『吟遊詩人はかく語りき』
 

 その吟遊詩人は、小雨の降りしきる公園にいた。
 派手な装飾の服に、楽器を手にしたその男は、雨にも拘わらず熱心に楽器をかき鳴らしていた。

 公園の片隅にある、誰にも忘れかけられたような四阿の奥で、下手すると雨に濡れてしまうのでは無いかと思える場所に立つその吟遊詩人は、辛うじて手にした楽器だけは雨から守りつつ、軽やかな音を響かせている。

 その音は、小雨を嫌って足早に通り過ぎようとした人々の足を止める程度の力があるようだ。

 何事かと、通行人が足を止める度に、吟遊詩人は一際高く楽器を鳴らし、丁寧に一礼する。まるで客人を招くかのようなその仕草に釣られたのか、すでに何人もの人間が四阿に入り込んでいた。

 急いで帰るより、この風変わりな吟遊詩人を見物しつつ雨宿りを選んだ方がいいと考えたらしい人々は、数人ほど増える。決して広いとは言えない四阿がそろそろ満員となったかな、と思えてきた時、吟遊詩人は突如、パンと手を大きく叩いた。

 その音には、みんな、驚かされる。
 単に手を叩いただけなのに、金属的な澄んだ音が響き渡った。さすがは吟遊詩人と言うべきか、掌さえも楽器であるかのようだ。

 一瞬にしてその場、全員の注目を集めた隙を逃さず、朗々とした声が響き渡る。

「さぁさ、皆様、ご傾聴!
 ご用とお急ぎのないお方は、どうか一時、お耳を傾けてはいただけませんか?」

 軽く手を広げ、どこかおどけたような笑顔を見せた吟遊詩人は、まさに歌うように語りかけてくる。

「なに、お時間は取らせません、雨に濡れたあなたのその肩がほんの少し乾くまで。お時間つぶしに、一つ、唄などいかがかな?」

 そう問いかけられたのは、ちょうど吟遊詩人の真正面にいた少年だった。14、5才ほどだろうか。頬の十字傷が目につく元気そうなその少年は、いかにも物珍しげに吟遊詩人を見つめていた。

 まるで、生まれて初めて見たかのようにポカンと口を開け、目をまん丸くして吟遊詩人を眺めていた少年は、急に声をかけられて焦ったような声を上げる。

「え? え? うた?」

 困惑している少年をからかうように、吟遊詩人は楽器を鳴らしながら言葉を続ける。

「唄がお気に召さぬなら、お話でも、詩でも、お望みのままに。とろけるように甘ーい恋愛歌でも、胸高ぶらせる英雄伝でも、思わず腹がよじれるような滑稽歌でも、口から出任せの即興詩でも、全てはあなたのお気に召すまま!
 さーて、何がお望みですか?」

「えー、ええーー? 急に、そんなの言われても〜」

 戸惑いきっているその少年のすぐ隣から、遠慮なしの笑い声があがる。
 笑っているのも、少年だった。
 十字傷の少年と同じか、少し上ぐらいか。鮮やかな黄色のバンダナを巻いた少年は、おかしそうに笑いながら十字傷の少年をからかう。

「バッカだなー、それぐらい好きに答えりゃいいのによ。おまえって、ほんっとこーゆーのはダメだよな〜」

「だって、急に言われたって、分かんないんだもん」

 じゃれ合う少年同士は、どうやら友達同士らしい。ひとしきり笑った後、バンダナの少年が軽く手を上げる。

「あ、じゃあさぁ、勇者の出てくるやつとかある?」

 いかにも男の子らしいリクエストを、吟遊詩人は快諾する。

「え? 勇者のお話がお望みで? もちろん、承りましょうとも。さぁ、では語らせていただきましょうか。
 この世界を救った、素晴らしき勇者の物語を――」





『それは、昔、昔の物語。
 かつて、この世に現れたる魔王が人々を苦しめていた時のこと。『勇者』と呼ばれる一人の正義の剣士が、魔王に挑んだと言う。
 勇者は仲間達と力を合わせ、苦難の末に魔王を打ち倒した……これぞ、大勇者アバンの物語。

 え? もう終わりか、ですと?
 いえいえ、とんでもありません、話をお急ぎめされるな。これはほんのさわり、始まりのお話にすぎません。

 大勇者アバン――彼が魔王を倒したおかげで、確かに、世に平和は訪れた。
 だが……、それは長くは続きませんでした。
 十五年後、倒したはずの魔王が復活したのです! なんと、魔王を遙かに超える大魔王の手によって復活した魔王により、世界は再び暗黒に包まれたのです。

