『砂時計が割れる時 3』

 
 

「なにすんだよっ?! なんで、こんなとこ、連れてくんだよ?!」

 と、憤慨するポップは、床に下ろされると同時にダイの突然の行動にむくれた様に文句をつけてきた。

(こんなとこって……おれの部屋なんだけど)

 とりあえずポップを連れて行かれたくない一心で、あの場から連れ出しはしたものの、そう遠くまでは逃げられなかった。
 何せポップときたら、担がれた態勢のままなのに耳が破けるかと思う程の大声で下ろせと、ぎゃあぎゃあわめき立て続けていたのだ。

 そこまで騒ぐポップを遠くまで連れて行けず、とりあえず自分の部屋まで連れてきた。 下ろせと騒ぐから望み通り下ろしてあげたのに、ポップはまだ不満いっぱいの様子だった。

「そこ、どいてくれよ! おれ、アバン先生のとこに戻るんだから!!」

 ごく当然の様にそう言って、扉の前に立つダイを押し退けようとするポップを見て、ダイの中でぷつっと何かが音を立てて切れる。

「行かせたりなんか、しないよ。ポップはずっと、おれといるんだ……!」

 たとえ、大好きな上に尊敬する師が相手であっても、ポップ本人が反対したとしても、この件だけは譲れない。

「……っ?!」

 ダイのその気迫や、急に低くなった声に恐れを成したのか、ポップが逃げ出そうとするが、ダイはたやすくそれを阻む。
 最初の頃のポップの逃げ癖はよく承知している。まだ魔法も使えないただの少年であるポップの先回りをするなど、ダイにとっては造作もなかった。

「ダメだよ、ポップ。逃がしたりなんか、してあげない」

 ドアの方に逃げると見せかけて、窓から逃げ出そうとしたポップを、ダイは簡単に掴まえた。
 ケガをさせないように気をつけながら抱きしめると、ポップはとたんにもがきだす。

 だが、圧倒的な力の差があり、抵抗がまったくの無駄だとポップが気がつくまで、そうは時間がかからなかった。

「や…っ、アバン先生、助けてぇ――っ!」

 逃げられないと悟った途端、ポップは声の限りに騒ぎ立てる。
 ひたすらにアバンに助けを求めるポップに、ダイは少し――というか、かなりのレベルでムッとしてしまう。

「叫んだって、ダメだよ。先生は来ないんだから。ポップの一番近くにいるのは、おれなんだよ……!」

 それを、ポップが全然分かっていないのがもどかしいぐらいだ。
 デルムリン島を旅だった日から、いつだってそうだったはずだ。魔王軍との戦いの最中、どんな時だってポップはダイの隣にいてくれた。

 ダイが魔界にいる時だって、ポップはずっとダイを探し続けてくれた。
 やっと地上に帰れた今だって、ポップはいつもダイと一緒にいてくれる。
 それは、口に出して言うまでもない絶対の約束だったはずだ。

 失うだなんて考えたこともなかった、固い絆。
 それを失いかけているという焦りに、ダイはすがりつくような思いで、ポップを側にとどめようとする。

 が、残念ながら『ダイとまだ出会っていない』ポップは、ダイのその焦りをまるで理解しようとしなかった。

「離せよっ、おれっ、そんなの知らないっ! おれはアバン先生と行くんだっ!」

 その言葉は、ダイの独占欲や焦りを一際強く煽る。

(なんで、アバン先生のことばっかり……っ)

 他の人には見せなかった笑顔や泣き顔を、アバンにだけ見せるだなんて、ダイにしてみれば手酷い裏切りのようにさえ思える。
 どうしても我慢できない――その思いから、ダイはポップを無理やり上を向かせ、キスをしていた。

「――――っ?!」

 大きく目を見開き、ポップが動きを止める。あまりのショックに放心状態を起こしてしまったポップの緩んだ唇の中に、ダイは強引に舌を捩じ込む。

「……っ、……っ?!」

 驚いたのか、ポップは身動きして逃れようとした。が、ダイはそれを許さない。
 ポップの細い、小さな身体をしっかりと抱え込んだまま、貪るように唇を奪う。

(ポップ……、ポップ、逃げないでよ。おれから、離れないで……!)

