『おっぱいクエスト 〜狙われた女武闘家〜 1』

 その部屋は、どう見ても異様さに満ち満ちていた。
 まず、目につくのは部屋の壁を覆い尽くさんばかりに張り尽くされた絵の数々だ。単なるデッサンのように簡素な物から、カラフルではあるが大量生産されている版画、特別注文と一目で分かる油絵など質こそは様々だが、そこに描かれている女性には明確な共通点があった。

 武闘着を身につけた、淡い赤毛の娘――勘のいい者ならば、それが勇者一行の一員として名高い拳聖女マァムの絵姿だとすぐに気がつくだろう。実際に勇者一行の絵も混じってはいるが、マァムだけを丁寧に切り取って貼っている様にはいささか執念めいた物を感じさせる。

 奇妙なのは、それだけではなかった。
 テーブルや椅子など、普通ならば人間が暮らすのに必要そうな家具を壁際に追いやり、部屋の中央に堂々と安置されているのはトルソーだった。

 それは、特に芸術的な品という物ではない。
 洋品店などで、洋服を制作する際に使用する人間大の模型だ。人間の胴体のラインを大雑把にかたどっただけの人形であり、頭もなければ手足もない無機質な品にすぎない。

 だが、そんな顔もないトルソーにも性別の差はある。
 鮮やかな桃色の武闘着を着せたそのトルソーは、明らかに女性の体型を象った品だった。

 普通、トルソーはほっそりとした体型をしているものだが、そのトルソーは標準とは少し違っていた。
 パッと見てもはっきり分かる程、胸が大きめに作られている。

 それだけなら、まだ巨乳の女性の体型に合わせていると好意的に見ることが出来るかもしれない。

 しかし、そのトルソーの胸には、服の上からでも目につく小さな膨らみまで再現されていた。服をつんと押し上げたその蕾は、言い訳のしようもないぐらいに性的だった。

 そして、そのトルソーの前に跪いている男は、更に問答無用なぐらい怪しげな風体の男だった。

 今一歩不潔感のある黒髪ロン毛の、痩せぎすな男だった。よくよく見れば彼の着ている服はそれなりに上質な物だが、ろくに洗濯をしていないのかヨレヨレで、みすぼらしさが目についてしまう。

 そのせいか、年齢がはっきりとは分からなかった。まだ20才程と言えばそのぐらいにも見えるし、とっくに30才を超えていると言えばそう見えてしまう。
 一言で言ってしまえば、どうにも風采の上がらない男だった。

「あぁ……マァムよ……、我が女神よ、君は……なんて……っ、なんて美しいんだ……っ!!」

 ハァハァと荒い息をつく男の口から、感極まったような言葉が漏れる。熱を含んだその目は、うっとりとしたようにトルソーの胸へと向けられていた。リアルな女体を再現したトルソーに向けて、震える手が差し伸べられる。

 その手は、迷わずに豊かな胸をぎゅうっと鷲づかみにする。だが、その瞬間、男は大きく顔を歪めて叫んだ。

「……くそぉっ!!」

 苛立った声を上げ、男は乱暴にトルソーを横に薙ぎ払う。先程まで、まるで女神に対する様に崇めたてていたとはとても思えない掌返しだ。

「違う、違うっ、こんなものじゃないっ! 女神のおっぱいともあろうものが、この程度のおっぱいであるはずがなぁいっ! こんなものは偽物だぁああああっ!」

 興奮して叫び立てながら、男は地団駄を踏むような勢いで一人で暴れ回る。服を大事そうに脱がせた後、苛立ちをぶつけるようにトルソーを蹴飛ばしたり踏みにじったりする姿は傍目から見れば滑稽極まりないが、本人にはその自覚はないようだった。

 彼の名は、ブラム。
 現在でこそロモス城下町の小さな家に住んでいるが、ブラムは元々はベンガーナ出身だ。自慢ではないがブラムの両親は成功した商人であり、ブラムはその次男坊にあたる。

 跡継ぎとなる長男とは違い、ほぼ親から期待されず放置されていたブラムはよく言えば金に糸目をつけずに、悪く言えば甘やかされ放題に育てられた。成人してもこれといった仕事に就かず、ただ親の金でぶらぶらと遊び回るばかりの典型的なダメ息子となったのである。

