『秘密の噂 ー後編ー』
 
 

「ダッ、ダイッ?! こんな所で、何をするんだよっ?!」

 動転しながらも、ポップはなんとかダイを押しやろうと、目一杯手を突っ撥ねようとした。
 だが、その努力は全くの無駄だった。

 少しばかり力を込めたぐらいでは、ダイの力の前ではビクともしない。
 むしろ、ポップの抵抗に対してダイが無意識に力を込めるせいで、ますます動きが取れなくなるだけだ。

「やめろっつーのっ! こんなとこ、誰かに見られたらどうする気だよっ?!」

 潜めた声のままで、ポップはできるだけ強い調子で牽制する。

『人目のあるところでは、怪しげな行為はしないこと』

 ダイとそう言う関係になって以来と言うもの、二人の間ではそれは絶対的な掟だった。それを注意さえすれば、さすがのダイもどんな時であろうと渋々でも引き下がる。
 だが、今はその制止さえ聞かなかった。

「……いいよ」

 離れるどころかより一層顔を寄せて、ダイはきっぱりと言い切る。

「おれは誰に見られたって、いいよ……!」

「い、いいって、そんなわけないだろ?! こんなとこ誰かに見られて、変な噂になったりしたら……」

 ましてやレオナの耳に入ったらまずいだろうと続けるつもりだったが、ダイはポップの言葉を遮った。

「だから、そんなのどうでもいいよ。誰に見られたって、何か言われたって、いいんだ。 ポップが嫌がるから……っ、だから、今まで我慢してただけだし」

「え?」

 ダイの言葉に、ポップは不覚にもきょとんとしてしまった。
 今の今までポップは、ダイも多少は人の目を気にするだけの、最低限のデリカシーがあるのだろうと思い込んでいたのだ。

 怪物と人々に見られるのを嫌ったように、同性愛者として奇異の目で見られるのはダイでもさすがに嫌なのだろう、と――。
 だが、そんなポップの浅慮さを打ち砕くように、力を込めてダイはポップを抱きしめる。


「ま……っ?!」

 焦って止めようとしたポップだが、息が詰まるほどの力でそうされては、声も出せなくなる。

(まっ、まさか、このままヤる気じゃ……っ?!)

 余りに切羽詰まった様子に、一瞬、そんな不安すら過ぎるが、ダイは強くポップを抱きしめたまま呟く。

「ポップ……、おれから離れてかないでよ……!」

 ダイらしくもない、今にも泣き出しそうな声。
 ひどく辛そうなその声を聞いて、ポップは思わず抵抗を止めた。

「ポップに会えないのは、やだ……! そんなの、我慢できないよ……っ」

 力加減すら忘れた余裕のなさが、震える声が、そのままダイの不安をダイレクトに伝えてくる。決して手放さないとばかりに、必死になって自分にすがりついてくるダイを見て――ポップは小さく溜め息をつく。

(……ったく、だからこいつには適わないんだよなー)

 駆け引きなど全くできずに、真っ直ぐに自分の感情を人にぶつけることのできる純粋さ。 その思いの強さに、ポップはいつも巻き込まれてきた。ポップがどんなに策略を練り上げ、計算した上で取る行動したとしても、思うがままに動くダイには適わない。

 魔王軍との戦いの時から、ずっとそうだった。
 自分の望みと食い違っていても、ダイの望みを叶えたい、なんて思ってしまう。
 最善の道が見えていたとしても、感情に流されてしまうだなんて――。

