『村から消えた少年 5』

  
 

「……ポップが……」

 無意識に呟いた名前に、まるで現実感が沸かなかった。
 大魔道士ポップ。
 その名を、ジンは何度噂で聞いただろう。

 村にいた時は漠然とした噂のみだったが、ベンガーナの学校に行ってから、ずいぶんと詳しく知った。
 世界を救った勇者の親友であり、大勇者アバンの使徒にして、初代大魔道士マトリフの弟子。
 輝かしい敬称を幾つも持つ、二代目大魔道士ポップ。

 現在はパプニカ王国の宮廷魔道士として、世界平和のために貢献しているという、まさに伝説級の魔法使い。
 魔法使いに特に憧れを抱いていないジンでさえ、名前を知っている世界屈指の有名人だ。 呼び捨てにするのさえ申し訳ないと思えてしまう、偉大な人。

 一般人とはまるでかけ離れた、それこそ星のように遠くにいる存在だと思っていた。
 それが、思いがけないぐらい近くにいたと知って、ジンは呆然とするばかりだった。見上げていた星が、流れ星となっていきなり振ってきたとしても、これほどまでに驚いたかどうか。

 学校の友達と夢中になって噂していたあの偉大な大魔道士と、今、目の前で気まずそうに頭を掻いているポップがどうしても一致してくれない。
 だが、認めざるを得ない現実だった。あれ程の魔法を見せつけられては、否定する方が難しい。
 呆然とポップを見ながら、ジンは思い出す。

(――そう言えば……ポップ、小さい頃は勇者になりたがってたよなぁ)

 『勇者』と呼ばれる存在に、なること。
 思い出せば、それは小さな頃の夢物語だ。
 村にピンチが迫った時、格好良く怪物をやっつけて、颯爽と皆を救う勇者。

 男の子なら、誰だって一度はそんな勇者に憧れる。ジンやポップだって、その例外じゃなかった。まだ、ほんの小さな頃は木でできた剣を振り回しながら、勇者ごっこをして遊んだものだ。
 だが、成長していくに連れ、普通はそんなことは忘れてしまう。

 憧れや夢はともかくとして、誰もが勇者になれるわけじゃない。少し成長してしまうと、小さな頃の自分の無謀な夢に苦笑しつつ、思い出としてしまい込んでしまうのが普通だろう。
 だが、ポップはそうではなかった。

(ポップのこのバンダナって、あの頃のやつじゃなかったのかな)

 ポップのトレードマークである黄色のバンダナを巻く様になったのは、まだ勇者ごっこに夢中だった頃のことだ。
 そんな宝物は、小さな子供ならば男女問わず覚えのあるものだろう。宝物のように大事にしていた、小さな玩具。

 生きている友達で持ち主にしか聞こえない声でしゃべるぬいぐるみとか、一見ビー玉に見えるけど、本当はドラゴンの目玉が結晶化した物だとか、魔法がかけられていて百発百中のパチンコだとか。

 実際にはそれは、ただのぬいぐるみだし、ビー玉はビー玉に過ぎないし、パチンコだってただの玩具にすぎない。
 だが、大人の目には無価値に見えたとしても、小さな子供にとっては自分の空想や夢をかぶせた、大切な宝物だ。

 成長して、その魅力が色褪せてしまうまでは、それらは本物の宝として子供の心にとどまる。
 普通の子供ならば成長する途中でなくしてしまう、小さな頃の宝物。

 ジンだって、そんな風に宝物としていていたのに、いつの間にかなくしてしまった玩具がいくつもある。
 だが、ポップはそうではなかった。

 勇気の出るおまじないなんだと言っていたあのバンダナを、ポップは成長してからも手放さなかった。今でさえ、そのバンダナは冠の様に、ポップの頭を飾っている。
 バンダナと同じく、ポップは心の中に秘めた思いも持ち続けていたのだろう。

 ずっと勇者や冒険への憧れを持ち続けていたポップは、4年前、それを実現させるために村を飛び出したのだ。
 見知らぬ旅人について旅立ったポップが、実際にどんな夢を抱き、冒険をこなしてきたのか、ジンは知らない。

