『夢であるように』

 

「うっわぁー、先生っ、これ、すっごいおいしそうだね!」

 はしゃいだ声でそう言いながら、鍋を覗き込んだのはダイだった。まだ子供の勇者は修行でお腹が空いたのか、ひどく熱心だった。

 石を積み上げただけの簡素なかまどにのせた鍋を、顔を突っ込みそうな勢いで覗き込んでいる。中に入っているのはのはありきたりのシチューにすぎないのだが、生まれて初めてだと大はしゃぎして興味津々に鍋を覗き込んでいた。

「ダイったら、そんなに火に近づいたら危ないじゃない。火傷しちゃうから気をつけて」

 そう優しく声をかけ、小枝を拾い集めている少女は――マァムだった。僧侶姿の彼女は、父親のロカ譲りの髪の色以外は、母であるレイラにおかしなぐらいにそっくりだった。

 弟弟子を優しくたしなめたマァムは、もう一人の弟弟子にきつい目を向ける。

「んもう、ちょっとポップ! あなたもサボってばかりいないで、少しは手伝ってちょうだい!」

 甲斐甲斐しく働いているマァムと違い、草原にごろんと寝っ転がっている魔法使いの少年は動く気配もない。

「んー、今日は修行でバテたから、一休み〜」

「何言ってるのよ、修行で疲れているのはみんな一緒でしょ!」

 騒いでいる声を楽しく聞きながら、アバンは彼らに声をかける。

「はいはい、シチューができましたよー。ポップもマァムもこっちに来てください、そろそろお昼にしましょう」

 鍋の側にひっついているダイは、呼ぶまでもない。が、それを聞いて、ポップは不思議そうに首を傾げた。

「あれ? あいつは呼ばないんすか?」

 そう聞いてから、いかにも失言だったとばかりの顔をして、慌てて付け加える。

「ま、まあ、別にあいつなんか、どーでもいいんだけどさっ」

 拗ねたようなその態度に、アバンはつい苦笑してしまう。
 どうでもいいと口にしつつ、『あいつ』だけお昼ご飯にこないのを気にしているのが丸わかりだ。意地っ張りなポップらしい片意地に苦笑を抑えつつ、アバンは尋ねた。

「あいつ、じゃ分かりませんよ。誰のことですか?」

 が、それを聞いて弟子達はそろってキョトンとする。まるで、アバンがそんなことを聞くなんて信じられないとばかりに。

「えー、何言ってるんですか、先生。仮にも一番弟子だってえのに、ハクジョーなこと言っちゃって」

 おかしそうに笑ってから、ポップは「あ」と、声を上げて振り返った。ダイやマァムもそれに釣られるように、振り返って手を大きく振る。

「あっ、そこにいたのね」

「早く早くぅー、もうお昼できたよー」

 その呼び声に、ゆっくりとこちらにやってきたのは、長身の青年だった。アバンとほとんど同じぐらいの背丈だろうか。足運びから、彼が優れた戦士だとすぐに分かる。

 逆光で顔こそ見えないが、日の光を浴びた髪は珍しい白に近い銀髪だった――。







「……ッ」

 目覚めて真っ先に感じたのは、失望感だった。
 いきなり場所が切り替わったことに戸惑ったり、座ったままの姿勢で起きたという現実を思い出す以上に、つい先程見た夢に心を奪われる。

(あれは……夢……だったんですね)

 周囲を軽く見て、アバンはため息をつく。
 周囲は、薄暗かった。昼なお暗い洞窟は、灯りがなければ歩くのもきつい。だが、休息中に灯りをつけるのはかえって危険だと、アバンは経験から悟っていた。

 ここは、破邪の洞窟。
 カール王国に古来より存在するこの洞窟は、伝承では人間の神が邪悪なるものに対抗するために全ての魔法を収めた場所だと言われている。どこまで続くのか分からないほど深い迷宮であり、一階降りるごとに一つの呪文を習得できることでも有名だ。

 不思議な仕掛けも数多く、怪物達も手強いことから、歴戦の一行でも破邪の洞窟を攻略するのは至難の業とされている。実際、記録上、破邪の洞窟の最下層にたどり着いた者の記録はない。
 そんな破邪の洞窟に、アバンは単身で挑んでいた。

(今は、何階でしたっけ……250階は越えたと思うのですが……)

