『四界の楔 ー秘匿編ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。

 この三点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪

 















ポカリ、と意識が浮上する。
やたらと体が重いが、何とか起き上がる。

“山小屋…か?”

窓の外はもう真っ暗で、夜だと言うのが解る。窓の近くの小さな机にロウソクが1本。

「…ふ」

ひどく自嘲的な笑みが零れる。
どうやって助かったのかは解らない。けれど、やはり自分は「死ねない」のだとは解ってしまった。

自分が死ぬ事で、他の誰かが新たに選ばれるのか、それとも生まれてくるのかは解らなかったし、その存在に対して申し訳ないとも思ったが、メガンテを仕掛けた事自体に後悔はない。そして不謹慎だとは思うが、皆が自分の存在を惜しんでくれたのが嬉しかった。

キィ…と小さく木が軋む音がしてそちらを向くと、先日知り合ったばかりの占い師の少女がいた。

「メルル…」

「ポップさん、気が付かれたんですね…!」

「あ…うん。皆は?」

「知らせてきます。ちょっと待ってて下さい」

手にしている水差しを持ったまま、パタパタと出ていくメルルを見送って、安堵の息を吐く。とにかく皆、命には別状がないだろう事は、今ので解った。

“あー、怒られるかなぁ…”

「ポップ!」

そう思うが早いか、ダイの声が響いた。その声の勢いのままに、ダイはポップに飛びついた。

「…っ」

制止する暇もない。そのまま抱き締められて、痛みに顔をしかめる。とりあえず、呼吸が出来ない。

「……ダイ。気持ちは解るが、少し力を抜け」

そんなダイの肩を掴んで、ヒュンケルが注意を促す。

「ご、ごごごめん、ポップ」

殆ど手加減なしに力一杯抱き着いていた事に気付いたダイが、漸く力を緩める。だが、それでも離れようとはしない。
ポップは軽く咳き込みながら、文句をつけようとして…止めた。
今にも泣き出しそうな顔を見てしまったら、言える筈がない。

「えっと、その…あれからどうなったんだ?」

とにかくメガンテ後の状況を把握したくてそう訊いたのだが、その瞬間、再びダイの力が強まった。

「うぇ…っ」

もうないだろうと思っていただけに不意打ちとなったそれに、ポップは妙な呻き声を上げた。

「…ダイ…頼むから、一回離れろ…本気で苦しい…」

つっかえながらの言葉に、ダイが渋々手を離す。それにポップは小さく息を吐いたが、ダイの方は如何にも不満たっぷりな顔で彼女を見つめている。
ポップはそんなダイの頭を何時ものように撫で回しながら、視線はヒュンケルへと向ける。

こう言う時の説明に一番向いているのが、余計な感情を一切挟まずに事実だけを淡々と告げる彼だ。普段ならレオナでもいいのだが、流石に今回は酷だろう。
だがそのヒュンケルが、妙に物言いたげなのに一瞬怯む。

「あの後の事だな」

「…ああ、頼む」

それでも、そんな雰囲気などなかったかのように話し出したヒュンケルにホッとする。

一通りの説明を受けて、ポップは何とも言えない表情になった。

「バランが…」

「そうだ」

ポップにしてみれば、彼もまた神の怠慢の犠牲者だ。かと言って、彼の言い分ややってきた事を容認する気には到底なれない。寧ろ、その傲慢と独善にははっきりとムカついた。

“でも…まぁ…”

ダイとは種類が違うが、彼も世間知らずだったと言えるだろう。
人間を守ったと言いながら、その「人間」を知らなさすぎた。それに竜の騎士は同族を持たない存在であるが故に「人間」を種族として一纏めにしてしまった。
そしてまた、本来同族を持たないからこそ、あれ程ダイに執着したのだろう。

“それでも違うんだ…”

15年前のバランとヴェルザーの戦い。
それは本来、必要のなかった戦いだ。だがその戦いがなければ、バランとソアラが出会う事もなかった筈だし、そうすれば必然的にダイも存在しなかった事になる。

