『死神の嫌がらせ』
  
 

 そこには、静けさが満ちていた。
 ついさっきまでの戦いや魔法の儀式が嘘のように、しんと静まりかえっている。優に十人を超える人間が集まっているのに、不思議なぐらいに静まりかえっていた。

 時折、大勇者アバンが何かを話しかけてはいるが、賑やかな時間は長くは続かない。
 すぐに、元の静寂が取り戻される。

 大半の人間は光り輝く魔法陣のすぐ側に集まっていたが、キルバーンがいるのはそこから少し離れた場所だった。岩場に囲まれた居心地の悪いその場所にいるのは、キルバーンの意思では無い。

 戦いに負けた後、無理矢理ここに引きずられて以来、ずっと見張られている。三人の屈強な戦士達に周囲をがっちりと固められては、身動きすらままならない。

「チッ、全くよぉ、いつまでこんなところで、こんな陰険な野郎を見張ってなきゃいけねえんだよ?」

 などと、いかにも不満そうにヒムが文句を呟いているが、周囲の空気を読んでいるのかやけに小声だ。小さすぎるその声を、すぐ近くにいるキルバーンは拾ったものの、同じく近くにいるヒュンケルやラーハルトは反応を見せなかった。

 聞こえなかったのか、あるいは聞こえていても黙殺した可能性も高そうだなと思いながらキルバーンは自分を見張る人物に目をやる。

 元魔王軍不死騎士団軍団長ヒュンケルに、元竜騎衆陸戦騎ラーハルトもいるが、キルバーンが注目したのはこの二人では無かった。

 元ハドラー親衛隊の一員であり、全身銀色の金属生命体。並の人間なら驚くであろうその姿に、物珍しさを感じたわけでは無い。だいたい、キルバーンはヒムがチェスの駒から生み出された時に現場に立ち会っていた。今更、その姿が珍しいと思うはずも無い。 

 ただ、ヒムの動きに合わせて銀色の髪が靡くのや、生き生きと変化する表情が、キルバーンにとっては少しばかり面白く感じられただけだ。
 ハドラーは見た目よりも感情豊かな男だったが、その分身体も同じ特徴を備えているらしい。

(ああ、そう言えば『彼』もそうだったねえ)

 ――オレはよぉ! でけえ手柄が欲しいんだよ!! 百年生きても、千年生きても手に入らねえぐらいの手柄がよっ!――

 狂おしく、だか切実な響きを込めてそう叫んだ男の声をキルバーンはまだ覚えている。

 魔王軍氷炎魔団軍団長、フレイザード。
 炎と氷の身体を併せ持つ異形の魔族は、魔王ハドラーによって禁呪法で生み出された、彼の分身とも言える疑似生命体だった。ヒムを含めた親衛隊の寸前に作り出された分身体だ。

 無機物に命を注ぎ込む呪法は、良くも悪くも本体の精神状態を反映させるものととなる。

 フレイザードも、その例外では無かった。ハドラーの焦りと勝利への執着心を色濃く宿らせたフレイザードは、当時の魔王の精神的な葛藤や反抗心をそのまま受け継いでいた。

 大魔王バーンに忠誠を誓ったものの、かつて魔王と名乗っていたハドラーが本心から他者の膝下についたなどと、当のバーンですら思っていなかった。

 恭しくバーンに礼を尽くしながらも、ハドラーの目の奥には常にバーンへの怯えと反旗に揺れる炎が見え隠れしていたことを、キルバーンだけでなくバーンやミストバーンも知っていた。

 そのハドラーの生み出した疑似生命体を、心から信用できないのは当然だろう。

 魔王軍の裏切り者を処刑するという役目を預かっていた以上、もちろんキルバーンは魔王軍幹部のことは常に見張っていた。中でもフレイザードについては、キルバーンは特に注意を払っていたと言っていい。

 魔王ハドラーの腹心とも言える立場の彼は、いざとなればハドラーの尖兵として真っ先に反逆してくる可能性もあった。
 もっともフレイザードの反抗心は、皮肉なことに本体であり自分の生みの親に等しいハドラーに向けられている様子だったが。