 灯りをつけないままアバンは手探りで水筒を取り出し、音を立てないように注意しながら静かに飲む。そして、乾パンや干し肉を、ゆっくりと口にした。料理を作りたくても、洞窟に入ってからずっとそんな余裕などなかった。

 食事と認めたくないような保存食を生命維持ぎりぎりの量だけ口にし、壁により掛かって座り込み、うとうとするだけの日々。
 そんな味気ない日々がどのぐらい続いたのか、アバンももう覚えていない。

 食料などは一応、半年分は用意しておいた。
 そろそろ半分ぐらい減ったところを見ると、三ヶ月は経った――と思いたいところだが、その感覚が余り当てにならないことをアバンは知っていた。
 太陽の光を浴びないと、人間は一日の時間の感覚を失ってしまうものだ。

 昔、マトリフから聞いたが、かつて人間を長期間洞窟の奥で生活させる実験を行われた際、出てきた人間は決まって時間感覚を失っていた。

 記録のための紙や灯りをつける品、食料など、生活に必要な物は潤沢に用意されており、被験者達も自分なりに食事量や睡眠回数から日にち計算をしていたようだが、最終的には月単位で日にちがずれていたという。

 おそらくは、退屈な世界からの逃避のため睡眠時間が通常よりも長引いたり、食べることで退屈を紛らわそうとする無意識が働き、食事回数が増えるなどのズレが生じ、少しずつ日常から遠ざかっていったのだろう。

 今の自分もそうなのではないかと、アバンは密かに恐れている。
 最終的には破邪の洞窟から出てダイ達に合流したいと思っているが、いつ出るかが問題だ。

 出る時期が遅れすぎるのは、論外だ。ダイ達が魔王に挑むより早く地上に出て、合流しなければ意味が無い。が、実力的に彼らに劣る力しかなければ、それはそれで問題だ。

 さらに頭を悩ませるのは、地上までの脱出方法についてだ。
 この破邪の洞窟は、迷宮脱出――リレミトの効果がない。歩いて上に登るためには、降りるのと同じ日数を見なければならない。それを考えれば、そろそろ引き上げ時だろうとは思う。

 一応、破邪の洞窟の目玉とも言うべき破邪の秘法について、知ることは出来た。呪文も、以前に比べれば補強できたつもりだ。

 そろそろ頃合いなのではと思う気持ちと、だが、もう少し降りればもっと素晴らしい秘密が手に入るのではないかと思う気持ちがせめぎ合う。気が弱ってきたせいなのか、どうにも決断しがたかった。

(どうも、いけませんねえ……あまりいい傾向とは言えない気がします)

 洞窟の中での孤独も、身に染みてきた。そのせいか、最近は夢を見ることが増えた。

 夢は様々だ。
 懐かしいカール王国で、ロカと一緒に騎士団に加わってフローラと過ごしていた頃の夢も見た。
 魔王ハドラーと戦うために、仲間達と共に旅をしていた頃の夢も見た。その旅の時も、ずっとロカと一緒だったなとアバンは思い出す。

 だが、一番多く見るのは、弟子達と共に過ごした夢だ。
 ネイル村を訪れ、マァムに教えを授けた頃の夢もあった。ポップとの夢は、期間が長い上に割と最近だったせいか、バリエーションが豊富だ。
 ダイを訓練していた頃の夢も、よく見る。

 一番見る回数が少ないのは、最初の弟子……ヒュンケルの夢だ。
 たまに見ても、あの幼い少年は夢の中でさえ頑なだった。復讐心に満ちた目で、ただこちらを見上げるだけ……恨み言さえ、聞かせてはくれない。

 それを思えば、今日の夢は幸せだった。
 弟子達が全員そろって、修行をしている夢だなんて。ダイとポップ以外は、みんな、修行を受けた期間も時期もバラバラで顔を合わせたことすらないと言うのに、夢の中ではごく当たり前のように弟子達が全員そろっていた。

 あれが本当のことならば、もう目覚めたくないと思えるほどに幸せで、色鮮やかな夢――それを噛みしめていたアバンは、強い魔法力を感じた。

「……!?」

 それがなんの呪文なのか、アバンには正確には分からなかった。
 だが、それが破邪系の呪文であり、洞窟全体に効果を及ぼすものだとは直感的に理解できた。

 なにしろ、破邪の洞窟に立ちこめていた邪気が一掃されたのだから。それは、霧が一瞬晴れた感覚に似ていた。強い風が溜まり淀んだものを一気に吹き払ったかのような、これまで一度も味わったことのない感覚に戸惑わなかったと言えば嘘になる。

