『空白の僧侶戦士 4』

 

(な……ッ、なんなんだよぉーーーーッ!?) 

 その叫びは、声にはならなかった。
 口を覆う柔らかな、だが不気味な感触の触手は、ポップの口をピッタリと塞いでしまっている。そして、その触手は口だけではなく、ポップの手足にも絡みついていた。

 なんとかそれから逃れようとするも、柔らかみのある触手はねっとりと絡みつき、振りほどけない。ポップのもがきは無駄な抵抗として、触手をわずかに揺らすだけだった。

 だからこそ、ポップは何一つ抵抗できないまま、その光景を見ているしかできなかった。

 この世で最も見たくなくて……それでいて、この世で最も見たいと望んでいた光景を。

「ぁ……ぅ、ううっ、ううんっ……ッ、ウぅンッ!! い、やっ……いや……ッ!」

 マァムは何かを否定するように、必死に同じようなことを呟き、首を振っている。
 嫌で嫌でたまらないのだと、訴えるかのように。

 だが――そんな必死な呟きとは裏腹に、マァムの動きは緩慢だった。
 地面にしどけなく投げ出されたマァムは、首をいやいやと振りはするものの、それ以上の抵抗はしない。

 ぐったりと仰向けに倒れているマァムの頬は、綺麗な薔薇色に染まっていた。まるで運動した直後のように上気し、息を荒らげている……それだけならば、ここまで目を奪われたりはしなかっただろう。

 問題なのは、その蕩けたような表情だった。
 泣きそうに目を潤ませ、何かに耐えるように浅い呼吸を繰り返すその表情は、ポップが一度も見たことがないマァムの顔だった。

「フフン、『嫌』と言う顔には見えぬがな」

 嘲笑い、ハドラーが軽くマァムの胸を軽く踏む。
 それは、粗雑ではあっても乱暴な動きでは無かった。ダメージを与えるようなものとは程遠い、それこそつつく程度の軽い動きに過ぎない。だが、その刺激がマァムに与えた影響は大きかった。

「はぁわっ!?」

 甲高い悲鳴を上げ、マァムが背を仰け反らせる。寝そべっていた身体が、釣られた魚のように一瞬だけ跳ねた。

「フン……それっ、それ!」

 鼻で笑いながら、ハドラーが足をわずかに動かす。本気とは程遠い、何かを軽く蹴るようなその動きは、見るからに力が入ってはいない。

 子猫がボールにじゃれつくような、そんな戯れじみた動きでハドラーはマァムの胸を軽く蹴り、時にごく軽く踏みつける。
 だが、その効力は絶大だった。

「……ん……っ、……んんんっ……ッ!」

 必死で声を噛み殺すマァムは、気づいていないのだろう。
 声を出さないように耐えようとするあまり、身体の動きを制御できていないことに。

 特に、足が大きくのたうっていた。ブーツを履いたままの足は、釣りたての魚のごとく振り回される。

 幼子のようにバタバタと地面を蹴ったかと思えば、一瞬、キュッとつま先までピンと伸ばされる。不規則なその動きのせいで、ただでさえ短いマァムのスカートはまくり上がりかかっていた。

 はち切れんばかりの太股の面積がジワジワと広がり、まくれ上がったミニスカートから、今にも下着が見えてしまいそうなほどだ。

 ポップは、そこから目を離せなかった。
 そんな場合ではないと分かっているのに、いつもと違う角度で見えるマァムの足に釘付けになる。

 普段のマァムなら、ポップがジッと彼女を注視すれば、その視線に気づくだろう。変な目で見ないでとプンプンに怒って、ビシャッと叩いてくるような娘だ。

 だが――今のマァムは、いつもとは全く違っていた。
 いつもの、気丈さなどまるで感じられない。
 魔王ハドラーに――自分達の師の仇に臆せず向かっていった時の雄姿など、今の彼女には全くなかった。

 憎むべき敵に、文字通り足蹴にされているにもかかわらず、ろくに抵抗もせずに身をよじらせている。それも、蕩けたような目で、息と服を乱しながら――。

 目元に滲む涙が、なおポップを動揺させていた。
 僧侶戦士として前線で戦う、いつものマァムとは似ても似つかないその姿に、ポップは目を釘付けにされてしまう。

(な……、なんだよ、これ!? こんなの……こんなマァム、おれ、知らねぇ……ッ!)

 ポップの目から見てさえも、それは言い訳のしようもないぐらい淫らな姿だった。

(ち……違う……! こんな……こんなの……っ、違う……ッ!! な、にか、理由があって……)

 それでも、ポップは心の中で反論を試みる。いや、試みようとした。
 しかし、そのタイミングでマァムが一際甲高い声を上げた。

「ぁああっ!?」

 まるで、調律した楽器のようにその声はよく響き渡る。悲鳴と呼ぶには、なんとも艶めかしい声だった。

「ヒーッヒッヒ……どれどれ、小娘と思っておったら、なかなかいい声で啼くもんじゃのう……」

 舌舐めずりをしながら、マァムの胸に手を伸ばしているのは小柄な老魔道士だった。

 幼児程の体格しかない老魔道士は、小さな手でマァムのたっぷりとした胸に触れる。だが、子供じみた手や体格とは違って、その動きは恐ろしいまでにいやらしく、執拗なものだった。

