『天を貫く閃光』 |
その魔法は、地上からでもはっきりと目視できた。 先程からバーンパレスより戦いの余波による音や光は何度も見えていたが、今の魔法は一際鮮烈だった。 闘気技とは、全く違う。 たとえるなら、鈍器で力任せに叩き潰す技と、刃物でスッパリを断ち切るような差を感じる。 「バーンパレスで、ものすごい光が見えましたが……」 それは、背中にいるクロコダインに対しての問いかけだった。 彼を信用するようになるまで、そう時間はかからなかった。 彼が背後にいる限り、後ろを警戒する必要などない。 「ああ。あの光は……ポップのメドローアだ。さすがはアバンの使徒達だな」 クロコダインの太い声が、そう断言した。 ダイ達アバンの使徒達ともっとも長くいた彼だからこそ、その言葉に間違いは無いと信じられる。 「そうか、あれがメドローア……!」 名前と痕跡だけは知っていても、まだ一度も見た事のない超魔法。昔語りでしか知らない伝説を目の当たりにしたかのような高揚感が、ノヴァの心の奥を震わせていた――。
ノヴァが初めてその光景を見た時は、てっきり敵の攻撃の痕跡だと思った。 (エネルギー波で吹き飛ばした……!? いや、でも、この滑らかさはいったい……) その攻撃は、どうやら地面をえぐり取るものだったらしい。港から海の方向へ向けて、放たれた一撃なのは明らかだ。 闘気剣を得意とするノヴァだが、この攻撃の痕跡は明らかにノヴァの闘気技を上回っている。自分が全精力を吐き出して攻撃を仕掛けたとしても、これほどの大規模な範囲を吹き飛ばせるとは思えない……それぐらい、効果範囲が広かった。 しかも、その壊れ方も自分の闘気技とは違いすぎる。 攻撃の痕跡は、驚くべき切断面だった。 しかも、痕跡の異様さは普通の闘気技とは真逆な効力にもあった。 しかし、今、ノヴァの目の前にある痕跡は、発生したと思われる場所から海で途切れるまで、効果範囲がまったく同一だった。 (いったい、どんな攻撃を放ったらこんな痕跡になるんだ……) 親衛騎団との戦いで早々に気絶してしまったノヴァは、ダイ達の活躍を実際に見ることは出来なかった。ようやく意識を取り戻したのは、すでに戦いが終わった後のことだった。 その時には、すでに敵の姿は無かった。 かれらは戦いの後だというのにも拘わらず、率先してケガ人の救助を手伝っている。ノヴァもそれに参加する中で、この痕跡を見つけたのだ。 (敵か? それとも、ダイ……あいつなのか?) 畏怖を含んだ感情が、ノヴァの中に刻み込まれる。 自分などでは到底届かない相手だったのだと、今こそノヴァは思い知らされた。 「ちょっと! ねえ、そんなところで何をしているの? 手が空いているなら、まだ運んで欲しいケガ人がいるんだけど?」 可愛らしい声音とは裏腹な、勝ち気なその声を聞いて、ノヴァはつい顔をしかめていた。 腰に手を当て、仁王立ちにこちらを見ている少女の名は、マァム。 黙っていれば美少女かもしれないが、彼女は苛烈なまでにキツい娘だ。現に今も、まるで睨むようにノヴァを見つめている。これ以上、サボるのは許さないと言わんばかりの顔で、彼女はそれでもノヴァの返事を待っていた。 ついさっき、手ひどく叱り飛ばされたばかりとあって、どうしても彼女に対して好意的にはなれない。 「……分かっているよ!」 そう言い返しながら、ノヴァは未練を振り捨てて謎の痕跡から離れた。 (まったく……! あんなにキツくっちゃ、嫁のもらい手なんてないんじゃないのか!? いや、そもそも、あんなのを好きになる男自体いるわけがない!) 心の中でこっそりとそんな失礼なことを思っていたのは、ノヴァだけの秘密だ。
