『覚えていますか?』 |
『お聞かせください。
と、勇者であるダイは困ったような顔を浮かべるばかりだ。正直、今年で12歳のダイにとっては酷な質問としか言い様がないだろう。それでも、聞かれたことにはちゃんと応えようとする生真面目さは、育ての親であるブラスさんのしつけの賜というものか。 ダイ君は自分で自分の手を見ながら、一本ずつゆっくりと指を折りながら考え込む。固く目を閉じ、口の中でぶつぶつとなにやら小声で呟いているのは、きっと頭の中で何かを思い出そうとしているのだろう。 だが、両手の手を全部折り終える前に、頭をくしゃくしゃに掻き混ぜて降参してしまった。 「あーっ、やっぱ、わかんないよ! だって、それってたぶん、おれが生まれるよりも、もっと前の話だもん! そんなの、聞かれたってわかんないよーっ!」 そう叫んで、ダイはお手上げとばかりに両手を高く上げた――。
言っている内容そのものはダイと似たようなものでも、ポップの場合は考えるまでも無いとばかりにバッサリと切り捨ててしまう。……答え自体は同じでも、性格は出るものである。 「だってよ、その頃だったら、まだおれは生まれてなかったか、生まれたとしてもまだ赤ん坊だったろうしなー。メルルやマァムだって、似たようなもんだろ?」 「え、あ、はい……ええ、そうですね。申し訳ないですけど……」 突然話を振られたメルルは、慌てたように相槌を打つ。ダイと同じように、困ったような表情を浮かべている彼女もまた、応えるべきことがないのだろう。 だが、期待に応えられないことに気後れを感じているのが、恐縮している様子だ。こんな質問をぶつけたことを申し訳なく思ってしまうぐらい、縮こまっている。 「そんなの、気にすることないわよ! だいたいね、生まれる前のことを聞かれたって、答えられるわけ、ないわよねえ?」 明るい声でメルルとダイの間に割り込んできたのは、レオナだった。姫とはとても思えない気さくさで、真面目すぎる友人らに救いの手を差し伸べる。そして、姫の救いの手は生まれる前の者だけではなく、記憶にとどまる以前の幼子にも向けられた。 「マァムだってそうでしょ? 1歳かそこらの頃のことなんて、覚えてなくって当然ですもの」 「ええ、そうね」 苦笑しつつも、マァムも素直に頷く。 「その頃なら、多分、父さんや母さん達が戻ってきてくれた頃だとは思うけど……残念ながらなにも覚えていないわ」 「ボクもですね。まれに、赤ん坊の時の記憶がある者もいるとは聞きますが……」 マァムと同じく、16歳のノヴァの答えもふるわない。 これは、明らかに質問対象者の選択に問題があったとしか言えない。
そう答えてから、獣王クロコダインはその太い首をわずかに傾げる。 「いや……、もしかするとその噂は15年前ではなく、2、3年後に聞いたのやもしれんな。なにせ、あの頃は別に魔王軍に入っていたわけでもなかったし、風の噂程度にしか聞かなかったからな」 そう言って呵々大笑する彼にとって、どうやら15年前という日付はさしたる意味を持たないようであった――。
鼻をほじりつつ、気が無さそうにそう答えたのは大魔道士マトリフだった。先代勇者一行メンバーであり、現在の勇者一行に関わる者の中で最年長者の彼ならば、と期待したのだが――マトリフの答えはいかにも素っ気ないものだった。 「だいたい、この年になっちまったら去年も15年前も変わりゃしねえっつーの。過ぎちまったことはほどよく忘れるのが、長生きのコツってやつでな」 そう言って、マトリフは思わせぶりな顔でニヤリと笑った――。