 だが、ポップが、ひどく遠くに行ってしまったような気がする。
 自分などでは決して手が届かないぐらい、うんと遠くにまで。
 ――今となっては、変わってないなどとどうして思えたのか不思議なくらいだった。

 今のポップは、以前のポップとは別人のように変わっているのに。
 あの魔法の力もそうだが、そんなもの以前にポップの見せる態度そのものが、前とはまるで違う。

 調子のいい明るさこそはそのままだが、いざという時のあの踏ん張りは、以前にはなかったものだった。
 怪物達を前にしながら、逃げるどころか堂々とジンやラミーを庇って立ちはだかったあの勇気。

 それは、強くなったからできたこととは思えなかった。あの時はポップ自身だって危なかったのに、それでも彼はラミー達を庇うことを優先した。
 そんなのは、昔のポップでは考えられなかった。

 いざとなればとんでもない無茶はすることもあったけど、困った時や大変な時は、ポップは逃げたりジンの後ろに隠れるのが常だったのから。
 だが、自分の後ろに隠れようとしていた幼馴染みは、もう、いない。

 一足飛びに自分を飛び越え、信じられないほどに成長してしまった幼馴染みの少年を前にして、ジンは置き去りにされたような寂しさを感じていた――。

 

 


「おーい、何かあったのかーっ?! おーい、誰か、いないのかー」

 そう呼びかける声が遠くの方から聞こえてくるまで、ジンはぼうっとしていたらしい。 声の聞こえてくる方向に目をやると、まだ夕方なのにカンテラ持ってきたのか、灯が木々の間からチラチラと見えていた。
 それは思えば当たり前のことだった。

 ランカークス村は小さいだけに、村人の結束は固い。何かのトラブルが起きた時は、全員が助力し合うのが普通だ。
 馬車で出かけたはずの村人が予定の時間に帰ってこないだけならまだしも、馬だけが帰ってきたのを見ては、様子ぐらい見にくるだろう。

 それは普段ならばありがたい心遣いには違いなかったが、今はちょっとばかり問題があった。
 こんな、ゴーレムの大群がゴロゴロと倒れているのを何の事情も知らない村人が見たら、肝を潰すのは間違いがない。

「あ……やべっ?!」

 誰よりもギョッとしたの表情を見せたのは、ポップだった。
 客観的事実から言えば、ポップのしたことは別に悪いことではない。それどころか、これ以上はないという程の善行だろう。

 なにしろ、ポップはラミーの父を助けたのだし、結果的に村人全員を助けたと言っても過言ではない。
 もし、ポップがここでゴーレムを倒さなければ、村に多大な被害が出たことは簡単に予想がつく。

 本来ならポップは、この災害から村を救った恩人として、大威張りしたって構わない。しかも、その正体が勇者一行の大魔道士であるとみんなが知ったなら、ポップは一躍、村のヒーローに間違い無しだ。

 ……が、今のポップときたら、どう贔屓目に見てもヒーローとは程遠かった。
 悪戯をやらかしてバレる寸前の子供のごとく、みっともなく慌てふためいているばかりだ。

 そのピンチを救ったのは、ラミーだった。
 さっきまで泣きじゃくっていたはずの少女は、一応は涙をぬぐい、鼻をすすり上げながらもポップに向かって小声で囁く。

「ポップ……これ、一つ、貸しだからね」

「え?」

 きょとんとするポップを差し置いて、ラミーは母の手を引いて自分からカンテラの光の方へ歩いて行く。

「えっ、おい、待てよっ?!」

 より慌てたポップがラミー達の後を追うのに釣られ、ジンも後を追う。
 少しばかり先に進んでから、ジンはラミーの意図に気付いた。
 山道だけに曲がりくねった道は、ほんの少し場所を変えるだけで、先の様子が見通せなくなる。ましてや、暗がりが迫ってきた今ならば、なおさらだ。