 が、アバンは今こそが千載一遇のチャンスだと理解していた。
 邪気は確かに薄れたが、これは一過性のものだろう。風で吹き散らされた霧が、いつの間にか同じ場所に溜まるように、邪気はいずれ……いや、すぐに復活する。

「リレミト!」

 たとえ罠であってもこの機会を逃せないと判断したアバンは、意を決して迷宮脱出の呪文を唱えた。







(こんなにも、夜が明るいなんて……!)

 空を見上げ、アバンは感動せずにはいられなかった。
 外に出て初めて分かったが、今は夜だった。だが、長期間洞窟に潜っていたアバンの目には、夜空でさえ輝かしいほど明るく映った。それに、久々に味わう外気は新鮮さに満ちあふれていた。

 呼吸が苦しくなることは一度も無かったとは言え、地下ではどうしても空気が淀み、カビ臭いような重苦しさがあったが、地上の空気はどこまでも爽やかだ。

 思わず、何度も深呼吸を繰り返すアバンは、自分が思っているよりも冷静ではなかった。

 普段のアバンなら、そして、今が昼間だったなら、破邪の洞窟前に真新しい数人分の足跡があったことに気づいたに違いない。それに気づいたなら、アバンが取った行動は違うものになっただろう。

 だが、開放感と数ヶ月近く洞窟に潜り続けた疲労から、アバンの注意力は鈍っていた。

(とにかく、一度、町に戻って休んでから……まずは、それからですね)

 余裕のある時は身体を拭くぐらいのことはしていたが、風呂にも入れなかった今の自分の姿を考えると気が引けるが、高級な宿屋ほど料金をきちんと払えば詳しい事情を聞かずに宿泊させてくれるものだ。

 そう思い、アバンは自分のイメージする中でもっとも行きやすく、高級宿の多い町――カール王国の城下町に行くことにした。

 自分の家もないわけではないが、家族もすでにいない上、魔王ハドラーと戦ったあの頃からろくに帰りもせず、閉めっきりにしていた空き家同然の家だ。学者の家系に伝わる蔵書やコレクションをしまっておくだけの倉庫みたいなもので、日常生活を送るための場所ではなくなっている。

 カール城に行くことも考えたが、いくら自分が元カール騎士団の一員で、大勇者アバンと呼ばれているとしても、この格好では門前払いがいいところだろう。

 まずは、カールの城下町でゆっくりと休み、身なりを整えてからフローラに面会を申し入れよう――アバンは、そのつもりだった。情報収集に長けたフローラなら、新たな勇者が生まれたなら調べないわけがない。

 そして、アバンはダイとポップを信じていた。
 勇者の卵と、魔法使いの少年――彼らの素質を信じるからこそ、彼らが勇者として行動していると無条件で信じられる。あれからどれぐらいの時間が経ったか知らないが、二人はきっと大魔王バーン打倒のために動いているだろう。

(そうそう、今がいつかも調べないといけませんね)

 そんなことを思いながら瞬間移動呪文を使ったアバンは、その後の惨状を想像すらしていなかった――。






「………………!」

 言葉は、出てこなかった。
 アバンは、呆然と立ち尽くすしかできなかった。目の前に映っている光景が、とても信じられないと思う……だが、どんなに信じたくなくても、現実は現実だった。
 カール王国は、滅亡していた。

(フローラ……ッ)

 思わず、敬称も忘れてアバンは心の中で彼女の名を呼んでいた。
 目をやったのは、小高い丘の上に立つカール城。世界最強の騎士団を有する城に相応しく、城塞めいた印象を持つ強固な城だ。

 だが、城は夜目でもはっきりと分かる程、崩壊していた。崩れているのは城だけではない、町並みが壊れ果てているのも一目で分かる。先の大戦でも、ここまでの痛手は負わなかった。

 そもそも、人の気配が全くない。
 壊れた家を直しもせずにそのまま放棄して逃げ出したか、あるいは――最悪の可能性が頭に浮かびかけたが、アバンは軽く首を振ってそれをなんとか振り切った。