“ああ、もう…”

運命なんて言葉で片付けてしまいたくはない。
ただ、ひどく泣きたい気分になって、きつく奥歯を噛み締めた。こんな理由で、彼らの前で、泣く訳にはいかないのだから。

「ポップ?まだ何処か具合悪い?」

その表情がかなり辛そうに見えたのだろう、ダイが心配そうに覗き込んでくる。他の皆も神妙な顔をしていて、いきなり自分の思考の中に入ってしまった事が心配に繋がったのだと気付く。

「いや…バランに助けられたってのに、ちょっと驚いただけだ」

苦笑しながら告げると、ダイも少しだけ表情を緩めた。

「驚いたと言えば、オレはお前にも驚いたがな」

場の空気を変えようとしてか、クロコダインが初めて口を開く。それが自分の姿ーーー性別ーーーに関しての事だとはすぐに解る。

クロコダインやヒュンケルと再会した時には、ポップは既に本来の姿に戻っていたが、何しろその説明をする暇などなかった。故に彼らは、どうにも釈然としないものを抱えつつも、バランとの戦いに集中していたのだ。

「君が寝ている間に、聞いてた事は全部話しておいたわ」

「そっか、サンキュ。んじゃ、改めてよろしくって事で。言葉は俺自身がもう馴染んでるんで、気にしないでくれな?」

「…ポップ」

「何だよ」

「それは、本当にアバンが?」

とてつもなく省略された問いかけに、ポップは瞬きする。

“そういやこいつも、あんまり人間とは関わってこなかったんだっけ”

恐らくアバンは積極的にヒュンケルを街や村へも連れて行っただろうが、何せその頃のヒュンケルはアレだった訳で。どう考えても、他人と交流を深める気などなかっただろうと想像がつく。

「言い出したのは、俺の方だけどな」

「それで納得したのか?」

足りない言葉に、それでも的確な答えを返したポップへ、再び省略されまくっ
た問いが寄越される。

“決定的に会話能力が足りてないんだよな…”

そうは思うが、指摘しても仕方ない事だ。
それにこういう役目が適しているのは、自分ではなくマァムだ。

「まぁ…納得はしてなかった思うけど」

長く伸ばした髪をいじりながら言う。それだけで何か感じるものがあったの
か、ヒュンケルはそれ以上は言わなかった。言葉の扱いは下手だが、察しはや
たらといい男だ。

「え?何の話?」

ダイがポップとヒュンケルを見比べながら、不思議そうに聞いてくる。

「俺と先生が会った頃の話」

嘘ではないが、説明にはなっていない。
だがその頃の事を話すと、芋蔓式に色々話す羽目になりかねない。特にレオナやヒュンケルは油断がならない。言葉尻を捉えられて、突っ込みを受けるのは御免だった。

「ふーん?」

ダイは解ったような解らないような顔をしながら、それでもポップの体調を気遣ってか、それ以上は訊いてこなかった。

ーーーこのやり取りで、レオナの疑問は一つ解けたが、そのまま新しい疑問が生まれた。納得していないのに、何故バンダナをマジック・アイテムにしてまで、その気になれば効果を永続させられるアレンジ・モシャスをかけたのか。

ただ同時に、この件に関してポップが口を割らないだろう事も解ってしまった。
今回のバランとの戦いで、普段は飄々としているポップの中に、壮絶な程の精神力があるのだと知ったから。

心配ではあるのだ。
ポップ自身の事も。
そしてポップが抱える秘密が爆弾になりかねない事も。

それでも、あの時の瞳がチラついて強く出る事が出来ない。皮肉にも、これも今回の件で解った事だった。
あれは、絶望を知る者の目だ。

だがバランと違い、ポップは絶望に沈んではいない。
きっとポップを救ったのは、アバンなのだろう。

ーーーーここでもアバンの死が悔やまれる。恐らく彼は全てを知っていただろうし、それがポップの為になると判断すればそれらを話してもくれただろう
に。

“ないものねだりよね”

