『マイ・スィート・ディジー7』

  
 

 薔薇園でのお茶会の翌日、勇者と大魔道士の帰還記念パーティが開かれた。
 まあ、一週間程度の滞在で帰還記念もないものだが、派手好きな上に勇者一行贔屓のベンガーナ王直々の命令に誰も逆らうはずがなかった。

 そもそも、ダイ達がやってきた日にもパーティが開かれた上、ほぼ毎日のようにやれ夜会だの午餐だのが催されたのだ。
 今更一つや二つ増えたからといって、どうってことはない。

 が、主賓を差し置いて、今夜のパーティの密かな主役はなんといっても、レイスホース伯爵だった。
 なにしろ、4人目の愛人の存在が急遽発覚し、しかもそれを知った3人の愛人と奥方が怒りまくってレイスホース伯爵邸に押しかけて鉢合わせしたとのだから。

 あんな派手な夫婦喧嘩はそうそうお目にかかれるものではないと、もっぱらの評判だ。 そんなリアル修羅場が発覚してから、まだ半日と経っていない。めったにないスキャンダル発生を無責任に楽しんで、貴族連中は寄ると触るとその話題に終始する。

 噂の中心人物であるレイスホース伯爵がこの場に来ているから、なおさら好奇心はヒートアップするばかりだ。
 本人の意思……とは、とても思えない。久々に社交界に夫婦同伴で出席している奥方の意向が、大きいのだろう。

 しょんぼりと奥方をエスコートしているレイスホース伯爵は、哀れといえば哀れだった。 元々そう豊富とは言えなかった髪の毛が毟りとられたようにいきなり減少し、隠しきれていない爪の後が生々しく残っている。

 が、彼の不幸はそれだけでは終わらない。
 何せ、4人の愛人達もばっちりとこの場にいるのだから。
 別の男性を同伴してパーティに参加してきた4人の愛人達と、奥方の対決がこれまた見物だった。

 表面上はにこやかな世間話と見せかけて、だが、その笑顔の裏で火花を散らしつつ、会話にちくちくと刺を仕込んでいる。

(しっかし、あの冴えないおっさんに、なんでまたあんな美人な奥さんや若い女がくっつくのかね)

 見ているだけで胃が痛くなりそうな光景は、同じ男として同情していいものやら、それともやっかめばいいのやら、あるいはいい気味だと嘲ればいいものか、ポップは少し迷う。 ポップを――というよりは、パプニカ王国とフォルクス家を嵌めようとしたレイスホース伯爵を、ポップはただでおく気はなかった。

 変な手出しをされた分はきっちりとお返しはする予定だったが、まさか自分が動くよりも速く、こんな風に手を打たれるとは思いもしなかった。
 しかも、こっそり闇討ちでもしかけてやろうかなと企んでいたポップよりも、ある意味で見事な手際だ。

 このスキャンダルは、レイスホース伯爵と伯爵家にとっては命取りになりかねない。ベンガーナ王国内で派閥を広げたい彼にとっては、なまじな肉体的ダメージよりも手痛いダメージになるだろう。

(おれじゃ、こうはいかなかったな……)

 ポップにせよ、ダイにせよ、所詮は実戦からの叩き上げから出世した人間だ。荒っぽい立ち回りには慣れていても、宮廷上での駆け引きには今一歩劣る。
 実際、ポップが今回まんまと伯爵の罠に落ちたのは、彼がポップの失脚こそを狙っていても、命は狙わなかったせいだ。

 もし、ポップを拉致しようとしたあの近衛兵が殺気を抱いていたのなら、そもそもダイはあの場で看破しただろう。
 闘神の末裔として、戦闘においては無類の勘の良さを発揮するダイは、殺気の見極めを間違えるはずがない。

 そして、ポップにしても命を狙われていると察知したのなら、ああも簡単に拉致られたりはしなかった。
 だが、伯爵や伯爵の部下は相手を失脚させたいと望みこそすれ、命を奪おうなんて思いもしなかった。

 いわば戦いの素人が相手だっただけにかえって不覚を取ってしまったのだが、今更そんなことを言っても言い訳になるだけだ。
 ここは素直に、見事な手腕を発揮して敵に鮮やかな仕返しをやってのけた者を褒めるべきだろう。

 さりげなく自分に近い位置に近寄って来た男に向かって、ポップは振り向きもせずに声を掛けた。

「あれはあんたの仕業かい? 鮮やかなものだな」

「いえいえ、大魔道士様のお手並みに比べたら、お恥ずかしい限りですがね」

 と、クラウスは軽く肩を竦めて見せる。
 パーティも終わりかけた今なら、主賓の一人である大魔道士が壁の花よろしく、目立たない所に引っ込んでいても不審に思う者はいない。