 本当ならすぐにでもカール城へ飛びたいところだが、激しい戦闘があったことを示すように城は大きく壊れていた。あそこまで城の形が変わってしまった以上、イメージを重視する瞬間移動呪文では飛べない可能性が高いと考えたのだ。

 それに――非情なようだが、今、カール城に行ってもなんのメリットも無い。

 本音を言えば、感情のままにカール城に駆けつけ、フローラを探したい。だが、現状でそれをする余裕があるとは思えない。
 今のアバンに必要なのは、休息と情報だ。
 未練を振り捨て、アバンはもう一度瞬間移動呪文を唱えた。







「ええ、噂では勇者様が大魔王をやっつけるために、死の大地へ向かわれたとか……早く、勝ってほしいものですよねえ」

 おしゃべり好きの宿屋の女将は、訳知り顔でそう言った。
 ともすればガツガツ食事を取りたい気分を抑え、マナーに沿ってスプーンを口に運びつつ、アバンは彼女や宿屋にいる人達の話す言葉に耳を傾ける。

 ここは、ベンガーナ城下町。
 世界で最も裕福な国と呼ばれる商業都市だ。
 この町もまた、戦禍の跡はあったものの、被害はさほどでもなかったようだ。城はきちんと存在していたし、町には人が溢れ、宿屋も機能している。

 商売が主流の町だからこそ、ここでは情報が集まりやすい。
 被害が薄そうな城下町の外れの方へ行き、このご時世でも通常通りに営業している宿屋に泊まることができた。数ヶ月ぶりにたっぷりの湯を使った風呂という贅沢を味わってから、部屋ではなく食堂で食事を取る。

 休みたい気持ちもあったが、それ以上に今は情報が欲しかった。
 宿屋は泊まり客ばかりではなく、食事のために訪れる客も多い。誰もが今の世界情勢に不安を感じているせいか、皆、噂話には敏感だった。

 おそらく虚実入り交じってはいるだろうが、それでもアバンは大まかな情報を得た。

 今は、あの日……自己犠牲呪文で運良く助かってから、三ヶ月ほど経っていること。
 予想以上に、魔王軍の動きが速いこと。
 魔王軍の侵攻で、多くの国が被害を受けていること。

 滅びた国の噂も多かった。
 カール、ロモス、パプニカ、リンガイア、オーザムが滅びた、いや、それらの国は復興中だ、などと情報が錯綜している。
 そして、勇者の噂もあった。

「そう、前にベンガーナにも勇者様がいらっしゃったんだよ! なんでも、まだ子供だって言うのに、ドラゴンキラーであっと言う間にドラゴンを倒したって聞いたぜ!」

「あれ? オレはたった一発の呪文でドラゴンを倒したって聞いたけど?」

 それらの話を聞いて、アバンは我知らず微笑んでいた――。






 その夜、アバンはとりあえず宿屋でゆっくりと休むことにした。
 正直、気は焦る。今すぐにでもいろいろと確かめたいことはあるが、まずは落ち着くのが肝心だと分かっていた。数ヶ月に亘って無理をし続けている身体は、何より休息を必要としている。
 その日、アバンは夢も見ない眠りについた。







「ん〜……、寝過ごしてしまいましたねぇ……!」

 翌朝――すっかり日が昇りきった時間になってから、アバンはようやく目を覚ました。普段なら日の出と共に起きるのだが、長い間の洞窟生活のせいですっかり体内時計が狂ってしまったらしい。

 これからしばらくは、思わぬ時間差に苦労するかもしれないなと苦笑しながら、アバンは料理を作っていた。
 わざわざ宿屋に頼んで台所を貸してもらい、作っているのはお弁当だった。

(ロカが見たら、こんな時に料理なんか作るなんてと、怒りまくるでしょうね)

 懐かしい親友の怒鳴り顔を思い出しながら、アバンはそれでも料理の手を止めない。
 こうして料理を作ると、気持ちが落ち着くからだ。

 睡眠が身体の休息なら、趣味は心の休息を与えてくれる。昨日知った様々な情報にショックを受けた心を慰めるために、アバンは無心で包丁を動かす。フローラは無事なのか、ダイやポップ、それにマァムやレイラ、マトリフなど無事を確認したい人達はたくさんいる。

 誰もが大切で優先したいのに、現在地が分からない者も多い。居場所が分かっている者もいるが、優先すべきは勇者の動向――ダイの居場所だろう。
 だが、そうと分かっていても、知り合いがどうなったか分からない状態ですぐに戦いに思考を切り替え、動くには、アバンはあまりにも疲れていた。