 ゴーレムの姿が見えない場所まで足を進めると、ラミーは声を張り上げながら手を振った。

「ここよ、ここ!」

「おおっ、ラミーか! 無事だったのか」

 そう言いながら駆け寄ってきたのは、馬を連れてやってきた三人の村人だった。その中の一人に、ジャンクが混じっているのを見て、何となくホッとするのを感じる。

「どうしたんだ、何かあったのか?」

「それが大変だったの、父さん達が帰ってくる時に、馬車が転んでしまったらしいの」

「なんだって?! それで、二人とも無事なのかい」

「ええ、大丈夫よ。父さんがちょっと気絶してしまっただけ」

 白々しい嘘を堂々と言い切るラミーに、ジンは半ば呆れつつも感心してしまう。
 そう言えば、昔っから悪戯後の言い訳では彼女が一番うまかったなと、ちらりとどうでもいい思い出が蘇る。

「でも、たいしたことはなかったから、よかったわ。……ねえ、母さん?」

「え…? え、ええっ」

 娘に比べるとラミーの母は正直者というべきか、答える声が多少裏返っていたが、村人はそれを単に事故の動揺の証しと見た様だった。

「そりゃあ、大変だったな。じゃあ、すぐにお父さんを村へ運ばないと」

 ちょうどその時、ヒュンケルがラミーの父親を残った馬の背に乗せ、ゆっくりと手綱を引きながらやってきた。
 ヒュンケルの物なのか、大きめのマントでしっかりとくるまれているため、彼の服についた血の染みには誰も気づかれなかった。

「ああ、こりゃあ、早く村に連れて帰った方がいいな。おい、そっちを抑えてくれ」

 本人が気絶しているだけに、馬の揺れで落馬しかねないため、一人がラミーの父の身体を抑え、もう一人が手綱を引く。
 と、手の余ったジャンクは気楽に言ってのけた。

「そんじゃ馬車の片付けの方は、オレがやっとこう。おい、ポップ、てめえも手伝いな」
 

「ええ〜っ?」

 と、露骨に嫌な顔をする息子に向かって、ジャンクはお得意の鉄拳制裁とばかりに拳を振り上げる。

「なにが『ええ〜っ』だっ、そんぐらい手伝いやがれっ」

 だが、それをやんわりと止めたのはヒュンケルだった。

「いや、ジャンクさん。ポップは帰した方がいいと思うが」

 ヒュンケルの言葉に、ジャンクは少し考える様なそぶりでポップを眺め……その揚げ句、肩を竦めて見せる。

「……そうだな、よくよく考えりゃ、こんな非力な馬鹿息子じゃ何の役にも立たねえか。よっしゃ、ポップ、おめえは帰んな。ここは、お客人に手伝ってもらうからよ」

 と、野良猫でも追い払うようなしぐさで手で払われ、ポップは再びムッとしたような顔を見せたが、それ以上は文句も言わなかった。

「ああ、じゃあ任せたよ。もし、もっと人手がいる様なら、連絡をくれればすぐに応援を寄越すから」

「なぁに、このお客人がいるし馬もあるから平気だよ。心配はいらねえって」

 ジャンクのその言葉に、ジンは少しばかり悩まないでもなかった。なまじ、あの現場を知っているだけにジャンクやヒュンケルだけに全てを押しつけていい物かどうか……。
 だが、ジャンクはそんなジンの迷いを見越した様に、気軽に言ってきた。

「おう、ジン。すまないがうちの馬鹿息子が寄り道しないでちゃんと帰るかどうか、見張ってってくんないか?」

「任せて、おじさん!」

 と、打てば響く様な勢いで即答したのは、ラミーだった。ポップの腕をさりげなく、だかしっかりと組んでから、ラミーはジンを振り返って目配せする。
 幼馴染みだけあって、その意味をジンは正確に見抜いた。

「はい、分かりました、おじさん」

 ジンがそう頷くと、ジャンクはもちろん、ヒュンケルもわずかにホッとした様に頷いた――。

 

 


「……やれやれ、ずいぶんと派手にやらかしたもんだな」

 実際にその現場を見て、ジャンクはいささか呆れた様にそう言った。
 元ベンガーナ宮廷鍛冶職人の地位に就いていたジャンクは、普通の村人とは戦いに関する見聞がいささか違う。

