『おっぱいクエスト〜狙われた女武闘家〜 4』 |
「あのー、おれ、そろそろあっちに行きたいんだけど。あいつを待たせると、おっかないしさ」 やや控えめに、それでもきっぱりと自分の意思を告げるポップに対して、店長は大仰に首を横に振りながら押しとどめようとする。 「いやいやいや、何を仰いますか! 女性とは着替えが長いものですぞ、もうしばらくここでごゆるりとなさったらよろしいではありませんか。ああ、ほらっ、誰かっ! おかわりのお茶とケーキをお持ちして!」 パンパンと手を叩きながら、店長は声を張り上げる。しかし、もう二杯もおかわりをもらったポップにしてみれば、そう言われても嬉しくもなんともない。 「いや、もうお茶はいいって。そんなに入んないしさ。それより、おれのバンダナ、まだ返してもらえねえの?」 あれは、しばらく前――ポップが最初のお茶を受け取った時のことだった。 「はい、お茶をどうぞ……あ〜れ〜」 悲鳴と言うにはどうにも棒読みというかわざとらしすぎる声と共に、女店員はトレイを滑り台のように大きく傾けた。もちろん、その上に乗ったティーカップは見事に滑り落ちてポップへと降り注ぐ。 「わっ!?」 焦ったものの、魔法使いのポップにそれをとっさに躱すほどの体術はない。その結果、当然のごとくお茶はポップに頭から降りかかった。 かかった瞬間こそ焦ったものの、至って冷静にポップはそう思った。 とは言え、頭からお茶がかかったのだから、何のダメージがないわけがない。 「まあ、わたしったらなんてことを、すみませ〜ん。ああ、お召し物が汚れてしまいましたね、すぐに洗ってまいりますわ」 やはりどこか棒読みにそう言いながら、彼女は真っ先にポップのバンダナを外し、いそいそと部屋を出て行ってしまった。お茶がしたたり落ちるポップの顔やら髪は一切無視、大きな染みができてしまった服などもほったらかしである。 あまりと言えばあまりな行動に、ポップがあっけにとられるばかりだった。 しかし! もちろん、ポップとてこのお茶のこぼし方が変だと思わないわけがない。あまりにも不自然極まりないし、愛用のバンダナを一方的に取られるのにだって、文句や不満はある。 しかし、それでも、だ。 少し、想像して欲しい。 (うわっ、マァムほどじゃないけど意外とでけえっ) 等と失礼な感想を抱いても、実際に目の前に揺れるたわわな膨らみを目にしてしまっては、他のことなどどうでも良くなってしまう。大魔王にさえ叡智を認められた大魔道士と言えども、しょせんは思春期男子である。 平たく言えば、色仕掛けとさえ言えないお色気にぼーっとしてしまったポップは女店員の勝手な行動を止められなかった。そして、一人取り残されたポップが気を取り直す前に、襲来してきたのが店長だった。 「お客様っ、申し訳ありませんっ! 店員の不始末は、この店長の不始末であります、お怒りのお気持ちはご存分にっ! 平にっ、平にお許しをっ!」 などと、まさに土下座せんばかりに謝りつつ、ポップの服やら顔やらを拭いてくれたのも店長だった。大げさにわびつつ、お茶やらケーキやらもさしだしてきたせいもあってか、もうポップは怒ってなどいない。元々、すぐにカッとはなってもすぐに醒めるタイプなのだ。 ポップとしてはもう気なんかとっくにすんだし、そもそも直接悪いわけでもない店長に謝られ続けるというのも、かえって居心地が悪いというか落ち着かない。 まだ、店長はお詫びに新しい服を差し上げるだとか、クリーニングするからお着替えをなどと言っているが、ポップにしてみればそこまでしてもらうほどでもない。 さっさとバンダナを返してもらってマァムと合流し、引き上げたいところだ。 「誰かっ、誰かっ、いないんですかっ!? 早くお茶のお代わりとケーキを!」 「いや、もういいって。腹一杯だし……」 「なにをおっしゃいますか、お若い男性ならばまだまだ入るでしょう、遠慮などなさらずに! 早く、早く、ケーキをお持ちして! ケーキがなければ、クッキーでもお菓子でも……とにかく、なんでもいいから持ってきてくださいっ!」 