思えば、この一週間は激動の日々だった。 ダイを初めとしたアバンの使徒達も生存が確認され、再び大魔王バーンへ挑むために準備を進めることになった。 いつの間にかダイとのわだかまりも解け、今のノヴァはサポート要員に徹していた。自分の今の実力では戦いの足手まといになるだけだとようやく実感し、陰ながらダイ達を助けるために全力を尽くそうと決意した。 ダイの特訓につき合っているのも、その一環だ。 実際、ノヴァが声をかけなかったら、ダイに休みを取るなんて考えがあったかどうか、あやしいものだ。最悪、文字通り朝から晩まで戦いにつき合わされかねないところだった。 それではたまらないと、ノヴァはちょくちょく休みを申し入れ、その度に雑談を出来る程度には馴染んできたと思う。 あの日、サババの港に残っていた攻撃の痕跡は、いったい誰のものだったのか――。 ダイの答えは、ノヴァにとっては予想外だった。 「え……キミの攻撃じゃなかったのかい?」 少なからず驚いて、ノヴァは思わず聞き返してしまう。 「違うよ、あれはポップの魔法で、メドローアって言うんだ」 「メドローア? 聞いた事の無い呪文だな」 ノヴァは、魔法もそこそこは使える。氷系呪文が得意と言う偏りはあるが、はっきりってその辺の魔法使いに負けない程の腕前だと言う自負もある。それこそ、魔法使い顔負けなほどの魔法の勉強や修行も受けてきたつもりだが、そんなノヴァにさえ初耳の呪文だった。 「マトリフさんから習った特別な魔法なんだって、ポップが言ってたよ! えっとね、なんでも『極大消滅呪文』ってやつで、こう、魔法で弓をビシュッとつくって、どわーって撃って、ばしゅっと何でも消しちゃう、すっごい魔法なんだ!」 身振り手振りを入れながらのダイの説明は、お世辞にも分かりやすいと言えるものではなかった。むしろ、擬音語だらけの説明は稚拙としか言い様がない。 だが、それでもあの日、実際に魔法の痕跡を見ていたおかげで、それがどれほどの威力を持つ魔法なのか、想像しやすかった。 「消滅呪文、か……それはすごそうだな」 「うん、すごいよ! オリハルコンだって、当たれば一発で消えちゃうんだよ!」 自分のことのように得意げに、ダイは嬉しそうに言ってのける。と言うよりも、むしろ自分の技以上に自慢しまくりだ。 実際にダイと過ごしてみて知ったが、彼は思った以上に謙虚な性格だった。と言うよりも、自分がどれほど凄い人間なのか、全く自覚していないと言うべきか。 ノヴァの目から見れば、自分以上に勇者と思える腕前、心の広さを持っているのに、ダイにその自覚はない。そんなダイが手放しで称賛する魔法使いの存在に、ノヴァは少しばかり興味を引かれた。 (でも、悪いけど……とても、そんなにすごい魔法使いにはみえないんだけどな……) 初めて会った時、挑発的に振る舞ったノヴァに対して突っかかってきた少年――それが、ポップだった。 服装も魔法使いのそれだし、そもそも身のこなしや動きを見れば、体術が得意ではないのは一目瞭然だった。なのに、カッとなってノヴァに殴りかかりかけた直情さは、到底魔法使い向きとは思えなかった。 魔法使いと言えば、常に冷静でパーティーの頭脳役というのが一般的なイメージだと思うのだが、ポップの言動は呆れるぐらい感情的で、どうにも危なっかしい雰囲気が拭えない。 その後、わだかまり抜きで接してみた結果、ポップがいたって明るく、お調子者っぽいが陽気で気さくな性格だと分かってきたつもりだが……その性格自体、魔法使い向きではないと思う気持ちは変わらない。 しかし、魔法使いに向く、向かないを除外しても、一つだけはっきりしていることがある。 