 そして、その近くにいるのが従者の格好をした者なら、なおさら目立つはずがなかった。 パーティの喧騒に紛れ、二人はこっそりと会話を交わす。

「昨日はお見事でした、大魔道士様。さすがは役者が違いますね、まさかあの急場で、あんなに見事にあの場を納めてくださるとは。
 想像以上でしたよ、心からお礼を申し上げます」

 本心からの称賛と敬意を込めて、クラウスが深々と頭を下げる。

「いや……礼を言うのはこっちだよ。あんたが、ダイを助けてくれたんだから」

 ポップにとっては、それは二国間の戦争回避以上に価値があることだった。
 ダイが、ポップを発見した時。
 思えば、あの時にダイがジュリアーノに対して怒りを爆発させなかったのは、僥倖だった。

 クラウスが先にキレて主君を殴るという暴挙をおこさなければ、ジュリアーノに対して怒りを爆発させたのはダイのはずだった。
 あんなにも怒りを爆発させてしまったダイは、下手をすると竜の騎士の力を抑え切れなかっただろう。

 そして、あのタイミングでダイがキレたのなら、恐らくその姿を、王を初めとするベンガーナの高官の多くの前に晒すことになっただろう。
 それがどんなに危険な意味を持つのか、ポップはよく承知していた。

 まだ、魔王軍との戦いに実際に参加した経験のある者ならば、よい。だが、平和な日常を見慣れた者にとっては、竜の紋章を額に輝かせ、人間離れした力を振るって見せる姿は、あまりにも異形だ。

 大戦中でさえ、ベンガーナ王国のデパートで戦ったダイを、厭う眼差しで見つめた者は多かったのだ。その事実に、ダイがどんなに傷ついたかは、ダイの側にいたポップはよく知っている。

 どんな理由があるにせよ、ダイが怒りをあらわにして人間を攻撃するところを見せるわけにはいかない。
 媚薬のせいで正気を失っていたポップには、あの時、なにもできなかった。その間にダイの暴走を止めてくれた――それは、ポップにとっては感謝に値することだ。

 それに、クラウスに引き止められたおかげで、ポップ自身も冷静さを取り戻せた。
 レイプぎりぎりの行為をされてさすがに動揺していたポップは、あのままなら瞬間移動呪文で逃げる案にそのまま乗ってしまっただろう。

 だが、それもまた、ダイの立場を悪くする。
 ダイを守るためには、あの場にとどまって周囲だけでなくダイの気も逸らすのが、正解だった。

 別にクラウスの頼み通り、パプニカとベンガーナの関係を守るために行ったわけではない。
 だが、クラウスは大袈裟に首を横に振って見せた。

「何、詫びと礼はこちらからすることでさぁ。あれくらいじゃ、詫びにもなりませんしね。フォルクス家として表立って謝罪できませんが、今回の詫びとして必ずなんらかの形で大魔道士様に利するように、細やかな援護をさせていただく所存でしてね。
 賠償とでも、思ってくれて結構っすよ」

 そう言ってのけるクラウスを、ポップはちょっとの間だけ見つめた。

「――それにしても、あんたって何者なんだい?」

 服装や宮廷での扱いは、ただの従者。
 だが、この機転の利き様やフォルクス家への影響力の大きさは、どう見ても只者とは思えない。

 なにより、黒幕を悟ってから反対に相手をスキャンダルに陥れる速さは、見事の一言に尽きる。
 しかし、クラウスはこの質問にも首を横に振って見せた。

「なぁに、オレはあいつの乳兄弟で、ただの従者ですよ。ま……っ、フォルクス家内部では執事『見習い』のような立場で通っていますけどね」

 『見習い』に強く力を込めてウィンクして見せるクラウスに、同じく宮廷魔道士『見習い』の立場を通しているポップは苦笑する。
 宰相が時として、王に勝る権力と支配力を持つように、執事もまたその家の支配者になり得る。

 表舞台に出ないまま、主君の影に隠れて存分に采配を振るう――それは、相当以上の実力がなければできることではない。

「……なるほどな。以前から、フォルクス大公には切れ者のブレーンがついているという噂は聞いていたけど、本当だったんだな」

 ポップはあまり貴族間の噂に詳しい方ではないが、それでも無視しきれない勢力を持つ有力貴族の情報は抑えている。
 その中でも、フォルクス大公の噂は一際有名だった。

「そりゃ、買いかぶりってもんです。旦那様の手助けをしているのはうちの親父でね、オレはまだ坊っちゃんのお守りをしているだけの見習いにすぎませんよ」

「ご謙遜を。この分なら、フォルクス家は次代も安泰みたいでなによりだ」

 いかにお飾りの当主がうかつな上に途方もなく頭が悪くても、影に存在するブレーンが優秀ならばなんの問題もあるまい。
 むしろ、頭がからっぽな操り人形である方が、うまくいくとも言える。

