『闇の翼 1』


 

 その塔には、一匹の『竜』が閉じ込められていた――。







 そこは、牢獄だった。
 昼なお薄暗い部屋の中の片隅で、男は身動ぎもせずに片膝を立ててうずくまっていた。
 申し訳程度に身にまとった、薄汚れた服。そのくせ、妙に頑丈な首輪と手錠をはめられている。

 通常の塔などとは、比べ物にならないほど厚い石の壁。
 そこに打ち込まれた頑丈な鎖は、その男のはめられている首輪に繋がっている。
 その鎖も、首輪も、手錠も、一般的なものとはかけ離れている。

 一見ただの鋼鉄に見えるが、良く見ればその鎖の一つ一つに、精緻な呪文の紋様が刻まれているのが分かるだろう。
 それに、この部屋自体にも魔法陣が描かれている。石作りの床に深く、幾重にも刻まれた魔法陣には素人目にも圧倒的な魔法力を感じさせるものだった。

 この魔法陣も、鎖も、部屋の中心にいる人物を戒めるためのものだった。
 だが、彼を『人』と呼んでいいものだろうか。
 外見は20歳そこそこの精悍な青年だった。

 体付きは逞しく引き締まったものでありながらも、顔立ちにはどことなく少年っぽさが残っていて好青年と判断される印象だろう。だが、闇の中でさえ金色に輝くその目が、額に輝く竜の紋章が、背に生えた漆黒の翼が、彼の印象を人間離れした生き物へと変えていた。

 実際、彼を恐れているのだろう。日に二度、定期的に囚人の所在を確かめにくる兵士達は、化け物を見る目で彼を見ている。
 それを、男は無感動に見返していた。

 以前は、そうやって化け物として見られるのにひどく傷つきもしたものだ。――だが、今は正直、どうでもよかった。
 実際、彼は化け物なのだから。

 以前、各国の連盟による正統な裁きを受けて、死刑を受けた。だが、それにもかかわらず、生き延びてしまった。
 各国から呼び集められた精鋭の魔法使いの火炎呪文で焼かれても、死になどしなかった。
 刃物で負った怪我も、致命傷であっても死にはしない。
 毒を与えられても、苦しみはしたが生き延びた。
 何度かそんなことを繰り返した揚げ句、各国の王達が下した決断は、幽閉刑だった。それからずっと、彼はこの塔に閉じ込められている。

 もはや、彼には生存のために必要な些細な欲求さえ叶えられることはない。
 食事も与えられず、もし体調が悪化したとしても救援の手が差し伸べられることはない。ただ、ただ、無為に閉じ込められるだけの日々――。

 人知れぬ場所にあるこの塔で、ひっそりと息を引き取るその日まで、ここから出られる見込みなどない。
 世界の全ては、彼を拒絶した。

 化け物は死ねばいいと、彼の死を待ち望んでさえいるだろう。
 それが分かっている上で、まだ死にもしないで生きている自分は確かに化け物なのだと、男の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。

 そして、その笑みの形のままの唇を、手の甲へと当てた。
 その手に巻かれているのは、一見ただの布切れに見えた。
 ボロボロになり元の色すらもしかとは分からない彼の服とは裏腹に、その布だけは色鮮やかな黄色を保っている。

 決して解けるなとばかりにしっかりと巻きつけられたその布に触れる時だけ、男の表情は穏やかなものへと変わる。
 この上なく大切なものに触れるようにキスをし、名残惜しげに手に巻いた布から離れてなお、彼の目はその布に釘付けだった。

 だからだろう――彼は、珍しくも塔の扉を開けて入ってくる者に目を向けなかった。
 気がつかなかったわけではない、関心を持たなかっただけだ。
 食事を与えないという緩慢で消極的な処刑方法に業を煮やすのか、時折、この牢屋には処刑人が訪れる。

 死にもしない化け物を殺そうと無駄な努力を仕掛けてくる処刑人など、彼にとっては迷惑なだけだった。
 いっそ、本当に殺してくれるなら、いい。
 むしろ、歓迎してもいいぐらいだ。

 だが、いたずらに苦痛を与えられるだけの処刑もどきなど喜べるはずもない。それでも、彼は抵抗の意思を見せなかった。

 ただ、布を巻きつけた手だけは庇うように、しっかりと握りしめて身を屈める。
 そのせいで、敵の攻撃を無防備に背中で受ける姿勢になるが、別に構わない。
 今の男にとっては、手に巻いた布は自分自身よりも大切なものだったから――。