 魔法による攻撃の跡も見た経験がないわけでもないが……それにしても、ゴーレムをこれほど徹底的に魔法で破壊した後の現場など、初めて見た。

「フン……まったく、おまえの息子はたいした魔法使いだな。オレ達が手を貸すまでもなかったようだ」

 そう言いながら、木立ちの中からひょっこりと現れたのは、完全武装したロン・ベルクとノヴァだった。
 本来ならば、このゴーレムを退治するのは彼らだったはずだった。

 人間のために積極的に怪物を退治する程の正義感や熱意はないが、ロン・ベルクにとってはランカークスは住み心地の良い隠れ家だ。数十年や数百年は住んでも良いと思えるこの地で、怪物の暴走を許す気などはない。そのために戦うのならば、文句はなかった。

 ヒュンケルから知らせを聞いたロン・ベルクは、ランカークス周辺に怪物が来たならば必ず手を打つと約束した。
 そうすることでポップの故郷への心配を消すこともできるし、村の安全も確保できるとヒュンケルは判断したのだが、まさかこんなに早くゴーレムがやってきたのは誤算だった。
 

「けっ、そんなに御大層な魔法使いなら、後始末ぐらいして欲しいもんだけどよ。親や知り合いに尻拭いされているうちは、まだまだガキだっつーの」

 ぶつくさボヤきながらも、ジャンクは壊れた馬車を潔くぶち壊しに掛かる。ここまで壊れたのなら修復は無理と割り切って、使える部品だけを持って帰る意向だ。
 その近くで、ロン・ベルクとヒュンケルはゴーレムの残骸を崖下に落とす作業に専念し、ノヴァは土を掘り返して黒焦げた地面をならす作業を黙々とこなす。

 ヒュンケルやノヴァにとっては、それは慣れた作業の一つだ。
 戦いの傷跡を、人々は好まない。
 戦いの後、壊れた家や瓦礫を取り除いて何事もなかった様に復旧させる作業に、勇者一行は積極的に力を貸してきた。

 それだけに、この程度の作業ならばそれ程時間も掛けずに終わらせられる。
 せっせと証拠湮滅をはかりながら、ノヴァは少し心配そうに口を開いた。

「それにしても、ポップは大丈夫なんですか? 彼は、この村では自分の正体を隠しておきたかったんじゃ……?」

 ポップが帰郷する機会はそうはないが、その数少ない時間の中、ポップはいつも魔法を極力使わないようにしている。
 自分が大魔道士ポップその人だとは決して口にせず、村人に隠そうとしているのは、ノヴァでさえ気がついていた。

 ポップがそう望むのであれば、戦闘の後始末の手助けぐらいは喜んでやるぐらいの仲間意識がノヴァにもある。
 だが、いかに証拠湮滅しようとも現場を目撃した者がいる以上、それは無駄な努力ではないかと案じずにはいられない。

 だが、そう心配しているのはノヴァだけの様で、ロン・ベルクやヒュンケルは我関せずとばかりに黙々と作業に没頭している。そして、ジャンクは自信たっぷりに言ってのけた。
 

「大丈夫だろ。あの馬鹿息子と一緒にいたのは、あいつがガキの頃からの友達なんでね」

 

 

 

「あのよー、いいよ、手を離してくれても。おれ、ちゃんと一人で帰るからよ」

 当惑気味にそう言うポップを、ラミーはピシャッと叱りつける。

「何言ってるのよ、こんなにふらふらしているくせに!」

「だって、おじさんだって怪我したんだし、おまえも急いで家に帰った方が……」

「父さんなら、母さんや他の人が見ていてくれるから平気よ。言われなくても、ポップを送っていったらちゃんと帰るわよ。
 でも、今は、ポップの方が心配だわ」

 と、そこまできっぱりと言われると、さすがに口の回るポップも言葉をなくしたのか、しぶしぶのように黙り込む。
 村への帰り道を、ジンとラミーはポップを両脇から支える様にして歩いていた。一応はポップは自分の足で歩いているとはいえ、その足取りは頼りのないものだった。

 ラミーの父が心配だから早く行く様にと先に村人達に帰る様に促しながら、ポップの足取りは極端に遅い。
 特に、村人の目がなくなって三人だけになってからは、なおさらだった。
 肩を貸してやりながら、ジンは前から疑問に思っていたことを聞いてみる。

