『砂時計が割れる時 4』

  
 

「ところで、先生……そろそろ話していただけませんか? ダイ君やポップ君がいつ頃、元に戻るのかを」

 すでに燃え尽きて灰と化している三賢者や、深刻な顔をして黙りこくっているヒュンケルを置き去りに、パプニカ王女は優雅ににっこりと微笑む。

「おや〜、気づかれちゃってましたか? さすがはレオナ姫ですね」

 アバンのその言葉に、三賢者やヒュンケルは驚きを見せるが、レオナの落ち着き払った態度は変わらなかった。

「あら、気づかないとお思いでしたか?」

 レオナに言わせれば、それは自明の理だ。
 アバンとマトリフの態度には、余裕があり過ぎる。

 それだけならまだしも、彼らは一度足りともダイの魔法力が無くなった点については、調べるどころか質問一つすらしようともしなかった。
 まるで、調べる必要すらないと最初から分かっているかのように――。

「それに、先生は『時の砂を解除できない』とはいったけど、元には戻れない、とは言いませんたし」

「ええ、おっしゃる通りですよ。ポップを元に戻す方法はあります。ダイ君は多分、とっくに魔法が使えるようになっていると思いますが、本人は気がついてないみたいですね」


 憎らしい程澄ました顔でそう言いながら、アバンはいかにも教師らしいレクチャーを披露し始めた。

「時の砂には、本来だったら精霊の記憶を少しの間だけ無くさせる効果があります。まあ、基本的に言えば、人為的な記憶喪失を起こさせる魔法道具ですね」

 その説明に、レオナは小首を傾げずにはいられなかった。

「時の砂には、時間を巻き戻させる効果があると聞いたんですけど?」

「まあまあ、そう結論を急がないで。――そうですねえ。あなたが、今、ここで1時間分だけ記憶を失ったと仮定して下さい。そして、ふと、気がついた時は、別の場所にいた場合……どうしますか?」

「それは……多分、元の場所に戻ろうとしますけど――」

 そう言いかけて、レオナはハッとしたような顔をする。

「ナイスですよ、レオナ姫。さすがですね、今、あなたの頭に浮かんだ答えが、正解です」


 にっこりと微笑み、アバンは聡明な弟子を褒め称えてからさらに説明をつけ加える。

「そうです、失った記憶があると気がついた者は、その不自然さを嫌って記憶と記憶の間を繋げようとします。精霊の場合は、それが時間を巻き戻す魔法を使うという結果に繋がるんですよ」

 精霊は攻撃魔法をほとんど使えない代わりに、不思議な力を数多く持つ。時間や空間を歪める魔法は、精霊の十八番と言っていい。

「だが、今の世の中では精霊なんぞほとんどいやしねえ上に、人間の世界ではそれほどの力も発揮できないからな。時の砂は使えなくなっちまった、っていうわけだ」

 ほとんど興味なさそうながらも、さすがは大魔道士というべきか、マトリフもひょいと口をはさむ。

「だいたい、あれは割らない限り効果がねえんだが、そうそう壊れる代物じゃねえんだ。まさか本気で割るとは思わなかったぜ。ポップの野郎には、一応は壊すなとは忠告しといたんだがな」

「そのせいで、時の砂が二人に被ってしまった……人間の場合は、記憶が飛ぶというよりも精霊に関する記憶を失ってしまうんですよ。精霊との契約を忘れるわけですから、当然、魔法も使えなくなります。……というか、自分で魔法を使えないと思い込んだ結果、無意識の内に自らの力を封じてしまうんですよね〜」

 ダイ君の場合はまさにそのパターンですねと、アバンは説明する。

「そっ……、そんな危険なアイテムをなんで気軽に貸したりするんですかっ?!」

「そうですよっ、厳重に保管……いやっ、封印すべきではっ?!」

 心の底からの叫びがレオナや三賢者の口から同時に絶叫となって響き渡るが、それぐらいで反省する様な可愛げのある老人ではなかった。

「だから、あれはそんなに大騒ぎする様な代物じゃないっつーの。万一事故って砂を被ったとしても、記憶の封印はそれほど長くは持ちはしねえんだよ。本人が解除を望めば、せいぜい砂時計が落ちきるまでの時間ぐらいで効果は消えらぁ。ダイの奴は、魔法を試さなかったのか?」

(……そう言えば、二度目は試さなかったわね)

 ダイは元々、普段は魔法はめったに使わない。最初に移動呪文に失敗した後は、二度目は使わないままだったと、レオナはちょっと遠い目になる。

「だが、ポップはもう三日も経つのに、一向に戻らないが」

 静かな中にも非難を含めたヒュンケルの質問に、応じたのはアバンだった。

「ああ、理屈に合わない、不自然な記憶の欠如を繋げたいと望むのは、精霊ばかりではなく人間も同じですよ。時の砂によって精霊との記憶が一切消えた場合、とある呪文を使える魔法使いは記憶喪失に自分を合わせるための魔法を、無意識に使ってしまうんです。なんの呪文か、分かりますか?」

