『マイ・スィート・ディジー7』 |
薔薇園でのお茶会の翌日、勇者と大魔道士の帰還記念パーティが開かれた。 そもそも、ダイ達がやってきた日にもパーティが開かれた上、ほぼ毎日のようにやれ夜会だの午餐だのが催されたのだ。 が、主賓を差し置いて、今夜のパーティの密かな主役はなんといっても、レイスホース伯爵だった。 あんな派手な夫婦喧嘩はそうそうお目にかかれるものではないと、もっぱらの評判だ。 そんなリアル修羅場が発覚してから、まだ半日と経っていない。めったにないスキャンダル発生を無責任に楽しんで、貴族連中は寄ると触るとその話題に終始する。 噂の中心人物であるレイスホース伯爵がこの場に来ているから、なおさら好奇心はヒートアップするばかりだ。 しょんぼりと奥方をエスコートしているレイスホース伯爵は、哀れといえば哀れだった。 元々そう豊富とは言えなかった髪の毛が毟りとられたようにいきなり減少し、隠しきれていない爪の後が生々しく残っている。 が、彼の不幸はそれだけでは終わらない。 表面上はにこやかな世間話と見せかけて、だが、その笑顔の裏で火花を散らしつつ、会話にちくちくと刺を仕込んでいる。 (しっかし、あの冴えないおっさんに、なんでまたあんな美人な奥さんや若い女がくっつくのかね) 見ているだけで胃が痛くなりそうな光景は、同じ男として同情していいものやら、それともやっかめばいいのやら、あるいはいい気味だと嘲ればいいものか、ポップは少し迷う。 ポップを――というよりは、パプニカ王国とフォルクス家を嵌めようとしたレイスホース伯爵を、ポップはただでおく気はなかった。 変な手出しをされた分はきっちりとお返しはする予定だったが、まさか自分が動くよりも速く、こんな風に手を打たれるとは思いもしなかった。 このスキャンダルは、レイスホース伯爵と伯爵家にとっては命取りになりかねない。ベンガーナ王国内で派閥を広げたい彼にとっては、なまじな肉体的ダメージよりも手痛いダメージになるだろう。 (おれじゃ、こうはいかなかったな……) ポップにせよ、ダイにせよ、所詮は実戦からの叩き上げから出世した人間だ。荒っぽい立ち回りには慣れていても、宮廷上での駆け引きには今一歩劣る。 もし、ポップを拉致しようとしたあの近衛兵が殺気を抱いていたのなら、そもそもダイはあの場で看破しただろう。 そして、ポップにしても命を狙われていると察知したのなら、ああも簡単に拉致られたりはしなかった。 いわば戦いの素人が相手だっただけにかえって不覚を取ってしまったのだが、今更そんなことを言っても言い訳になるだけだ。 さりげなく自分に近い位置に近寄って来た男に向かって、ポップは振り向きもせずに声を掛けた。 「あれはあんたの仕業かい? 鮮やかなものだな」 「いえいえ、大魔道士様のお手並みに比べたら、お恥ずかしい限りですがね」 と、クラウスは軽く肩を竦めて見せる。 そして、その近くにいるのが従者の格好をした者なら、なおさら目立つはずがなかった。 パーティの喧騒に紛れ、二人はこっそりと会話を交わす。 「昨日はお見事でした、大魔道士様。さすがは役者が違いますね、まさかあの急場で、あんなに見事にあの場を納めてくださるとは。 本心からの称賛と敬意を込めて、クラウスが深々と頭を下げる。 「いや……礼を言うのはこっちだよ。あんたが、ダイを助けてくれたんだから」 ポップにとっては、それは二国間の戦争回避以上に価値があることだった。 クラウスが先にキレて主君を殴るという暴挙をおこさなければ、ジュリアーノに対して怒りを爆発させたのはダイのはずだった。 そして、あのタイミングでダイがキレたのなら、恐らくその姿を、王を初めとするベンガーナの高官の多くの前に晒すことになっただろう。 まだ、魔王軍との戦いに実際に参加した経験のある者ならば、よい。