『四界の楔 ー交錯編ー』 彼方様作 |
・ポップが女の子です。 この三点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
「収穫がなかった訳じゃないけど」 「武器がなぁ…」 武闘家となったマァムとの合流、ダイの紋章の使い方。 「……仕方ない。一回パプニカに戻るか」 「そうだね」 今回の騒動に関わった者への挨拶も終わらせ、これからの事を話している二人を、マァムは少し離れた所で見ていた。 正確に言えば、ポップを。 恐らくダイの次に「少年のポップ」といた時間が長かったせいだろう。 いや、髪の長さ以外には劇的な変化はないし、言動に至ってはそのままと言っていい。 「何ボンヤリしてんだよ、マァム。さっさと行こうぜ」 「え、ええ」 違和感の素は、やはりこの言葉遣いだろうか。 「ねぇ、ポップ」 「何だ?」 「言葉遣い、直す気ないの?」 「え?」 ダイとポップ。二人してきょとんとされて、マァムの方が驚く。 「だって、男の子のフリをしてたのって、アバン先生と会ってからでしょ?女の子でいた期間の方が長いんだから、戻そうと思えば戻せるんじゃない?」 極く素直に言われて、ポップが瞬きする。 “ヒュンケルと似たような事、言うなぁ” ポップが何と言おうかと考えあぐねている間に、こちらも素直にダイが答える。 「おれは今の話し方がポップって感じがして、別にいいけど」 ダイにしてみれば、出会ってからずっとポップはこの話し方で、今更レオナやマァムみたいに話されても困ってしまう、と言うのが本音だ。 「そういうものかしら」 確かにマァムもポップの今の口調に馴染んでいる。 「そんなに気になるのかよ」 そう思っている所へ、ポップの少しばかり不機嫌な声がしてハッとする。 「だって、今のポップには似合わないもの」 来ている魔法衣だってそうだ。 如何にも女性向けと言ったものではないが、上着の裾が男性向けのものに比べ格段に長い。ベルトとリボンの中間のような…飾り紐に近い物でウェストを絞ってはあるが、膝近くまである裾は風を孕むとフワリと広がり、遠目からはスカートにも見える。 勿論ズボンもはいてはいるが、少年向けと言うには無理がある。 「でも、ヒュンケルもクロコダインも何も言わなかったよ」 “そりゃ言えるような状況でもなかったからな” ダイの微妙なフォローに心の中で突っ込むが、口にはしない。 “ま、仕方ないんだろうけど” アバンのことをよく知る人間に程、自分の説明が不自然に聞こえるのは解っている。 “それにしても…” 不自然に思うのは同じでも、ヒュンケルとマァムで気になる所が全く違うのが何とも言えない。 「今はそんな事、気にしてる場合じゃないだろ」 「それはそうかも知れないけど」 マァムも自分の違和感解消をポップに押し付けるつもりはない。 「チウ?」 ズングリムックリな大ネズミが、余程急いでやって来たのか息を切らせて立っていた。三人の視線を受けて深呼吸すると、自信タップリに言い放つ。 「フッフッフッ…勇者ダイ君がそこの魔女っ娘を守るなら、やっぱりマァムさんを守るのはぼくの役目だろう」 「……誰が魔女っ娘だ」 チウの台詞に、ポップがボソリと呟く。聞こえたのはダイだけだったが。 その沈黙をどう受け取ったのか、チウは慌てて、しかし更に見当違いの言葉を言ってのけた。 「いやいや、勿論ダイ君の手が回らない時は、魔女っ娘だってちゃんと守る。女の子を守るのは男の務めだし、マァムさんよりずっと弱そうだしな」 ビシィ! これにポップの纏う空気が凍りついた。 だと言うのに、それを全く無視した様な言い方に、ポップが怒りを感じない筈がない。 チウがその誇りを知る訳がないのは解っていても、一方的にダイや男達に「守られる存在」だと位置付けられるのは、我慢がならない。 「ポ、ポップ。落ち着いて…ね?」 「あ?