51 隠れた頭脳派同士 ポップとシグマ

 

 一撃でオリハルコンを砕く極大呪文の使い手である魔法使いのポップと、魔法返し(マホカンタ)の呪文効果を持つシャハルの鏡を持ったシグマ。
 まさに矛盾――最強の矛と最強の盾を持つ者同士である彼らは、一見、戦力的には互角の関係にあるように見える。

 ……が、この組み合わせは、実はポップにとって一方的に不利だ。不利もなにも、相性最悪とも言える相手だ。
 確かに、ポップが一撃必殺の切り札を持っているのには違いない。

 だが、それを跳ね返されれば自滅するのはポップの方であり、身体能力的にはシグマの方が遥かに勝っている。牽制する魔法すらも跳ね返されるわ、移動する速度も早すぎるわと、ポップにとってはとことん不利な相手だ。

 相手の強度や技の威力を考えれば、最強の矛と最強の盾を持つ者同士の戦いなんてものではない。
 ポップの極大呪文以外の魔法はシグマにはなんの効き目もないが、シグマの放つ攻撃はポップにとってはどれもが致命傷になりかねない。

 唯一の切り札を持つ無装備の戦士と、多数の武器を手にした完全防御の鎧を身に付けた戦士の戦いぐらいに、偏った戦力差だ。
 ポップがシグマに勝つためには、よほどうまく立ち回って隙をつく必要があった。

 しかし、皮肉なことに、シグマほどポップを高く評価した敵はいない。ポップの軟弱さを侮るどころか油断一つ見せず、終始自分以上の敵に相対する冷静さを持って戦いに望んでいる。

 相手に見くびられている油断をついて勝ち残ってきたポップにとっては、非常にやりにくい相手だろう。だが、戦いの相手としての相性は最悪に近いにもかかわらず、ポップとシグマは性格的な意味でも相手を高く評価している。
 ポップとシグマは、実は思考回路は似ている。

 感情的で表情豊かなポップと、常に冷静沈着な態度を崩さないシグマは、感性としては別方向に向いている様に見えるかもしれない。だが、仲間の無事や目的を考えながら戦いを大局的に捕らえることができる思考という点では、共通している。

 親衛隊と勇者一行の戦いでは切り札を持つポップは常にキーマンであり、戦いの趨勢を傾ける存在だった。その相手を徹底してマークする役割を負ったシグマは、他の敵の様にポップの軽口やふざけた態度にも気を逸らしたりしなかった。

 敵味方を問わず登場人物の多くがポップの人間味に注目し、共感を抱いたり、あるいは逆に小バカにしたりなどして、実力以上に性格の方にウエイトをおいて判断する傾向があるにもかかわらず、シグマは純粋にポップの戦力に注目し、重点を置き続けた。

 だが、皮肉なことに戦力だけに注目していたシグマは、結果的には魔王軍の中でポップを最大評価している。
 そしてそのシグマの評価の高さは、ポップの本気を引き出している。

 真剣に、真っ向から戦いを挑んでくるシグマに対して、ポップも本気で戦いに挑んだ。
 戦いへの参加回数の多いポップだが、彼は基本的には援護が中心の後方要員だ。攻撃魔法を多用する割りには、ポップの役割は仲間へのサポートもしくは時間稼ぎなどが多く、自分一人で敵を倒そうとする例は少ない。

 ポップが自分一人で敵を倒そうとする時は良くも悪くも捨て身であり、相打ち狙いな戦いが多かったのだが、シグマとの戦いでポップは明らかに勝利を狙い、彼を倒して先に進むのを目的にしている。

 ダイがハドラーとの戦いで闘争本能の高ぶるままに戦い、今まで達することのできなかった境地へと成長していった様に、ポップもまた、シグマとの戦いでそれまでは無意識に使っていた才能を惜しむことなく開化させている。

 感情を殺ぎ落として勝利のためだけに頭脳を働かせ、敵を倒して自分も生き残る方法を考える様になれるまでに成長したのだ。
 ポップが大魔道士と名乗る様になったのはシグマ戦からだが、彼との戦いを経て初めて、その名に相応しい実力を備えたと思える。

 ポップもシグマも、互いに相手に対して敵意は抱いていなかった。立場上敵対したとはいえ、ヒムやアルビナスのように戦う理由を持たなかったシグマは、感情的にはポップと戦う理由はなかった。

 それはポップにしても同じであり、だからこそ感情に左右されずに戦えたとも言える。
 敵対することで、互いの実力を磨きあえる相手。

 仲間のために勝利するという目的のために戦い合ったポップとシグマは、戦いの後に遺恨があるはずもなく、最後に残ったのは好手的に対する親しみにも似た感情だった。

 感情的に関わったわけではなくても、互いの実力を切磋琢磨しあうことで深く理解し合った、遠いようで近い絆。
 ポップとシグマの別れのシーンには、そんな不思議な絆を感じ取れる気がする。


  
  

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