『四界の楔 ー交錯編ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話
を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。

 この三点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪















ロモスでの武闘大会は魔王軍・ザムザの横槍によって、滅茶苦茶になった。

「収穫がなかった訳じゃないけど」

「武器がなぁ…」

武闘家となったマァムとの合流、ダイの紋章の使い方。
それなりに得るものはあったが、肝心の武器を手に入れる事が出来なかった。ダイの力に耐え得る武器の入手は、これからの事を考えれば絶対に必要だ。

「……仕方ない。一回パプニカに戻るか」

「そうだね」

今回の騒動に関わった者への挨拶も終わらせ、これからの事を話している二人を、マァムは少し離れた所で見ていた。

正確に言えば、ポップを。
大会の本選が始まる前に一通りの説明は受けたものの、ポップが自分と同じ女だった事に未だに違和感がある。

恐らくダイの次に「少年のポップ」といた時間が長かったせいだろう。
今のポップも、判別がつかない程姿形が変化している訳ではない。

いや、髪の長さ以外には劇的な変化はないし、言動に至ってはそのままと言っていい。
そしてダイのポップへの態度も、さして変わってはいない、のに。

「何ボンヤリしてんだよ、マァム。さっさと行こうぜ」

「え、ええ」

違和感の素は、やはりこの言葉遣いだろうか。
見た目は完全に少女なのに、言葉は普通よりも荒っぽかった少年の姿をしていた頃のまま。

「ねぇ、ポップ」

「何だ?」

「言葉遣い、直す気ないの?」

「え?」

ダイとポップ。二人してきょとんとされて、マァムの方が驚く。

「だって、男の子のフリをしてたのって、アバン先生と会ってからでしょ?女の子でいた期間の方が長いんだから、戻そうと思えば戻せるんじゃない?」

極く素直に言われて、ポップが瞬きする。

“ヒュンケルと似たような事、言うなぁ”

ポップが何と言おうかと考えあぐねている間に、こちらも素直にダイが答える。

「おれは今の話し方がポップって感じがして、別にいいけど」

ダイにしてみれば、出会ってからずっとポップはこの話し方で、今更レオナやマァムみたいに話されても困ってしまう、と言うのが本音だ。

「そういうものかしら」

確かにマァムもポップの今の口調に馴染んでいる。
ただ現在のポップが「中性的」ではなく「清楚系の美少女」と言って差し支えない見た目をしているだけに、その口調がおかしく思えるのだ。

「そんなに気になるのかよ」

そう思っている所へ、ポップの少しばかり不機嫌な声がしてハッとする。

「だって、今のポップには似合わないもの」

来ている魔法衣だってそうだ。
今までと同じ、緑を基調としたものではあるけれど、服のラインが明らかに違う。

如何にも女性向けと言ったものではないが、上着の裾が男性向けのものに比べ格段に長い。ベルトとリボンの中間のような…飾り紐に近い物でウェストを絞ってはあるが、膝近くまである裾は風を孕むとフワリと広がり、遠目からはスカートにも見える。

勿論ズボンもはいてはいるが、少年向けと言うには無理がある。
しかもそのウェストの細さと言ったら、ない。
手袋にしても今までのシンプルなものから、レースが編み込まれた上品なものに変わっている。

「でも、ヒュンケルもクロコダインも何も言わなかったよ」

“そりゃ言えるような状況でもなかったからな”

ダイの微妙なフォローに心の中で突っ込むが、口にはしない。
ポップとしては、面倒な事この上ない事だ。

“ま、仕方ないんだろうけど”

アバンのことをよく知る人間に程、自分の説明が不自然に聞こえるのは解っている。

“それにしても…”

不自然に思うのは同じでも、ヒュンケルとマァムで気になる所が全く違うのが何とも言えない。

「今はそんな事、気にしてる場合じゃないだろ」

「それはそうかも知れないけど」

マァムも自分の違和感解消をポップに押し付けるつもりはない。
外に出ると、後ろからドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「チウ?」

ズングリムックリな大ネズミが、余程急いでやって来たのか息を切らせて立っていた。三人の視線を受けて深呼吸すると、自信タップリに言い放つ。

「フッフッフッ…勇者ダイ君がそこの魔女っ娘を守るなら、やっぱりマァムさんを守るのはぼくの役目だろう」

「……誰が魔女っ娘だ」

チウの台詞に、ポップがボソリと呟く。聞こえたのはダイだけだったが。
尤も、このチウの勘違いっぷりは初対面の時から解っていたので、ポップもダイも生温い目を向けただけで何も言わなかった。

その沈黙をどう受け取ったのか、チウは慌てて、しかし更に見当違いの言葉を言ってのけた。

「いやいや、勿論ダイ君の手が回らない時は、魔女っ娘だってちゃんと守る。女の子を守るのは男の務めだし、マァムさんよりずっと弱そうだしな」

ビシィ!

