『季節は巡って、僕はここにいる』 |
ちょっぴりチクチクするし、青臭い匂いもするが、それでも草の上で寝そべる感覚は格別だった。 今の季節は、新緑が一際鮮やかな季節だ。 あの幻想的なまでの桜の花を見た後では、それが少し寂しく思えるが、それでもダイは今の若葉色も気に入っている。 満足して目を閉じると、視覚が閉ざされたせいで感覚が研ぎ澄まされたのか、花の香りにふと気がついた。 『これは、風に匂いがついてるんじゃなくって、沈丁花の匂いだよ!』 つい昨日のことのように、ポップの言葉が蘇る。 (そう言えば、あの時はポップを一緒に花を探しにいったんだっけ。レオナも、花を渡したら喜んでくれたっけな) たった一年前のことなのに、ずいぶんと懐かしく感じる思い出だった。それを、ダイは飴を口の中で転がすように、大切に大切に味わい直す。 春には花を探し、夏には海へ行った。秋には落ち葉の中で遊び、冬には雪を一緒に楽しんだ。 それらの四季の移り変わりは、ダイにとってはひどく物珍しかった。常夏の南の島で育ったダイにとっては、四季なんてものは知らなかった。ポップと一緒に島を旅立ってから、季節の変化に気がついたのはずいぶん経ってからだったように思える。 と言っても、ダイが魔王軍と戦うために過ごしたのは三ヶ月余りにすぎず、一つの季節を体験したかどうかと言うレベルで終わってしまったのだが。 だが――魔法使いが教えてくれた。 この地上の四季がどんなに素晴らしくて、どんなに楽しいものなのか、時には言葉で、そして時には言葉以上のもので――。 (やっぱり――ここが……地上がいいな) しみじみと、ダイは実感する。 その気持ちは、嘘ではない。 しかし、そう思う気持ちと同じ強さでこみ上げるのは、胸を焦がすような地上への愛おしさだ。 『……平気だよね、ダイ君。どこにも行かないでしょ?』 心配そうにそう尋ねてくれたレオナの言葉も、忘れたことなどない。そして、彼女に返した答えは未だにダイの中では揺るぎがなかった。
遠くから呼びかけてくる声を聞いて、ダイはひょっこり起き上がって手を振った。 「ここだよー!」 「おっ、そんなとこにいたのかよ? 全く、探しちまったじゃないか」 顔を合わせるなり文句を言ってきたのは、案の定ポップだった。が、彼にそう言われるのはなんだか違う気がする。 「えー、でも、ポップが邪魔だから部屋から出てその辺にいろって言ったんじゃないか」 支度が済むまで、部屋どころか城内に入るな。でも、遠くに行かれると探すのが面倒だから、城の敷地内にいろ。あ、でも中庭は立ち入り禁止! 横暴な上に面倒な命令を下したのは他ならぬポップだし、ダイはちゃんと言われた通りにしたつもりだ。なのに、褒められるどころかいきなり文句を言われるのは、さすがにちょっと違う気がする。 「いいからさっさと来いよ、おめえが今日の主役なんだから! ほらっ、もうみんなだって集まってるんだぜ」 ポップに腕を引っ張られるまま進めば、中庭にはすでに大勢が集まっていた。大広間から直接庭に出られる作りになっているそこは、パプニカ城の中でもガーデンパーティに使われる一際立派な場所だ。 そこに集まっているのは、レオナやヒュンケル、三賢者だけではない。マァムやクロコダイン、ヒムにチウを初めとした獣王遊撃隊の面々。その中にブラスが混じっているのを、ダイは見逃さなかった。アバンやフローラもいれば、メルルやナバラも慎ましく隅に控えている。 一足先に酒を飲んでいるのは、マトリフにブロキーナだった。 彼等はダイに気がつくと、笑顔で迎え入れてくれる。その中で、一際大きく手を振っているのはレオナだった。 「あ、ダイ君、早く来て! 誕生日パーティを始めるわよ!」 春に生まれたしか分からないダイのために、レオナや仲間達が集まって祝ってくる誕生日パーティはこれで二度目だった。 「うん! 今、行くよ!!」 とてもじっとしていられなくって、ダイはポップの腕を逆に引っ張りながら駆けだした――。 END 《後書き》 書き上げるのにもきっちり一年かかりましたが(笑)、四季を通じてダイとポップの日常を辿っていくのは、とても面白かったですv と、書いた後でちょっと言い訳を。 |