「よお。ちょっと見ない間に、ずいぶんと変わっちまったもんだな、化け物さんよ」

 気安い、調子のいいその声を聞いた途端、男の心臓が大きく跳ね上がった。
 もう、とっくの昔に、驚くことも悲しむこともやめ、動揺などしなくなったはずの心臓が、とくとくと動悸を速めて脈を打つ。

 ゆっくり――ゆっくりと、男は顔を上げた。
 その目に映ったのは、一人の青年の姿だった。
 今までに来た他の処刑人と違って、たった一人でこの牢獄に入ってきたのは、ひょろっと細い、頼りない印象の青年だった。

 だが、平凡そうな外見と違い、その目には鋭い光が宿っている。化け物を前にして、軽口を叩けるその軽さこそが、彼の並ならぬ胆力を証明していた。

 緑色の魔法衣を着て、手には古ぼけた杖を手にした青年を、男はまじまじと見つめていた。
 やがて、かすれ、ひび割れきった声が、彼の喉から漏れる。

「おまえが……オレを殺すのか――ポップ……!」

「それが望みだって言うのなら、そうしてやってもいいぜ――ダイ」

 ダイと、ポップ。
 かつての勇者と、その魔法使い。
 彼らは、変わり果てた化け物と、その処刑人という形で再会した――。







 それは、2年前のこと――。


「ポップッ! オレは、絶対に反対だからな!」

 部屋に飛び込んでくるなりそう叫ぶダイを見て、ポップは特に驚いた様子も見せなかった。
 むしろ、ダイがそう言ってくるのを予測でもしていたのだろう。一瞬だけ、困ったなとでも言わんばかりの苦笑を浮かべただけだ。

 そのポップの態度が、さらにダイの中の不安と怒りと煽り立てる。その衝動のまま、ダイは珍しくポップに向かって声を荒らげていた。

「おまえがベンガーナに行くだなんて……そんなの、絶対に駄目だ!」

「やーれやれ、おまえがそう言いそうだって思ったから、口止めしといたのにな。いったい誰から聞いたんだよ?」

 ダイの反対を大袈裟だと、ポップは気軽に笑い飛ばした。

「親善大使として、しばらくの間だけベンガーナに滞在するだけだって。別に、もう二度と帰ってこないわけじゃないんだし、そんなに血相を変えて反対するなって。そんなにダダを捏ねるんなら、帰る時には土産を持ってきてやらねーぞ」

 そう言いながら、ポップはもう自分よりも大きくなったダイの頭に手を伸ばし、くしゃくしゃっと乱暴に撫でる。
 いつだってダイを子供扱いするその手は、ダイにとっては少しばかり癪に障りはするものの、嬉しいものには違いなかった。

 共に少年だった魔王軍との戦いの頃ならともかく、成長していくにつれ、段々とこんな風に接触する機会など減りつつあるものだったから。
 だが、今は嬉しさよりも怒りの方が強かった。

 何も分かっていない子供のように自分を扱い、口先だけでごまかそうとするポップに、本気の苛立ちが込み上げてくる。

「とぼけるなよ、ポップ!」

 怒鳴ると同時に手を払いのけると、ポップが驚いた顔をするのが見えた。だが、それでも構わずにダイは怒鳴りつけた。

「何が親善大使だよ!? そんなの、名前だけじゃないか! ベンガーナに行ったら、もう、帰ってこれないんだろう……っ!?」

 以前のままのダイなら、ポップの嘘にごまかされただろう。
 だが、今のダイはもう子供ではない。
 この前の春に18才になったダイには、前には見えなかった国同士の駆け引きや裏のやり取りが見えるようになってきた。

 魔王軍時代はあれほど緊密で、一致団結していた世界各国の関係が、時が経つにつれおかしくなってきた事実も。
 勇者と大魔道士をそろって抱え込んでいるパプニカ王国に、各国からの非難が集まってきている事実も。

 ベンガーナ王国を中心に沸き起こり始めたその不満の声は、日に日に強くなっていく一方で――すでに、戦争が勃発しかねない程までに国内外の緊張が高まっている。
 それを緩和するために出された苦肉の策が、大魔道士をパプニカ王国から引き離す案だった。