 そんな彼がロモスにやってきたのは、一重にマァムの存在があるからだ。
 あればまだ、大戦中の頃――ロモス王が主催した武道大会の知らせを見て、わざわざ船旅をしてまで見物に行ったのはほんの気まぐれだった。家にいると、親だの乳母だのがいい加減に仕事をしろとうるさいから、家出も兼ねてちょっとした旅行に出掛けたにすぎなかった。

 元々武術などには一切興味もなかったし、世界で一番安全な国ベンガーナの一等地で暮らしているということもあり、魔王軍との戦いなど遠い出来事のように感じていた。

 そのため、武道大会もあくび交じりで眺めていたに過ぎないのだが――その時、ブラムは運命と出会った。
 大会選手の中の紅一点、武闘着を凜々しく着こなした年若い少女……後に拳聖女マァムと呼ばれる女性に。

 まあ、より正確に言うのであれば、出会ったと言うよりは見かけたと言った方がいい。女性ながら次々に並み居る男を倒して決勝まで辿り着いたマァムは、ブラムのみならず見物客達の視線を集めていたが、その逆はあり得まい。非常に残念だがマァムから見れば、ブラムは見物客の中に埋もれていて記憶にも残ってはいないだろう。

 途中で魔王軍が攻めてくると言うハプニングがあり、ブラムは早々に逃げ出した。マァムやその他の決勝進出者達が敵の手によって囚われたことや、そのマァムを助けようと魔法使いの少年が戦いを挑んだことまでは知っているが、その結果も見届けずに逃げに走ったブラムはその後、どうなったのか直接には知らない。

 その場に残った人々や吟遊詩人の伝承歌で聞いた話だと、会場に居合わせた勇者とその仲間が見事に魔物を倒したという。
 それを聞いて、ブラムは激しく後悔したものだ。

 勇者が勝つと分かっていたのなら、その場に残ってばっちりくっきりとマァムの姿を見届けていたかった、と。

 幸か不幸か、ブラムは悪魔の目玉という怪物の存在を知らない。
 遠く離れた場所から目的となる場所の光景をこっそり観察することのできる便利な怪物がいると知ったのなら、ブラムは全財産どころか魂を売り渡してでも魔王軍に入ったに違いない。

 残念ながら、そんな便利な怪物や魔法道具を持たないブラムが唯一持っているのは、己の記憶だけだ。
 あの武術大会の間はブラムにとっては至福だった。今でも、目を瞑れば有り有りと思い浮かべることが出来る――。

(あの揺れる巨乳ッ! ぷりっとしたお尻ッッ! はち切れんばかりの太股ぉッッッ!!!)

 信じられないぐらい身軽に空を跳ぶ乙女の、弾けるような肢体にブラムは目を釘づけられた。勝ち気そうな、それでいて清潔感のある顔も確かに可愛かったが、それ以上にそのボディの魅力が忘れられない。

 そもそも、あどけなさすら感じさせる清楚な少女があそこまで色っぽくもエロいボディを持っていると言うそのギャップが、またたまらないのだ。よく見れば下着すら見えるほど深い切れ込みの入った武闘着を着ているのにも拘わらず、服の裾など気にもしないで元気よく跳ね回る姿はあまりにも刺激的だった。

 ちらちらと垣間見えた下着の色が青かったことも、ブラムはしっかりと記憶している。

 余談だが、それまでは女性の下着と言えば白か縞パンしか認めなかった主義のブラムは、その日を境に青パン至上主義へと変貌した。たとえ全世界を敵に回してでも、青パンこそが最高にセクシーであると主張し続ける所存である。……まあ、この男には世界を敵に回す甲斐性などないのだが。

 それはさておいて、何よりも彼の目を惹きつけたのはマァムの胸だった。
 女性は巨乳ではなくてはならない――世間の多くから文句がつけられそうな意見だし、敵に回す数も少なくはないであろう意見だが、これこそがブラムの最大の持論だった。

 ブラムに言わせれば、巨乳道は奥が深い。
 彼の持論では、女性の胸はただ大きければいいという物ではない。巨乳は好ましいが、爆乳までいくとやり過ぎだ。
 大きさ、形、張り、バランス……その全てが揃った巨乳は、そうそうお目にかかれるわけではない。

 その意味で、マァムの胸は衝撃だった。
 見た瞬間に、雷に打たれたかのようだった。一目惚れとは、まさにこのことか。

 ブラムにとって、理想の胸そのものだった。もし、あれよりもう少しでも大きければ、爆乳となってしまい好みからは外れただろうが、マァムの胸は絶妙なまでにぎりぎりの大きさと張りを保った奇跡のおっぱいだ。