 最後まで手柄に焦り、博打のような無茶な戦いを繰り返した挙げ句、フレイザードは最後はあっさりと消滅した。
 生存していたのは、およそ一年弱ほどだっただろうか。

 分身体は基本的に本体よりも寿命が短いのが常とは言え、魔族どころか人間の感覚で考えたとしても短い一生だった。

 だからと言って、同情する気も無かったが。
 結局、キルバーンはフレイザードとは直接顔を合わせる機会も無かったし、積極的に会いたいとも思ったことも無い。

 ただ、キルバーン自身がヴェルザーに生み出された疑似生命体だっただけに、疑似生命体であるフレイザードにいささか興味を惹かれていたのは事実だ。

 仲間意識――と言う程は強くはないかもしれないが、並の分身体に対するよりは、多少は意識していたのは間違いない。
 分身体は、普通、本体が死ねば死亡する。

 それは考えて見れば、当たり前の話だ。分身は飽くまで分身だ、本体の補佐や手助けをするために生み出した存在なのだから、本体以上に生きることなどあり得ない。

 それどころか、本体が分身体を始末しようと考えたのならいつでも消滅しかねない脆い立場でもある。

 だからこそ生み出された分身体は、決して本体に反抗はできない。たとえ本人に対して抵抗心や嫌悪感を感じていたとしても、それでも常に力を貸し続けなければならない立場にある。

 ヴェルザーに対して好意的な感情を抱いてはいないキルバーンが、何百年もの間、彼に従わざるを得なかった理由がそこにある。

 しかし、ハドラーの生み出した疑似生命体は違った。ハドラーが一度死んだ時も、フレイザードは死ななかった。後にハドラーが生み出したハドラー親衛隊の中でも、戦いに生き延びたヒムも未だに生き残っている。

(奇跡、なんて生易しい言葉なんかで説明して欲しくはないねえ)

 ちらっと自分のすぐ側にいる金属生命体を見やりながら、キルバーンは未曾有の幸運に恵まれた癖にそれに気がつかずに無にしてしまった分身体に思いを馳せる。

 だが、彼を羨むべきか、それとも嘲笑うべきかは迷うところだ。
 きっと、フレイザードは知るまい。
 無理に手柄を立てるまでもなく、フレイザードという存在がすでに本体に認められていた事実を。

 ハドラーの心にあった焦りに縛られてがむしゃらに戦い続けていたフレイザードは、自由に生きていける可能性が自分にあったことすら知らないまま終わった。

 ハドラー譲りの野心に焦がれ、自分がすでに自由の身であることさえ気がつかないままミストバーンの甘言に乗せられ、無惨な最期を遂げた彼は、きっと知るまい。

 いや、知ったとしても決して納得などできなかっただろう。
 生まれながらに荒れ狂う心の餓えに翻弄され、狂気のごとき短い生を駆け抜けたあの狂戦士に、言ってやる機会があったのなら教えてやりたかったものだとキルバーンは一人、思う。

 たとえ百年生きても、千年生きても、決して癒すことのできない心の傷を。それを知ってもなお、彼は千年の命に匹敵する手柄を追い求めていたのだろうか。

(……まあ、言ったところで意味がなかったろうけどね)

 仮面の奥で、キルバーンは自嘲も込めて密かに嗤う。
 どんな名声や戦いを持って埋めることのできない千年の孤独を、わずか一年しか生きていない者が想像できるはずもない。

 ヴェルザーの苦悩や孤独は、分身体であるはずのキルバーンにさえ想像も及ばなかった。それは即ち、キルバーンにはヴェルザーの悩みには関与できないということだ。
 分身体と本体の繋がりは、深いようで遠い――。

「貴様……何を企んでいる?」

 思考の波に意識を遊ばせていたキルバーンを連れ戻したのは、低い声だった。
 尖った声は、問いかけるなどという生易しいものではなかった。罪を一方的に断じる口調に、キルバーンは僅かに含み笑う。