 もう一つ溜め息をついてから……ポップはおもむろに自分の足を浮かす。頑丈な靴の踵部分を使って、ダイの爪先目掛けて全体重を掛けて踏みつけた。

「いたぁっ?!」

 さすがの竜の騎士もこれは効いたのか、腕の力が緩む。その隙を逃さず、ポップはすかさず言った。

「痛いと言いてえのは、こっちの方だ! ちったぁ手加減しろよっ、おれの骨を折る気なのか?」

「ポ、ポップ、ごめんっ、どっか痛くしなかった?」

 やっと腕の力を緩めたものの、ダイはそれでもポップを手放そうとしないままだ。

「おまえなー、そう言うぐらいなら、手を放したらどうなんだよ?」

「……それはヤだ」

 世にも情け無い顔でそう言う勇者に、ポップはつい笑ってしまった。

「バカ、手を放しても大丈夫だって。おれはどこにも行かねえよ」

 その言葉で、ダイはやっとホッとしたらしい。だが、それでもどこか不安に揺れる目でポップを見つめてくる。

「……ホント?」

 ポップとダイの付き合いは長い。
 それだけに、ポップはダイを説得するコツを心得ている。ダイが必要とするのは、説明ではない。
 真実だ。

 小難しい理屈で説明したりして、回りくどく誤解を解く必要などない。本能的な直感からか、ことの真偽を見抜く告げる能力に長けたダイは、真実であれば素直にそれを受け入れてくれる。
 だからポップは、本心からの言葉を告げた。

「ああ、本当だ。おれは、ずっとおまえの側にいてやるよ」

「……!」

 ダイの表情が見る見るうちに明るくなり、再びポップに抱きついてきた。

「だから、苦しいっつうの」

 口では文句を言いながらも、ポップはその抱擁も拒まなかった。
 さっきも今も、息苦しさ以上に感じたのは――思いがけない程の嬉しさだった。ダイがこれ程までに強く自分を求めてくれることが、こんなにも心地好い。

 一度でも、この手を失ってもいいと思えたのが不思議なぐらいだ。
 レオナに対して申し訳ない様な気持ちはするが、それでもこの手は手放したくないと思う。

(……根本的に考え直さないと、ダメか)

 ダイと離れるなんてのは、論外だ。
 それならば、ダイと離れないのを前提にした上で、レオナのために『噂』をなんとかする方向で考え直さなければならない。

 より一層、条件が難しくなった問題の解決の糸口を探しかけたポップだが、ダイがそれを許してくれなかった。

「ポップ、なんか別のこと、考えてる?」

(ちっ、なんでこいつはこんなに勘がいいんだよ?!)

 まさに常人離れした勘の良さを発揮して、思考が反れたのを察知するダイに内心舌を巻かずにはいられない。

「別に、なんでもないよ。それより、納得したならいい加減に手を放せって。ここじゃ誰に見られるか分からないし、まずいだろ」

 やんわりと手を押し退けようとしたポップだが、ダイは手を放そうともしなかった。

「じゃ、ここじゃない所でならいい?」

 期待を込めて熱っぽく自分を見つめるダイに、ポップは顔をわずかに赤らめて答える。


「…………まぁな」

 それを聞いて、ダイはやっと手を放してくれた――。

 

 


「ポップ君。なんで、呼び出されたか……分かっているでしょ?」

 パプニカの王のみが使用することを許される、執務室。
 その主である麗しき姫君に呼び出されたポップは、緊張の色を隠せなかった。

(あぁあああっ、まだなんも対策を考えつかねえよっ)

 なにせ、呼び出されたのが昨日の今日だ。
 昨日は昨日で、今まで放置していた埋め合わせとばかりに、べったりとダイにくっつかれていたので、考え事をするどころではなかった。……特に、夜は。

 そして、寝起きとほぼ同時にレオナに呼び出されたのだ、対策どころか心の準備すらできていない。
 ほとんど青ざめた顔色で、それでも彼女の機嫌を取るがごとく、ヘラヘラとした笑顔を浮かべようとする。

「な、なんで、って、なにがだよ?」

 少しでも話題を逸らそうとするポップだが、そんな手に乗るレオナではない。切り込むように、いきなり本題を突きつけてきた。

「単刀直入に聞くわ。侍女達が最近している噂って……本当なの?」

 一番、聞かれたくない人に、一番聞かれたくないことを射ぬかれ、さすがのポップも怯む。
 だが、怯むのはまだ早かった。

「言っておきますけどね、あたしは絶対に許さないわよ……!」

 あまりにも強い拒絶に、思わずポップは立ちすくんでしまう。
 確かに、レオナの怒りや拒絶は覚悟していた。ここまで強く、話も聞かないうちから拒否されるとは、予想外だった。

 仲間に対してはおてんば姫っぷりを発揮してわがまま発言をすることが多いレオナだが、基本的に彼女は聡明でいて公平な人物だ。
 他人の感情をここまで無視して我を通す程、独善的な性格ではない……そう思っていただけに、いきなりの拒絶は衝撃だった。

