『季節は巡って、僕はここにいる』
 


 
 さやさやと吹き抜ける風が、心地よかった。
 朝晩はまだ寒い時もあるが、日中の日差しはすっかり春のそれへと変わった。すでに勢いよく生えてきた緑の草は、天然の絨毯となって寝転んだダイを受け止めてくれていた。

 ちょっぴりチクチクするし、青臭い匂いもするが、それでも草の上で寝そべる感覚は格別だった。
 寝転んだまま、ダイは周囲に目をやる。

 今の季節は、新緑が一際鮮やかな季節だ。
 夢のように綺麗だった桜の木々も、今はすっかりと緑色に染まっていた。花が散った後で急に生えてきた緑の葉のせいで、今では桜の木もすっかりただの木と代わりがなく見える。

 あの幻想的なまでの桜の花を見た後では、それが少し寂しく思えるが、それでもダイは今の若葉色も気に入っている。

 満足して目を閉じると、視覚が閉ざされたせいで感覚が研ぎ澄まされたのか、花の香りにふと気がついた。
 風が運んできた甘く、特徴的なその香りをダイは覚えていた。

『これは、風に匂いがついてるんじゃなくって、沈丁花の匂いだよ!』

 つい昨日のことのように、ポップの言葉が蘇る。
 あれは、そう――ちょうど去年の今頃だった。魔界から地上に戻ってきたダイが初めて味わった春のことだ。

(そう言えば、あの時はポップを一緒に花を探しにいったんだっけ。レオナも、花を渡したら喜んでくれたっけな)

 たった一年前のことなのに、ずいぶんと懐かしく感じる思い出だった。それを、ダイは飴を口の中で転がすように、大切に大切に味わい直す。
 思い出すことは、色々あるのだから。

 春には花を探し、夏には海へ行った。秋には落ち葉の中で遊び、冬には雪を一緒に楽しんだ。
 それら全ての思い出には、勇者の魔法使いの姿があった。

 それらの四季の移り変わりは、ダイにとってはひどく物珍しかった。常夏の南の島で育ったダイにとっては、四季なんてものは知らなかった。ポップと一緒に島を旅立ってから、季節の変化に気がついたのはずいぶん経ってからだったように思える。

 と言っても、ダイが魔王軍と戦うために過ごしたのは三ヶ月余りにすぎず、一つの季節を体験したかどうかと言うレベルで終わってしまったのだが。
 その後は魔界に落ち、四季などない世界で暮らしていたダイは季節など知らないままだった。

 だが――魔法使いが教えてくれた。
 地上で過ごす四季の鮮やかさを。少しずつ移り変わる四季を共に過ごし、時に呆れながら、時にからかいながらも、ポップはいつだってダイに教えてくれた。

 この地上の四季がどんなに素晴らしくて、どんなに楽しいものなのか、時には言葉で、そして時には言葉以上のもので――。

(やっぱり――ここが……地上がいいな)

 しみじみと、ダイは実感する。
 あの時……大魔王バーンと戦った時。大魔王バーンに言ったように、ダイは自分は地上にいられなくなってもいいと思った。人間達を助かることができるなら、自分が地上から去っても構わないと思った。

 その気持ちは、嘘ではない。
 地上に戻ってきた今でさえ、その覚悟はダイの胸の奥底で眠っている。そんな不吉なことを考えたくはないが、もしも人間達がそう望む時が来たのなら、そうすることが義務だとさえ思っている。

 しかし、そう思う気持ちと同じ強さでこみ上げるのは、胸を焦がすような地上への愛おしさだ。
 決して離れたくないと叫ぶ声も、ダイの心の奥にやはりある。

『……平気だよね、ダイ君。どこにも行かないでしょ?』

 心配そうにそう尋ねてくれたレオナの言葉も、忘れたことなどない。そして、彼女に返した答えは未だにダイの中では揺るぎがなかった。







「――〜い、お〜い、ダイーッ。どこにいるんだよー?」

 遠くから呼びかけてくる声を聞いて、ダイはひょっこり起き上がって手を振った。

「ここだよー!」

「おっ、そんなとこにいたのかよ? 全く、探しちまったじゃないか」

 顔を合わせるなり文句を言ってきたのは、案の定ポップだった。が、彼にそう言われるのはなんだか違う気がする。

「えー、でも、ポップが邪魔だから部屋から出てその辺にいろって言ったんじゃないか」

 支度が済むまで、部屋どころか城内に入るな。でも、遠くに行かれると探すのが面倒だから、城の敷地内にいろ。あ、でも中庭は立ち入り禁止!

 横暴な上に面倒な命令を下したのは他ならぬポップだし、ダイはちゃんと言われた通りにしたつもりだ。なのに、褒められるどころかいきなり文句を言われるのは、さすがにちょっと違う気がする。
 が、いつものことだかポップはダイの細やかな不満など気にもしなかった。

「いいからさっさと来いよ、おめえが今日の主役なんだから! ほらっ、もうみんなだって集まってるんだぜ」

 ポップに腕を引っ張られるまま進めば、中庭にはすでに大勢が集まっていた。大広間から直接庭に出られる作りになっているそこは、パプニカ城の中でもガーデンパーティに使われる一際立派な場所だ。

 そこに集まっているのは、レオナやヒュンケル、三賢者だけではない。マァムやクロコダイン、ヒムにチウを初めとした獣王遊撃隊の面々。その中にブラスが混じっているのを、ダイは見逃さなかった。アバンやフローラもいれば、メルルやナバラも慎ましく隅に控えている。

 一足先に酒を飲んでいるのは、マトリフにブロキーナだった。
 さすがにロン・ベルクやポップの両親などはいなかったが、ノヴァやロモス武術大会のメンバーなど、ダイにとっては最後の戦いをともにした仲間達が揃っていた。

 彼等はダイに気がつくと、笑顔で迎え入れてくれる。その中で、一際大きく手を振っているのはレオナだった。

「あ、ダイ君、早く来て! 誕生日パーティを始めるわよ!」

 春に生まれたしか分からないダイのために、レオナや仲間達が集まって祝ってくる誕生日パーティはこれで二度目だった。
 最初はぴんとこなかったが、自分のために仲間達が大勢集まってくれるのを見て、嬉しくならないはずがない。

「うん! 今、行くよ!!」

 とてもじっとしていられなくって、ダイはポップの腕を逆に引っ張りながら駆けだした――。   END

 
 

《後書き》
 『君と過ごす一年で十二題』、これで完結です♪ 
 このお題は『恋人じゃなくても親友でも家族でも、グループでもなんでも構
いません』との寛大な指定があったので、友情メインでゆったりと過ごす日々
を書いています。

 書き上げるのにもきっちり一年かかりましたが(笑)、四季を通じてダイとポップの日常を辿っていくのは、とても面白かったですv

 と、書いた後でちょっと言い訳を。
 最初の話と同様に、最後の話にも沈丁花を絡めたかったので持ってきましたが、季節的には沈丁花が咲き始めるのは桜より早いのが普通です。まあ、沈丁花は咲いている期間が比較的長いので、桜の後でも良いかと思い、この順番で書きました。

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