 ですが、さすがは大勇者。
 魔王の復活を予測していた彼は、来たるべき時に備え、己の技や知識を五人の弟子達に伝えておりました。
 そう、彼らこそがその名も高きアバンの使徒!』





『一人目は、銀の髪の戦士。
 アバンの一番弟子でもあった彼は、師より卓越した剣技を受け継いだとか。闘志の使徒と呼ばれるに相応しい、闘志の固まりであるかのようなかの戦士は、一説に寄れば一時、悪に心を染め魔王軍に味方していたとの噂も囁かれております。

 ですが、勇者により改心し、正義のためにその生涯を捧げたと伝えられております。

 そうそう、これは言っておかねばなりませんな、かの剣士は驚くほどの美形であり、どんな乙女でも一目で恋に落とすとまで言われるほど端正な美を誇っていたらしいですな、羨ましいことに』






『二人目は、心優しき女武闘家。
 ご存じですかな、彼女の父は大勇者アバンの親友であり、魔王との戦いを共にした優れた戦士でもありました。そして、彼女の母もまた、大勇者アバンの仲間であり、卓越した僧侶だったとか。

 言うなれば、彼女は生まれながらの正義と愛に恵まれていたわけです。
 戦いを好まず、万人への愛を心に宿した慈愛の使徒。元は僧侶戦士だった彼女は、大切な人を守りたい一心でより強い力を求め、武闘家へと転身したのだそうで。

 癒やしの力と無双の拳で仲間達を守り、戦い抜いた、猛々しくも美しい女武闘家――彼女こそは勇者一行の聖母と呼べる存在だったと聞き及びます』






『三人目は、賢者の姫。
 そう、彼女もまた、ただの賢者ではありませんでした。聞いたことがございますかな、パプニカ王国の名を。魔法王国(マジックキングダム)の名を欲しいがままにしたかの国は、歴代、何人もの名賢者や魔法使いを輩出した歴史ある国でした。

 かの姫こそは、その国の正統後継者。
 父を亡くした年若い姫は、民を導き、勇者一行の後見人として力を貸しつつ、自ら前線に立ったと言われております。身の危険を顧みず、そこまでした動機は、勇者との恋が原動力であった……とも誠淑やかに囁かれております』





『四人目は、魔法使い。
 凄まじい魔法を使いこなし、卓越した頭脳で勇者一行を幾度となく助けた魔法使いは後々、大魔道士と呼ばれるようになったとか。ですが、この魔法使いの伝承は謎に包まれております。


 一般庶民出身の少年だったとも、叡智に優れた老魔道士だったとも言われており、実体も定かではありません。
 ですが、魔法使いは常に勇者と共にいた――これだけは唯一、確かなことと伝えられております』






『さて、最後の五人目こそは、勇者。
 大勇者アバンの最後の弟子であり、伝説の竜の騎士の血を引く勇者は、まだ少年ながら素晴らしき素質を持っておりました。天性の戦いの才能に加え、優れた師の導きによって彼は見る間に成長し、師をも乗り越えたとか。

 そして、勇者が戦う相手は、大魔王。
 魔王をも越える大魔王との戦いは熾烈を極め、戦いは長きに亘って続いたと言われております。

 仲間達は次々と倒れ、刃は折れ、誰もが絶望に打ちのめされたその時でさえ、勇者は決して諦めませんでした。何度倒れても立ち上がり、激闘の末に見事、魔王を打ち倒しました!
 
 かくして、悪は滅び、人々の顔に笑顔が取り戻されました。勇者によって、平和は取り戻されたのです。
 ですが……勇者は、戻ってはこなかったのです。

 戦いを終えた他のアバンの使徒達が戻ってきた後も、勇者だけは未だ戻らず。彼の仲間達が必死になって捜索するも、それでも勇者は行方不明のまま――。
 彼の行方は、今となっては誰も知るよしもありません――』






 楽器から響くかすかな音が、余韻を残して消えていく。
 いつしか、シンと静まりかえった四阿には何の物音も聞こえなかった。それは、観客達が吟遊詩人の語る唄に引き込まれたからこそ発生する静かさだった。

 そこまで話を気に入ってもらえたことに、吟遊詩人は満足する。
 だが、もう唄は終わった。

 夢見るような瞳の観客達には悪いが、もう夢から覚める時間だ。吟遊詩人は強く、力を込めて楽器を鳴らす。
 そして、一言、言った。

「……おや、いつの間にか雨が止んだようですね」

 その言葉で、四阿に集まった人々は雨が止んだことに今更のように気づいたらしい。

「此度の雨は、通り雨。ほんの一時降り注ぐも、長続きは致しませぬ。雨は、必ず止むものです。
 わずかな間の雨宿り、私めの唄が少しでもその退屈しのぎになったのであればお慰み、これ以上の喜びはありませぬ」