「いや、別に。少し、考え事をしていただけだよ」

 それは事実そのものだったのだが、見張り役達はそうは思ってくれなかったらしい。懐疑的な視線が、一斉にキルバーンに突き刺さる。

「そんな目で見られるだなんて心外だなぁ、ボクは大人しく観念しているつもりだけど? ちゃーんとキミ達の要求通り、こうやってイイ子にしているじゃないか」

 大仰な仕草とからかいを含ませたその言葉は、掛け値無しの本音だった。
 何分にも、相手が悪すぎる。最強の勇者とその相棒である魔法使いが不在とは言え、残りの勇者一行の主力メンバーがほぼ勢揃いした場から無事に逃げおおせることが出来ると思うほど、キルバーンは自惚れてはいない。

 さっきの戦いで負った傷は一応塞いだものの、まだ完調とはほど遠い。
 なにより今のキルバーンは、大魔王バーン暗殺のために生み出された疑似生命体をベースとしたものだ。以前よりも空間移動能力を重視した身体は戦闘力においては衰えており、戦い向きではない。

 それを考えれば、ここで抵抗するなど無駄なことだ。
 至って合理主義者なキルバーンは、無駄になる公算の多い勝負など仕掛ける気も無い。だからこそ敵の要求に従って大人しく捕虜に徹しているというのに、彼等はそれに納得していないらしい。

 むしろ、何もしないのが不満とばかりの目つきで無言のまま睨みつけてくるのが笑える。

(ククッ、ずいぶんと露骨だねえ)

 口には出さないヒュンケルやラーハルトの不機嫌さをひしひしと感じながら、キルバーンはわざと余裕ぶった口調で言ってのけた。

「余計な心配なんかしていたら、気疲れするだけだと思うけどねえ。この先、長丁場になったら持たないよ。
 ボクは大人しくしているから、キミ達ももっとリラックスしたらどうかな?」

 親切心を装ってそう声をかけながらも、キルバーンには分かっていた。
 彼等が決して安心などできやしないことを。

 安心できるはずなどあるわけがない。勇者一行の中心である勇者ダイが魔界にいて、それを助けるためにポップが向かっている最中なのだから。仲間達が死闘を繰り広げているかも知れないと思いながら、心を落ち着かせられるはずがない。

 魔界へ行くこともできず、ただ待っているしかできない我が身に焦れながら、自分の無力さに苛立っているのが手に取るようによく分かる。

 実際、彼等にしてみればキルバーンが動きを見せた方がまだ気が逸らせるだろう。ほんのわずかでもいい、目的のために何かをしている間は人は焦りを忘れられる。

 自分のしていることが仲間達の手助けになるのなら、尚更だ。
 その意味では、抵抗して暴れ回るキルバーンを力尽くで抑えつける戦いでもしていた方がヒュンケル達にとってはよほど気が安らぐはずだ。

 そんな彼等が敢えてキルバーンに何もせず、見張っているにとどめているのはポップがそう望んだからだ。

 殺さずに見張って欲しいというポップの言葉が無ければ、ラーハルトかヒュンケル辺りがとっくに自分を殺していただろう。ポップの言葉が歯止めとなっている今でさえ、殺気を隠しきれていないぐらいなのだから。

 だが、そこまで分かっていながら、いや、分かっているからこそキルバーンは決して抵抗などしてやる気は無い。むしろ、相手の神経を逆撫でするだけ逆撫でしまくるため、暢気に振る舞ってやるつもりでいる。

 ヒムが忌々しげに何度目かの舌打ちを繰り返し、ヒュンケルやラーハルトが殺気だった目で自分を睨んでいるのを百も承知の上で、キルバーンはさも手持ち無沙汰だと言わんばかりにあくびをしてみせる。

(まあ、どうせ長くは待たずに済むだろうけどね――どっちにしろ)

 内心の思いなど、もちろんおくびにも見せやしない。
 ポップが何を企んでいるのかは予想もつかないが、戦いが長引かないことだけキルバーンには予想はついていた。

 ヴェルザーとダイはともかく、ポップは純粋の人間だ。魔界で長く生存できるはずが無い。一週間かそこらならまだしも、長期滞在すれば確実に身体が蝕まれる。

 そうで無くとも、ポップが魔王軍との戦いでかなり体力を落としていた。持久力に欠けるならば、短期決戦で挑むしかあるまい。
 もっとも、そんなことは勇者一行も承知しているはずだ。だからこそ、こんな何も無い荒野で勇者とその魔法使いの帰りを待っているのだろう。