 一度行ったら最後、帰ってこられる当てなどない。
 それは、事実上の人質に等しい。
 勇者と大魔道士という、軍隊をも凌駕する強大な力を抱いたパプニカ王国が、世界の驚異にはならないと証明するために。

 そのために、ポップはベンガーナ王国が突きつけてきた理不尽とも言える要求を飲んだのだと、今のダイには分かっている。
 分かるだけに、黙ってはいられなかった。

「そんなの危険だって……っ、ポップが一番、よく分かっているだろう?」

 不吉な噂は、すでにダイの耳にさえ届いている。
 勇者ダイではなく、希代の大魔道士であるポップをわざわざ選んで自国に招きいれようとするベンガーナ王国は、ずいぶん前から密かに、一つの塔を建設していた。

 それが何処にあるかは、定かではない。
 おそらくベンガーナ王国領内のどこかにあるのだろうが、その正確な場所までは知られていなかった。

 巨額な資金を投じ、国外から幾人もの魔法使いや賢者を招聘して協力を仰ぎ、特別に作られたその塔は、表向きは大魔道士の身の安全を図るためのものだ。
 だが、実際には……魔法を封じる仕掛けを幾重にも施したその塔は、ポップを逃がすことなく閉じ込めるためのものだろう。

 どんなに強力な魔法が使えるとしても、それを封じられた魔法使いは無力だ。その塔に幽閉されたら最後、ポップはまず、自力ではそこを抜け出せなくなる。
 そして、場所が分からない以上、ポップが一度そこに閉じ込められたなら、助けに行くこともできない。

 その事実を知ったレオナが抗議を申し入れたが、それは聞き届けられなかった。
 パプニカ王国でさえ、大魔道士に幽閉室をあてがっているではないかと当てこすられては、返す言葉もない。

 それでも食い下がって抗議をするレオナを抑え、その条件を飲んで了承したのはポップ自身だった。

「それに、オレ、知っているんだ。ベンガーナ王国が本当に欲しがっているのは、黒の核晶の情報なんだろう……!?」

 かつて、魔王バーンが地上を滅ぼすために用意した、危険極まりない超爆弾。
 ようやく平和を取り戻した直後は、人々にとってはそれは忌むべきものに過ぎなかった。
 大勇者アバン、初代大魔道士マトリフ、二代目大魔道士ポップの手によって堅く封印され、人知れない所に封じられたと知らせを受けた時は、各国とも安堵の息を吐いたものだ。 だが、時の流れは全てを変えていく。

 大魔王の脅威が薄れていくに連れ、彼の者が残していった爆弾に興味を抱く者が現れだす。
 より強く、より強大な力を求めるのは、人の常だ。

 まして、抜きんでた人間兵器を所有しているパプニカ王国の存在がある。いかに女王レオナが戦争の意思はないと公的に何度も表明したとしても、人は万が一を疑わずにはいられない。

 もし、女王レオナの命令によって、勇者と大魔道士が動けば、それだけで一国が滅ぶだろう。
 いかに本人に力を振るう意思がないと言おうが、関係はない。

 自分のすぐ側に高い殺傷能力を持った存在がいて、それでも平気でいられる人間はそうめったにはいないものだ。その恐怖から逃れるため、人は求める。
 強い武器を。

 強大な力を持つ相手に拮抗できるだけの、力を。
 黒の核晶を、人々が欲するようになるのは、ある意味必然だったのかもしれない。
 それでも各国同士が牽制し合い、なんとか微妙なバランスを保っていた世界の均衡が破れたのは、ちょうど一年前。

 初代大魔道士マトリフの死亡に続いて、大勇者アバンの死が、均衡を突き崩した。
 老齢だったマトリフは、自然死だったとしてもいいだろう。だが、まだ働き盛りの年齢であり、誰からの信頼も厚いカール王の死は、暗殺の噂が限りなく濃い、不自然さの強い突然死だった。

 黒の核晶の封印に関わった二人の偉人の死は、必然的に残り一人に多大な義務を残すことになる。
 もはや、世界で黒の核晶の在り処を知っているのは、二代目大魔道士であるポップただ一人だ。

「そんなの、ポップが一番分かっているくせに……。なんで、自分からそんな危険な場所に行こうだなんてするんだよ……!? 行ったら、どんな目に遭うかも分からないのに――」