 吟遊詩人は深々と、丁寧に頭を下げる。
 その仕草は優雅で、宮廷吟遊詩人と言われても納得してしまうような気品があった。
 が、その次の瞬間、その気品は霧散する。

「……と、言いたいところですが、恥ずかしながら私めも肉の身体を持つ身でしてね、食べるものを食べなければ生きてはいけません」

 顔を上げ、おどけたように肩をすくめる吟遊詩人は頭に被った帽子を脱いで、自分の目の前に置いた。

「いくらいくらとは言いません、お気が向かれた方のみ、お志だけで結構です。もし、少しでも私めの唄がお気に召したのなら、幾ばくか硬貨をいただけませんか?」

 それを聞いた人達の反応は、様々だった。
 まだ興奮に頬を染めながら、気前よく財布を開いてくれる者、有料と聞いた途端、そそくさと逃げるようにその場を逃げ出す者など人ぞれぞれだ。

 しかし、吟遊詩人はどんな客に対しても同じように、丁寧に頭を下げて挨拶する。

「ありがとうございます、それでは、またご縁がありましたのならば、その時は別の唄をうたって差し上げましょう――」 





 数分ほど経っただろうか。
 もう、人々は散ってしまい、残ったのはリクエストをしたバンダナの少年と、十字傷の少年だけだった。子供だけが残ったのを見て、吟遊詩人も砕けた口調で声をかける。

「どうかな? 君達はこの唄を気に入ってくれたかな?」

「うんっ、すっごく! おれ、こんなの初めて聞いたよ」

 目をキラキラと輝かせた十字傷の少年が、パチパチと拍手をする。あまり拍手になれていないのか、さっきの吟遊自身とは大違いの間の抜けたぺちぺちという音がするだけだが、彼の喜びや興奮はストレートに伝わってきた。
 それに比べると、バンダナの少年はちょっとひねくれていた。

「……まあ、悪くなかったけどさ。でもよー……マァムはいいとして、なんだってよりによってヒュンケルがあそこまで贔屓にされてるわけ? めっちゃ持ち上げられてんじゃんかー」

 不機嫌そうにブツブツと言うバンダナの少年に、吟遊詩人はおや、と思う。その思いは、十字傷の少年の返事で確信に変わった。

「そういや、ポップの話も少なかったね。レオナのより短かったし。おれ、もっと聞きたかったのに」

(この子達、やけに詳しいんだな)

 アバンの使徒である勇者達の話は、世間に広く知られわたっている。だが、それでいて人々は詳しいことまでは知らないものだ。

 勇者ダイの名は有名だが、アバンの使徒の名前を正確に全員分言える人など、一般庶民ではほとんどいるまい。戦士ヒュンケルや、武闘家マァムなど、自分が一番好きな英雄の名前こそ覚えていても、全員の名を確実に覚えている者は少ない。

 だからこそ吟遊詩人も、唄の中で名を出したのは一番知名度の高い大勇者アバンのみで、他の名は省略した。
 短い唄に五人分も一気に名を出しても、聞く者を混乱させるだけだと思ったからだ。

 しかし、この少年達は名前を出さなかったアバンの使徒達を、当たり前のように名前で呼んでいる――。

「言うな! つーか、勇者が帰ってこないままで終わってるってこと、突っ込まないのかよ、おめえはっ!?」

「え? ……あっ、よく思い出したらそうだったね!」

「いや、そこ、笑うとこか!?」

 天然気味の十字傷の少年にポンポン言いながら、バンダナの少年はそれでも財布を取り出した。

「ラストがちょっと気に入らないけど、でも、いい唄だったよ。リクエストに応えてくれて、サンキューな」

 そう言いながら数枚の銅貨を気前よく落とそうとして――バンダナの少年はカッと目を見開いた!

「あぁあああああーーーっ!? 小さなメダルだっ!」

「えっ、ホント!?」

 十字傷の少年も素早く駆け寄ってきて、帽子を覗き込む。
 ついでに吟遊詩人も見てみたが、確かに帽子の中に申し訳程度に散らばる幾枚かの硬貨の中に、一際拙い細工のコインが混じっていた。

 正直、吟遊詩人には見るだけでもガッカリするものなのだが、少年達にとっては違うらしい。
 やたら嬉しそうに手を取り合ってはしゃいだかと思うと、二人の少年は熱心に詰め寄ってきた。

「なあ、吟遊詩人のおっさん! これっ、この小さなメダル、交換してくれよっ。これをくれるんなら、銅貨じゃなくて銀貨を出すからっ!」

(お、おっさん……って)