「ま、待ってくれよ、姫さん、これには理由が……っ」

 ポップにとって、レオナは大事な仲間であり、友人だ。それだけに、できれば理解してもらいたいと思う。

 たとえ祝福はされないにしても、レオナの怒りを買って城を追い出されるにしても、せめてきちんと説明だけはしておきたいと思い、口を開きかけたポップだが、彼女はそれさえ最後まで言わせてはくれなかった。

「ダメよ! いっくらポップ君があたしを丸め込もうとしたって、聞く耳なんかもたないんだから!
 いい? ダイ君とあなたが城を出て当てのない冒険の旅に出るだなんて、あたしは絶対に認めないわよ!」

 心底、それを案じているのか緊張に青ざめた表情や、震える手は、レオナのいつにない興奮を表している。
 どう聞いても本気としか思えない口調――だが、ポップはその言葉の意味を掴みかねて、間の抜けた声をあげてしまう。

「へ?」

 普段のレオナなら、ポップがそんな間の抜けた顔を晒したのなら、すかさずに突っ込んでくるだろう。
 だが、今はよほど本題が気になるのか、真顔で話しかけてきた。

「そりゃあ、あたしだってダイ君にしろポップ君にしろ、城での生活が不本意なのは知っているけど……でも、城での生活に不満があるのなら極力相談に応じるわ。
 冒険をしたいのなら短期に限ってなら許可するし、協力するわよ。
 だから、城を出て行くのだけは止めてちょうだい」

 レオナには珍しく、最初から譲歩の姿勢を見せる交渉を、ポップは目をパチクリさせながら聞いていた。

「う、噂って、……そんなのなのか?」

「ちょっと! 惚ける気? 心当たりがまるでないだなんて言わせないわよ、だって、侍女達の間ではもっぱらの評判なのよ?!
 『勇者と大魔道士様は夜な夜なお互いの部屋にいって、冒険への旅立ちの相談をしている』って!」

(そ、そんなことが噂だったのかよ……っ?! あ、危なかった……っ)

 むしろ脱力するような思いでその話を聞きながら、ポップは背筋に冷たい汗が流れていくのを感じた。

 噂がそんな的はずれなものだとしたら、ポップはとんだ藪蛇をつつく所だった。早まって真相をレオナに暴露しなくてよかったと感謝しながら、ポップはさっきまでとは格段にリラックスした口調で笑って見せた。

「勘弁してくれよ〜。そんなの、根も葉もない噂だろ? だいたい、ダイは城を出る気なんてまるっきりないんだぜ」

 その点は真実なだけに、ポップはきっぱりと言い切った。
 ポップはさておき、ダイはまったく城を出たいだなんて考えてもいないかった。

 ……まあ、ポップが実際に城を出ていたのなら後を追ってきた可能性は高そうだが、少なくともポップと違って何の計画も立てていなかっただけに、調べられても何の心配もない。

「なんなら、ダイに聞いてくれたっていいぜ」

 ダイ自身に聞いても、違うとはっきりと答えると分かっているだけに、ポップは自信を持ってそう言ってのけた。
 ダイがごまかしの効かない性格であることは、レオナが誰よりもよく知っている。自分の理屈よりも、ダイの言葉の方が信頼されやすいのだ。

「じゃ、その件は後でダイ君に聞いてみるとして……ポップ君の方はどうなの? 城を出たりなんて……しないわよね?」

 真剣な目で、ひどく不安そうに問い掛けられ、ポップはしばし、考え込む。
 ――正直に答えるのならつい昨日までは、ポップは城を出るつもりだった。それがダイのためにも、レオナのためにもなると思っていたから。

 だが、ダイにもレオナにもここまで引き止められた以上、実行するメリットはほとんどなさそうだ。
 むしろ、二人の心に深い傷を残すだけで、仲を取り持つどころか逆効果になりかねない。 なにより……本音を言えばポップも二人から離れたくはないのだ。

「なに余計な心配してんだよ、姫さん。
 大丈夫だって、おれはどこにも行かねえからよ」

 つい昨日まで考えていたことなどおくびにも出さず、ポップは陽気にそう言ってのける。 気丈な王女に相応しくもなく、いつになく不安そうな表情のレオナを安心させるために。
 

