『四界の楔 ー慕情編ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












  


二人は、かなり長い間黙りこくって背中合わせに立っていた。

漸く僅かに交わされたのは、ソアラのこと。

そして。

バランはダイに、ポップについての情報を伝えておくべきか否か迷っていた。

昨夜ポップと話している時に受けた、不可思議な感覚。どうにも気になって紋章に受け継がれてきた記憶を探ってみた結果、一つの仮定に辿り着いた。

竜の騎士とは全く別の意味で、世界を支える存在がいる事。

もしもあの少女が、本当にその役目を負った者だとしたら。

だがそれも確信の持てる情報ではない上、本人に断りもなく話せる内容ではないのも確かだ。

バランに解るのは、感情の種類はともかく、あの二人がお互いを特別だと位置付けている事。

ならば、言える事は一つだけ。

「ディーノ。あの娘、手放すなよ」

「あの娘って…ポップのこと?」

「そうだ」

詳しい説明は何一つなく、それだけで再び口を噤んだバランに、ダイは眉を寄せた。

ポップとの接点などないに等しいバランが、自分のポップへの想いも知らない筈なのに、何故そんな事を言うのか。唯一にして決定的な出来事はあのメガンテだが、それだけで?

それともこれは経験の差、故のものなのか。

「――――行くぞ」

だがバランはそれ以上を話す気はないらしく、出発を促した。






その二人の姿を見送って、ポップ達も出発の体勢に入る。

「さぁって、俺達も行くか」

ポップが明るく言い、マァムとクロコダインが頷く。

その三人にレオナが声をかける。

「皆、ちゃんと帰ってくるのよ」

力強い、励ましの言葉ではない。戦意を鼓舞する言葉など必要ない。死力を尽くして戦う事は、解っているのだから。

だがこれも言っている事はかなり厳しい。

相討ちなど許さない。

勝って、そして生きて帰って来い、と。

「ああ。行ってくる」

確約の言葉はなく、けれど笑顔で出て行った三人を見送って、レオナ達はそれぞれに小さく息を吐いた。

ここから先、自分達に出来る事はない。

僅かにあるとすれば。

祈る事。

五人が帰って来た時に、心置きなく休める環境を整えておく事。

「ノヴァ。あなたも行きたかったでしょう?」

目敏いレオナは、ノヴァがポップに惹かれ始めているのに気付いていた。王女という立場を外せば、レオナは恋バナが大好きな思春期の女の子だ。

ポップの事情を知らなければ、気楽にけしかけていたかも知れない。

「いえ。それこそ足手纏いになってしまいますから」

全く戦力になれないとは思わないが、親衛騎団相手に自分の力が通じなかったのも事実だ。

それにポップに言われた事もある。

――――勇者とは希望。

もし万が一の事態が起こった場合、その勇者としての役目を果たすのは自分だと心に決めている。自分だとて勇者と呼ばれていたのだ、戦闘力ではダイに及ばなくても、それ位はしてみせる。

その思いの奥底に、ポップを失望させたくないと言う考えがあったりするのだが。






死の大地に着くと、ポップはじっとマァムを見て小首を傾げた。

「どうしたの?」

「…ちょっと」

「きゃ!?」」

ポップが軽くマァムのお尻を突く。すると、小さな膨らみが服の中を移動し、襟元からポンッと何かが飛び出した。

「ピ〜〜っ」

小鳥のような鳴き声を上げ、空に舞い上がったのは羽根を持った金色の小さなスライム。

「ゴメ・・・」

独特の気配の持ち主だ。何故、出発する前に気付かなかったのか。

というか、幾ら小さくても服の中に潜り込まれて気付かない程、極小という訳ではないのだが。

「もう。私の服に潜り込んで、こんな危険な場所についてくるなんて」

「てか、気付けよ、マァム」

「そんな事言われても…」

「ま、ついて来ちゃったもんは、もうどうしようもないけどさ」

「ピピっ♪」

溜息混じりのポップの言葉に、ゴメちゃんが「だから連れてってね」と言うように鳴く。

“問題は…何でダイじゃなく俺の方にくっついて来たのかって事だよな”

この世にも珍しいスライムは―――普通のスライムではない。

正確な正体までは解らないが、自分やダイと同じく「神」の手が入った存在だろう事は何となく感じる。まさか「監視役」とかではないと思うのだが。

ただどんな存在であったとしてもダイの友達で、自分達の仲間である事に変わりはないし、ゴメちゃん自身には何ら『目的意識』のようなものは感じられないから、考えるだけ無駄だとも思っている。