 その呼びかけに少しばかり傷ついたものの、それは悪い話ではない。
 小さなメダルなんてものは、何の価値もないコインだ。形こそは普通の硬貨に似ているが、通貨としての価値が認められていないため玩具同然とみなされていて、飴玉一つ買えやしない代物だ。

 昔はどこかの国で使われていたのか、そこそこの数があるため、ますます価値がないものとされている。物珍しさで手元に置きたがるコレクターもいるが、その趣味がない人間にとっては何の価値もない。

 実際、吟遊詩人にとってはそうだった。
 吟遊詩人などをやっていると、一般人以上に小さなメダルに遭遇する確率も結構高い。かつかつの旅暮らしをしている身には、価値のない玩具のコインをもらってもガッカリするだけだが、この少年達は違うらしい。

「ああ、こんなのでよいのなら喜んで」

 数枚の銀貨と、たった一枚のすり減った小さなメダルが交換される。それで嬉しそうな歓声を上げたのは、二人の少年の方だった。

「やっったああああ! メダルがまた一枚ふえたーっ!」

「すっげえ久しぶりだよなー、これ」

 嬉しそうにハイタッチをしながら、バンダナの少年は無造作にしまい込んだ財布とは別の革袋を取り出し、丁寧に小さなメダルをしまう。中からチャリンと音がするところみると、彼らは本気でそれを集めているらしい。
 それを見ながら、吟遊詩人は何の気なしに聞いてみた。

「ところで君達、旅をしているのかい?」

 二人の少年の格好は、どう見ても旅装束だ。

「うん、そうだよ!」

 元気よく答えた十字傷の少年の腰には、護身用と言うには大ぶりな剣があった。よく見れば、肩にもナイフをしまい込んだ革製の鞘が見て取れるし、やけに実戦的な格好だ。

「やっぱり、勇者を目指して、とか?」

 思わずそう聞くと、二人の少年は顔を見合わせてから――吹き出した。

「いやー、それはないない、今更! もう、魔王と戦うとか冗談じゃないって!」

 ぱたぱたと手を振りつつ、バンダナの少年が否定する。その隣で、十字傷の少年も楽しそうに、あははと笑っていた。

「じゃあ、何のために旅を?」

 別にそこまで聞く必要などないのだが、つい聞いてしまう。すると、二人の少年は見事なぐらいにぴったりとそろった声で答えた。

「「もちろん、小さなメダルを集めるために!」」

 そう言って、二人ともはじけるような笑い声をあげた。





「さぁーて、ダイ、そろそろ行こうぜ。いい加減、宿屋に泊まりたいんだからよ。今からなら、隣町まで行けるしさ」

 ひとしきり笑った後、バンダナの少年はさっさと先に立って歩き出す。荷物が少ない彼は、身軽なものだ。
 ひらりとバンダナを翻した彼の背には、一本の杖が見えた。腰のベルトに後ろに挟んであったから、今まで気づかなかったが。

「あ、待ってよ、ポップ〜」

 十字傷の少年はどう見ても二人分の荷物を持っているが、それを軽々と持ち、後を追う。ちょうど、吟遊詩人が行こうと思っていたのと反対側の方向へ歩き出した彼らを眺めながら、彼は思い出さずにはいられなかった。

 唄では名を出さなかった、勇者の名前を。
 そして、常にその隣にいた魔法使いの名前を。

(ダイとポップ、か……まさかね)

 口に出さなかった吟遊詩人の問いに、もちろん答えるものはない。ただ、風で揺れた楽器の弦が、かすかに小さな音を奏でただけだった――。  END 

 
 

《後書き》

 お久しぶりのメダル・クエスト、ダイとポップの気楽な二人旅です♪
 吟遊詩人さんがやたらと目立っていますが、その割には名前もつけていないのが、うちのサイトクオリティです(笑)

 ドラクエで吟遊詩人と言えばガライが真っ先に思い浮かびますが、彼のように伝説的な有名人ではなく、町の片隅で竪琴を構えてポロポロ鳴らしていた名も無い脇役さん達も好きです♪ もちろん、この話に出てきた吟遊詩人は後者のイメージですとも。

 ところで、吟遊詩人が手にしている楽器と言えば、イメージを優先すればハープ、歴史を尊重するならリュートのような楽器系ですが、この話では敢えてその辺は書いていません。

 なお、この話は動画として制作したバージョンもあります。そちらを見たい方は、動画道場の『ダイ大 二次創作動画 吟遊詩人はかく語りき https://youtu.be/HyF-LiKx8bE』をどうぞ。

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