「その件じゃ、ダイにも文句を言われたばっかなんだって。まだまだやりたいこととかもあるし、当分はパプニカに居座るって。それこそ、追い出そうとしても居てやるから安心してくれよ」

 それを聞いた時のレオナのホッとした表情を見て、ポップは自分の選択の正しさを知った――。

 

 


 ポップが完全に立ち去ったのを確認した後、レオナは静かに言った。

「――話は聞いていたかしら?」

「はい。もちろんですわ」

 続き部屋の奥から姿を表したのは、スッと背筋を伸ばした姿が印象的な侍女だった。
 年齢から言えば中年に当たるが、知性を感じさせる硬質な顔立ちはそこらの若い娘とは違う落ち着きがあり、十分に美しく見える。

 ふわふわと柔らかそうな髪を後ろで緩くまとめ、勤続10年を越すベテランの侍女のみが着ることのできる地味な色合いの侍女服を着た侍女は、レオナの前で丁寧に一礼をした。


「私をご自室にお呼びとは珍しいですわね、姫。今日、私を呼び出したのは、通常のお役目のためですか?
 それとも――?」

 言わずもがなの含みを持たせたその言葉を聞いて、レオナは笑う。

「その格好で訪れたと言うことは、貴女にも分かっているんでしょう?
 貴女の、もう一つの仕事……本来の仕事について頼みたいの」

 この年配の侍女は公式な役割とは別に、密かに帯びている使命を持っている。
 主にパプニカ城内の噂に関する、情報操作長。
 それが、彼女が司る役目だ。

 たかが、噂。されど、噂である。その威力を、軽んじることはできない。
 たとえ根も葉もない噂であったとしても、それが大きなスキャンダルを呼び起こし、他国にまで伝わって国勢を大きく動かすことさえ有り得るのだから。

 そして、噂を左右するのは、決まって女性の存在だ。
 場内の出来事に対して敏感にアンテナを巡らせ、あれこれと想像を逞しくして噂をしまくるおしゃべり雀達の口ばかりは、いかに国王とて禁じきれるものではない。

 女性とおしゃべりは、切っても切り離せないものだ。
 ならば、禁じるよりも誘導してしまえばいい――そう考えたのは、いったい何代前の王なのかは記録には残っていない。

 おしゃべりという、形に残らないものを制御したなどという記録は残さない方がいいとばかり、この秘密の情報操作については代々の国王が口伝として受け継いできた。
 ベテランの侍女の中から、一人、目端が利いて口の固い者を情報操作長の任務につける。


 普段は場内の噂に注意を払い、王に役立つ情報を集めるのが役目だが、時にはその噂を王の望む方向へと誘導させるのも、役割の一つだ。
 この女性は十年以上前、先代のパプニカ王の時代から情報操作長に選ばれ、それ以来密かにパプニカ城内の噂を管轄してきた。

 国王崩御と同時に、レオナが国主の役目を負うことになった時から、この女性も影から彼女を支えてきてくれた一人だ。

「姫様がお望みならば。
 聞きたいのは、ことの真実でございますか? それとも、勇者と大魔道士の噂の詳細についてでしょうか?」

 噂のみならず、その火種となった事件の詳細を探りだすのも、情報操作長の仕事である。彼女から聞く城内の報告は、当事者達から聞く話よりも正確だ。
 だからこそ、レオナは彼女の語る真実を聞く時には、ひどく慎重になる。

「いいえ、今回に限っては真実は聞かなくていいわ。予想だけで、十分だから」

 レオナは、真実を聞くのは恐れない。
 だが、世の中には知らない方がよい真相というものもあるものだ。

 例えば、レオナは望むのならば、侍女達が話した一言一句までも詳細な記録として知ることができる。下世話な例で言えば、城内での話なら、ダイとポップが肌を重ねた回数や時間まで正確に知ることができるのだ。

 だが、それになんの意味があるというのだろう。
 恋人同士の秘め事や、他人がなんの気無しに話した軽い陰口までも掌握するのは、真相を把握するのとは訳が違う。単に不快感や、疑心暗鬼を育てるだけのことだ。