 伸びをする振りをしながら、キルバーンは未だに微光を放ち続けている魔法陣に目を向けた。

 あの輝きから判断すると、おそらくあの魔法陣の効力はポップの生存と連動しているに違いない。勇者一行の全員がそれを承知しているかどうかは分からないが、少なくともそれを理解している人間がこの場には二人はいるなとキルバーンは理解していた。

 魔法陣のすぐ近くにいて、時折女性陣達に何やら話しかけたり気遣ったりする紳士的な素振りを見せている癖に、時折油断のならない目を向けてくる大勇者。

 そして、大勇者のすぐ近くにいる老魔法使いの鋭い視線も曲者だった。
 魔法陣とキルバーン、両方をよく見張れる場所を陣取ってる二人はその意味を知りぬいているのだろう。

 強い魔法をかけた場合、術者とその対象には繋がりが生じる。魔法陣の消滅が術者であるポップの死を意味するように、ヴェルザーに何かあれば分身体にもその兆しは及ぶ。

 キルバーンの変化からヴェルザーの現状を読み取ろうとしているのか、先代の勇者と魔法使いの目がキルバーンから離れることはなかった。

(ボクが死ぬところを期待しているのかもしれないけど、それって無駄だと思うけどねえ〜)

 キルバーンは、厳密な意味で死ぬことは無い。
 幾度死んだとしても、ヴェルザーの意思でまたこの世に呼び戻される。ヴェルザーがこの世に存在する限り、それは繰り返される。

 そして、キルバーンは知っている。
 ヴェルザーが不死にも等しい強靱な肉体と、地上への果ての無い執着を抱いている事実を。

 ヴェルザーが死ぬなど、考えられない。
 いくら竜の騎士とは言え、ダイはまだまだ未完成の未熟な混血児だ。全盛期のバランでさえ倒しきれなかったヴェルザーを倒せるとは、とても思えない。

幾度となく奇跡を巻き起こしてきた勇者でも、あの絶対的な実力差を覆せるとはキルバーンには思えなかった。
 勝つのはきっと、ヴェルザーだ。

 そして、勝利したヴェルザーが後始末のために自分を呼び寄せる……それが一番あり得そうな未来だと、キルバーンはすでに確信していた。

 なんとしても地上を手に入れたいという強い渇望がある限り、ヴェルザーは幾度でもキルバーンを呼び寄せる。戦いに巻き込まれて死んだのはそれこそ数え切れないほどあったし、ヴェルザーの都合で呼び寄せられたことも何度もある。

 キルバーンの意思などお構いなしに、ヴェルザーは自分を支配する。
 キルバーンが自分が死んだのだと気がつくのは、いつだって魔界の溶岩の中でのことだ。
 今回もきっとそうなると、キルバーンはすでに諦観していた。

 せいぜい、自分が死ぬところを見てアバンやマトリフが勘違いでもすればいいと意地悪く思う。キルバーンの消滅を目の当たりにして、ヴェルザーが死んだとぬか喜びでもすればいい。

 いずれは消える魔法陣の光か、戻ってこない勇者が彼等に真実を突きつけるまで、短くも甘い夢に浸っていればいい。一度味わった希望の大きさは、その直後の絶望をさぞや大きく引き立てることだろう――。
 歪んだ想像をキルバーンが一人で楽しんでいる際、野太い声がかけられた。

「どれ、そろそろ見張りを交替しよう。おまえらも疲れただろう?」
 
 獣王クロコダインとロン・ベルク、それにアバンが連れ立ってこちらに近づいてくる。
 が、近づいてきたアバンが真っ先に気がついた。

「……!? その手は、どうしたのですか?」

「え?」

 指摘されてから、キルバーンは初めて気がついた。
 自分の指先に、幾つもひび割れができている事実に。しかもそこから砂時計の砂がこぼれ落ちるように、サラサラと何かがこぼれ落ちていく。