俺は落ち着いてるけど?」 でなければ、とっくにメラゾーマの一発や二発、喰らわせてるぞ?それとも何か?ネズミの丸焼きが見たいか?ゲテモノだけど、お前なら美味しく食えるかもな? メラゾーマと言うより、ヒャダルコをぶちかましそうな雰囲気でクスクスと微笑うポップに、ダイが冷や汗を流す。 本来の少女の姿に戻って以来、少年だった頃の我儘さや短気さは「実は演技でした」と言わんばかりに形を潜めていたが、根本の性格が変わっている筈もなかった。 わざとではないとはいえ、結果的に騙していた事になっていたせいで、少々大人しくしていた、と言う所だろうか。 「チウ。魔王軍と戦った経験は、ポップの方が上なのよ」 憧れのマァムに窘められて、チウが目に見えて落ち込む。 「で、でもマァムさん…」 「あなたの心意気は立派よ、チウ」 ーーーー心意気だけな “ありゃ、ダイより単純だな” 同時に「マァム、凄ぇ」とも思ってしまう。自分なら、あんな風に大らかな対応など出来はしない。メラゾーマはともかくも、あんなのと一緒に修行していたら毎日メラを撃っていたに違いない。
「これ…」 「師匠が捜して持ってきてくれた。俺もヒュンケルも全部読んだからさ」 「……ダイも?」 「あーーーーすんごい時間がかかった」 「そ、そう…」 つまり丸々一冊、ポップが読み聞かせてやったのか。それは相当根気のいる作業だった事だろう。 “ポップって、ダイに甘いわよねぇ” 「マァム?」 小さく笑みを零したマァムに、ポップが頭の上に?を飛ばす。 「うぅん、何でもないわ。有難く読ませてもらうわね」 「俺のじゃないけど」 ほのぼのと言葉を交わす二人の少女を、何処かの家政婦よろしく、ダイとチウが壁の向こうから覗き見ていた。 あの二人が仲間で、女の子同士で何がどうなる訳でもないのが解っていても、自分と一番親しい筈の存在が、自分を放っといて仲良くしているのが気に入らない。 結局の所、ダイとポップ、チウとマァムの関係性は第三者から見れば、大差ないのかもしれない。
「あ」 「どうしたの、ポップ?」 「なぁ、メルル。今はまだない物を捜すって出来るか?」 「それは、どのような物でしょう?」 『出来ない』とは言わなかったメルルに、パプニカに戻ってからこれまでの事を説明する。 「そういう事でしたら…」 早速自分の力が役立てられる事に、メルルが嬉しそうに微笑う。 「ありがとう、メルル」 「いえ。この位の事でしたら、幾らでも」 だがその占いの結果に、ポップは蒼白になった。 “ヤバい。色々バレる…!” まさか故郷に帰らなければならない事態になるなんて、考えた事もなかった。物凄い親不孝をしているのは解っているが…少なくともポップ自身は「その直前」まで帰る気はなかったのだ。
その、夜。 そこにポップの姿はない。マァムが誘おうとしたのをレオナが止めたのだ。尤も誘われても、ポップは加わらなかったに違いない。ポップの心境としては「それどころじゃない」のだから。 つまり、議題(?)はポップのこと。 ポップが隠し通そうとしている事を暴こうと言うのだろうか?それとも他の目的があるのだろうか。 あの日説明してくれた事がレオナの持っている情報の全てだろうし、マァムも大差ない筈だ。 そしてポップは、詳しい事を話す気はないと言い、自分を信用する言葉をくれた。また、自分はこの二人よりポップとの関わりは薄いが、ポップが信頼に値する人間だと人間だと知っている。 少なくとも、勇者一行や、魔王軍との戦いに不利益をもたらす事はない筈だ。寧ろ話す方がマズい事になると、彼女は判断しているのだろう。 自分が言える事があるとすれば、ポップへの想い位か。 ただ自分があそこまで積極的になれたのは、ポップが同性だったからだ。結果的にはそれで良かったのだろう。ポップが男だったなら、自分はあんな行動には絶対に出られなかった。 