16 ダイvsクロコダイン戦 (3)

 

 獣王クロコダインは夜明けと共に雄叫びを上げて配下の百獣魔団を呼び寄せ、ロモス城へ総攻撃を仕掛けている。
 ダイが旅立ってから16日目、クロコダインがダイに敗戦してから6日目の出来事である。

 この時のクロコダインの目標は、ダイだ。
 城を攻めたのはひとえにダイをおびき寄せるためだが、この時のクロコダインの戦略は大胆かつ合理的だ。部下達を城へと暴れ込ませ、クロコダイン本人はいきなり壁をぶち壊して王間に攻め込んでいる。

 移動する時だけはガルーダに運ばせているものの、いざ攻撃を始める前にはすでにガルーダがその場から飛び去っているところを見ると、これがクロコダイン本来の戦闘スタイルなのだろう。

 自分自身を最強の駒として、最前線に置く戦略。
 己の強さに絶対の自信がなければできない、大胆な攻め方である。また、この戦略は配下の特質も考えたからこそ、実行されたものだろう。

 クロコダインの率いる百獣魔団は、主に動物系の怪物の系列で占められている。動物系の怪物はHPは高くて打たれ強いが、知能は乏しいという設定づけをされている場合が多い。つまり、配下に複雑な作戦を実行させるのは不可能に近いのだ。

 動物系怪物のもう一つの特徴である数の多さに物を言わせて進撃をかけ、要の作戦行動は自分自身が行う  軍団長としてのクロコダインの姿勢が伺える戦略だ。
 ダイの居場所を探して奇襲を仕掛けるなんて発想は、最初からクロコダインには存在していない。同時に、ダイの方も真っ向勝負なのは同じだ。

 宿屋で寝ていたダイは怪物が城に向かうのを目撃した途端、武器を手に一人で飛び出している。その際、マァムが制止したのも耳にさえ入っていないダイは、明らかに一人で戦うつもりだった。

 怪物を軽く蹴散らし、クロコダインがロモス王をまさに殺そうとしていた時に飛び込んでいったダイは、まっさきに王を助けることを考えた。
 その際、ダイはナイフで切りかかると見せかけ、メラを放ってクロコダインの不意をついている。

 クロコダインにしてみれば、ダイには魔法を使えないという先入観があったためか、一度、ナイフを納めたダイのフェイントに意表を突かれ、見事にこのメラに引っ掛かっている。

 ダイはこの際、王を助けるのを目的にしたためか、……あるいは下に逸れがちなダイの魔法では単にコントロール的にその方が楽だったのか(笑)、床にメラを叩き付けることでクロコダインの目を眩ませ、王から手を放させるのに成功している。

 ここでダイの魔法は全くクロコダインにダメージを与えていないが、この段階でクロコダインはダイの成長速度や潜在能力を本当の意味で理解し、今のうちに倒しておかねばならない敵だと認識している。皮肉な話だが、クロコダインにザボエラとの取引に乗る最期のきっかけを与えたのは、この時のダイの魔法だった。

 一応はザボエラの取引に応じる形で魔法の筒を受け取っていたものの、クロコダインにはこの寸前まで迷いがあったに違いない。
 それを証明するのが、二重になっていた魔法の筒の外壁の存在である。ザボエラがクロコダインに渡した魔法の筒は、本来の筒の上にもう一周り大きめの筒が被さっていた状態であり、クロコダインはそれを握りつぶして魔法の筒を取り出している。

 しかし、魔法の筒は本来頑丈なものであり、また呪文を唱えなければ中に入っている怪物を出し入れできないという構造なので、箱をあえて二重にする必要はない。ザボエラがなぜ、あえて魔法の筒の外装に偽造を仕掛けたかはデータにないので分析は不可能だが、クロコダインがその外装をぎりぎりまで壊さなかった理由の方は、容易に想像がつく。

 クロコダインは、本来、ザボエラの策を良いとは思っていなかったし、むしろ反対の意思さえ持っていた。だからこそいつでも握り潰せる外装をぎりぎりまで放置していたのだろうし、使わないですむものなら使わずにすませたいと思っていたに違いない。


 だが、ダイの目覚ましい成長に、クロコダインは手加減や躊躇する気持ちを無くした。
 実際、この時のダイの行動や判断は、たいしたものだ。
 マァムが城の兵士と共に駆け付けてきたのを見て、王様の回復を彼女に頼み、自分は戦うために身構えている。魔法の筒を見て、その正体や効果をみんなに伝え、注意を促すのも忘れていない。

 だが、そんなダイの冷静さは魔法の筒の中からブラスが出てきた瞬間、すっとんでしまう。

 鬼面道士であるブラスは、アバンの残した魔法陣の敷地から出てしまえば本来の怪物の性質に戻り、凶悪な怪物として人を襲う。だが、そうだと分かっていても、育ての親であるブラスは、ダイにとっては唯一の肉親だ。

 鬼面道士を倒そうと兵士達が身構えるのを見て、泣かんばかりにやめてくれと頼み、また、ブラスを止めようと闇雲に訴えるだけのダイは、すでに勇者らしさのかけらもない。ザボエラが看破した通り、ただの子供へと戻ってしまっている。

 ……というか、ダイが兵士達を止めたせいで、ブラスのかけた精神混乱呪文の効果で兵士Aが暴れだし、兵士達はそれを押さえるのに手一杯になってしまい、かえって足を引っ張っているような有様である。
 ダイは自力でブラスを止めようとしているが、これが全くうまくいかない。

 正気を失ったブラスは、ダイの呼び掛けには全く応じずに攻撃を仕掛けてくる。それを捌くうちに、ダイも無意識のうちに本気になって、反撃しそうになっている。だが、寸前で自分の戦っている相手が他ならぬブラスだと思うと、どうしても攻撃できないという甘さを捨てきれていない。

 この時点でのダイは、まだ闘争本能と自分の感情をうまくコントロールできていないように見える。この時点では、ブラスに多少のダメージを与えてでも無力化させるのがベストと思えるが、それさえもダイにとっては禁忌だったのだろう。

 親に対する強い思慕……それが、結局はダイにとっては致命的な弱点になっている。
 あげく、ブラスの放ったメラミをまともに食らってしまったダイは、この時点で一度倒れている。

 ここは、完全にザボエラの作戦勝ちだ。
 クロコダインとダイの性格を見切って、裏で手を回しながらも自分では一切手を出さずに作戦を遂行している。

 しかも、この時、ザボエラはハドラーに『クロコダインと共闘し、ダイと交戦中。勝利は目前』と、経過報告までしているというちゃっかりさ加減である。
 仮定での話になるが、もしここでこのままクロコダインが勝利を収めた場合、この勝利は彼にとって致命的な弱味となってのちのちまで響いただろう。

 ことあるごとにザボエラがこの話を持ち出し、恩を着せるなり、または脅し半分にさらなる取引を持ち掛けるなどして、クロコダインが前線担当、ザボエラが作戦担当と言う不公平極まりない共同作戦を今度も強いられていただろうことは、目に見えている。

 だが、この後、ハドラーにも一目置かせた策士であるザボエラの予想を、遥かに超える展開が発生するのである――。

 

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