濃いサングラスをかけた拳聖ブロキーナの表情からは、変化は読み取れない。だが、飄々とした声には、どこか温かみが感じられた。 「15年前か……あれは、忘れようにも忘れられない年だったよ……」 これは、答えに期待できるかもと身を乗り出しかけたものの、その瞬間、ブロキーナ老師は口元に手を当てて咳き込んだ。 「うっ、持病のうなじゲシゲシ病がっ!?」 謎の病名に気を取られた一瞬、拳聖は病など感じさせない素早さでサッと身を翻し、どこかへと消えていってしまった――。 「15年前……」 そう呟いた瞬間、気温が下がったような感覚があった。 決してそんなつもりがあったわけではないが、この魔剣士にとっては聞かれたくはない質問だったに違いない。 当時、6、7歳だったヒュンケルにとって、その頃のことは当然、記憶にあるだろう。だが、彼の生い立ちを思えば、それは決していい思い出と言いきれまい。 虎の尾を踏み抜いてしまったのか――そう戦慄を感じた時、彼は目を伏せ、ゆっくりと答えた。 「……特に、語るほどのことはない」 明らかに嘘だと分かるその返答は、拒絶に他ならない。
そう、元気よく答えたのは、若き勇者だった。が、勇者と名乗ったのは自称だったし、そもそもまだ日も高い内から酒場に陣取って乾杯を繰り返している四人組は、どう見ても勇者とは程遠く見えるが。 「なによぉ、大げさねえ。15年前なら、あんた、ほんの子供だったんじゃないのぉ?」 「そりゃあ、あの時はオレは5歳のがきんちょだったけどよ、それでも15年前のあの年だけは忘れられないぜ! と、我がことのように誇らしげに胸を張り、手にした酒を一気にぐーっと呷ったのは『自称勇者』の青年だった。その近くにいた大柄な戦士も、嬉しげにそれに頷く。 「あ、ああ、確かになぁ。オレもあの頃は10歳かそこらだったけど、勇者様に憧れたっけなぁ……まあ、オレは魔法も使えないから勇者にはなれっこないって分かってたし、早めに諦めたけど」 懐かしそうにそう呟く戦士は、見た目の割には純朴そうだった。その向かいに座っていた高齢の魔法使いが、小狡そうな表情でククッと笑う。 「ワシとしては、その頃にはとっくにもう、そんな憧れなんぞとは卒業しておったがのう。なんせ、当時は50歳だったかの……? それよりも、勇者の快挙でそこら中が浮かれまくっていたことの方が、よっぽど印象に残っておるわい」 ちびりと、舐める程度に酒を飲んでいた魔法使いから盃を奪い取り、若き勇者が怒鳴り散らす。 「なんだよっ、夢がないなぁ! 憧れはでっかく、高く持とうぜ! せっかく心を入れ替えたこったし、初めての憧れは大事にしていこうじゃねえか、なあ!」 酒を飲みつつ、若き勇者は僧侶の娘に相槌を求める。が、僧侶の割には妙に色気過剰な娘は、髪をサラッと流しつつ気のない口調で答えた。 「そんなこと言われたってー、あたしぃ、そんな昔のことなんか覚えてなしぃ〜」 「ええーー?」 と、不満げに若き勇者は顔をしかめてぼやく。 「だって、おまえ、確かオレより2つも上じゃん」 そう言われた途端、僧侶の娘の目が見事なまでに釣り上がる。その目は、完全に据わっていた。 「あによっ!? 誰がばばあだってぇえええっ!?」 「いっ、いやっ、誰もそんなこと言ってな……って、酒くっさ!? おまえ、いつのまにどんだけ酒飲んでんだよっ!?」 ドタバタと揉め始めた『自称』勇者ご一行様にとって、もはや15年前のことなどどうでもよくなったようである――。 END 《後書き》 サイト開設15周年記念と気づき、ふと浮かんだおバカ話です(笑) 大人になってしまうと、15年前って遠い記憶になっちゃいますね。でも、何か大きな事件に関わってしまうと、当事者にとっては15年は短すぎる気がします。 熱心な野次馬ぐらいの距離感の方が、○○年前の出来事を詳しく、楽しく思い出せそうだなと思って、でろりん達の出番が目立っています。 しかし、この話を書く際に15年前、何をしていたかなぁと思い出そうとして……毎日、毎日、必死こいてサイト更新していた記憶しかありませんでした。いや、マジで。 |