「あのさあ、ポップ。おまえが大魔道士様なら……どんな呪文でも使えるってのは、ホントなのか?」

 そう聞くと、ポップはうんざりしたような表情をして見せる。

「あー、その、大魔道士様ってのは勘弁してくれよ。様呼ばわりされるのなんて、おれの柄じゃないって。
 それに、別にどんな呪文でもってわけでもねえしよ。使えない呪文だっていっぱいあるんだしさ」

「じゃ、移動呪文は?」

 移動呪文――ルーラは、極端に使い手の少ない魔法だ。術者が知っている場所になら一瞬で移動できるという便利さから、この呪文の使える魔法使いはひどく優遇されると聞く。


「ん、それならできるけど」

 と、ポップが答えるのを聞いて、ジンは深く納得する。
 山道が塞がっているのに突然やってきたり、外に飛び出したばかりなのにいなくなったのをずいぶんと不思議に思ったが、移動魔法を使ったのなら当然だ。
 そして、もう一つ納得できた事実があった。

「ところで、ポップ……ッ、どうして今まで、あんなすごい魔法を使えること、黙ってたのよ? それに、ポップが大魔道士様だったなんて、あたし、全然聞いてなかったわ! 水臭いわね、どうして教えてくれなかったのよ!」

 烈火のごとく怒りまくる少女を前にして、ポップはひどく困った様な表情を見せる。――その理由が、ジンには分かる気がした。
 大魔道士ポップの名は、有名になり過ぎた。

 ジンだって少なからず尊敬の対象として見ていたし、学校などでは心酔したように大魔道士様に憧れている魔法使い志願者は何人もいた。
 大魔道士ポップの書いた論文の写しを、宝物の様に見せびらかすものや、それをうらやましがって大騒ぎする連中も何人も見た。

 ましてや、本人がその場にいると知ったなら、なおさらだろう。いくらポップの昔からの知り合いだとは言え、このランカークス村の者だって例外ではあるまい。
 同じ立場というのはおこがましいが、ジンとて周囲の人々が自分に対して態度を変えたことに、密かに傷ついた人間の一人だ。

 村で唯一奨学生へと選ばれ、都会の学校に行くと決まった時から、他の子とは違う目で見られるようになった時のことを、ジンは忘れてはいない。
 最初こそは晴れがましい様な嬉しさがあったが、どちらかというとうっとおしいとか、妙な寂しさを感じることが多い。

 自分は前とたいして変わっていないのに、何かというと「都会に行くと違う」と言われるのは、変に差別されている様な気がして、微妙に壁を感じてしまう。
 村の期待の星などに持ち上げられた自分でさえそうなのに、村どころか一気に世界の英雄になってしまったポップならば、もっと扱いは極端になるだろう。

 隠し事をされたのが多少寂しくはあるが、ポップが自分の正体を隠していた理由は理解できなくもない。
 学校での出来事を思い出せば、なおさらだった。

(……思えば、あの進路指導は変だと思ってたんだよなー)

 王城から派遣された役人や兵士、それに教頭……彼らがやけに熱心にジンを文官になるようにと進めた理由が、今になってから見えてくる。
 大魔道士ポップの出身地を知っていたからこそ、彼らはあんなにも熱心にジンをベンガーナ城へ向かえ入れようとした……今となっては、そうとしか思えない。

 各国の王達が大魔道士ポップを自国に招きたがっていると言う話は、有名な噂だ。
 勘ぐって考えるのなら、もう一つ根拠はある。
 ランカークス村は、二年前に突然ベンガーナ領にと変更された。その時、村長である父親が不思議がっていたから、よく覚えている。

 隣接したテランかベンガーナのどちらかの国の領土となることの多いランカークス村だが、ここ十数年以上もテラン領土のままだった。
 そして、それは当分は変わらないと思っていた。

 国同士で和平を結ぶ……例えば、戦争後とや、双方の国の王子や王女が結婚する際に、持参金替わりとしてどちらかの国に譲渡される小さな土地の一つ  ランカークスは、そんな位置付けの場所だ。
 だが、別に戦争も結婚もないのに、二年前、ランカークスはベンガーナ領土へとなった。