(ああ……っ、あの胸に触れることができたなら……っ)

 まさに夢にまで見た希望に胸を焦がしつつ、ブラムは今度は部屋の片隅に目をやった。

 そこにも絵姿は貼ってあるが、マァムの絵に比べればずっと少ない。と言うよりも、できるだけスペースを節約するためか無造作に重ねて貼ってある。わざわざ集めたと言うよりも、勇者一行勢揃いの絵の中から引きちぎった物を寄せ集めてあるのだ。そして、その絵を止めているのは画鋲ならぬ五寸釘だった。

 釘を何本もぶっさしているので見分けにくいが、その絵の主は緑の服を着た魔法使い――勇者一行の一員、大魔道士ポップだ。

 マァムの絵が比較的本人に似た物が揃えているのに比べ、ポップの絵は全く本人に似ていない。老人だったり美青年だったりと統一性がないが、はっきりいってブラムにとっては男の顔などどうでもいいので、拘りはない。ただ、ポップの物であればそれでいい。

 まだ収まらない苛立ちのまま、ブラムはちゃんと手近に用意済みの五寸釘とトンカチを手に取った。

「てめえは絶対許さんっ、絶許だっ、死ねえぇえ、この野郎っ!!」

 呪詛の言葉を吐き散らしながら、ブラムは割と几帳面にコンコンと釘を壁に打ち込む。怒りに任せてガンガン叩いた時、不慣れなせいで自分の指をぶったたいて痛い目をみて以来、多少なりとも学習した結果だ。
 だが、ポップへの怒りというか恨みは燃え上がるばかりだった。

「あんなに気安く彼女と話しただけじゃなく、あのおっぱいを……おっぱいを指でつつきやがってっ! くっそおお、羨ましいにも程があるぞッ、死ねッ、死ねえぇえええッ!」

 ――これ以上ないと言うぐらいの逆恨みである。
 しかし、ブラム的にはこれ以上ないぐらいの義憤に駆られるまま、何本もの釘を壁に打ち込む。それを止めたのは、気が済んだからではなかった。

 ブラムが壁を叩く音を上回る音量で、ガンガンと家の扉が叩かれる。ビクッとしたブラムが許可をだすより早く、勢いよく扉が開かれた。鍵をかけ忘れていたせいもあるが、鍵などかかっていても同じことだっただろう。

「ちょっと、ブラムさんっ!? あんた、なにまた騒いでんだい、また隣の家から苦情がきているんだからねっ!」

 入ってきた女性の胸は、大きかった。――いや、そこはどうでもいいのだが、どんな状況であれそこに目をやってしまうのはブラムの習性だ。

 しかしまあ、胸だけでなく胴やお尻ももれなく巨大な中年女性のボディは、ブラム的には好みと呼べるものではない。ポリシー溢れる巨乳好きなだけに、彼は爆乳には興味はないのである。

 だが、好みだろうと好みでなかろうと、彼女を無視するわけにはいかなかった。なにせ、この爆乳の中年女性はこの部屋の大家なのだから。

 正確に言うのであれば、家の持ち主は禿頭の中年男でありこの女性は配偶者に過ぎないのだが、影の薄い夫を十分に圧倒しまくった迫力を持つこの女性は、実質的な管理人だ。

 家賃の集金はもちろんのこと、何か問題が起きたりすれば飛んできてガミガミ怒鳴りこんでくるのは決まって彼女だ。
 ブラムは持っていたトンカチを慌てて後ろに隠しつつ、ボソボソと呟く。

「はあ……あの……はい……」

 ブラムは、謝罪を得意としていない。と言うより、謝ったら負けだと考えるような部類の人間である。それに、実家にいた頃はブラムに謝罪を要求するような者などいなかった。

 どんなにぼんくらだろうとも大商人家の次男だ、身近にいる召使い達は彼をちやほやこそすれ、叱るなんてもってのほかだった。家庭教師などから叱られれば、親にごねて教師を辞めさせてきた。

 親や兄などはほとんどブラムに拘わろうとしなかったため、ブラムは怒られること自体少なかったし、ましてや人に謝る機会はもっと少なかった。そのため、こんな時にはどうしていいのかまるで分からない。
 なのに、大家はブラムの気も知らずにガンガン叱りつけてきた。

「『はあ』じゃないわよっ、まったくいい年した男がみっともない! だいたい、あんた、いっつも家に籠もってばかりでめったに外にも出ないけど、ちゃんと働いているんだろうねっ!?」