これにポップの纏う空気が凍りついた。
確かに肉体的な意味で言えば、ポップはマァムの足元にも及ばない。だがポップの魔法使いとしての実力を、チウはその目で見ているのだ。

だと言うのに、それを全く無視した様な言い方に、ポップが怒りを感じない筈がない。
それにポップは「勇者の魔法使い」である事を誇りとしている。

チウがその誇りを知る訳がないのは解っていても、一方的にダイや男達に「守られる存在」だと位置付けられるのは、我慢がならない。
そのポップの不穏な空気に気付いたのは、勿論言ったチウではなく、ダイとマァムだった。

「ポ、ポップ。落ち着いて…ね?」

「あ?俺は落ち着いてるけど?」

でなければ、とっくにメラゾーマの一発や二発、喰らわせてるぞ?それとも何か?ネズミの丸焼きが見たいか?ゲテモノだけど、お前なら美味しく食えるかもな?

メラゾーマと言うより、ヒャダルコをぶちかましそうな雰囲気でクスクスと微笑うポップに、ダイが冷や汗を流す。

本来の少女の姿に戻って以来、少年だった頃の我儘さや短気さは「実は演技でした」と言わんばかりに形を潜めていたが、根本の性格が変わっている筈もなかった。

わざとではないとはいえ、結果的に騙していた事になっていたせいで、少々大人しくしていた、と言う所だろうか。

「チウ。魔王軍と戦った経験は、ポップの方が上なのよ」

憧れのマァムに窘められて、チウが目に見えて落ち込む。

「で、でもマァムさん…」

「あなたの心意気は立派よ、チウ」

ーーーー心意気だけな
二人のやり取りを、ポップが半眼で見やる。
マァムの…ポップ的には全く必要のない…フォローに、あっさりと立ち直ったチウに肩を竦める。

“ありゃ、ダイより単純だな”

同時に「マァム、凄ぇ」とも思ってしまう。自分なら、あんな風に大らかな対応など出来はしない。メラゾーマはともかくも、あんなのと一緒に修行していたら毎日メラを撃っていたに違いない。


そんな小さな騒動の後、結局チウも共に来る事になった。
そして一頻りレオナやクロコダイン達と再会の喜びに沸いた後、ポップはマァムに「アバンの書」を手渡した。

「これ…」

「師匠が捜して持ってきてくれた。俺もヒュンケルも全部読んだからさ」

「……ダイも?」

「あーーーーすんごい時間がかかった」

「そ、そう…」

つまり丸々一冊、ポップが読み聞かせてやったのか。それは相当根気のいる作業だった事だろう。

“ポップって、ダイに甘いわよねぇ”

「マァム?」

小さく笑みを零したマァムに、ポップが頭の上に?を飛ばす。

「うぅん、何でもないわ。有難く読ませてもらうわね」

「俺のじゃないけど」

ほのぼのと言葉を交わす二人の少女を、何処かの家政婦よろしく、ダイとチウが壁の向こうから覗き見ていた。

あの二人が仲間で、女の子同士で何がどうなる訳でもないのが解っていても、自分と一番親しい筈の存在が、自分を放っといて仲良くしているのが気に入らない。
そういう心理が一致していた。

結局の所、ダイとポップ、チウとマァムの関係性は第三者から見れば、大差ないのかもしれない。


それからレオナが着々と進めていたサミットの為に、各国の王がパプニカに集う事になった。
テラン一行の先乗りのメンバーの中にメルルの姿を見つけて、ポップが瞠目する。


「私の力がお役にたつ事もあるかと思って」

「あ」

「どうしたの、ポップ?」

「なぁ、メルル。今はまだない物を捜すって出来るか?」

「それは、どのような物でしょう?」

『出来ない』とは言わなかったメルルに、パプニカに戻ってからこれまでの事を説明する。

「そういう事でしたら…」

早速自分の力が役立てられる事に、メルルが嬉しそうに微笑う。

「ありがとう、メルル」

「いえ。この位の事でしたら、幾らでも」

だがその占いの結果に、ポップは蒼白になった。

“ヤバい。色々バレる…!”