 無理やりにでも、せめて身体だけでもつなぎ止めたくて、ダイのキスはどんどん深いものになっていく。
 怯えているのか縮こまっている舌に触れると、逃げるように動く反応が、ダイに少しばかりの胸の痛みと、懐かしさを呼び起こす。

(なんか……ポップと、また最初からやりなおしているみたいだ)

 男同士の行為に、ポップはひどく無知だった。……というより、ぶっちゃけ男女の経験もなかったポップは、キスにさえなかなか慣れてくれなかった。自然に応じてくれるようになるまで、ずいぶんとかかったものだ。

 舌を絡めるようとすると、決まって逃げようとした舌の動きが、懐かしいと思った。
 その動きが段々緩慢になり、苦しそうに呻く声が喉の奥から聞こえるのを聞いて、ダイはやっと悟る。

(そうか。いつもよりも肺活量がないんだ)

 今のポップもあまり肺活量がある方じゃないが、小さなポップはそれ以上にないらしい。 だいたい、ポップはただでさえ息継ぎが苦手で、ダイが熱烈なキスをしかけると、途中で根を上げて中断を求めることが多い。

 もっと欲しいと思う気持ちを抑え、ポップに息継ぎをする余裕を与えてあげるためにキスを一旦やめる。
 途端に、ポップが溺れかけた人のように、ぜいぜいと息をした。

「大丈夫、ポップ?」

 声をかけると、ポップは手を突っ撥ねる様にして、ダイを押し退けようとする。ダイにとっては押されているというより、触れられているだけのような力のなさなだけに気にならなかったが、ポップの目に涙が滲むのは気になった。

「な、なんで泣くの、ポップ?」

 いささか焦って聞くと、ポップの涙がぶわっとこぼれ落ちた。

「おっ、おれっ、おれ……っ、初めてだったのに…っ?!」

 ショックが大きいのか、泣きじゃくりかけてさえいる子供に、ダイはむしろホッとした顔になる。

「ああ、なーんだ。それなら、問題ないよ。ポップの初めては、どうせおれのものだったんだから」

 だから気にしなくてもいい――と、ダイとしてはそんなつもりで言ったのだが、その言葉にポップはよりショックを受けたような顔をした。

「う…うそ、だろ?」

「嘘じゃないよ。キスだけじゃなくて、その先も、だよ。ポップはおれと、したんだよ」
 

「だって……、男同士じゃん! そんなの…っ、できるはずないっ」

「できるよ。忘れちゃったんなら、ポップにもう一度、教えてあげる」

 そう言いながら、ダイはぐったりとしているポップを抱きあげた。ただでさえ軽い身体は今はさらに軽く、小さくなっている。いとも簡単にお姫様だっこすることができた。
 そのままベッドへ連れて行って、さも大切そうに横たえさせる。

 何をされるのかよく分からないままながらも、本能的に恐怖を感じたのかポップは逃げだそうとした。
 しかし、体重を掛けない様に加減しているとはいえ、ダイがその上に馬乗りになると、身動きも取れなくなる。

「な…っ?! やっ、やめっ、なにすんだよっ?!」

 ゆっくりと服を脱がせようとしているだけなのに、殺されるような怯え方で大騒ぎするポップに苦笑しながら、ダイは耳元に囁いた。

「いいこと。いつも、おれとポップがやっていたこと、だよ」

「やっ、めろっ!」

 まくり上げられそうになったシャツの裾を、ポップが両手で抑えて阻もうとする。が、いつもの厳重に肌を守る重ね着した服と違って、夏向けのゆったりとした襟首の服には、隙が多い。

 むき出しのままの首筋が、ダイを誘う。
 顔を寄せて唇を押し当てると、ポップがビクッと震えるのが分かった。

「あ、やっぱり、感じる?」

「違っ、こ、こんなの、変だっ?!」

 戸惑った様に否定しようとするポップの声を無視して、ダイは丁寧に舌で首筋をなぞる。途端に、また、ポップの身体が跳ねた。

「敏感な所は、変わってないんだね」

 いつも、首筋まできっちりと覆っている服を好むポップは、首がひどく敏感だ。
 跡が残ると嫌がって、普段はあまり触らせてくれないが、今のポップは服を脱がされることを恐れてそれを守るのに必死で、他のことには無防備だ。
 それをいいことに、ダイは思う存分、露出した首から鎖骨辺りを味わう。