 それも、ベンガーナ側が大幅に譲歩した形で、ちやけに強引に話を進めたとの話だった。 そんな話を父親から聞いた時、ジンも少し疑問を感じた。
 もっともこんな小さな辺境の村では、自分達がどこの国の物かなど曖昧なのが普通だし、住んでいる住人にしてみればどうでもいい話なだけに話題にもならなかった。

 だが、今になってからなら分かる。
 ベンガーナでは、王宮に仕える人間はその国生まれの人間でなければならないとの法律がある。

 ベンガーナ王国がポップを宮廷魔道士に勧誘したいと本気で望んでいるのなら、そんな風に配慮することも有り得るだろう。
 そうしてでも、欲するほどに大魔道士ポップの存在は特別なのだから。

 実際にポップの力を目の当たりにして、ジンは強くそう思う。あんな力を持っている偉人が側にいるのなら、思わず縋りたくもなるだろう。
 だが、ジンにはそれが正しいこととは思えない。

 致命傷とも思える怪我を魔法で跡形もなく治し、ゴーレムの大群を一掃した力は、確かに奇跡とも思える凄い力だ。
 だが、それだけの力をポップは何の苦もなく使えるわけではないらしい。その証拠に、今のポップはひどく疲れている。

 奇跡の代償は、きっと低くはあるまい――。
 そうと分かっていて、ポップに無理をさせたいだなんて思わないし、無理をしてほしいとも思わない。

 そのためにも、ポップが大魔道士ポップだと、知られない方がいい……ジンにはそう思えた。
 だからこそ、ジンはいつもなら決してやらない行動に出た。
 ヒステリックにわめきたてるラミーの話に、口を挟むという愚挙に。

「あ、あのさー、ラミー。怒る気持ちも分かるけど、でもポップにだって事情があったんだし、それにそのことは隠……」

 できるだけ穏やかに話しかけたつもりだったが、その途端、ラミーはポップに向けていた怒りの眼差しをジンに向ける。
 そして、猛烈な勢いで捲し立てだした。

「そんなの、あたしだって分かってるわよっ!! 詳しい事情とか、そーゆーのは全然分からないけどっ、でも、ポップが大魔道士様だってのがバレたくないって思ってるのは、分かるもの! でもね、分かっていたってムカつくのよっ! 変に隠そうとなんかしないで、言ってくれたっていいじゃない! 黙ってて欲しいんなら、黙っていたのに! あんただってそう思うでしょ、ジン?!」

 そこまで一息に言ってから、さすがに息を切らしたラミーがやっと黙り込む。
 やっと静かになった隙を狙って、ジンがやっと口を開く余裕ができた。

「まあ、そこまで文句を言う気がないけど、おれが言いたいこともだいたいそんな感じだよ、ポップ。
 おまえが大魔道士だってことは、秘密にしておく――それが、おまえの望みなんだろ?」


「そりゃ、そうしてもらえれば、おれとしちゃありがたいけど……でも、そうしてくれる、のか?」

 ひどく心配そうにそう聞き返してくるポップに、胸を張って答えたのはラミーの方だった。

「何言ってんのよ。あたりまえでしょ、幼馴染みなんだから。心配しないでよ、父さんと母さんはあたしが説き伏せるから」

 ジン自身の本音とも一致したその言葉を聞いて、ポップはやっと笑顔を見せた。
 ジン達にとっては昔からよく見掛けた、ポップがおどける時に見せる顔だ。

「えー、でもよぉ〜。昔、三人で絶対秘密だって言って作った秘密基地、たった一日でバラしたのってラミーだったしなぁ」

 明らかにふざけて言ってみただけのその軽口に、激しく食いついたのはラミーだった。


「ちょっと! 人聞きの悪いこと、言わないでよっ! それで言うなら、ポップだってジャンクおじさんの鍛冶場にこっそり入ったの、絶対内緒にしてくれって言ったくせに、自分でうっかり口を滑らしちゃったじゃない!」