 ダイとポップの関係を事細かに聞いて、彼らの恋愛事情を完全把握することは、誰にとっての幸せには結びつくまい。

「噂の方を詳細に聞くのも、勘弁してもらいたいわよねー。
 あたしでさえそう思うんだもの、ダイ君とポップ君の恋愛模様がどのぐらいリアルに想像されているかなんて知ったら、ポップ君なんて卒倒しちゃうわよ。
 まったく、今の若いコときたら……!」


 と、いかにも分別臭く文句を言うレオナに、侍女はくすりと笑う。
 新米侍女を若いコよばわりするが、レオナとて彼女らと大差のない年齢なのだから。

「いつの時代も、若い娘と言う者は殿方同士の恋愛話を好むものでございますわ、姫様。 私が若い頃にも女の子達は、その手の噂を好んだり、殿方同士がよりそう合う耽美な絵を親に隠れてこっそりと買ったりしたものですわ。
 なまじ自分とは無縁なだけに、純粋に憧れや夢だけを抱けるからでしょうかねえ?」

 年上のゆとりでくすくすと笑う侍女の言うことは、レオナにも分からない心理ではない。レオナ自身も、他国の貴族の男色な恋の噂などを耳にすれば、つい耳をそばだててしまうタチなのだから。
 だが、ダイとポップがその対象となるのは、賛成はできなかった。

「命令は、こうよ。ダイ君とポップ君の怪しげな噂は、出来る限り排除して。
 どんな馬鹿馬鹿しいネタだって、真実よりもマシよ。あの二人が恋人だと言う真実がバレるんじゃなきゃ、どう噂されても構わないわ。
 後、数年……最低でも、私が即位式を終えるまではその噂で押し通して欲しいの」

 パプニカ王女としての冷静さを持って、レオナは命令を下す。
 個人的感情を一切除外したとしても、ダイとポップを手放すのは避けたい。
 レオナにはレオナの立場と、事情がある。

 いかに彼女が正統なる王位継承者とはいえ、完全に実権を握り、パプニカ王国の王位を掌握するまでには時間は掛かる。

 人間と怪物の共存。
 勇者ダイが理想とし、レオナが実現したいと望む世界を作り上げるためには、どうしてもレオナは確固たる女王の地位を必要としている。

 そのためには、自分の地位の足固めが済むまでは、結婚は避けたい。
 成人前の婚儀は、後見人の変更に繋がる。
 結婚相手や、その親族が政治に関わってきて、最悪の場合には国そのものを乗っ取られる例もあるのだ。

 それを避けるために、レオナには周囲を納得させることのできる婚約者候補が必要だ。 勇者であり、レオナの婚約者的な立場と見なされているダイが側にいてくれるのは、レオナにとっては大きな強みだ。
 彼がいてくれれば、それだけでレオナに求婚してくる男を撥ね除けられるのだから。

 そして、自分の片腕として働いてくれるポップは、政治的にはダイ以上に頼りになる。彼を手放して、この難関に立ち向かえるとは思えないぐらいだ。
 レオナの理想とする政治を実現するためには、ダイとポップはどうしても必要なのだ。


「……できるかしら?」

 わずかに声に不安が帯びるのは、自分の要求が難しいことを理解しているせいだ。
 だが、情報操作長はその顔に艶やかな微笑みを浮かべた。

「できるかしら、だなんて。
 おやりなさいと命じていだたけないとは、私もまだまだ、ご信頼を預かるには未熟ということでしょうか?」

 軽い口調ながら、絶大の自信を含ませた彼女の言葉に、レオナの口許にも微笑みが浮かぶ。

「そうだったわね。
 では、命令するわ。噂を擦り替えて」

「承知致しました。
 ご安心を、これより後は勇者と大魔道士の恋中説は語る人の方が少ない珍説となるでしょう。
 せいぜい真実とは遠い噂が主流となるように、尽力致しますわ」

 膝を折って丁寧に一例し、それから侍女は気遣うように問い掛ける。

「……ですが、姫様はそれでよろしいのでしょうか?」

「いいのよ。
 だって、あたしはダイ君に恋しているけど……ポップ君も、大好きなの」

 それは、恋愛とは程遠い感情ではある。
 だが、同じぐらい強く、大切にしたい感情だった。

 初恋の相手であるダイとは違う意味合いではあるが、レオナにとってポップも特別な存在だ。
 そして、恋愛という絆を結べなかったとしても、レオナはダイの幸せを願う。
 ダイとポップ、二人揃って大切だと思う気持ちに、嘘偽りはない。