 今の説明と、ポップの状態を思い返せば、答えは一つしか浮かばなかった。

「モシャス……ですか?」

「ご名答! はい、今の姿はポップが自分で自分にモシャスをかけてしまった結果なんですね。多分、砂が被った際に、無意識でかけたんでしょうが、そのせいで外見と記憶の矛盾がなくなってしまった。つまり、ポップにとっては時は繋がってしまったんです」

「まあ、普通なら長時間モシャスなんて真似をすりゃ、魔法力が持たなくって元の姿に戻って、そこでお終いになるんだがな。あいつは無駄に魔法力があるからなあ」

 放っておいたら、数ヵ月は元に戻らないかもしれないなとマトリフは笑うが、誰一人としてお愛想でもそれに追従するものはいなかった。

「そうですね。モシャスを維持し続けられる以上、矛盾が生じない。となると記憶の欠如を疑問に思い、追及する必要もなくなるわけで――だから、元に戻るのが遅れているだけですよ」

 いっそ気楽と言ってもいいアバンの説明に、レオナは頭を抱え込んで呻く。

「ポップ君ってば……つくづく厄介な人ねっ!」

 魔法道具の事故の被害者なら、まだ同情の余地もある。が――無意識の効果とはいえ、本人のせいと聞かされると、同情心も薄れてると言うものだ。
 今までさんざん彼の分の仕事で苦労した分も思い出し、レオナは怒りに身を震わせながら声を荒げた。

「原因はよ〜く、分かりましたわ……っ、それで彼を元に戻す方法はっ?!」

 これから魔王退治にでも出発するような意気込みで立ち上がった王女に、さすがのアバンも多少、たじろぎつつ質問に答える。

「簡単ですよ、記憶の矛盾を自覚させてあげればいいんです。そうですね、一番簡単なのは、ポップを故郷に連れて行って、あれから5年経っている事実を自覚させることですかね」

「……すみません、そんな時間のかかる方法は、ちょっと、賛成したくはないです」

 血の涙を零さんばかりに、マリンが呟く。正直、ポップがすぐに戻ってきてくれないと、にっちもさっちもいかないぐらいに仕事が差し迫っているのだ。

「じゃあ、手っ取り早く荒療治をするしかねェな。もっと簡単な手を教えてやらあ……魔法を使わなきゃ、死ぬ状況を用意してやればいい」

「そ、それは……っ」

 あまりにも乱暴な意見に三賢者達は思わず顔を見合わせるが、マトリフはケロリとして言い放つ。

「心配はいらねえぜ、今のポップの奴は、記憶や魔法力を封じられたんじゃなくて、自分で封じてるんだ。奴が本気でそれを取り戻したいと思えば、いつでも戻るんだよ」

「私は反対ですけどね。そんな乱暴な手段を使わなくても、13才の頃のポップに出来なくて、今のポップには出来るようなこと……それを、はっきりと自覚させてあげるだけでも、いいんですけどねえ」

 婉曲なアバンの反対も、マトリフは一蹴した。

「はん、んな、ヌルいことを言ってたら、ポップの奴はいつまで経っても元にゃ戻らねえだろうが。あの甘ったれは、無理強いされなきゃルーラも覚えなかった奴だぞ。戻るまでに後五年ぐらい待ってもいいのか?」

 それを聞いた途端、レオナの目に決意の色が浮かぶ。

「そうね、この際だからその作戦で行きましょう! ヒュンケル、今すぐ刃を落とした剣を用意して、ポップ君を死なない程度に襲ってちょうだい!」

 ――無茶苦茶な命令である。
 いつもは即座に姫の命令に応じるヒュンケルも、この時ばかりは一瞬、迷いを見せる。 が、ヒュンケルが口を開きかけた時に、遠くの方から爆発音に似た音が響き渡った。

「今のはっ?!」

 咄嗟に中庭に飛び出した一同の目に映ったのは、三日前に見たのと同じ光景。ダイの部屋からはみでて渦巻く、魔法の煙の余韻だった――。

 

 

 

「ポップッ?!」

 突然の魔法の煙に驚いたのは、客間にいたレオナ達だけではない。
 自室にいたダイの方こそ、死ぬ程の驚きに包まれた。

「ポップ、ポップッ、どこっ?!」

 無駄と分かっていながら魔法の煙を手で払いのける様にして、ダイは一緒にいたはずの小さな魔法使いを探す。
 ちょうどたった今、ダイの手で絶頂に達してくれた、愛しい魔法使い。

 だが、魔法の煙が薄れた後、そこに現れたのはダイにとって見慣れた姿――18才のポップだった。

「え?」

 突然の変化に戸惑うダイの目の前で、手近なシーツを乱暴に腰に巻きつけたポップは、ゆっくりと顔を上げた。
 いつものポップらしい、強い輝きを備えた目が、ダイを捕らえる。

「…ダイ……」

 ぽつっと口から漏れる声は、本来のポップの低さに戻っている。だが、それよりも、自分を呼ぶ口調に、ダイの心臓は跳ね上がった。

「ポップ、おれのこと、分かるのっ?!」

 なぜ、今、このタイミングで元に戻ったのか。
 アバンやマトリフの説明を聞いてないダイに、分かるはずがない。だが、そんなのはどうでもよかった。
 目の前に、ポップがいる――それだけで充分だ。

「わあっ、ポップ……! 元に戻ってくれたんだねっ?!」

 歓喜のあまりポップに抱きつこうとした時、ポップが渾身の力を込めて、手近な花瓶をダイの頭に振り下ろした!