だが、平和な日常を見慣れた者にとっては、竜の紋章を額に輝かせ、人間離れした力を振るって見せる姿は、あまりにも異形だ。 大戦中でさえ、ベンガーナ王国のデパートで戦ったダイを、厭う眼差しで見つめた者は多かったのだ。その事実に、ダイがどんなに傷ついたかは、ダイの側にいたポップはよく知っている。 どんな理由があるにせよ、ダイが怒りをあらわにして人間を攻撃するところを見せるわけにはいかない。 それに、クラウスに引き止められたおかげで、ポップ自身も冷静さを取り戻せた。 だが、それもまた、ダイの立場を悪くする。 別にクラウスの頼み通り、パプニカとベンガーナの関係を守るために行ったわけではない。 「何、詫びと礼はこちらからすることでさぁ。あれくらいじゃ、詫びにもなりませんしね。フォルクス家として表立って謝罪できませんが、今回の詫びとして必ずなんらかの形で大魔道士様に利するように、細やかな援護をさせていただく所存でしてね。 そう言ってのけるクラウスを、ポップはちょっとの間だけ見つめた。 「――それにしても、あんたって何者なんだい?」 服装や宮廷での扱いは、ただの従者。 なにより、黒幕を悟ってから反対に相手をスキャンダルに陥れる速さは、見事の一言に尽きる。 「なぁに、オレはあいつの乳兄弟で、ただの従者ですよ。ま……っ、フォルクス家内部では執事『見習い』のような立場で通っていますけどね」 『見習い』に強く力を込めてウィンクして見せるクラウスに、同じく宮廷魔道士『見習い』の立場を通しているポップは苦笑する。 表舞台に出ないまま、主君の影に隠れて存分に采配を振るう――それは、相当以上の実力がなければできることではない。 「……なるほどな。以前から、フォルクス大公には切れ者のブレーンがついているという噂は聞いていたけど、本当だったんだな」 ポップはあまり貴族間の噂に詳しい方ではないが、それでも無視しきれない勢力を持つ有力貴族の情報は抑えている。 「そりゃ、買いかぶりってもんです。旦那様の手助けをしているのはうちの親父でね、オレはまだ坊っちゃんのお守りをしているだけの見習いにすぎませんよ」 「ご謙遜を。この分なら、フォルクス家は次代も安泰みたいでなによりだ」 いかにお飾りの当主がうかつな上に途方もなく頭が悪くても、影に存在するブレーンが優秀ならばなんの問題もあるまい。 「そういや、今更頼めた義理でもないんですが……坊っちゃんをお許し願えないでしょうか」 わずかに声の調子を変え、クラウスは改まって申し入れてくる。 「無論、中庭で言ったことを撤回する気はありません。あの場を凌いでいただいたのですし、お二人の気が済むようにしていただいて結構です。 「が、その前に、和平は申し込んでみる、ってか? いいぜ、その話にノッても」 頭を下げるクラウスの意図を、ポップは最後まで言わせずに先回りしてみせる。 「……いいんですかい? 自分で言うのもなんですが、虫がよくて図々しい話なのに」 「いいよ、別に」 あっさりと、ポップは認める。 レイスホース伯爵やジュリアーノのしたことを絶対に許せないと思う程、彼らを重視もしていない。 「さすがに、あんたを敵に回したくはないしさ。 「……お見通しでしたか。さすがですね」 初めて、クラウスの顔に笑みが浮かぶ。 「オレも一応は、あいつの従者なもんでね。全力をもって主君を守るのが、従者の役割。 たとえ適わないと分かっている相手でも、お手向かいさせていただく所存でした」 淡々とした口調だが、それが本気なのはポップには見て取れた。 利害が対立しているわけでも、どうしても許せないわけでもないし、わずかな譲歩で回避出来るなら回避した方が無難と思える。 「一つ、聞いていいかい? あんたは、なんであいつのためにそこまでするんだい?」 すでに、ポップはクラウスのやる気のない、不遜な態度に隠された能力の高さに気付いている。 だが、クラウスのやり方を見ていると、彼はその高い能力を主君であるジュリアーノのためにしか使っていないように見える。 「ま、自分でもなんでだろうかと思いますね。 溜め息混じりに容赦なく主君をけなしつつ、クラウスは幾分細めた目をパーティ会場の真ん中辺りに向ける。 呆れて半眼になっているとも、微笑ましく見つめているとも言い兼ねる目で、クラウスは彼を見ながら言った。 「けど、一応、あんな馬鹿な奴でも腐れ縁の友達でしてね……いざとなるとなかなか実行できないんスよね。