などと、なにやら切羽詰まった雰囲気さえ漂わせる店長とは対照的に、「はぁーい、何度も言わないでくださいよぉ〜」とあまりやる気の感じられない返事と共に、女店員が入ってきた。 手にしているのは、水の入ったコップに食べかけなのか封の開いたクッキーの缶という、文字通りとりあえずなんでもいいから持ってきた感が溢れまくっている代物だった。 しかし、そんな物以上に、ポップは彼女の再登場に目を見張る。どうにもやる気の感じられない彼女こそ、さっきポップのバンダナを持っていった娘だからだ。 「あっ、あんた、さっきの! なあ、もう洗ってなくてもいいから、バンダナを返してくれよ」 「えー、そんなこと言われても、困りますぅ。あれ、もう、あのキモ男に渡しちゃいましたし〜」 ガチャガチャと水やらクッキー缶をテーブルに雑に置く女店員の言葉に、ポップは目を丸くし、店長ははっきりと顔色を変える。 「そのキモ男って、誰のことだよ?」 「さあ、知らないです、初めて来たお客さんでしたし。店長の知り合いっぽかったし、店長に聞いてくださ〜い」 どこまでもやる気に欠ける女店員に対して、店長の反応は顕著だった。ビクッと目に見えて顔を引きつらせたのを見て、これまでのほほんとしていたのが嘘のように、ポップの表情が引き締まる。 「おっ、お客様っ、そんなことよりもお菓子のお代わりなどは――」 この期に及んで空々しく気をそらそうとする店長に対して、ポップはずばりと聞いた。 「……あんた、なに企んでる? 狙いはおれ――じゃなくて、マァムなのか?」 さすがは勇者一行の魔法使いと言うべきか、ポップの質問は見事に核心を突く。咄嗟過ぎて表情を隠せなかった店長の顔色から、ポップは答えを読み取ったらしい。 「じゃ、これはさっきの仕返しってことで」 と言うなり、ポップは水の入ったコップを手に取り、店長らに引っかける。もちろんただの水だけに何のダメージもないが、この不意打ちに店長らは大いに慌てふためいた。 「わっ、わわぁっ!?」 まるで熱湯をかけられたかのように大げさに手を振り回す店長も店長だったが、その隣にいた女店員の絶叫ぶりもものすごかった。 「きゃああああああーーっ、やだやだやだっ、この服色落ちするのに染みになっちゃうぅうっ!?」 今までのやる気のなさはどこへやら、ポップどころか店長まで置き去りにして素早く部屋から逃げ出す彼女をポップは追わなかった。と言うよりも、彼女など眼中にない。 もともと相手の気を一瞬そらす目くらましのつもりでかけた水なのだが、ここまで効果があるとはポップ自身思ってもなかったが、好都合だ。 そこに彼女の姿がないことは想定済みだったので、特に落胆はしない。ざっと見回しても格闘の形跡もなく、手がかりらしき物もない。唯一、先ほど店に来た時との差と言えば、更衣室のカーテンが閉まっていることと、使用中の札がかかっていることだろうか。 間髪入れず、ポップはそのカーテンを開く。 そして、何よりも肝心なのは、人の気配が感じられることだ。ダイやヒュンケルと違い、気配を察知するのが苦手なポップにでさえ分かるほどはっきりと、はあはあと言う荒い息づかいが聞こえてくる。 下まで、多少の高さはあった。二階の窓から飛び降りるぐらいの高さはあったが、空を飛べるポップに躊躇いなどない。そのまま飛び降りざま、ポップは叫ぶ。 「マァムーッ、いるか!? いるなら、返事を……」 叫ぶその声が、尻つぼまりに消えていく。 倉庫の中には、確かにマァムがいた。 その格好のまま、両手を頭の上で組んでいるといるのだから、否応なしに胸が目立つ。と言うより、胸が目立ちすぎて、首筋の縄やら不自然に後ろに組んだ手のことすら目に入らなくなってしまう。 そして、その胸にむしゃぶりつくようにしがみついているのは、痩せぎすの黒髪の男だった。女店員がキモ男と評したのを、一目で納得できる風貌の男は息を荒げながらマァムの胸の谷間に顔を押しつけていたが、物音やポップの声を聞いて驚いたようにこちらを見た。