「あー、今更あれを言うかよ?! そんなこと言うなら、ジンだって覚えてるだろ?! 宝の地図を三人で作った時のことをさ」

 ふざけ半分に、懐かしい記憶を持ち出してまで文句を言い合う。
 それは、三人だけに通じる話だった。
 ポップが家出する前から、笑い話になっていた数々の思い出。

 幼馴染みならではの言い争いは、実に楽しく、わずかに感じていた亀裂を埋めてくれるものだった。
 過去の文句を引っ張りだしてまでひとしきり騒ぎ、笑いあった後、ポップは身体を前に曲げて首を深く垂れた。

 笑い過ぎたせいで、腹を抱えるような格好だった。
 ジンとラミーの肩を借りたままでそんな姿勢を取るのは苦しそうに見えるのだが、それでもポップは二人の肩に掛けた手を離さない。
 そして、しばらく経ってから聞こえてきた声には、ふざけた調子などかけらもなかった。


「ありがとな、ジン、ラミー。  頼む前に分かってもらえて……すっげえ嬉しいよ」

 力なく寄り掛かっていたポップの腕に、わずかに力が篭るのを感じて、ジンはなんとなく昔を思い出す。
 三人で、肩を並べつつ遊んでいたあの頃。

 まだ、ジンが自分が三人の中で一番先頭にいるだなんて、思いもしなかった頃もあったのだ。
 追いつ追いつかれつしながら転げ回って遊んでいたあの頃は、誰が先頭を走っていても関係がなかった。

 一番大事なのは、三人そろって遊ぶことだった。……そんな簡単で、でも一番大事なことを、ずいぶんと長い間、忘れていたような気がする。

「――ポップ。おまえ、忙しいんだろうけど、帰れる時間があるなら、いつでもランカークスに帰ってこいよ。おれ達は、いつでも待っているからさ」

 確信を込めて、ジンはそう言った。
 もう、この時にはジンは心を決めていた。学校を卒業したら、このランカークス村に戻ってこよう、と。
 学校で学んだ数々の知識は、この村にいても活かすことができるはずだ。

 ポップの知り合いというだけの理由に縋って出世コースに乗る気など、さらさらない。そんな風に利用されたいだなんて、かけらも思えない。
 どうせなら、幼馴染みの足を引っ張るためではなく、助けるためにこそ動きたいと思う。
 

「……」

 返事こそしなかったが、深く俯いたままのポップの頭が小さく揺れる。頷きと捕らえていいのか、ただの揺れか分かりかねるような微妙な動きだったが、それでもいい。
 遠くに感じていたはずの幼馴染みが、ひどく身近な存在として戻ってきてくれたような気がした――。

 

 


 村から、一人の少年が消えてから数年後。
 その少年は、成長して村に戻ってきた。
 青年……呼ぶにはまだちょっと早い、子供っ気の抜けない少年が普段はどこで暮らしているのか誰も知らない。

 村に再び住んでいるわけではないが、時々ひょっこりと里帰りしにきている彼を、時折不思議に思う村人がいないわけでもないが、誰もが深くは詮索しない。
 村を出た時と変わらず、明るくてお調子者の彼と話していると、そんなことはたいした問題ではない様に思えてしまうからだ。

 それに、目立ちはしないがそこには道具屋の娘と村長の息子の働きも、加わっている。 普段のポップが何をやっているのかという話題になると、巧みに逸らしてしまう二人の言動に気がついているのは、武器屋夫婦ぐらいのものだろう。
 真実を知っている道具屋夫妻も、命の恩人でもある少年への義理立てを忘れてはいない。


 かくして、秘密は守られている。
 大魔道士ポップなど、この村には存在しない。
 ランカークス村に時々帰郷するのは、武器屋の息子のポップに過ぎないのだから――。

                                    END


《後書き》
 40000hit記念リクエスト『ポップがランカークスで事件に巻き込まれる話』でした!
 ご希望では、幼馴染みや両親の前で魔法を使って格好よく解決するはずだったんですが、……『解決』はしていない気も(笑)


 それに幼馴染みの前では魔法を使ったり正体がばれたりしてますが、『両親の前で』という条件は見事にぬかってしまいました!(笑)


 などと、いろいろぬかってしまったしまった気もしますが、ポップがランカークスで活躍する話を書くのはすっごく楽しかったです!
 うちではポップは魔法を使うシーンが少ないだけに、久々に魔法を使いまくった気がしますねv
 
 

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