「そういや、今更頼めた義理でもないんですが……坊っちゃんをお許し願えないでしょうか」

 わずかに声の調子を変え、クラウスは改まって申し入れてくる。

「無論、中庭で言ったことを撤回する気はありません。あの場を凌いでいただいたのですし、お二人の気が済むようにしていただいて結構です。
 あの馬鹿坊っちゃんときたら、それだけのことをしでかしてくれやがりましたからね。 お二人がお望みなら、甘んじてそのお怒りを受けるべきだと思っていますが……」

「が、その前に、和平は申し込んでみる、ってか? いいぜ、その話にノッても」

 頭を下げるクラウスの意図を、ポップは最後まで言わせずに先回りしてみせる。

「……いいんですかい? 自分で言うのもなんですが、虫がよくて図々しい話なのに」

「いいよ、別に」

 あっさりと、ポップは認める。
 正直、今回の騒動をポップは重く見てはいない。

 レイスホース伯爵やジュリアーノのしたことを絶対に許せないと思う程、彼らを重視もしていない。
 それより、警戒すべき者は他にいる。

「さすがに、あんたを敵に回したくはないしさ。
 あんたはもしおれ達があの馬鹿息子を何かしようとしたら、身を盾にしてでも庇う気だろ?」

「……お見通しでしたか。さすがですね」

 初めて、クラウスの顔に笑みが浮かぶ。

「オレも一応は、あいつの従者なもんでね。全力をもって主君を守るのが、従者の役割。 たとえ適わないと分かっている相手でも、お手向かいさせていただく所存でした」

 淡々とした口調だが、それが本気なのはポップには見て取れた。
 謙遜した口調とは裏腹に、クラウスが手強い相手なのは分かっている。
 そんな相手とわざわざ戦いたいと思う程、ポップは好戦的な性格じゃない。

 利害が対立しているわけでも、どうしても許せないわけでもないし、わずかな譲歩で回避出来るなら回避した方が無難と思える。
 が、一つ、疑問はあった。

「一つ、聞いていいかい? あんたは、なんであいつのためにそこまでするんだい?」

 すでに、ポップはクラウスのやる気のない、不遜な態度に隠された能力の高さに気付いている。
 クラウス程の策謀能力があるのなら、一介の貴族の従者などに収まるよりも、もっと高い地位を望めるはずだ。国の中枢に食い込み、政務に関わるのも夢ではない。

 だが、クラウスのやり方を見ていると、彼はその高い能力を主君であるジュリアーノのためにしか使っていないように見える。
 はっきり言って、あの馬鹿息子には過分過ぎる配慮だろう。あまりにも無駄遣いとしか思えないその態度には、疑問を抱かずにはいられない。

「ま、自分でもなんでだろうかと思いますね。
 実際、自分でも馬鹿をやっていると思いますよ。あんな大馬鹿のお守りなんかのために、わざわざ貧乏くじをひくだなんてのはね。
 ホントにもう、あまりの馬鹿さにいっそ見捨ててくれようと、何度思ったかしれないですよ」

 溜め息混じりに容赦なく主君をけなしつつ、クラウスは幾分細めた目をパーティ会場の真ん中辺りに向ける。
 そこにいるのは、ジュリアーノだった。大仰な身振りで、周囲の人間となにやら盛り上がっている。

 呆れて半眼になっているとも、微笑ましく見つめているとも言い兼ねる目で、クラウスは彼を見ながら言った。

「けど、一応、あんな馬鹿な奴でも腐れ縁の友達でしてね……いざとなるとなかなか実行できないんスよね。
 馬鹿過ぎて、見捨てられやしない。
 この際、出会っちまったのがなんかの因果と思って、とことん付き合うつもりでさあ」


 クラウスのその言葉を聞いて、ポップはやっと納得出来たとばかりに深く頷いた。

「……違いないな。その気持ち、よく分かるよ」

 笑いながら、ポップが目をやった先にいたのは、頬に十字傷のある少年。
 自分の身を犠牲にしても世界を救おうだなんて考えた、世界一の大バカ野郎――見捨てようにも見捨てられない、彼の勇者だった。

 

 

 

「ポップー、何を話してんの?」

 と、ちょっと頬を膨らませてやってきたのはダイだった。
 ポップがクラウスと会話しているのが面白くないと、口に出すよりもはっきりと顔に現れている正直さに、苦笑してしまう。

