72 レオナ救助

 

 戦いの分析とはやや外れるが、ここでフレイザード戦の直後、レオナ姫を中心とした一連のエピソードについても語っておきたい。直接の戦いには結びつかないとはいえ、この時に彼らの取った行動は後の戦局を大きく左右しているのだから。

 フレイザードの勝利したダイ達は、一団となってレオナのいる塔の最上階へと駆け上がっている。だが、そこで彼らはまだ氷に閉じ込められたままのレオナを見て、衝撃を受けている。

 この辺りが勇者一行の正直さというか、純粋さがよく現れている。
 自分を倒せば人質の氷が解けると言ったのは敵であるフレイザードなのだから、その言葉をそのまま信じる必要はない……というより、鵜呑みにするのはむしろ危険なのだが、彼らはフレイザードさえ倒せばレオナを助けられると信じきっていた。

 特にバダックはその傾向が強く、レオナが助かっていないことに一番衝撃を受けていた。
 それも、無理もないことだろう。
 人は、容易に死を受け入れきれない。すぐ近くで人が死ぬことを、平静に許容できる人間はそうそういないものだ。ましてや相手が親しい相手であればある程、それは受け入れにくくなる。

 動揺する彼らの中で、ヒュンケルはかなり冷静だ。
 レオナの状態を見定め、現状をきちんと認識しようとしている。戦いにおいて、感情を交えずに現状を見極めることができるという点では、ヒュンケルは勇者一行で1、2を争う判断力を持っている。

 人間は、大きな衝撃を受けた時はなかなかそれを受け入れることはできない。時として、その事実を認めずに拒絶する心理状態に陥ってしまうものだが、これはあまりいいこととは言えない。

 例えば、癌など放置すれば死にいたる病気を告知され、衝撃を受けるあまり医師の話や治療すらも拒否するようになる患者は決して皆無ではないが、それは当然ながら本人のためにはならない。

 目の前にある事実を受け入れず、拒否するだけでは道は開けない。
 どんなに本人にとって不本意なものであっても、また、それが受け入れがたい嫌なことであったとしても、現実を認めることで人は前に進めるものだ。

 衝撃を受ける患者に医師が極めて冷静に、客観的に事実を告げることで覚悟を促す様に、この時はヒュンケルの言葉で勇者一行は混乱から立ち直る。
 彼の言葉で、一行は現実を受け入れることができた。

 まだ日没までは間があることを認識し、その前になんとかできるかもしれないと希望を抱き、打開策への模索へと移行しているのだ。
 この時、真っ先に試したのがポップの魔法でレオナの氷を溶かそうという試みだった。
 この選択肢が誰の発案かは分からないが、この時点では妥当な案だ。禁呪に詳しいマトリフに相談に行く方がもっとも安全策だろうが、時間が少なすぎる。ヒュンケルやクロコダインが武器で氷を砕こうとすれば、中にいるレオナが無事で済むとは思いがたい。

 炎の魔法で氷を解除できれば、レオナを助けることができる  その発想自体は、悪くない。 
 だが、ポップはかなり頑張ったものの、まったく氷は溶けはしなかった。

 それを見て、マァムは魔弾銃に呪文を複数詰めて威力を高める提案をしている。これを聞き、バダックは手放しで名案だと褒め、逆にヒュンケルはそんなことができるのかと懐疑的なのが対照的で面白いが、こんなところにもヒュンケルの現実性が見てとれる。

 しかし、それはいいとして、ろくに魔弾銃の威力や効果も知らないまま自分の意見も言わずにいきなり名案だと賛成するバダックは、『発明家』としてそれでいいのかと非常に疑問を感じるのではあるが。

 まあ、それはさておき、ここでヒュンケルの問いに分からないと答える辺り、マァムの嘘のつけない正直さが現れている。

 もしもの話になるがここで発案したのがレオナだとしたら、彼女ならばもっと他人を鼓舞し、誘導する方向性の発言をしただろう。指導者の資質のあるレオナは、結果が悪く転ぶ可能性があるのを検討はするだろうが、それ以上に後ろ向きな発言の危険性を熟知している。