「ほら、隠れてろ」

言って、ポップはケープの下に誘い込んだ。

「ピィ…」

危険な事は理解しているらしく、大人しくフワリと布の下に納まってくれた。

と。

「おいおい。随分と数が減ってるじゃねぇか」

現れた親衛騎団の言葉に、三人が彼らを睨む。

「―――そっちこそ、一人足りないようだが?」

それでも冷静に返したポップに、親衛騎団がざわめく。どうやら今の今まで気付いていなかったらしい。

だがそれで互いのやる事が変わる訳ではない。






時間は少し遡る。

ポップ達が出発したのと前後して、ヒュンケルは目を覚ました。

「ヒュンケル!」

そのまま起き上がろうとしたヒュンケルを、エイミが押しとどめる。

「何処へ行くつもりなの」

「―――状況は」

端的に問われて、エイミは息を呑んだ。嘘を吐いた所で、すぐにバレるだろう。

「もう…皆出発したわ」

「そうか」

またベッドから出ようとしたヒュンケルへ、エイミは続けた。

「命を盾にして守られたって、嬉しくない。贖罪だって、死んだら意味がないのに。生きる道を自ら潰すような真似、続けるな。このバカ」

余りにもエイミらしくない、けれど覚えのありすぎる口調にヒュンケルは驚愕も露わに彼女を見返した。

「ポップ…か」

「ええ」






流石に夜通し部屋にいる事は出来ず、朝早くに戻って来て見てしまった光景だった。

額にかかった髪を払いながら、独り言のように未だ意識のないヒュンケルに言い聞かせるように呟いていたポップ。

「俺達、そんなに弱くないぜ?行ってくるから…お前はちゃんと体治せよ」

――――取り返しのつかない事になる前に。

穏やかで、優しい、声と眼差し。

けれど彼女が次に浮かべたのは、痛みの混じった苦笑だった。

「…けど、目が覚めたら…来るんだろうなぁ」

それは憶測と言うより、確信している声音。

「ポップ君」

これ以上、そんな彼女の姿を見ていたくなくて、エイミは今来た風に声をかけた。ヒュンケルのことを何もかも理解っている、という感じが嫌だった。

「エイミさん。じゃ、交代だな」

「ええ」

あっさり立ち上がったポップに、戸惑ってしまう。確かにこれから彼女は戦場へ向かうのだけれど。

本当は何か激励の言葉の一つもかけなければならないとは思うものの、相応しい言葉が浮かんでこない。

するとポップの方が先に口を開いた。

「エイミさん。もし―――いや絶対、ヒュンケルは戦う為に出ようとすると思う。その時は」

「ええ。ちゃんと止めるわ」

「違う。そのまま行かせて欲しい」

「何言ってるの!?ヒュンケルが戦える状態じゃない事は、貴女だって解ってるじゃない」

当たり前のように告げられた事に、エイミがとんでもないとばかりに反対する。

だがポップは淡々とした態度を崩さない。

「それでも」

エイミからヒュンケルに視線を移す。

流石の体力と回復力と言うべきか、昨日より遥かに状態は良くなっているが、戦闘に出られる程ではない。

「ここで止めたら…きっと心が死ぬから」

「!!」

表に出るものが少ないだけで、ヒュンケルの持つ激情は群を抜いている。それでいてひどく繊細なのだ。

そんな彼の中にある、罪悪感と贖罪の気持ち。

今は戦う事でのみ、それらと折り合いをつけているようなものだ。もしここで拠り所とも言える戦いを奪ってしまえば、心の何処かが壊れてしまうだろう。

「でも、もしそれで貴女達の足手纏いになったら」

ヒュンケルはもっと身も心も傷付くし、ポップ達も危なくなる。

珍しく感情論を優先させるポップに、エイミが正論を返す。

それにポップは静かに笑みを刻んだ。その程度の事は、ポップも考えている。―――「それでも」。

「うん。それはヒュンケルも解ってると思う。その上で、戦う事を選ぶんだ」

ヒュンケルは生粋の戦士だ。

様々な要素を踏まえた上で本人が戦えると判断したなら、それを止める術はない。

「ポップ君…」

エイミは戦場でのヒュンケルを知らない。
だが、この考え方の差はそれだけのせいではないだろう。女として、相手に恋愛感情があるかないかも関係がない訳がない。

「ただエイミさんが『回復魔法の使い手』としての立場で許可出来ないと判断したら、それは止めても構わないと思う」

聞き入れるか、はまた別の話だが。

最終判断をエイミに委ねて、ポップは部屋を出て行った。






ポップの言葉は、ヒュンケルを好きだと言うのならその気持ちだけで行動するのではなく、まず理解しろと言うアドバイスとも取れる。