「ダイはずいぶんとあいつを……ポップを信頼しているんだな」 それは、一目瞭然だった。 そして、ポップを信頼しているのはダイだけではない。ダイの仲間達が、ダイだけでなくポップにも強い信頼を置いているのは、少し見ていれば分かる。あのとてつもなく勝ち気で、自立精神に溢れたマァムでさえ、ポップに対して気を許している。ポンポン口喧嘩をしまくっている遠慮のなさは、それだけ気の置けない仲だという証拠だ。 人間達の軍勢を率いているレオナ姫もまた、ポップを頼っている面があるのだろう。軽口めいたやり取りで、彼女が作戦の相談相手として話しかける相手は、ダイではなくポップだった。 寡黙なヒュンケルやクロコダインは、どこか慎重に人との距離を測っている様子だったが、ポップに対してはそれがない。割と口の悪いあの魔法使いは、兄弟子に当たるはずのヒュンケルに対してはやけにツンケンしているが、そんな時、あの寡黙な戦士はわずかながら笑みを浮かべていることが多い。 感情など全く見せない冷酷な男だと思っていただけに、意外に思ったものだ。 その他にも、ロモスの勇者達や各国の兵士達ともいつの間にかため口で慣れ合っているポップは、人の輪にするりと入り込む不思議な人懐っこさの持ち主だった。 「うん! ポップはね、時々ちょっと頼りなかったりするけど……でも、いざって時はうんと強いんだ! 一番頼れる仲間だよ!」 何の迷いもなくそう言って、ダイはとびっきりの笑顔を見せた――。
羨望に似た眼差しで、ノヴァは空を見上げる。 (……全く、本当にあの魔法使いばかりは分からないな) 思わず、苦笑が浮かんでしまう。 起死回生の策として挑んだ大破邪呪文――ミナカトール。他のアバンの使徒達が楽々とその呪文を成功させる中、ポップ一人だけがそれに手こずっていた。 完成途中の魔法陣とダイ達を守って戦いながら、ノヴァはポップの苦悩の叫びを何度となく聞いた。自分の力が及ばないと嘆き、仲間と肩を並べられないと苦悩するその悩みは、ノヴァにとっても他人事とは思えない思いだった。 ノヴァ自身、ダイの足元にも及ばないと、自分自身の力を嘆いた。その苦悩は、未だに心を焦がしている。 ……だが、ポップはその悩みを自力で乗り越えた。 あれほどフラフラ悩んでいた癖に、いざとなるとあの切り替えの速さ、目を見張るような爆発的な成長力を見せたのには、呆れるのを通り越して感心してしまう。 頼りになるのか、頼れないのか、いまいち分からないお調子者の魔法使い。 「……こっちも負けてられませんね」 空から地上に視線を降ろして、ノヴァは剣を握りしめる。 共に、肩を並べて戦うことが出来なかったとしても、微力でもダイ達のために戦うことが出来る――それだけのことが、ノヴァの心に充足感を与えてくれる。 今のノヴァは、自身が勇者として大魔王に挑む以上に、この場で勇者ダイ達の援護をすることが、なによりも重要だった。 「そういうことだ。うなれ、轟火よ!」 かすかな笑い声と共に、斧を大きく降る音とその叫びが重なる。 《後書き》 ノヴァ君とメドローアに絡めたエピソードです♪ 会話の流れや細かい部分は違いますが、やり取りを一部参考にさせて頂きました。素敵なきっかけを与えてくださって、心から感謝します。 全話と映画版を見た旧アニメは、二次創作にはあまり影響が出たことはないのですが、新作アニメの方が思いっきり影響を受けまくりです。
この話のもう少し後には、ノヴァが地上からダイがハドラーとの戦いで自分と特訓した超必殺技を目撃するシーンもあるのですが、今回はポップとメドローアの話に絞りたかったので、そちらのエピソードは残念ながら今回は省きました。 |