が、それでもまだマァムから離れようとしない辺りに、男のスケベ根性が見て取れる。 ポップにとっても全くの想定外だったこの展開は、マァムと謎の男にとっても予想外だったらしい。二人とも、あっけにとられたような表情のまま固まっている。 それはポップも同じで、思いっきりポカンとしてしまった。 (な、なんでマァムが……っ、って、やっぱマァムの胸ってでっけえよな、色も白いし、柔らかそうだし……いや、そんなことを考えてる場合じゃないって! なんなんだよ、あの男はッ!? あんな知り合いがいるなんて、知らねえぞっ! あれって、無理矢理なのか!? でもマァムの奴、なんであんな男に好きなようにさせてんだ? はっまさか、これってマァムも合意の上の特殊プレイって奴なのか!? し、知らなかった、マァムにそんな趣味がッ!? も、もしマァムがあいつを好きだなんて言ったら、どうしよう……あいつに渡すぐらいだったら、ヒュンケルに取られた方がまだマシ――って、そんなわけあるかーっ、ヒュンケルがマァムにこんなことしたりするんなら、メドローアをぶっ放してやるーっ!!) ……なまじ頭の回転が速いのが徒になっているというのか、思考が先回りしすぎてからぶってしまっているようだが。 思考がぐるぐるする余り、頭の中が真っ白になっているも同然のポップよりも、男が正気に戻る方が早かった。 「キミぃっ、なんて奴なんだ……ッ、よりによって、使用中と札の書かれた更衣室の中に入ってくるだなんて! 礼儀というものを知らないのかっ!?」 と、非常識極まりない男から、いかにもこちらの方が常識知らずであるかのように責められて、ポップは反射的に怒鳴り返す。 「やかましいっ、変態痴漢野郎に礼儀云々を言われる筋合いはねえっ!! てめえ、マァムに何しやがるんだっ!?」 そう叫びながら手を握りしめると、自然と掌が熱くなる。慣れ親しんだ魔法の感覚が、ポップの思考に冷静さを取り戻させた。 (そうだ、まずはマァムを助けねえと!) 混乱から脱すれば、優先順位が自然と浮かぶ。 正直、魔法使いのポップにとっては、この状況は不利だ。こんな風に敵と味方が密着状態だと魔法を使いにくいし、そもそも魔法なんてものは本来室内で使うものじゃない。特に、周囲に燃えやすそうな布が五万とあるこんな場所ではポップの得意呪文の火炎系魔法も使いにくい。 だが、伊達にポップも勇者の魔法使いをやっていたわけではない。どんな不利な状況でも勝機を見つけてきた魔法使いは、こんな場所であっても適した戦い方を組み立てる。 「マァム、待ってろ、今助け――」 そう声をかけて魔法をぶっ放そうとした、まさにその時のことだった。 「……騙したのね……っ!」 マァムのものとも思えない、地を這うように低い声。 怒れるマァムは、ズンッと音を立てるような勢いで利き足を一歩横に踏みだし、歩幅を広く取った。おかしなもので、ほんの半歩ごと足を広げただけなのに、その姿は先ほどまでと一変した。 ついさっきまでは、半裸で不自由な姿勢を矯正された哀れな少女と見えたその姿は、今や仁王立ちする狂戦士だった。両腕を頭の後ろに組む不自然な姿勢のまま、マァムは息吹を放つ。 「はぁあっ!」 瞬間、マァムの腕が膨れ上がったように見えた。 次の瞬間、翼が開くかのようにマァムの両腕が大きく広がる。それと同時に、はらりと千切れた縄が飛び散った。 「うぇえええええっ、嘘ぉおおっ!?」 驚愕は、ポップよりもブラムの方が大きかった。 それは、マァムがその気になればいつでもそうできたことを証明している。 だが、それならなぜ彼女は、今まで唯々諾々と言いなりになっていたのか――そう思いかけたブラムだが、すぐに正解に辿り着く。 自分と同様に、驚きの表情を浮かべて固まっている魔法使いの少年。 拘束したことで安心しきってしまったが、実際に有効な枷はポップの方だったのだ。 (ああくそ、なんであの店長はこいつを押さえ込んでくれなかったんだよっ! 