自分をオタクと認めたくなくて違うと言い張る意地っ張りさんのようなものです(笑)


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