ダイの為に、文字通り命を捧げたポップ。
今は彼女のその心を信じるしかない。

ヒュンケル達を何とか言い包めると、ポップは外に出ていた。
あんな激戦などなかったかのように、美しい星空が広がっている。
ダイから返されたリボン代わりのバンダナの端をいじりながら、周りを見渡す。

“どうするんだろうな、バランは”

自分を助けたと言う事は、少なくとも無差別に人間を殺す事はもうしないだろうし、ヒュンケルから聞く限り魔王軍からも抜けるだろう。

“それにしても…神様ってのは本当に何もしないんだな”

竜の騎士とは「人間の味方」ではない。
世界のパワー・バランスを保つ為の存在だ。

だが竜の騎士が魔王軍に加担してまで滅ぼさねばならないような力など、人間は持っていない。寧ろパワー・バランスを崩しているのは、魔王軍の方だと言える。
なのに、放置なのだ。

自分達の都合でバランとヴェルザーを戦わせておきながら、その戦いで傷ついたバランを放置していたように。

“歴代の竜の騎士にも、そうだったんだろうな”

よくもまぁ、今まで誰も反旗を翻さなかったものだ。

“違うか。そういう事考えないように創ったのかもな”

「……ポップさん」

辺りを見回しながら鬱々とそんな事を考えていると、急に声をかけられた。

「メルル?」

「あの…」

「どうした?俺なら平気だから、あんたも休んどきなよ」

ひどく心配そうな視線を向けられて、ポップは軽くそう言ったが、メルルは首を振った。

「何だ?」

「私と姫様で…ポップさんの体をお拭きしたんです」

「え…あ…」

泥や汗や血でドロドロだった体が、スッキリしていた事に今更ながらに気付く。そして言われるまで気付かなかった自分のうかつさに心の中で舌を打つ。

「そっか、ありがとな。大変だったろ?」

意識のない人間の世話をするのは、考えるより大変だろう。まして二人とも疲れ切っていたと言うのに。
後でレオナにも礼を言わなければ、とそこまで考えてハッとする。

出会ってまだ数日しか経っていないが、少なくともこんな事を態々言いにくるような少女ではなかった筈だ。

占い師。




ーーーー見えざるモノを見る瞳。

かろうじて過剰な反応をする事だけは避けたものの、顔が強張るのは押さえられなかった。
ポップのその驚愕の表情を見ながら、メルルは静かに言葉を紡ぐ。

「姫様には、見えていないようでした」

確たる言葉は使わずに。
ポップの反応を伺うように。

「−−−−俺のことで、あんたが悩む事はないよ」

しかし即座に動揺から立ち直ったポップは、答えるのではなく躱す方に行った。尤もメルルもそれは予想していたらしく食い下がる。

「三色の文様が浮かんでいました。禍々しさと神聖さを同時に感じる、とても不思議な…」

「メルル…」

奇妙な必死さを感じさせるメルルに瞠目する。 そうしてポップが何かを言う前に、更にメルルは続ける。

「体を拭いているうちに、消えてしまいましたが…」

「…どう、して…」

喉の奥がひきつるような感じがして、うまく言葉が出てこない。何故、この大人しそうな少女が、ここまで突っ込んでくるのか。こんなにも必死になっているのか。

「私は、占い師です」

だからこそ、呪に関する事や伝説についても、一般人よりは詳しい。だがポップの体に浮かんでいた紋様には、まるで見覚えがなかった。

「ダイさんが竜の騎士と言うのは解りました。では、ポップさんは…」

「メルル…!」

悲鳴のような声で、メルルの言葉を遮る。
知っている。
解っている。

けれど、それを他人の口から言われる事がこんなに突き刺さるとは思わなかった。
メルルが細かく震えているポップの拳を解き、両手でそっと包み込む。

自分と変わらない細っそりした手。