 想像しただけで鳥肌が立つ。
 ポップから必要な情報を聞き出そうとベンガーナ側が無理を強いたとしても、彼を助けるものは何一つとしてないのだ。

 身を守る力もなく、幽閉されたポップは籠の鳥にも等しい程に無力だ。
 なのに、本人は気にもしていないように気楽に笑って見せた。

「考え過ぎだっつーの。いいか、ベンガーナ王国にしてみたって、他国から預かった親善大使を殺すような真似はしやしねえって。オレがベンガーナで死んだりしたら、今度はあの国の立場が悪くなるのぐらい、あっちだって分かっている」

 だから大丈夫だと言うポップの言葉は、ダイを余計に不安に陥れるだけだった。

(そんな、平気な顔で、殺すとか死ぬなんて言うなよ……!)

 最低でも二ヶ月に一度は、パプニカ側が人質の生存を確認できるよう面会が義務づけられているだの、身の回りの世話や生活環境を整える確約。
 取り引き条件としてあげられたポップを守るための条約など、ダイを少しも安心させてはくれなかった。

 むしろ、自分の立場を他人事のように突き放して説明できるポップの態度こそが、ダイの不安感を煽る。

「それでも、ダメだ……! オレは……っ、オレは、絶対にそんなの、反対だ……っ! 命が無事ならいいってわけじゃないだろ? ポップにとって危険だって、分かっている癖に……!」

 強い怒りを必死で抑えながら、それでも冷静さを保とうとしてそう言うダイに、ポップはやっと今までのふざけ半分の態度を改めた。
 だが、その口から返ってきたのは、ダイの求めていた返答とは真逆のものだった。

「ああ、分かっているさ。だからこそ、行くんだよ。そうしなければ、パプニカ王国そのものに危険が降り懸かるだけだからな」

 いつになく真面目な顔でそう言うポップの言葉は、正しかった。
 いつもそうだが、ポップの読みは適格だ。
 パプニカ王国の立場は、今はそこまで危うくなっている。

 ただでさえ、他の国は魔王軍との戦いの際にリーダーシップをとって他国に先んじ、戦後も目覚ましい速度で復興したパプニカを快くは思っていない。
 その傾向は、各国の王達が世代交代したせいで、ますますひどくなった。

 老齢だった賢王フォンケルに代わり、新たなテラン王の地位に就いた新王はそこそこの野心家だ。
 彼は自国の権利を守るために、寄らば大樹の陰とばかりに、ベンガーナ王国と足並みを揃える方針を採っている。

 温厚なシナナ王を失墜させ、ロモス国王の座を奪い取った新王も、パプニカに対する敵意を隠そうともしない。

 最初にダイを勇者と認定したのはロモス王国だったのに、いつの間にかパプニカが勇者とその魔法使いを独占している状況を、ロモス新王は手酷い裏切りであり、パプニカの抜け駆けだと判断している。

 対立は、避けられなかった。
 魔王軍との戦いで王が崩御した結果、低い王位継承権を持つ貴族連中がチャンスとばかり色めき立っているリンガイア王国は、政権交代が絶え間ない落ち着かない国となっている。

 場を和ませる明るさを持ち、世界各国の王達を本人達に気付かせないまま、上手く手綱をとる能力に長けていたカール王アバンが、いなくなった今、世界会議は荒れる一方だった。

 最愛の夫を失うと同時に政務に熱意を失った女王フローラが事実上引退したも同然な今のカール王国は、宰相が牛耳っている。
 長年、女性離れした政務力を持つフローラに頭を押さえ続けられていた宰相は、今こそ自身の野心のままに国を自在に動かす快感に酔っていた。

 いかに聡明であっても、年若く経験の浅いポップやレオナだけでは、もはや太刀打ちできない所まで各国との関係は悪化している。
 ベンガーナ王国を中心として、各国共同で経済封鎖や圧力をかけてくる有様だ。

 戦乱を避けるために、他国からの要求を無条件に飲むしかないまでに、追い詰められているのだ。

「だからって! ポップがパプニカの代わりに、犠牲になるなんて……そんな必要なんかないだろう!?」

 突き上げるような怒りのままに、ダイが叫ぶ。

「ポップにそんなことをさせるぐらいなら、いっそ戦争にでもなった方がましじゃないか! いくらあいつらが軍隊で攻めてきたって、そんなの無駄だってオレが教えてやる!」

 そう叫んだ時、ダイは本気だった。
 ポップを失うぐらいなら、その方がいいとまだいいと思える。
 魔王軍との戦いが終わってから、ベンガーナ王国を初めとする世界各国は軍備に力を入れ続けているが、ダイから見ればそんなのは御笑い草だ。