まさか故郷に帰らなければならない事態になるなんて、考えた事もなかった。物凄い親不孝をしているのは解っているが…少なくともポップ自身は「その直前」まで帰る気はなかったのだ。
とはいえ、背に腹は代えられない。


しかしその日は既に日が傾き始めていた為、幾らポップの実家であろうとも、ポップ本人だけならばいざ知らず、初対面の人間が大勢訪ねるのは流石に失礼な時間帯だろうと言う事で、行くのは翌日となった。

その、夜。
レオナの私室に少女三人が集まっていた。

そこにポップの姿はない。マァムが誘おうとしたのをレオナが止めたのだ。尤も誘われても、ポップは加わらなかったに違いない。ポップの心境としては「それどころじゃない」のだから。

つまり、議題(?)はポップのこと。
ポップに関して、それぞれが持っている情報を提供し合おうと言うのだ。
それを聞いて、メルルは僅かに表情を曇らせた。

ポップが隠し通そうとしている事を暴こうと言うのだろうか?それとも他の目的があるのだろうか。
自惚れでなく、一番情報を持っているのは自分だろう。

あの日説明してくれた事がレオナの持っている情報の全てだろうし、マァムも大差ない筈だ。

そしてポップは、詳しい事を話す気はないと言い、自分を信用する言葉をくれた。また、自分はこの二人よりポップとの関わりは薄いが、ポップが信頼に値する人間だと人間だと知っている。
ポップが話さないと決めているのなら。

少なくとも、勇者一行や、魔王軍との戦いに不利益をもたらす事はない筈だ。寧ろ話す方がマズい事になると、彼女は判断しているのだろう。
そして何よりも。
あの悲痛な笑い声が、メルルを決断させていた。

自分が言える事があるとすれば、ポップへの想い位か。
レオナから話を聞いた時、ポップが本当に男だったら良かったのに、と思った事。

ただ自分があそこまで積極的になれたのは、ポップが同性だったからだ。結果的にはそれで良かったのだろう。ポップが男だったなら、自分はあんな行動には絶対に出られなかった。

そうしたら、彼女はずっと…とは言わないが、必ずあれ以上の期間、あのピリピリした空気を纏ったままだったろう。

そう、ポップならいずれ自分で立ち直っただろうけど、あの心理状態を僅かでも短く出来たのが、メルルの小さな誇り。
メルルの物思いの間にも、話は進んでいたらしい。

「そう言えば私、ロモスでポップに怒鳴られたのよね」

「どういう事?」

「男の前でそんな恰好でウロつくな、て」

「え?」

事の顛末を聞いて、レオナは一瞬めまいがしたし、メルルも瞠目してしまった。

“ポップ君も大概だと思ったけど…マァムってもしかしてそれ以上?”

ポップは15歳で、ロモスにいた頃、と言うよりあの日レオナとダイに強襲されるまで、誰一人としてポップが女だと想像する事すらない位、完璧に少年として振る舞っていたのに。

少なくとも、16歳の少女が15歳の少年の前でする事ではないだろう。
中身が少女なポップが、思わず怒鳴りつけたのも無理はない。

「メルルは、どう?」

「どう、と言われましても…私はまだ皆さんとはお会いしたばかりで」

「でもあの時、二人で話してなかった?」

「ええ。ですが…」

焦点をボカしたまま、相手が望んでいるだろう言葉を紡ぐ。
それは占い師の話術の一つだ。卑怯な事だと解っているし、王女として相手の真実を見抜くと言う類の教育も受けている筈のレオナ相手に何処まで通じるか解らないが、そもそも自分だとて確実な事は何も知らないのだ。

多少突っ込まれても、知らない事は話せない。
結局、このレオナの「ポップについての話し合い」は、空振りに終わった。
マァムはまだ、ポップが少女であった事を整理しきれていなかったし、最も情報を持っているメルルが口を噤んだからだ。

“ごめんなさい、姫様”

メルルにとって最優先なのは、ポップだから。
彼女が望まない事をするつもりは、一切ない。


その頃ダイは、ポップを捜して城中を走り回っていた。
尤もそんな事をせずとも、部屋は同室のままなのだから、待ってさえいれば時間と共にポップは戻ってくるのだ。
だがそんな理屈はダイには関係なかった。

あのメガンテ以降、以前にも増してダイはポップと離れるのを嫌うようになった。勿論パプニカ城にいる以上、再び魔王軍が襲撃でもしてこない限り死の危険などある筈もないのだが、その理屈もダイには関係ないのだった。