繊細なレース飾りが手首部分にあしらわれている、明るいエメラルド・グリーンの手袋はとても上質なものだ。

これはレオナの見立てた品だと言う。
どうしても少女らしい装いをしたがらないポップに、近づかなければ解らないからと、唯一承諾させたのだと。

「貴女がダイさんを支えるように、私が貴女を支えたいと思うのは…おこがましいでしょうか?」

「何で…そんな…」

自分の手をしっかりと握って告げられる言葉に、ポップは戸惑う。
メルルはそんなポップを見て、小さく微笑った。

バランが去り、あの山小屋に戻ってある程度落ち着くと、ヒュンケルとクロコダインが今まで触れる余裕がなかったポップについての説明を求めた。
そうしてレオナからの説明を受けた後、二人は大きく息を吐いた。

ポップの姿に似合わぬ、やたらと男っぽい所作や言葉遣いを不思議に思っていたメルルにとっても驚きだった。

「あれ程の男はなかなかいないと思っていたのだが…」

クロコダインが驚きと戸惑いの入り混じった声で呟く。
ちなみにダイとゴメちゃんは、この時はポップについていた。その後様子を見に行ったヒュンケルが、ベッドに突っ伏して眠りこんでいたダイを連れて戻ってきて、木箱を組んだ即席ベッドに寝かせると言う事があった。

それこそ“間違い”など起こりようもないのだが、幾らなんでも同じベッドに寝かせるのは憚られたからだ。

「女の身であれ程の無茶をしたのか、あいつは」

暫くしてから、ヒュンケルがポツリと呟く。
思い出すのは竜騎衆相手に、一人で立ち向かっていた姿。実力差は明白で、駆け付けた時には既にボロボロだった。それなのに、戦意は失っていなかった。

この短期間で伸びる筈もない程の長い髪と、記憶違いかと思うような細っそりとした体つき。そして、やはり記憶にあるよりも高い声。
言動はポップそのものなのに、その姿の違和感は凄まじかった。
勿論、戦場で性別を云々する事が愚かしい事だとは解っているのだが。

「そうね。本当に…無茶ばっかりしてくれて」

レオナもまた、後悔と共に呟く。
ポップの嘘を見抜けなかった事。
ザオラルを失敗した事。
今度の戦いで自分の未熟さを嫌という程、思い知らされた。

だが実力以前に、自分とポップでは戦いに対する覚悟が違い過ぎた。ダイの為にためらいもなく「メガンテ」と言う最終手段を取った事は、驚愕以上に「負けた」と思ってしまった。

ポップがダイに向ける感情に恋愛的なものはない。
そして立場上、自分はダイの為に死ぬ訳にはいかない。

ーーーーそれでも。
その想いの強さに圧倒された。
それぞれの思いに沈んでいる三人を見ながら、この中では新参者であるメルルは、別の事を考えていた。

少年として生きてきた、同い年の少女。
メルルもまた、ポップに圧倒されていた。

レオナは、まだいい。
一つ年下だが、彼女は王女で、特別な存在なのだと、卑怯だと解ってはいる
が、そんな逃げを許されると思ってしまう。

けれど、ポップは。
自分と同じ市井の人間で。
なのに、自ら戦う道を選んだ。

勇者の隣に立つ魔法使い。勇者の為に、己の名誉や命すら擲った人。その覚悟に、勇気に、更にその奥にある深い愛情に圧倒された。
予知の力で、危険な事、恐ろしい事から逃げ続けていた、どうせ信じて貰えないからと、その地の人達を見捨て続けていた自分と、何と言う違いだろう。

そして。
決して敵わないと解っている相手に立ち向かう姿は。
力がない事を言い訳にするのは間違いなのだと、叩きつけられた気がした。

“私は…あの人のようになりたかった…”

逃げずに、諦めずに、真っ直ぐに。
そんな存在に、どうして憧れずにいられるだろう。
だから少しでもポップに近づきたくて、自分が一番疲れていないし、同性だしと理由をつけて、定期的に彼女の様子を確認しに行く役をもぎ取った。