 だからこそアバンは、落ち着くためにお弁当を作る。
 弟子達の好物を詰めながら作る料理は楽しく、不思議なぐらい心を落ち着けてくれた。

 まず、最初に作ったのはダイの分だ。
 ダイはなんでもよく食べてくれる。ただ、彼は無人島育ちなだけの料理の種類をほとんど知らないのが難点なのだが。

 ブラスは怪物とは思えないほどによく出来た人物で、心優しく教養も高かった。だが、やはり不得意な分野はあるようで、料理はごく簡単な種類しか出来なかったようだ。

 それに、無人島というせいもあって食材……特に、調味料の類いを手に入れるのには苦労していたようだ。ごく有り触れた調味料を使っても、ダイは初めてだと目を輝かせて喜び、ぱくぱくと食べてくれた。

 修行期間がわずか三日だったこともあり、アバンはダイの好物を知っているとは言えない。
 しかし、まだ12才のダイのためにアバンはお弁当に遊び心を加えてみる。

 たとえば、ウインナーだ。
 ごく有り触れて食べ物だが、それにちょいちょいと切り目を入れてから炒めると、完成した時の形が変化する。子供だましの細工だが、タコを模したウインナーにダイはきっと目を輝かせて喜んでくれるだろう。

 エビフライは、ポップの好みだ。
 山育ちのポップは、アバンと一緒に旅に出た頃は海老の存在そのものを知らなかった。虫みたいだと最初は食べるのを嫌がったが、形がガラリと変わるフライを作ってあげると、好んで食べるようになった。

 ポップは好き嫌いが激しくて、嫌なものは嫌だと手をつけるのも嫌がる。15才という伸び盛りの年齢でそれでは栄養が偏ってしまうので、いろいろと工夫をしたものだ。

 トマト嫌いのポップのために、トマトを刻んで炒め、塩胡椒で味を調えて作ったケチャップもその一つだ。普通に作ったマヨネーズだけではポップはあまり食べようとしないので、マヨネーズにはゆで卵とピクルスを刻み込み、タルタルソースにして沿える。

 こうやってソースにさりげなく野菜を混ぜ込むのは、アバンがよくやった方法だ。利口なポップはそのうち味や前後の状況からそれに気づいてしまうのだが、食べやすい調理法を施せば文句を言いつつもちゃんと食べるようになった。

 煮豚は、ロカの好みだった。
 アバンが趣味の料理をする度に怒り、そんな女々しい真似はやめろと怒鳴り散らしていたロカだが、若い男らしくガツンとした肉料理が好きだった。

 だから、簡単に味付け出来る煮豚を考案し、彼や仲間の騎士達のご機嫌取りによく使った。

 そのレシピを、レイラにも教えたのだ。
 彼女はそれをちゃんと覚えてくれて、ネイル村を訪れてマァムの修行をつけた時にもご馳走してくれた。忘れかけていた懐かしい味付けは、アバンの味付けをそのまま踏襲してくれたものだった。

 アレンジをしてくれても一向に構わなかったのに、細かなレシピまで生真面目に再現してくれたレイラの優しさが嬉しかった。幼いマァムもそのメニューは好物らしく、嬉しそうに食べていた。

 当時にはマァムにアバンの手料理を食べさせてあげる機会はなかったが、ロカとレイラの娘であるマァムならこの味を好んでくれるに違いない……と思うのだが、少しばかり不安もある。

(ああ……、もしかするとあの年頃の女の子にはウケが悪いかもしれませんねえ)

 お年頃になった女の子が体重や体型を気にするようになるのは、よくある話だ。

 アバンが修行をつけた頃のマァムは、ある意味では少女らしさに欠ける子だった。まだ幼いというせいもあっただろうが、それでもあまりおしゃれに関心を持たず、女の子なのにズボン姿で熱心に修行していた。

 だが、今年であの子も16才になったはず――肉の塊のようなものは太るから嫌だと拒否するかもしれないなと、アバンはくすぐったい気持ちで思う。

 まだ、カール城にいた頃の侍女達の賑やかさやわがままさを懐かしく思い出しながら、アバンは果物も荷物に加える。これなら、肉を嫌う女の子だって満足してくれるだろう。

 甘辛いタレを絡めた肉団子は、ヒュンケルのために。
 幼いあの少年も、ある意味ではダイと同類でなんでもよく食べたが、料理の種類には無知だった。好き嫌いそのものはないが、初めて見るものは最大限の警戒をし、毒でも入っているのかと疑い、なかなか口にしない。