「うわっ」

廊下を曲がった所で、クロコダインとかち合う。

「どうした、ダイ。そんなに慌てて」

「ね、クロコダイン。ポップ見なかった?」

「ポップか?先刻は中庭で見たが、あれは…」

「中庭だね?」

「まぁ、そうなんだが…」

「クロコダイン?」

豪放磊落な彼にしては珍しく歯切れの悪い話し方に、ダイが首を傾げる。

「いや…行ってみれば解るだろう」

「うん。ありがと」

駆けて行く小さな背中を見送りながら、クロコダインはやはり彼らしくもない小さな溜息を吐いた。

この先で見るものは、恐らくダイにとって面白くないものだろうから。
下手をすれば…いやしなくても、ダイのポップへの執着が強まるのは間違いない、気がする。

“どうしたものか”

悪い事ではない筈だが、ここ最近のダイの行動は少々度を越えているように思える。あれではポップも困るのではなかろうか。
そして考えたくもない事だが…もしもこの先ポップが真実死ぬような事になれば、ダイはどうなってしまうのか考えるのも恐ろしい。

可能性はゼロではない。
いや、ポップのあの性格を考えれば、寧ろ高いと言っていい。

“どうしようもない、か…”

己の為に命すら捧げた相手に執着するな、など度台無理な話だ。まして、旅の始まりから一緒にいたのなら尚更の事。
そしてポップにしてもダイ程解り易くないだけで、彼女がダイへ向ける感情も並のものではない。

元々、ポップの行動基準はダイを中心にしていた。
しかしまさか、あそこまで躊躇いなく己の存在そのものさえ投げ出すとは思っていなかった。

そしてまた、クロコダインも気付いている事がある。
生粋の人間である筈のポップから最近になって時折発せられるようになった、魔族めいた気配。儚い、とさえ言える弱弱しい波動のせいか、ダイやヒュンケルでさえ気付いていない、それ。

気付く事が出来たのは、自分に「人間」の要素がないからだろう。
ポップ自身は、己の放つその気配を知っているのか。
男に擬態していた事と関係があるのか。

謎だらけの存在である彼女だが、ダイだけでなく仲間に対する思いの深さや優しさは疑いようがない。

だからこそクロコダインは、ポップの気配について誰にも話していないし、本人へ追求する気も持っていない。必要だと判断したなら、あの聡明な彼女のこと、きっと自分から話してくれる筈だと思っている。


一度落とされた城であるパプニカ。
そのせいか、以前ほど人はいないのだとレオナは言っていた。けれど中庭に近づくにつれ、人が増えている。

その人達は別にそこに集まっている訳ではなく、目的地に行く為にこの付近を通りがかっただけなのだが、その歩くスピードが皆一様にやたらとゆっくりで、視線はチラチラと中庭に向けられている。

「……?」

クロコダインは、ポップが中庭にいると言っていた。他にも何かあるのだろうかとダイがその人達の視線を追うとーーーーそこにいたのは、ポップだった。

城壁を背に、煌々と降り注ぐ月明かりに照らされている姿は何処か幻想的で、この世のものならざる雰囲気を醸し出している。
微かな風に長い黒髪がサラサラと揺れ、月光のせいか白い肌は青白くさえ見える。

普段のポップからは考えられない静謐さ。
昼間とのギャップもあってか、今のポップは人目を引くのに十分な美しさを持っていた。それも不可侵の神聖さすら感じさせる程に。

だが、そんなポップを多くの人達が見ているのが、何故かダイには気に入らなかった。少年の姿をしていた時には、こんな風に外見で注目される事が無かったからだろうか。

“ポップ…!”

しかしそんな不快な気持ちは一瞬で吹っ飛んだ。
月を見るように少し上を向いているポップの瞳が、その実何も映していない事に気付いてしまったからだ。

しかもダイが知る限り、今まではどんなに長くともその瞳をしている時間は一分にも満たなかった筈なのに、ずっとそのままなのだ。
ダイは窓枠に手をかけると、中庭に飛び出した。
その間も、ポップの瞳は変わらない。

“嫌だ!!”