「いっ、痛っ?!」

 さすがに油断しきっていた時に、頭への攻撃は痛いものがある。おまけに、殴った拍子に花瓶が割れて破片ごと中の水がダイの上に降り懸かったからたまらない。

 いくら頭まで頑丈な竜の騎士とはいえ、水を被れば気持ち悪いし、陶器の破片が服の中に入り込めば、ちくちくごろごろして痛い。
 が、ポップは容赦しなかった。

 ベッドサイドに置いてあった豪華な花瓶を躊躇なく武器に使用したポップは、続け様にサイドテーブルの引き出しを引っこ抜く。
 中身が派手に散らばったが、そんなのはお構いなしにポップは今度はその引き出しを武器替わりへと活用する。直角部分を、ものの見事にダイの頭にめり込ませた!

「痛ぁーっ?! ポ、ポップ、さすがに角は痛いよっ?!」

「やかましいわっ、この強姦魔がっ?!」

 と、カンカンに腹を立てた声で怒鳴りつけられ、ダイは一瞬怯む。

「ご、ごうかんまって……それ、ひどいよ」

「強姦魔で不服なら、変質者かてめえはっ?! いったい、何度おれの初めてを無理やりヤれば気がすむんだっ!!」

「そんな〜、だいたい、おれ、最期まではヤッてないよ?!」

 そこだけははっきりさせて置きたいとばかりに、ダイは声を張り上げる。

「そりゃ、小さいポップはすごくかわいくて、すっごくヤリたくてしょうがなかったけど、でも、おれ、うんと我慢して優しくしたんだよっ?!」

 ダイにしてみれば、自分の理性を褒めたたえたい気分だ。普段ならとっくに限界突破している興奮を必死で押さえつけて、ひたすら我慢して頑張ったのだ。
 小さなポップの声が段々と透き通る様な甘さを帯びてきて、幼い欲に芯が通る様になり、さらに絶頂に導くまで……ダイは自制心を総動員して耐えたのだ。

「ポップだってイッたんだし、気持ちよかっただろ?」

 その言葉に、ポップの顔がパッと赤く染まる。その劇的な変化に、ダイは思わずにはいられなかった。

(あ、やっぱ、今のポップって、かわいい)

 小さなポップも可愛かったが、元のポップに戻ってくれて本当によかったと、心の底から思う。
 その気持ちを伝えたくて、ついでに盛り上がったまま収まっていない部分も何とかしたくて、ダイはポップに向かって手を伸ばす。

 だが――顔の真っ赤に染めたままながら目を座らせたポップは、ドスの聞いた押し殺した声で静かに言った。

「…………言いてえことはそれだけか?」

 その言葉と同時に、ポップの手に炎が揺らめきだす。
 それを確認した途端、ダイは咄嗟に右に大きく飛んだ。それとほぼ同時に、豪火がダイがついさっきまでいた場所を襲う。

 背を焦がす熱気にゾッとしたが、ダイは知っていた。どう見ても最大火炎系呪文と見える今の炎が、初級呪文に過ぎない事実を。

「ポ、ポップッ、部屋の中でメラは危ないってっ!」

 燃え上がりかけているベッドを、思わず手でパタパタ叩いて消火しようと必死になるダイに、ポップはさらに冷たく言った。

「ああ、そうかよ。じゃあ……ヒャドだっ!」

 並の魔法使いなら上級氷系呪文級と呼べる猛吹雪が、横殴りにダイを襲った――!!

 

 

 

 そして――。
 とりあえず、事件は無事に落着、した。……まあ、少なくとも、ポップが復活して仕事に復帰したという意味では。

 約一名ほど身体半分氷付けになった被害者が発生したものの、命には別条はなかったのでよしとされた。
 しかし、どうやってポップが元の身体に戻ったかに関しては、ポップ本人もダイも沈黙を守り、周囲には決して語られないままだったという――。
                                     END


《後書き》
 24000hitリクエスト『15才ダイ×13才に若返りポップの裏道場&微エロ』でした♪
 …す、すみませんっ、なにかを激しく間違えた気がします(笑)
 当初の予定では『アイテムで子供返りしたポップが、ダイの愛で元に戻る』はずだったんですが……愛?(爆笑)
 

 しかも、ふと気がつくと、微エロシーンよりも理屈こねモードの方が長い気がっ。甘さのかけらもないし、色々と土下座したい気がしますっ。
 しかし、それでもお子様ポップを書くのはそれはそれで楽しかったですが(<-反省が見られない)
 
 

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