 しかし、一度食べて安全だと分かった食物は、無表情に口に放り込むようになった。

 が、それでも長く過ごせば好みは分かってくる。
 肉団子を作ってやると、彼はいつもより味わいながらゆっくりと食べた。フォークの扱いが苦手な彼のために、それを串団子にしてやったのは懐かしい思い出だ。

 一口食べて、目を輝かせ……それを恥じるように、あるいはアバンに気づかれないように、いつも以上に不機嫌な表情を作ってしかめっ面で食べる姿を思い出す。

 ヒュンケルの気持ちを慮った見ない振りをしてあげていたが、実はその姿が見たくて、旅先なのに手の込んだこの肉団子をよく作った物だ。
 彼がもし、今も生きていたら……すでに二十歳を超えた青年になっている。アバンが決めた誕生日通りに年を数えるのなら、今年で21才になるはずだ。

(こんな、子供っぽい味付けは嫌がるかもしれませんねえ……)

 そう思いながらも、アバンは当時のヒュンケルが好きだった通りの味付けをし、弟子達の好物を彩りよく弁当に詰め込む。その際、中央に置いたご飯に模様を書き込もうとして、手が止まった。

 それは、模様が思い浮かばなかったからではない。
 むしろ、アバンはこの手の模様を描き込むのは得意な方だ。もっとも有名な怪物で、可愛らしい外見が特徴のスライムなどの怪物を描くのもいいだろう。ハートや星のようなシンプルで可愛い模様を散らすのだって、悪くない。

 だが――アバンは、自分の顔をお弁当の中心に描き込んだ。

(……バカみたいなことをしているのかもしれませんね)

 自分のための弁当に、自分の顔を描き込むなんて、とんだナルシストだ。だが、弟子達の好物を作った今日だけは、そうしたかった。
 弟子達の好物の中央に、自分を置きたかった。

 本当ならこれを弟子達に食べさせてあげたいが、そんなことはもちろんできっこないのはわかりきっている。

 ならば、せめて。
 せめて、あの幸せな夢で見たように、弟子達全員と昼食を取る気分だけでも味わいたかったのだ。

(……人のために作った弁当を、自分で食べるのは虚しいものですけどねえ)

 苦笑しながら、アバンはそうも思う。
 だが、そうなると分かっていても、弟子達を思って料理する一時(いっとき)が、今のアバンには必要だった。

 冷めた弁当に丁寧に蓋をするアバンは、まだ、知らない。
 弟子達とお弁当を食べたいという望みが、ひょんなことから半分は叶い、半分は外れることなど、この時のアバンは知るよしもなかった――。 END 

 
 


《後書き》

 アニメでアバン先生のお弁当を見ていたら、ついつい書きたくなってしまったお弁当秘話です♪

 アバンがなぜお弁当持参でバーンパレスに来たのかとか、あの弁当を作る時間が合ったのならダイ達にもっと早く合流できたんじゃないのか、とか(笑)、昔からいろいろと疑問があったシーンでした。

 最初からアバン先生がダイ達の居場所を知っていて、余裕綽々にお弁当なども用意していた……とは思いたくなかったので、お弁当を作る動機からして捏造してみました。

 原作を見ていると、アバン先生は破邪の洞窟後にロモス王かマトリフ師のところに行って情報を得ればいいと思うのですが、彼らが無事かどうかもアバン先生視点じゃ分かるわけがないんですよね。

 破邪の洞窟から出てきたら、ほぼ自動的にカール王国が滅亡していたのを見たでしょうし、ショックも大きかったんじゃないかなと思います。

 ショックなことがあった時こそ、日常的な行動をとるのって心を落ち着かせる方法の一つだと思います。美味しいものを作ったり、それを大切な人と分けて食べ合うなんてのも、いいですよね。

 そう思って、アバン先生のお料理メインな話にしてみました。なお、各自の好み料理はお弁当から想像した完全なる捏造です♪

 なお、タイトルは某有名ゲームのOP曲からつけました。○ィルズシリーズの中では、一番お気に入りの作品だったりします。

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