だがやはりエイミは、ポップのようには考えられない。

幾ら昨日より良くなっているとはいえ、元があれだけ重傷だったのだ。

ポップもヒュンケルが「戦える状態」ではない事は認めていた。

「死んだら終わりなのよ。何も出来なくなるわ。贖罪もそうだけど、幸せになる事だって」

「――――幸せ、か」

ここでヒュンケルは、ひどく柔らかい笑みを浮かべた。それにエイミは一瞬ドキリとした。

「ポップの言葉を借りるなら、オレは十分幸せだ」

だが、続いたそれに愕然とする。

――――俺は今現在、十分幸せ

つい先日の、ポップの言葉。

これだけの仲間に会えた、それが幸せだと言った彼女。

「寧ろ、オレには不相応な程だ」

あれ程真摯に真っ直ぐに生きてきた者と、同じ幸せを手にするなど。

エイミは震える唇をきつく噛み締めた。ヒュンケルの中で、自分がポップを越える存在にはなれないと、思い知らされた気がした。

「オレは行く」

幸せをくれた者達の為に。

今、自分が出来る唯一最大の事を果たすのだ、と。

先刻までより確固たる意志を前面に押し出してきたヒュンケルの声に、エイミは我に返った。

「い…かない、で」

震える声で告げる。そして。

「行かないで!貴方を失いたくない!」

思いの丈を叫ぶ。心の底からの想いだからこそ、ヒュンケルの動きを止める力があった。

「あなたが、好きなの…」

だから失いたくない。

そんな体で戦場へ行ってほしくない。

そう訴えるエイミを見て、ヒュンケルは瞠目した。まさかこんな事を言われる日が来るとは、考えた事もなかった。それも、自分が蹂躙した国の人間に。

だが。

「君の気持ちは有難いとは思う。だがオレも、失いたくないものがあるから戦うんだ」

すれ違う。
エイミの想いは、ヒュンケルの覚悟に届かない。

いや、全く届かなかった訳ではないが、やはりヒュンケルと言う男に対する理解が追い付いていない。しかも今のこの状況だ。情だけで止められる筈もない。






そうして。

やって来た男の姿を見て、ポップは諦めとも納得ともつかない溜息を吐いた。

「ヒュンケル、大丈夫なの?」

「ああ」

マァムの問いに簡潔に答える。

そのままやや離れた所にいるポップに視線を投げる。ポップもまたそれを正面から受け止める。

「来た以上は、戦力として数えさせて貰うぜ」

「当然だ」

またも簡単に答えたヒュンケルに、ポップは微笑とさえ言えない程頬を緩めた。

それ以上は言わず親衛騎団に向き直ったポップの背を、じっと見詰める。

闇から引き上げてくれたのはマァム。

赦しを与え、進む道を示してくれたのはレオナ。

それは間違っていないし、どれ程感謝しても足りないと思っている。

ただその道を照らし続けているのは、ポップだ。

勿論、本人にそのつもりはないのだろうし、特別な事をしている意識もないだろう。

けれど彼女の言葉が。

行動が。

どれだけ救いになったか知れない。

“オレもダイのことは言えんな”

――――幸せになれ、と当の彼女が言うのなら。              END

            END


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回は珍しく読み切り短編のお話ですね。今回、一番気の毒なのはなんと言ってもエイミさん! な、なんだか……原作よりも完璧に失恋しちゃっているような気が……っ。レオナもエイミさんの恋愛には無関心でノヴァ君の恋の方を気にしていらっしゃるし、ヒュンケルに投げかける言葉さえも、エイミさん自身の言葉よりもポップからの伝言めいた部分の方が大きいですし〜。せめてそこは、先に自分の告白をしてからポップの言葉を伝えてもいいと思うんです、それではあまりにも遠慮しすぎですよ、エイミさんっ。

 と、ついついエイミさんに肩入れして応援してしまった自分にびっくりしました(笑) 

 しかし、何よりも最大に彼女に申し訳なく思うのは、エイミさんの悲恋以上にポップがマァムのお尻をつつくセクハラシーンに気を奪われまくりだったことですっ。だ、だって、女の子同士になったのに、まさかこのシーンが残るとは思いもしなかった物ですから! ある意味、何やらすごく絵になる様な……って、どんどん恋愛から遠ざかった感想になっていく気が(笑)

 


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