もう二度とポップを失いたくない。
自分のせいで、一度は消えてしまった命。けれど純粋な竜の血で戻ってきてくれた。その筈だ。

なのに今のポップはまるで生きながらにして、何処かに行ってしまいそうに見える。

「ポップ!」

声の限りに叫んだダイに、ポップはひどく緩慢に振り返った。

「どうした?何かあったのか?」

瞳は未だたゆたうような頼りなさだが、それでいて声はしっかりしていた。やがて瞳も何時もの光を宿し始める。

「…ポップが、何処か行っちゃいそうだったから」

「は?」

不思議そうなポップに、ダイはそれでもポップが痛がらないように注意して、その細い体を抱き締めた。

「月に溶けちゃうかと思った」

「…お前、何時からそんな詩人になったんだ?」

少し呆れたような、微かにからかいを滲ませる声に、ダイはポップの服の裾をきつく握りしめた。

「何で、こんな所に一人でいたんだよ」

「ん?月光浴」

「何、それ」

日光浴なら知っているが、その単語は初耳なダイは何時ものように尋ねた。

「昔っからさ、月の光には魔力が宿ってるって言われてるんだよ。ま、お伽噺や言い伝えの類で確かな根拠はないんだけど、魔法使いの中には積極的にやってるのもいるぜ?」

「今まで、ポップそんな事してた?」

少なくとも、ダイはポップが「月光浴」なんてやってるのを見たのは、今が初めてだ。自分が知らない間に、夜中にポップが一人で出歩いていたのかと考えるだけでゾッとする。

「意識してやった事はないけど」

「けど?」

「月の光は好きだな」

少年でいた時には言いそうもなかった台詞を、ポップはさらりと言ってのけた。

「何で?」

「…何でって…綺麗だろ?柔らかくて、優しくてさ」

そう言って、手袋に包まれた手を月に翳す。
けれど、そんなポップの表情こそが泣きたくなる程優しくて、ダイはまたポップに抱き着いた。

「ダイ…?」

ダイの不安が、ポップには解らない。
解る筈もない。
自分がどんな表情で、どんな雰囲気で月光浴をしていたかなど、全く意識していないのだから。

だが先刻までのポップを、ダイではなくバランが見たならば、瞬時に悟っただろう。彼女が纏う空気が精霊に酷似していた事に。

正にこの世ならざるもの。
ポップは自分にしがみつくダイの頭を、何時ものように撫で回した。

「そろそろ戻ろうと思ってたし…部屋に戻るか」

「うん」

宥めるように言うポップに、ダイはしがみついたまま頷いた。


ダイが眠るまで、それこそ母親が幼子をあやすかのように布団の表面をポンポンと軽く叩いていたポップは、ダイが完全に寝入ったのを確認して小さく溜息を吐いた。
明日の事もそうだが、色々マズい。

“早まってないか…?”

ここ数日…そう、あのメガンテ以降。
「向こう側」に引きずられる感覚が、明らかに増えた。
それと「役目」を果たす為の体質の変化。

“ハ…!道から外れる事は許さないって事かよ”

「役目」から逃げるつもりはない。そんな道など最初から存在しないと知っている。
けれど。

“その時まで、この命は俺のものだ”

生き方まで縛られるなど、冗談ではない。
自分達の力の弱体化や怠慢を棚に上げ、「こちら側」にばかり犠牲を強いる神など信じるものか。
そっとダイの額を撫でる。

“護るから…”

父親の二の舞になどさせはしない。神の思惑通りなどにもさせない。半分は人間だと言うのなら、人間である事を選んだっていい筈だ。
ポップはスルリと髪からバンダナを引き抜くと、両手で握り締めた。

“先生…”

祈る神など、自分は持っていないから。
最後に縋るのは、今はもういない人。
そうして一度だけ、窓際のクッションで眠るゴメちゃんに視線を向けると、ポップも反対側のベッドに潜り込んだ。

どうか。
せめて、この戦いが終わるまで「ここ」にいさせて。

                                                                           END


 彼方様から頂いた、素敵SS第三弾です! 初めて読ませて頂いた時はマァム再会編と銘打ってあったのですが、なぜかチウ君の活躍の方が目立っているわ、女の子達の秘密な会話やらダイ君のハートフルなのに気持ちがすれ違っているシーンの方が印象的なので、交錯編と名付けさせて頂きました♪ 

 重い使命を抱いている感じのする謎めいたポップと、ポップに惹かれて一緒にいたがるダイのシーンが実に萌えです。天然でものすごくタラシな台詞を言えてしまうダイ君! さすがは勇者、天然ですごい一撃を放っています♪

 が、個人的にはポップを魔女っ娘呼ばわりし、なおかつポップをさりげにダイに押ししつけ、自分はマァムを独占しようと目論むチウの器のでかさにほれぼれしましたが(笑) 侮れませんね、このネズミ君ってば(笑)

 シリアスな展開への伏線をひしひしと感じさせながら、ホッと息の抜けるシーンも織り交ぜられた素敵なお話をどうもありがとうございました♪

 


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