そうしたら、彼女はずっと…とは言わないが、必ずあれ以上の期間、あのピリピリした空気を纏ったままだったろう。 そう、ポップならいずれ自分で立ち直っただろうけど、あの心理状態を僅かでも短く出来たのが、メルルの小さな誇り。 「そう言えば私、ロモスでポップに怒鳴られたのよね」 「どういう事?」 「男の前でそんな恰好でウロつくな、て」 「え?」 事の顛末を聞いて、レオナは一瞬めまいがしたし、メルルも瞠目してしまった。 “ポップ君も大概だと思ったけど…マァムってもしかしてそれ以上?” ポップは15歳で、ロモスにいた頃、と言うよりあの日レオナとダイに強襲されるまで、誰一人としてポップが女だと想像する事すらない位、完璧に少年として振る舞っていたのに。 少なくとも、16歳の少女が15歳の少年の前でする事ではないだろう。 「メルルは、どう?」 「どう、と言われましても…私はまだ皆さんとはお会いしたばかりで」 「でもあの時、二人で話してなかった?」 「ええ。ですが…」 焦点をボカしたまま、相手が望んでいるだろう言葉を紡ぐ。 多少突っ込まれても、知らない事は話せない。 “ごめんなさい、姫様” メルルにとって最優先なのは、ポップだから。
あのメガンテ以降、以前にも増してダイはポップと離れるのを嫌うようになった。勿論パプニカ城にいる以上、再び魔王軍が襲撃でもしてこない限り死の危険などある筈もないのだが、その理屈もダイには関係ないのだった。 「うわっ」 廊下を曲がった所で、クロコダインとかち合う。 「どうした、ダイ。そんなに慌てて」 「ね、クロコダイン。ポップ見なかった?」 「ポップか?先刻は中庭で見たが、あれは…」 「中庭だね?」 「まぁ、そうなんだが…」 「クロコダイン?」 豪放磊落な彼にしては珍しく歯切れの悪い話し方に、ダイが首を傾げる。 「いや…行ってみれば解るだろう」 「うん。ありがと」 駆けて行く小さな背中を見送りながら、クロコダインはやはり彼らしくもない小さな溜息を吐いた。 この先で見るものは、恐らくダイにとって面白くないものだろうから。 “どうしたものか” 悪い事ではない筈だが、ここ最近のダイの行動は少々度を越えているように思える。あれではポップも困るのではなかろうか。 可能性はゼロではない。 “どうしようもない、か…” 己の為に命すら捧げた相手に執着するな、など度台無理な話だ。まして、旅の始まりから一緒にいたのなら尚更の事。 元々、ポップの行動基準はダイを中心にしていた。 そしてまた、クロコダインも気付いている事がある。 気付く事が出来たのは、自分に「人間」の要素がないからだろう。 謎だらけの存在である彼女だが、ダイだけでなく仲間に対する思いの深さや優しさは疑いようがない。 だからこそクロコダインは、ポップの気配について誰にも話していないし、本人へ追求する気も持っていない。必要だと判断したなら、あの聡明な彼女のこと、きっと自分から話してくれる筈だと思っている。
その人達は別にそこに集まっている訳ではなく、目的地に行く為にこの付近を通りがかっただけなのだが、その歩くスピードが皆一様にやたらとゆっくりで、視線はチラチラと中庭に向けられている。 「……?」 クロコダインは、ポップが中庭にいると言っていた。他にも何かあるのだろうかとダイがその人達の視線を追うとーーーーそこにいたのは、ポップだった。 城壁を背に、煌々と降り注ぐ月明かりに照らされている姿は何処か幻想的で、この世のものならざる雰囲気を醸し出している。 普段のポップからは考えられない静謐さ。 だが、そんなポップを多くの人達が見ているのが、何故かダイには気に入らなかった。少年の姿をしていた時には、こんな風に外見で注目される事が無かったからだろうか。 “ポップ…!” しかしそんな不快な気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。 