 目を丸くしてその光景を見つめていたキルバーンは――いきなり、弾けるように笑い出した。

「ア……アーハッハッハハッ、ハハハハッ、なんてことだい、まさか――まさか、こんなことがあるとはね!!」

 末端から崩れていく自分の手を見ながら、キルバーンは高笑う。死神に似つかわしくない底抜けに明るい笑い声が、死の大地に広く響き渡った。

 その笑いの間もキルバーンの身体は加速度的に崩れていくが、彼はそんなことに頓着しなかった。痛みも感じず、砂のようにさらりと風に溶けていく肉体の変化は、本体が分身体の死を願った時特有の現象だ。

 だが、それだけなら別に笑いはしない。
 予想通りかと苦笑こそすれ、笑う理由になどならない。キルバーンを笑わせたのは、胸に広がる圧倒的な充足感ゆえだった。

「分かる……分かるよ! ボクには分かる……!! ああ、ヴェルザー様……ついにやり遂げられたのですね!!」

 溢れるような歓喜が、胸を震わせる。
 抑えられない喜びが、キルバーンを笑わせていた。まるで感情の抑えの効かない幼子のように、純粋な喜びがキルバーンの精神を支配する。

 それは、正確に言えばキルバーン自身の喜びでは無い。
 本体であるヴェルザーの喜びが、そのまま分身体にまで及んでいるのだ。こんな風にヴェルザーの精神に沿って、感情を同調させるなどもう何百年……いや、下手をすると千年ぶりだろうか。

 何度となく生きては死んできたキルバーンは、転生を繰り返しすぎて記憶を飛ばしてしまったも同然だ。

 キルバーンにはもう、ヴェルザーが地上を望んでいるのかは知っていても、それを望んだ動機や理由などは欠片も思い出せない。いつかは聞いたような……いや、確実に聞いているし、その目的のために力を貸そうと純粋に思ったこともあるはずなのに、その決意も熱意も記憶と共に薄れてしまった。

 それでいて、どんなに望んでも望みが叶わない絶望だけはキルバーンのものでもあった。
 どんなに望んでも、努力しても、決して叶わない希望に振り回され続ける時間は、いつのまにか分身体の精神に歪みを与えた。

 キルバーンはいつからか、密かに願っていた。
 地上の消滅を。

 どうしても拭いきれないヴェルザーの執着の源そのものが、それこそ根こそぎなくなってしまうことを、ずっと望んでいた。だからこそ大魔王バーンの思想に共感し、ヴェルザーの命令に逆らわない程度に協力もしてきた。

 大魔王バーンならばヴェルザーを倒すか、地上をなくすか、どちらかを果たしてくれると信じたから。

 だが、その希望は打ち砕かれた。
 小さな勇者と、彼を最後まで支えた一人の魔法使いの少年の手によって。

 しかし、なんたる皮肉なことか。どうやら、キルバーンの希望を再度引っ繰り返し、ヴェルザーの望みを叶えたのもあの二人らしい。

(やってくれたみたいだね、勇者クンと魔法使いのボウヤは……! 全く、いつも予想以上のことをしでかしてくれる……) 

「キルバーン!? いったい何があったのですか!?」

 アバンが強く呼びかけながら何やら回復魔法をかけようとしているのが見えたが、キルバーンはそれに答える間も惜しんで笑い続けた。

 回復魔法など、無駄だ。
 キルバーンの今の現象は、本体の願いが叶ったからこそ発動したものだ。
 特定の目的のために生み出された分身体は、本体が目的が達成すると同時に消滅する――その末路を知る者は、そう多くはいまい。

 人間と同様に、魔族もまた欲深いものだ。
 例えば貪欲に強さを追い求めたハドラーのように、以前より強くなったからと言ってそれで本人や分身体の精神が満たされるというわけではない。

 フレイザードが居並ぶ他の軍団長を出し抜いて一番手柄を獲得した後も、飽くことなく手柄を求め続けたのがいい例だ。
 分身体は本体の求める望みを、どこまでも追いかけるしかできない。