「本当に、ポップ君は分かっていないんだから。
 二人は、一緒にいるべきなのよ」

 ダイが、この地上でただ一人執着し、手放したくないと思う相手。
 そして、ポップが命を懸けてまで魔界まで行き、連れ戻したいと望んだ相手。

 あれほどの絆の前では、同性であろうと異性であろうと関係はないだろう。
 互いに、互いの手を放せる訳がない。
 それが分かっていないのは、ポップぐらいのものだ。

「……姫様は、お優しいですね」

 侍女の労いの言葉に、レオナは悪戯っぽくくすりと笑う。

「あら。
 優しくないから、ホントはずっと前から知っていることを二人に黙っているのよ?」

 ダイとポップが結ばれたことに、レオナはとっくの昔に気がついている。だが、それを敢えて口にしなかったのは、思いやりとばかりは言えない。
 そこにはちょっとばかり、やっかみじみた感情がある。

 照れ屋の上に、レオナを気遣ってくれているのか、ポップが自分とダイとの関係を口止めしているのは、とっくの昔から気付いている。
 正直者のダイが、レオナに対して隠し事をしているのを申し訳なく思っているのも、知っている。

 そんな彼らが、心を決めて自分達から真実を打ち明けてくるのを待つより、こっちからもう知っているのだと教えた方が、早いだろう。
 素直に恋を祝福した方が二人にとって最善と分かっていながらも、そうしない自分は心が狭いと思いつつも、もうしばらくはこのままでいたいと言う気持ちが、レオナにはある。


「ま、そのぐらいの細やかな嫌がらせと憂さ晴らしぐらいはさせてもらわなきゃ、ね」

「そうですわね。恋には試練が付き物……その程度の軽い悪戯など、乙女心の範疇ですわ」
 

 くすくすと少女のように笑った侍女は長い髪の毛を手慣れた手つきでくるくると纏め、一本のカンザシを刺してギュッと纏めた。
 そうすると、スッキリと纏まり過ぎた引っ詰め髪となり、彼女の魅力は激変する。さらに、侍女はスカートのポケットから分厚い眼鏡を取り出す。

 野暮なデザインのその眼鏡は、知性の瞳を隠してしまい、端正な輪郭までもぶち壊してしまう。
 そうやっていつもの姿に戻った彼女――パプニカ城図書室の司書長は、急ぎ足でレオナの部屋を退出していった。

 

 


 その後、パプニカ城内を初めとする各国王宮において、ダイとポップが男色関係にあるという噂が流れることはなかった。

 しかし数年に亘って、勇者が夜になるとお子様返りして大魔道士に甘える癖があるだの、実はおねしょ癖があるという話がパプニカ城内にてこっそりと囁かれることになるのだが、それはまた、少し先の話である――。
                                                             END



 

《後書き》

 200000hit記念リクエスト、恋愛成立後設定で『周りにダイとポップの関係がバレそうになる話』でした♪
 最初はうっかりと、図書室でダイとポップのエッチなシーンを発生させるところでしたが、よく見たらR18ご希望ではなかったので止めておきました(笑)

 ところで、地味ながら時々登場している図書室司書長さん、実は結構お気に入りの脇キャラクターですv
 『乙女はなぜかホモネタがお好き』……ずっと前に『○でも鑑定団』を見ていた時、おばあさんが大事にしていた大正時代の雑誌の切り抜き絵、というのを放映していました。


 テーマこそは佐々木小次郎と宮本武蔵とか、白虎隊だとか、いかにも明治から大正に相応しく、ことごとくお固い歴史題材なんですが……絵が異様なまでに色っぽかったですっ! 美少年、もしくは美青年同士が傷つき、血を流し合いながらも、互いに庇い合うように抱き合うというお耽美な雰囲気の絵が何枚もっ!

 無意味なまでに過剰な色香……書いた人も、見ている人も、絶対歴史的価値以外の視線ですね、これって。
 大正の時代にも、やはり乙女は乙女だったんだな〜と思って、なんだか一気に親しみを感じましたとも(笑)
 

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