「いえ……あの……たまには……出ています……」

 痛い点を突かれて怯みながらも、ブラムはごく控えめに抗弁を試みる。
 実際、ブラムはたまには外出する。――週に一度か二度のペースだが。

 家事は全て召し使いがやってくれていた実家と違い、ここでは自分で食事や生活用品を買いに行かなければならない。ブラムにしてみれば、それだけで重労働である。

 そして、そんなきつい労働のご褒美として、ブラムはマァムの姿を求めて、こっそりとロモス城下町をうろつくことにしている。残念ながらマァムはめったにロモス城下町にやってこないので見かけることさえ難しいが、それだけにごく稀に彼女に会える日をブラムは心待ちにしている。

 いつだって慎重に慎重にマァムの後を追いかけ、彼女がどんな店に行くのかを探り、最後に彼女が大荷物を抱えて魔の森へと消えていくまでを見送るようにしている。

 だが、そんなブラムの活躍を知らないであろう大家は、ふんっと鼻息も荒く言い放った。

「ところで、あんた、今月分の家賃はまだなのかい? もう、月末過ぎてるんだけどね?」

「……う……」

 一瞬、ブラムは息を止めた。
 払う意思は、あるのだ。だが、困ったことに手持ちの金がない。

 ブラムの生活資金は100%仕送りで成り立っている。実家にいるのなら金がなくなれば執事に言えばすぐに貰えたし、大商人の次男ということも知れ渡っていたのでツケ払いも利いた。

 だが、ここは我が儘の利くベンガーナの実家ではない。
 ロモス王国の城下町だが、町外れのごく小さな貸屋だ。ブラムの実家に比べれば情けないぐらいに狭い家だが、どうしてもロモスに行きたいと言い張ったブラムに実家が手配してくれたのはこの貸屋だった。

 ブラムはロモスに別荘を建ててくれとねだったのだが、ロモスとは商売上関わりがないから金の無駄だと言われたのと、今から建てるのでは時間がかかるからと執事に説得されてしぶしぶ承知したのだが、正直、狭いわ使い勝手が悪いわで不満だらけだ。おまけに、召使いまでいない。

 管理人兼大家はいるが、彼等は一向にブラムの生活の面倒は見てくれない。ただ家を貸すだけだし、そもそも態度が大きくていつも叱り飛ばされる有り様だ。とんでもないところへ来てしまったと、ブラムが嘆いたのは一度や二度ではない。

 しかし、自力で手頃な物件を探し直す方法も、召使いを雇う方法も分からない。実家にいれば、召使いや執事に言いつければなんとかしてもらえるのだが、ここには誰もいない。

 身の回りのことは自力でやらなければならないし、肝心の援助に関しては郵便を介して金をねだり、実家から金だけが送られてくると言うシステムに変わってしまった。そのせいでどうしても時間がかかってしまい、ここのところはブラムは金欠に悩まされているのである。

「……あの……もう少し……待って……くれたら……」

 ボソボソと訴えるブラムを胡散臭そうに眺める女性の目は、どう贔屓目に見ても信頼してくれている様には見えなかった。

「……まあ、最終的にちゃんと払ってくれればいいけどね! 来月は二ヶ月分まとめて払わないと衛士に訴えてやるから、忘れないでおくれよ! あ、そうそう、あんた当てに手紙が届いてたから!」

 そう言って封蝋のついた手紙をブラムに渡し、ドスドスと音を立てながら去っていく。どうにも苦手な女性がいなくなったことで、ブラムはようやく一息つく。

 台風が去ったような気分で、ブラムは手紙に目をやった。
 貴族並みに格式張った紋章の封は、ブラムの実家の家紋だ。

「やれやれ、やっと着たのかよ! まったく遅いんだよっ!! あの執事め、今度家に帰ったら、親父に言いつけてクビにしてやるからな……っ!」

 ブラム生まれる以前からずっと家にいる執事に対しては強気な悪口をぼやきつつ、ブラムは焦った手付きで封筒を開ける。怒りと金欠に焦るブラムは、気がつかなかった。

 いつもならばもっと厚ぼったくて頑丈な封筒を使った手紙が来るのに、今日の手紙はやけに薄っぺらな事実を。

 そして、中身もいつもとは違っていた。
 いつもならば、まずは正式な印を押した為替がでーんと入っている。そして、執事によって書かれた慇懃無礼ながらもブラムの日常を気遣い、帰郷を促す長文の手紙が添えられている。

 もちろんブラムはそんな手紙など読まず、為替だけを手にいそいそと現金化するのが常だった。
 だが、今回の手紙には為替は入っていなかった。
 さらに執事の几帳面な手紙ではなく、荒々しい筆跡の短い手紙があるだけだ。

『ブラムへ
 いつまで外国で遊んでいるつもりだ。勘当されたくなければ、とっとと帰ってこい』

 最後に父親の名前で署名してあるその手紙を見て、ブラムは呆然と立ち竦むばかりだった――。







(どうしよう……どうしよう……いったいどうすればいいんだ……っ!?)