ただ気になるのは、ポップの全身に浮いていた不可思議な紋様。
途中でスゥ…ッと消えたが、レオナには全く見えていなかったらしい。


見えざるモノを見る神秘の瞳が、じっとポップを見つめている。
だがポップは何も言えずにいる。

あれが見える人間がいるなど、考えた事もなかった。子どもの頃はそうでもなかったが、成長するにつれ広がって行った紋様。場合によっては手首や足首にまで…正に全身に浮かび上がる。両親には見えていなかった。アバンにさえ見えなかったのに。

ポップからすれば、それこそ呪いのようなものだ。
逃れられない自分の「役目」を思い知らされるようで、他人に見えないと解っていても、自分で見るのも嫌で極力肌を出さないようにしてきた。
何しろ、どんなタイミングで浮かんでくるのか、未だに解らないのだ。

「…何が、見えたんだ」

見える人間がいると思っていなかっただけに、咄嗟に言い訳さえ出てこない。いや…表面的な誤魔化しなど通用しないだろう。

「何も」

「え?」

「ポップさんがメガンテを使う未来だけは見えました。それに元々、そんなに先の事までは見えません」
メルルは、そこで一旦言葉を切った。

これを言う事は、恐らくポップを傷付ける。今まで共に戦ってきた仲間にすら言っていないらしい事へ、出会ったばかりの自分が切り込むのはそれこそおこがましいだろう。

ただ、これまでのポップの反応がメルルの背中を押す。
何かとてつもなく重いものを一人で抱え込んでいる彼女を、少しでいいから支えたい。

「ポップさんの姿は、一瞬先も見えないのです。まるで白い闇に包まれているように」

「…メガンテの時だけは、見えた?」

「はい」

これを聞いて、ポップは泣き笑いの表情になった。そのままメルルに握られている右手に、左手を重ねて、メルルに縋るような姿勢でクスクスと笑いだした。

「ポップさ…ん…?」

俯いてしまったポップの表情は見えない。
けれど笑っている筈の声は泣き声よりも余程も悲痛で、聞く者の心を抉るような痛々しさがある。

「メルル」

「…はい」

暫くして顔を上げたポップの表情に、メルルは息を呑んだ。
あれ程の痛みを綺麗に覆い隠した、凪いだ湖面のように穏やかな澄んだ表情。

「大した占い師だよ、あんた」

自分の未来など、見えなくて当然だ。
いや、見る必要がないと言うべきか。
メガンテの事だけが見えたのは、それは本来ならば自分がやってはならない事ーーーー「役目」を放棄するに等しい行動だったからだ。

「出来るんなら、その力。俺の為じゃなくて…ダイの…いや、この戦いの勝利の為に使ってくれないか?」

「それは、勿論そうです。でも、そうではなくて…私は…!」

占い師としての力を彼女達の為、ひいては魔王軍を退ける為に使う事に否やがあろう筈がない。

だけど、違う。
占い師ではなく、メルル個人としてポップ個人の力になりたい。
自分はちゃんと言った筈だ。「ポップを支えたい」と。

忘れている筈がない。
伝わっていない筈がない。
なのに、どうして。

メルルの今にも泣き出しそうな必死な表情に、ポップは苦く笑った。それでも自分が取れる道は一つしかない。

「……ごめんな?」

小さく告げられた拒絶に、メルルの手から力が抜ける。
この人は、全てを解った上で拒絶しているのだ。
そう思うと、今度は急に恥ずかしくなった。一人で意気込んで、本当におこがましい事をしてしまった。

そんなメルルの心中を察したのか、それとも最初からそう言うつもりでいたのか、ポップはそっと続けた。

「けど…ありがとう」

「ポップさん」

「多分…俺と一緒にいたら、それだけであんたはきつい思いをすると思う。あんたのことだから、俺が何も話す気がないと解った以上、他の人に相談するって事も出来ないだろうし」