毒を盛るとか催眠術をかけるとか魔法で操るとか、なんでもいいからこいつさえ人質にしておけばっ!) などと、身勝手にも程のある呪詛を心の中で撒き散らすブラムに向かって、自由の身になったマァムが拳をポキポキと鳴らしながら歩を進めてきた。格好が格好なだけに未だにおっぱいが丸出しだったが、さすがのブラムもこの期に及んでその乳に陶酔できるような状況ではない。 つい先ほどまでの弱々しさや色気など、無慈悲なまでに綺麗さっぱりと吹き飛ばした怒れる女武闘家は、先ほどまでとは全く違う意味合いで顔を真っ赤に染めている。 「よくも……好き勝手にやってくれたわね……っ!」 怒れる姿すら、凜々しくも美しい。 「……えっと」 ポカンと口を開けたまま、ポップは目の前の光景を見ていた。と言うより、見ているしかなかった。 何がなんだかは大魔道士の頭脳を持ってしてもさっぱり分からないが、とにかくマァムが自由の身になったこと、男とマァムが恋人とかではなかったことだけは分かった。むしろ、拘束されて無理強いされていたらしい。 それは喜ばしい事実ではあるのだが、しかし、この状況をどうしたらいい物か。 ポップが助けるまでもなく自ら自由の身になった途端、マァムは怒り狂う獣のように男をぶん殴り続けている。ポップがここにいるのに胸を隠すことすら忘れているところを見ると、本気で怒っているのは疑いようがない。 まあ、大岩でも一撃で砕ける彼女が何発と殴り続けていること自体、彼女が手加減している証拠ではあるし、拳よりも威力のある蹴りやら必殺技を使わないぐらいの理性は残ってはいるようだが、それにしたって一方的すぎる。 あまりにもマァムの拳のスピードが速すぎるせいで、サンドバッグ状態になった男は倒れることもできずに棒立ちになって殴られるままだ。 彼がマァムにしたことを思えばいい気味だし、自業自得というものだが、それにしたってやりすぎである。いくらなんでも、マァムがこの男を殴り殺したりしてはシャレにならない。 「えっと……あのー、マァム、もう、その辺にしといた方が……」 かくしてポップは、不本意ながらもストーカー男を助ける羽目になったのであった――。 その後、ポップがいかにしてマァムをなだめ、落ち着かせるのに苦労したかは割愛しよう。 ついでに言うのなら、ボロボロにやられたブラムにお情け程度の回復魔法をかけて助けてやったのもポップだったのだが、そのことでブラムが大魔道士に感謝の念を抱いたかどうか、定かではない。 ただ、はっきりとしているのは、事件後、ブラムの実家が不肖の息子を大慌てで引き取り、自国に連れ帰ったことだけだ。その後、ブラムの姿を見た者もいなければ噂を聞いた者もいないので、どこかに蟄居を命じられたとの見方が有力だ。 そうそう、最後に付け加えておくと店長はその後、事業失敗と見なされロモス王国進出への夢は絶たれた。 《後書き》 659995hit記念リクエスト、『ストーカーに狙われる武闘家マァム』(地下向き、R18、乳揉み注意)でした♪ さて、今回の話で何回『おっぱい』だとか『乳』と書いたことでしょう? ところで、マァムのバストサイズが88というのは、原作でポップがばらした公式発表ですが(笑)、何カップかは明記されていません。Eカップにしちゃったのは、ネットで見かけた情報+単なる好みです。 ついでに言うと88のEと言うバストの表現は、今では実際には使われていないです。現在のブラの表示はアンダーバストとカップ数で表示するようになっていますが、漫画やラノベでは未だにトップバストのサイズでの表記の方が主流っぽいので、旧式表示のままで書きました。 ところで、この話のリクエストを受けた日に書いたメモの初期アイデアは、こうでした。 『マァムのバストサイズに異様な執念を燃やし、詳細な記録を取ろうとする。単にメジャーで測るだけでは足りず、ノギスを使用して乳首の大きさまで調べ尽くす変態男』 初の地下向きリクエストだったので、軽いノリの、ちょっとエッチで明るく楽しい話にしてみたつもりです。
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