 確かめるように、服の上から片方の胸をギュッギュッと揉んだ後、不意にその服を大きくずらした。

「や……っ!?」

 驚いたような声が、マァムの口から上がる。
 マァムの着ている服は、僧侶がよく身に着けるカソックに近い。固い布地で出来ていて、身体の線を隠してくれる上、僧侶戦士マァムにとっては簡易鎧として身を守る防具だ。

 だが、今、マァムはその防具を剥がれた。
 正確に言うならば、大きくずらされ、片胸を剥き出しにされたに過ぎない。しかし、たったそれだけの格好が驚くほどにいやらしく見えた。

 硬い布地越しでも隠し通せなかった胸の大きさは、遮る邪魔がなくなって一層、大きく見える。仰向けになっても全く型崩れせず、黒い服越しでもこんもり盛り上がって見える胸は、片胸だけむき出されただけにやけに際だって見えた。

 黒い布に覆われた豊かな丘を、老魔道士はさっきと同じように両手でギュッと揉む。
 その途端、マァムは大きく仰け反った。

「ぁっ、ぁああんっ……!!」

 かすかな、だが鼻を抜けるようなその声を聞いて、ポップは一瞬だけ目を閉じた。

 もう、何も見たくない――とっさにそう思ってしまうほど、今の声は色香に溢れていた。抑えても、抑えても溢れてしまうその艶めかしさを、認めたくないと思った。

 しかし、理性と本能はいつだって相反するものだ。
 固く目を閉じたが、手が封じられたポップは耳を押さえることは出来なかった。情け容赦なく、耳から艶を含んだ悲鳴が飛び込んでくる。

「ひっ……、ぁ、ああっ、やぁあああっ、や……はぁ…あぁっ!? やぁ、ああああんっ!」

 いきなり、テンポアップした悲鳴の連続。
 それが色を含んだものであっても、マァムの悲鳴をこれ以上見過ごすことなどポップには出来なかった。反射的に目を開けてしまったポップは、すぐにそれを後悔する。

 見たくてたまらなくて、それでいて一生見たくも無かった光景は、さらに更新されていた。

「ヒヒヒッ、何が『嫌』じゃ、こんなに乳首をピンピンに立てて、ちょっと触られただけでアンアン啼いておるくせに! まったく、ほんの小娘のくせにけしからんわい……!」

 鼻息も荒く、老魔道士の指がマァムの胸を弄ぶ。
 服の上から胸の先端……乳首をいじり回しているのが、嫌になるほどはっきりと見えた。

 柔らかな素材で出来た黒い生地は、カソックと違って胸を守ってはくれない。
 つんと、服の下から乳首が突き上がっているのさえ、見て取れる。

(……な……に、……か、りゆ……う……が…………)

 いつしか、ポップは抵抗を止めていた。
 ショックが大きすぎて、その場に立ちすくんでいるだけだ。いや、自分を抑えている悪魔の目玉の触手が無ければ、立っていることすらできなかったかもしれない。

 茫然自失としているポップを、ハドラーが振り返った。
 すでにマァムを蹴るのにも飽きたのか、ただ老魔道士がやることをつまらなそうに見おろしていたハドラーだったが、ポップを一瞥した瞬間、なんとも言えない嫌な笑みが浮かぶ。

 面白い獲物を見つけたと言わんばかりの嗜虐的な笑みのまま、ハドラーはポップに語りかけてきた。

「どうだ、楽しんでいるか?」

 その言葉の意味を、ポップはとっさに理解できなかった。
 言葉の意味自体は分かっても、それが今の自分と何の関係があるのか、結びつけることが出来ない。
 楽しいどころか、苦しくて苦しくて仕方が無いのに――。

 だが、ハドラーはそんなポップを見て、これ以上無いほど楽しげに笑う。

「お前は、こやつに惚れておるのだろう?」

「……ッ」

 なぜ、それを知っているのかと問いただすより先に、ハドラーはまたも足をマァムへと向ける。

 ただし、その足を向けた先は胸では無かった。
 だらしなく投げ出された太股と太股の間に、ずしっと足が落とされる。それに気づいたのか、マァムがハッとしたように顔だけをわずかにあげ、足を閉じようとした。

 しかし、それは柔らかい太股で頑丈な戦闘用のブーツを締め着けただけに過ぎない。最初から力が入るような姿勢ではないし、そもそもハドラーはそんな細やかな抵抗など気にも留めていなかった。

 フンと鼻でせせら笑ったかと思うと、強引に足を動かす。しっかりと閉じていたマァムの足が呆気なく開かれ、ブーツのつま先がスカートをまくり上げる。
 思わず、ポップは目を見張っていた。

(……白、だ……!)

 つい、その色に気づいてしまった自分に、ポップはかすかに自己嫌悪を抱く。
 黒いスカートの下に見えた下着は、真っ白だった。

 女の子の秘められた部分が、よりにもよって師の仇の足で剥き出しにされた。その衝撃からポップやマァムが立ち直るよりも早く、ハドラーはつま先をわずかに持ち上げる。

「どうだ? ここが見たいのではないのか?」

 からかいを含ませた声でそう言ったかと思うと、ハドラーは足でマァムの股間を下着の上から踏みつける。

「あぁぁああああっ!!!」

 その瞬間、これまでの最大級の悲鳴がマァムの喉から迸った――! 
 

《続く》


《後書き&予告♪》

 突如、ポップ視点です。
 それにしても、ザボちゃんはものすごく楽しそうにマァムにセクハラしていますが、ハドラーはむしろポップをいたぶる方が楽しそうだったりします
(笑)
 ま、まあそれはともかく、次はマァム視点に戻ります。


 

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