しかもダイが知る限り、今まではどんなに長くともその瞳をしている時間は一分にも満たなかった筈なのに、ずっとそのままなのだ。 “嫌だ!!” もう二度とポップを失いたくない。 なのに今のポップはまるで生きながらにして、何処かに行ってしまいそうに見える。 「ポップ!」 声の限りに叫んだダイに、ポップはひどく緩慢に振り返った。 「どうした?何かあったのか?」 瞳は未だたゆたうような頼りなさだが、それでいて声はしっかりしていた。やがて瞳も何時もの光を宿し始める。 「…ポップが、何処か行っちゃいそうだったから」 「は?」 不思議そうなポップに、ダイはそれでもポップが痛がらないように注意して、その細い体を抱き締めた。 「月に溶けちゃうかと思った」 「…お前、何時からそんな詩人になったんだ?」 少し呆れたような、微かにからかいを滲ませる声に、ダイはポップの服の裾をきつく握りしめた。 「何で、こんな所に一人でいたんだよ」 「ん?月光浴」 「何、それ」 日光浴なら知っているが、その単語は初耳なダイは何時ものように尋ねた。 「昔っからさ、月の光には魔力が宿ってるって言われてるんだよ。ま、お伽噺や言い伝えの類で確かな根拠はないんだけど、魔法使いの中には積極的にやってるのもいるぜ?」 「今まで、ポップそんな事してた?」 少なくとも、ダイはポップが「月光浴」なんてやってるのを見たのは、今が初めてだ。自分が知らない間に、夜中にポップが一人で出歩いていたのかと考えるだけでゾッとする。 「意識してやった事はないけど」 「けど?」 「月の光は好きだな」 少年でいた時には言いそうもなかった台詞を、ポップはさらりと言ってのけた。 「何で?」 「…何でって…綺麗だろ?柔らかくて、優しくてさ」 そう言って、手袋に包まれた手を月に翳す。 「ダイ…?」 ダイの不安が、ポップには解らない。 だが先刻までのポップを、ダイではなくバランが見たならば、瞬時に悟っただろう。彼女が纏う空気が精霊に酷似していた事に。 正にこの世ならざるもの。 「そろそろ戻ろうと思ってたし…部屋に戻るか」 「うん」 宥めるように言うポップに、ダイはしがみついたまま頷いた。
“早まってないか…?” ここ数日…そう、あのメガンテ以降。 “ハ…!道から外れる事は許さないって事かよ” 「役目」から逃げるつもりはない。そんな道など最初から存在しないと知っている。 “その時まで、この命は俺のものだ” 生き方まで縛られるなど、冗談ではない。 “護るから…” 父親の二の舞になどさせはしない。神の思惑通りなどにもさせない。半分は人間だと言うのなら、人間である事を選んだっていい筈だ。 “先生…” 祈る神など、自分は持っていないから。 どうか。 END 彼方様から頂いた、素敵SS第三弾です! 初めて読ませて頂いた時はマァム再会編と銘打ってあったのですが、なぜかチウ君の活躍の方が目立っているわ、女の子達の秘密な会話やらダイ君のハートフルなのに気持ちがすれ違っているシーンの方が印象的なので、交錯編と名付けさせて頂きました♪ 重い使命を抱いている感じのする謎めいたポップと、ポップに惹かれて一緒にいたがるダイのシーンが実に萌えです。天然でものすごくタラシな台詞を言えてしまうダイ君! さすがは勇者、天然ですごい一撃を放っています♪ が、個人的にはポップを魔女っ娘呼ばわりし、なおかつポップをさりげにダイに押ししつけ、自分はマァムを独占しようと目論むチウの器のでかさにほれぼれしましたが(笑) 侮れませんね、このネズミ君ってば(笑) シリアスな展開への伏線をひしひしと感じさせながら、ホッと息の抜けるシーンも織り交ぜられた素敵なお話をどうもありがとうございました♪
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