 時折、各国の軍隊を視察した経験から、断言できる。
 竜の騎士の力を全開でふるえば、たとえ数万いようとも人間の軍隊など恐れるに足りない、と。


 たとえ自分一人きりだったとしても、相手を殲滅させられる。それは、自信ではなくて確信だった。
 それだけに、パプニカ王国に要求を拒めば戦争をしかけるという無言の脅しが、歯がゆくてならない。

 いっそ、こちらから攻め入ってもいいと思える凶暴な思いが、ダイを支配する。
 だが、ポップが初めて声を荒らげた。

「馬鹿言ってんじゃねえっ! そんな真似、オレは絶対に許さねえからな!」

 一切の妥協を許さない、絶対の拒否。
 まるで敵を見据えるようなきつい目を向けられ、反論するよりも先に心が怯んだ。

「おまえ、自分の言っていることが本当に分かっているのか!? そんな真似をして、パプニカが守れるって本気で思っているのかよ!? ――できるわけねえだろ!」

「で、できるよ! オレにはそれぐらいの力はある、ポップだって知っているだろ!?」

「ああ、ダイ、てめえならできるだろうな。おまえは敵の軍隊を根こそぎぶっつぶせる……だけど、それで済むわけがないだろうが! 必ず、パプニカにも被害が及ぶ。おまえはこの国や、住んでいる人達がどうなってもいいって思うのかよ!?」

「ポップ……」

 あまりに強い拒絶に、ダイは一瞬立ちすくむ。
 そんなダイに、ポップは容赦なく追い討ちを掛けた。

「おめえがどうしてもそんな真似をするってんなら、オレはなにがなんでも反対するからな!! どんな手を使っても、それだけは絶対にさせやしねえ……!」

 はっきりとそう宣言するポップに、揺るぎのない本気さを感じ取り、ダイは絶望にも似た虚無感が広がっていくのを止められなかった。
 実際、それはダイにとっては絶望に等しい。

 ポップは、ダイにとっては誰よりも特別な存在であり、何を優先しても守りたいと思う相手だ。
 自分のその気持ちが、友情の範疇を超えた強いものだと、ダイが気づいたのはかなり前の話だ。だが、ダイはそれをポップに告げるつもりはなかった。

 女の子が好きで、なによりマァムが好きなポップが、男である自分を受け入れてくれるとは、到底思えなかったから。
 それぐらいなら、せめて親友としてでいいから側にいたかった。

 ダイの気持ちにはまるで気づいてくれないニブいポップも、ダイを親友として大事に思ってくれていることは、知っている。
 それだけで充分だと、自分に言い聞かせていた。

 しかし、今の瞬間、ダイのその支えが音もなく崩れ墜ちていく。
 ポップが自分の身を顧みないのは、まだ納得できる。不本意ではあるが、彼が仲間思いで自分の命を犠牲にしても、他人を救おうとする気質なのは承知している。

 だが、ダイよりもパプニカ王国の安全を優先した――その事実が、ダイを傷つける。
 パプニカを守ろうとするだけならまだしも、排除すべき敵でもあるようにダイを拒絶するポップのその態度が、ダイの中にあった何かを決定的に壊した。

 そして、それと同時に、今まで無理に押さえつけていたポップに対する欲望が一気に膨れ上がる。
 その衝動に、ダイは抗おうとさえしなかった。
 むしろ、進んでそれに従おうとしていた。

「ポップ……そうなんだ。おまえは――どんな手を使っても、オレに反対するんだね?」

 あまりにも強すぎる絶望と怒りが、ダイから表情や声の抑揚を奪う。
 急に様子の変わったダイに、ポップが訝しげに近寄ってきた。

「? ……どうしたんだよ、ダイ?」

 無防備に自分に近寄ってきた人の良い魔法使いに対して、ダイは薄く笑う。それはいつものダイらしからぬ、妙に冷酷さを備えた微笑だった。

「なら、オレもそうする。どんな手を使っても、おまえに反対するよ、ポップ」

 まるで警戒していなかったポップを、ダイは一気に押し倒した――!
 


                                     《続く》
  
  

2に続く
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