「……違いないな。その気持ち、よく分かるよ」 笑いながら、ポップが目をやった先にいたのは、頬に十字傷のある少年。
「ポップー、何を話してんの?」 と、ちょっと頬を膨らませてやってきたのはダイだった。 そのついでにダイをからかいたくなって、ポップはわざとクラウスに向かって声をかける。 「ん? ああ、ちょっと強姦をどう思うかって話なんかをな。な、あんたはやっぱり強姦ってひどい話だと思うかい?」 「最低ですね」 今までの話をすっとばして突然ふられた話に戸惑う様子も見せず、きっぱりとクラウスは断言する。 「同意も合意もない相手に無理やりだなんてのは、畜生にも劣る卑劣な行為ですよ。いや、畜生よりも始末が悪いですね、そんな奴は地獄に落ちて当然です」 容赦なくずばすばと、ついでに必要以上に大きめな声で言うのは、ダイからちょっと遅れてこちらにやってきたジュリアーノに対する嫌味のつもりだろう。 「……なんで勇者様まで、そんな顔をなさってらっしゃるんですか?」 「い、いや、ちょっと……」 ノックアウトなパンチをもらったボクサーのごとく、沈痛な表情で壁に寄り掛かるダイの隣をすり抜け、ジュリアーノがポップの前に立った。 「マイ・スィート・ディジー…………」 と、そう呼ぶ声にも、表情にも、いつもの元気さや自信満々さはない。しょんぼりと萎れて、ジュリアーノはそれでも薔薇をポップに差し出すのを忘れなかった。 「昨日はすまなかった……! ボクとしたことが、キミの状態がおかしいとさえ気が付かず、無理強いしてしまっていただなんて……。 「……………………」 目が覚める遅さに呆れればいいのやら、いい年こいて家族やら部下に頭が上がらないのかとか、あるいは愛犬にどう怒られたのかとか――様々な突っ込みどころのある言葉をどう受け止めていいのか分からず、ポップは思わず沈黙する。 「ああっ、そんな悲しそうな目で見つめないでくれっ! キミの心の傷は、ボクにとってもひどく痛むよ! と、勝手に自己完結して、目立つ金髪を大きく揺らし悲恋の主人公よろしく走り去っていくジュリアーノを、ポップはもちろんとして誰も止めようとしなかった。 「やれやれ、お騒がせしてすいやせんね。そんじゃ、失礼します」 肩を竦めて、クラウスがジュリアーノの後をのんびり追っていく。 「――そういや、おれ、あいつのこと、一発殴っておきたかったのに忘れちゃった」 「……そりゃ、そのまま忘れといてやれよ。なんつーか、いろんな意味で気の毒で哀れな奴みたいだし」 「…………うん、そーだね」 どこか気の抜けた調子で会話を交わした後、ダイは思いついたようにポップの耳に口を寄せて囁いた。 「でもさ、おれ、ポップとの約束は忘れないからね! 埋め合わせ、楽しみにしているよ」 その言葉にポップがわずかに顔を赤らめるが、やはり、小声で答えが戻ってきた。 「ああ、期待していろよ」 その答えに、ダイはにっこりと笑う。
《後書き》 ただ、ポップがレイプされかけてダイがぶっ飛ばすだけでは捻りが足りないかなと思い、貴族の馬鹿息子と乳兄弟の設定を練り込んだら……なにやら、リクエストとは大幅に違うものになってしまったような気がしますです(笑) ところで、ハッピーエンドやらダイポプなR18シーンが足りないかなと気が付き、おまけを二本ばかり書いてみました! |