 フラフラと、ブラムは町を彷徨う。
 特に行く当てなどないのだが、あまりの衝撃にじっとしてなどいられなかった。ついでに言うのなら、なぜか武闘着をしっかりと握り占めたまま部屋を出てきてしまったが、いつそれを手に取ったのかすら覚えていない。

 臑齧りのブラムにとって、父親からの命令は絶対だ。逆らうことなど考えられない。まだ実家にいれば執事や母親にでも泣きついて取りなしてもらえるかもしれないが、ここはロモスだ。手紙を介して取りなしてもらおうとすれば、数ヶ月単位で時間がかかる。

 それでは、手持ちの金が尽きてしまうだろう。
 働いたら負けだと思っているブラムにとって、仕送りが立たれたのは致命的だった。

 仕送りを当てにしてマァムの姿絵やら、彼女の武闘着と同じ物を特注するなど無駄遣いしまくっていただけに、手持ちはもう、残り僅かだ。
 ベンガーナまでの船の運賃や食費も考えれば、数日以内にロモスを出発する必要がある。

 ブラスは、いきなり追い詰められていた。
 切迫した気分で町を彷徨うブラスが向かった先は、町外れの魔の森付近だ。
 一見するとごく普通の森にしか見えないが、怪物が多数住み着いているので有名だそうだ。

 そのため、町の人間でさえ近寄らない危険地域であり、ブラムももちろん入ったことさえない。と言うより、はっきりと避けて歩いている。

 だが、マァムはこの魔の森の奥、ネイル村に住んでいると言う。
 さすがは拳聖女と言うべきか、怪物など恐れもせずに自由に森を歩き回ることのできるマァムは、週に一度、買い出しにくる。

 どうやら村で他の人からも買い物を頼まれているらしく、驚く程大量に買い物し、軽々とそれを持って帰る姿を何度となく目撃している。なにしろ、ブラムはその様を後をつけてこっそりと見ていたのだから。

 これまでは、それで満足していた。
 しかし、ここまで心惹かれる女性を残してロモスを去らなければならないという現実に、胸が締めつけられる。権力により、無理矢理恋人と引き裂かれたかのような悲痛がブラムを襲う。

 もう、会えないかもしれないという間際になって、初めてブラムは焼けるような後悔を味わっていた。

(ああ……っ、こんなことならもっと早く、彼女の……おっぱいを触っておくんだったぁあああああああああ!)

 ――最低な後悔だが、本人的には切実だった。
 ただ見ているだけではなく、一度でも良いからあの豊かな胸に触れ、実際に味わってみたい……その思いで一杯一杯になる。

 これまでは、それは犯罪だと辛うじて思い直すだけの理性や、妄想だけで満足する謙虚さがあったのだが、切羽詰まったブラムにはもう余裕はなかった。
 こんなことなら、マァムの後をつけていた時に思い切って行動しておけば良かったと切実に思う。

(そうだよっ、あの時も、あの時も……っ! チャンスはいくらでもあったんだ、あの人通りのない道を通った時、彼女を路地裏に連れ込むとか! あるいは、森の奥までついていって押し倒すとか!)

 ――――どこまでも犯罪的発想である。
 しかし、未練がましく魔の森を見つめつつも、ブラムの足は動かなかった。いかに理想のおっぱいのためとはいえ、怪物がいる場所に単身乗り込むような度胸などブラムにはなかった。

 未練たらたらのため息を吐き、実家に寄生……いや、帰省するためにトボトボと帰ろうとした。

 が、まさにその時に、奇跡は起こった。
 森の奥から、一人の少女が歩いてくる。淡い赤毛を自然に肩に垂らしているし、格好も普通の村娘のものだったが、ブラムが彼女を見間違えるはずがない。
 それは、紛れもなくマァムだった――。  《続く》

 
 

2に続く
  ◇地下道場に戻る
 

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