「……いい匂いがするよ、ポップ」

 年齢のせいか、少しミルクっぽいような甘さが感じられるが、ポップの匂いには変わらない。
 もがく身体を片手で抑えながら、ダイは服の上から余った手を這わせた。

 無理に脱がせなくても、愛撫ができないわけじゃない。いつもの、生地がしっかりとして重ね着したポップの服ならいざ知らず、薄い布地は互いの体温や肌の感触をもろに伝えてくれる。

 服の上から豆粒のように小さな、胸の突起を軽くこするように触ると、ポップはむずかるように首を振って逃れようとする。

「やだ…っ! な、なんでそんなとこっ?!」

「暴れないで。気持ちよくなるようにしてあげているだけだよ」

 いっそ服を破きたくなる衝動を抑え、ダイはあえて布一枚を挟んで、抑えた動きで小さな粒を味わう感触を楽しむ。
 その間も、もちろん首筋を責めるのを忘れたりはしない。

 おそらくは今まで誰にもされたことのない行為を敏感な箇所に加えられ、ポップが耐えきれなくなるまでそう時間はかからなかった。

「嫌だっ、やだっ、こんなの…っ?!」

 ダイの手から逃れようと、ポップが必死に掴んで押し退けようとするが、そんなのは子猫にじゃれつかれた程にも効き目がない。
 むしろ、服から手を放した今がチャンスとばかりに、ダイはポップのシャツを一気に首までまくり上げた。

「わあ……っ」

 歓喜の声が、思わずダイの口から漏れる。

「かわいいね、ポップ」

 もともとポップは細身な身体付きだったが、子供化した身体ではそれは一層顕著だった。 薄いとはいえ、それなりに鍛えてしなやかな筋肉がついていた18才の身体に比べ、子供化したポップの身体は頼りなさと華奢さが目立つ。

「……っ」

 かわいいと言われたのが気に入らないのか、ポップがキッと自分を睨みつける。だが、その視線さえ、ダイには可愛くてたまらない。

(強がるところは、やっぱりポップなんだな)

 怯えているのが丸分かりなのに、それでも相手に屈さずに抵抗する姿勢を見せるポップが、ダイにとってはひどく愛しい。

「嫌がらないで、見せてよ。おれ……ポップのこと、全部、見たいんだ」

 ポップの全部が、欲しいと思う。
 誰にも見せない様な顔も、自分にだけは見せて欲しいという、飢えるような衝動がダイの中にある。

「あ……っ?!」

 ズボンを下着ごとずりおろされ、ポップの顔がサッと赤く染まる。

「こっちもかわいいや。ここ、まだつるつるなんだね」

 すんなりした下腹部は、まだまだ子供っぽい。だが、少し物足りない様な手触りが、逆に新鮮だった。

「やっ、やめろっ、やだっ! な、なんてとこに触るんだよっ?!」

 慌てて、ポップが手でそこを庇うのをダイは妨げなかった。
 なぜなら、それはある意味、ダイにとっては好都合でもあるからだ。

「じゃあ、こっちにしてあげようか?」

 さっきまで布越しにいじっていた胸の飾りに、直接指を当てるとポップはそれだけで反応した。

「あ、こんなに小さいのに固くなってるよ? 自分でも、分かる?」

 そう言いながら指を軽く動かしてこねる様な刺激を与えると、ポップは小さな悲鳴を上げて身をよじった。

「やっ…っ、やだっ!!」

 ダイの手をとめようと、思わず抵抗しようとすると、当然の様に下が無防備になる。身を守るとすればする程、別の箇所を触られてしまうとやっと気がついたポップが、泣き出しそうな顔になる。
 その滲んだ涙をぺろりとなめ、ダイは優しく囁いた。

「怖がらないで……おれに任せて、じっとしていて。ポップの気持ちいい所は、おれ、全部、知っているから」

 最初、どこに触られるのも嫌がって暴れていたポップを、少しずつ、少しずつ、開発したのは他ならぬダイ自身だ。
 大切な人が、気持ちよさを感じてくれるように。

 ダイがポップに対して感じるのを同じぐらいに、ダイを欲しいと思ってくれるようになるように。
 もう一度、それを繰り返す機会が訪れたのを、ダイは歓喜をもって受け止めていた。

「大丈夫だよ、ポップ。うんと、優しくしてあげるね」

 その言葉と共に、ダイは啄むように軽いキスを与えた――。
                                    《続く》
 
 

4に続く
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