 しかし、今、キルバーンは驚く程の多幸感に包まれている。満足しきったヴェルザーが、ついに地上への執着心を無くしたのだと今なら分かる。感情こそは同調していても、情報は共有できない分身体の悲しさで、実際に、今、魔界で何が起こったかまではキルバーンの知るところではない。

 だが、この満足感だけでキルバーンは満たされていた。
 地上を滅することは叶わなかったし、自由も手に入らなかった。本体へ反旗を翻すことなど、夢のまた夢で終わってしまった。

 しかし、それも存外悪くも無い。
 長い年月と再生のせいで歪みきってしまったとは言え、キルバーンもまたヴェルザーの心を受け継ぐ分身体だ。心の根幹を占めていた地上への執着心から解放されるのは、望むところだ。

 そして、役割を終えて滅ぶのならば分身体にとっては本望というものだ。
 最後の場所が、本体の側でなくても不満などない。むしろ、あれ程までに焦がれた地上で命を終えることができるのは、あながち幸せと言えなくもないかも知れない。

 全てから解放されたキルバーンは、自分を取り囲んで何やら騒いでいる勇者一行達など無視して笑い続ける。だが、それでも彼等はしつこく食い下がってきた。

「……答えて下さいっ!! ヴェルザーはどうなったんですか!? ダイやポップは一体……っ!?」

 特に五月蠅かったのは、アバンだった。
 あのアバンが、血相を変えて何があったのかと必死になって問いかけているのが、キルバーンには少しばかり愉快だった。

 自分が罠に嵌められたときでさえ飄々とした態度を貫き通した男が、ここまで取り乱す姿を見られただけでもいい冥土の土産になる。その様子があまりにもおかしかったから、キルバーンはふと気まぐれを起こしてみたくなった。

「さぁね。――その答えは、いずれ分かるさ」

 対して意味もない思わせぶりな言葉に、周囲の者達がいちいち顔色を変えるのが笑いに拍車をかけてくれる。
 ――こんなものは、細やかな嫌がらせに過ぎないのに。

 真相など、教えるまでもない。
 突如として笑い出したキルバーンに驚いて、一行の目がこちらに集まっているせいでまだ誰も気づいていないようだが、魔法陣の明滅が変わり始めた。もうすぐ、あそこから勇者とその魔法使いが帰還することだろう。

 そうなれば、誰もが死神の最後など気にもとめまい。
 残虐さでは大魔王バーンにさえ一目置かれていた死神にしては、あまりにも細やかすぎる意地悪だなと思いながら、キルバーンは自分の身体が完全に崩れ去るのを感じる。

 仮面に張り付いた笑みと同じ笑みを浮かべたのを最後に、死神と呼ばれた男は跡形もなく風の中に消え去っていた――。    END 


《後書き》

 『竜の定め』のおまけストーリー、キルバーン視点からの消滅話です♪
 キルバーンは自分の本音を見せないまま終わったキャラですが、最後に『さらば愛しき地上よ、無人の荒野になってからまた遊びに来るよ』と言っていたのが忘れられません。彼もヴェルザーとは違った形で、地上に愛着を持っていたんじゃないかと思っていますv

 ところでフレイザードとハドラー親衛隊の死亡条件について、筆者は以前からずっと疑問を持ち続けていました。

 ハドラー親衛隊の面々やハドラー本人も、本体が死亡すれば分身体も死ぬと認識していましたが……この条件って、どうも怪しかったんじゃないかと筆者は思っています。

 実際にヒムは死んでいませんし、フレイザードだってそうでしたよね。ヒュンケルにハドラーが一度殺された時も、死ぬ気配も無くぴんぴんしてました。

 まあ、あの時は大魔王バーンがハドラーをすぐに復活させるのが前提になっていましたから、フレイザードのその余波で生き延びたのかなとは思っていますけどね。

 が、二次創作なんだから別解釈もしちゃうのもアリだろうと思って、ヴェルザーとキルバーンの関係を通して、分身と本体の絆について妄想語りをしてみました♪

 でも、本当にフレイザードがすでに一個の生命体としての命を獲得していたのだとしたら、ミストバーンに従って死んだあの最後が哀れすぎですね。


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