「構いません」

この強い人の傍にいたい。出来るなら役に立ちたい。
見返りなど、求めていない。

そんなメルルの態度をどう取ったのか、ポップが初めて明るく笑った。ベンガーナからここまでずっと緊張状態だった為、出会ってからメルルが初めて見るポップらしい笑みだった。

「うん。ありがとう」

もう一度、繰り返す。
メルルと話していて、初めて気付いた。
バランとまみえてからこっち、竜の騎士と言う「神の遺産」、その過去、ヴェルザーとの事、それらから連動する自分のこと。

全てが綯い交ぜになって、自分の精神状態が相当マイナスに傾いていた事すら自覚していなかった。
それに気付かせてくれただけでも、メルルには感謝したい。

“幸せに生きてやるって、大口叩いたからなぁ…”

こんな精神状態で、幸せになんてなれる筈がない。
そのポップの笑みに、メルルもまた柔らかく微笑った。
ポップの纏う空気が、明らかに変わったからだ。ひどく追いつめられたピリピリとした空気が、暖かく明るいものに。

結局、ポップは自分のことを何一つ話してはいないけれど。
話す気はないと、言われてしまったけれど。

それでもこんな風に彼女が笑ってくれるなら、自分がした事は全く無駄と言う訳ではなかった。この人が笑顔になるのに、少しでも力になれたと言うのなら、とても嬉しい。


もう少し周辺を見て戻るからと、メルルを先に山小屋に帰した後に、ポップは森へと目を向けた。
元来、魔法使いは気配にはそれ程敏くはない。

ただポップ個人に限って言えば、それは余り当てはまらない。
メルルが言った、禍々しさと神聖さを同時に感じさせると言う紋様。恐らくはそれの影響なのだろう。


聖や魔に属するものに関しては、ポップの感覚はかなり鋭い。魔王軍との戦いが始まり、それらを意識するようになってからは尚更だ。寧ろ、ただの人間の気配の方が解らない位だ。

“気配は、二つ。…強い”

本当なら、誰かを呼んでくるべきだろう。一対一でも、今の自分では引き分けにすら持ち込めないかも知れない。
けれど、三人共とても戦える状態とは言えない。

“メルル…俺が何者かって尋いたよな。−−−−少し、意味が違うだろうけど竜の騎士が『戦う者』なら、俺は『護る者』だ”

「神の遺産」なんて、上等なものではないけれど。
その「役目」故に、神が自分を死なせないと言うのなら。
それを逆手に取るのもいいだろう。

五年前。
十歳の誕生日。
自分に全てを告げに来た、元・神の眷族だと言う魔族の男。あの漆黒の男に言いきってやった事。“幸せに生きてやる”と。

“これも幸せだって、言っていいだろ?”

命がけの戦いの中ではあるけれど、大切な者に出会えた。
「役目」ではなく、心から護りたいと思える者が出来た。
そしてその相手も、自分を大切に思ってくれている。
だから。

“さて、いきますか”

明るい翡翠の光がポップを包むーーーーー。

 END


 

《後書き》

 彼方様から頂いた素敵SS第二弾です!
 ポップの抱え込んでいる秘密が少しずつ明らかにされてきていますが、まだまだ真相には至っていません。

 それに気がついているのが、メルルただ一人という設定なのがいいですね。憧れの女性のために精一杯に頑張る一途なメルルが、なにやらお耽美な女子校的雰囲気……と思ってはいけないのでしょうか(笑)

 実は、このお話はすでに続きをいただいでおります♪
 戦いは全省略という方針でお書きになっているので、この後はまた少し時間軸が飛んで、お次はロモス武術大会の後でのお話になりますv? 近々また、神棚に奉納させて頂くつもりです♪

 謎めいた伏線が次々に明かされていく展開にドキドキしています。彼方様、今回もありがとうございました!

 


?◇神棚部屋に戻る

inserted by FC2 system