 そのついでにダイをからかいたくなって、ポップはわざとクラウスに向かって声をかける。

「ん? ああ、ちょっと強姦をどう思うかって話なんかをな。な、あんたはやっぱり強姦ってひどい話だと思うかい?」

「最低ですね」

 今までの話をすっとばして突然ふられた話に戸惑う様子も見せず、きっぱりとクラウスは断言する。

「同意も合意もない相手に無理やりだなんてのは、畜生にも劣る卑劣な行為ですよ。いや、畜生よりも始末が悪いですね、そんな奴は地獄に落ちて当然です」

 容赦なくずばすばと、ついでに必要以上に大きめな声で言うのは、ダイからちょっと遅れてこちらにやってきたジュリアーノに対する嫌味のつもりだろう。
 主君が見えないパンチをくらったかのようにふらつくのを満足げに眺めた後、クラウスは不思議そうにダイを見やる。

「……なんで勇者様まで、そんな顔をなさってらっしゃるんですか?」

「い、いや、ちょっと……」

 ノックアウトなパンチをもらったボクサーのごとく、沈痛な表情で壁に寄り掛かるダイの隣をすり抜け、ジュリアーノがポップの前に立った。

「マイ・スィート・ディジー…………」

 と、そう呼ぶ声にも、表情にも、いつもの元気さや自信満々さはない。しょんぼりと萎れて、ジュリアーノはそれでも薔薇をポップに差し出すのを忘れなかった。

「昨日はすまなかった……! ボクとしたことが、キミの状態がおかしいとさえ気が付かず、無理強いしてしまっていただなんて……。
 昨日、クラウスに殴られた後、父上と母上とばあやと執事と愛犬のジョンにもこっぴどく怒られて、目が覚めたよ……!」

「……………………」

 目が覚める遅さに呆れればいいのやら、いい年こいて家族やら部下に頭が上がらないのかとか、あるいは愛犬にどう怒られたのかとか――様々な突っ込みどころのある言葉をどう受け止めていいのか分からず、ポップは思わず沈黙する。
 が、その沈黙をジュリアーノは思いっきりネガティブに受け止めたらしい。

「ああっ、そんな悲しそうな目で見つめないでくれっ! キミの心の傷は、ボクにとってもひどく痛むよ!
 愛しい人を自分の欲望で傷つけてしまうだなんて、ボクは……っ、ボクにはっ、人を愛するような資格なんかないんだぁああっ!
 さようなら、愛しのマイ・スィート・ディジー、引き止めないでくれっ、キミのことは永遠に忘れはしないよ!」

 と、勝手に自己完結して、目立つ金髪を大きく揺らし悲恋の主人公よろしく走り去っていくジュリアーノを、ポップはもちろんとして誰も止めようとしなかった。

「やれやれ、お騒がせしてすいやせんね。そんじゃ、失礼します」

 肩を竦めて、クラウスがジュリアーノの後をのんびり追っていく。
 呆れたままそれを見送ったダイとポップが、次の言葉を口にするまでずいぶんと時間が掛かった。

「――そういや、おれ、あいつのこと、一発殴っておきたかったのに忘れちゃった」

「……そりゃ、そのまま忘れといてやれよ。なんつーか、いろんな意味で気の毒で哀れな奴みたいだし」

「…………うん、そーだね」

 どこか気の抜けた調子で会話を交わした後、ダイは思いついたようにポップの耳に口を寄せて囁いた。

「でもさ、おれ、ポップとの約束は忘れないからね! 埋め合わせ、楽しみにしているよ」
 

 その言葉にポップがわずかに顔を赤らめるが、やはり、小声で答えが戻ってきた。

「ああ、期待していろよ」

 その答えに、ダイはにっこりと笑う。
 人目を避けてさりげなく繋いだ手に力を込めると、同じようにポップも握り返してきた――。
                                     END

 


《後書き》
 150000hit 記念リクエスト、『隣国の王子が無理矢理にでもポップを手に入れようと、あらゆる手を講じてくるので、ダイが必死になってそれを阻止する話。独占欲が強くてキレちゃうダイ。ハッピーエンド添え』裏、R18指定でした!

 ただ、ポップがレイプされかけてダイがぶっ飛ばすだけでは捻りが足りないかなと思い、貴族の馬鹿息子と乳兄弟の設定を練り込んだら……なにやら、リクエストとは大幅に違うものになってしまったような気がしますです(笑)
 しかも、めっちゃ長引いているし!

 ところで、ハッピーエンドやらダイポプなR18シーンが足りないかなと気が付き、おまけを二本ばかり書いてみました!
 よろしければ、そちらもどうぞ♪
 
 

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