 そして、それとは逆に希望だけを口にすることで人がどれ程力づけられ、前に進めるかも知り抜いている。
 多少のリスクがあろうとも困難の大きい道を進まざるを得ないのなら、不安要素を敢えて口にしないのも一つの方法である。ましてやその不安が個人的なものなら、なおさらだ。


 だが、この時のマァムにはその不安を完全に隠しきるだけの演技力はない。
 不安そうな様子をもろに見せている  それが、ポップの制止に繋がったのではないかと、筆者は考えている。

 魔弾銃に複数の呪文を詰める意見を提示したマァムに、ポップは激しく反論している。
 この時のポップの反応の早さから見て、彼は魔弾銃の限界をある程度察していたのではないかと思えてならない。

 元々、ポップは実際に何度か魔弾銃の魔法の筒に自分の手で呪文を詰めている。それに、フレイザードの魔法に魔弾銃の弾をぶつけて誘爆を誘ったところも目撃しているのだ。もしかすると持ち主であるマァムよりも、ポップの方が正確に魔弾銃の限界を悟っていたのかもしれない。

 だからこそ壊れる可能性を指摘するポップと、この場にいる誰よりもレオナの無事を案じるバダックは、激しく言い合っている。
 先生の形見だからとバダックの反論に食い下がるポップは、一見するとアバンにこだわるあまり感情的になっている様に見える。

 しかし、筆者はポップが感情的になっている一番の要因はアバンではなく、マァムにあると考えている。
 だいたいのところ、ポップ自身、アバンの形見はそれほど大切にしてはいないのである。
 もちろんポップはアバンを慕っていたし、アバンの残したものを大切にする気持ちはあるものの、何をおいても優先順位の筆頭におく程はアバンの形見に重点を置いてはいない。


 初期にポップが持っていたアバンから与えられた杖……マジカルブースターは、まさにアバンの形見の一つだった。
 だが、ポップはその杖がたった一度の打撃攻撃にさえ耐えられないと承知していたのにもかかわらず、自らの手で砕いて戦いに利用している。

 ダイやマァムを助けるためにアバンの形見である武器が壊すことができたポップが、レオナを助けるためにアバンの形見である武器を壊すのにためらう理由は、持ち主の差にあると見ている。

 魔弾銃は、ポップではなくマァムの所有物だ。
 マァムの手からアバンの形見を奪うことにためらいを感じ、だからこそ先んじて反対したのではないか……筆者にはそう思える。

 ところで、非常時において意味のない様に見えるポップのこの反論は、マァムにとっては大きな助けになっている。

 ポップの反対を聞いて、マァムは自分が言い出した作戦がどういう被害をもたらすものなのか、具体的にイメージできたはずだ。そして、その上で魔弾銃が壊れても構わないからやってみようという結論に達した。

 結果は同じだとしても、具体的な成否を覚悟した上で挑んだ方が本人の心の傷は軽減する。

 マァムのその気持ちを重視している証拠として、ポップはマァムの発言を聞いた途端、反対を一切やめて協力しようとしている。
 アバンの形見よりも、マァムの気持ちを重視しているなによりの証拠だ。

 しかし、ポップはここで魔法力が尽きて倒れてしまっている。
 この魔法力切れはポップにとっても意外だったようで、本人も驚いている。この頃のポップは、自分の魔法力が後どれぐらい残っているかを計算できていなかったようだ。正直、この計算の甘さは魔法使いとしては致命的な欠陥である。

 この時、バダックだけはポップに何とかしてくれと叫んでいるが、残りのメンバーが特に口を出さない辺りに思いやりを感じる。

 魔法力は一度使いきってしまえば、休養を取らない限りそうそう回復はしない。本人の意思とは無関係なだけに、ポップにはっぱを掛けたところでどうにもならないだろう。
 黙って膝を貸すだけでポップを急かさないマァムや、早くも諦めたような発言をしているヒュンケルは、ポップに対してずいぶんと優しいと言える。

 まあ、そんな周囲の思いやりはともかくとして、ポップ本人は全然諦める様子もなく、それでも弾へと手を伸ばそうとしているが、ここでポップに代わってしっかりと弾を掴んだのはダイだ。

 フレイザードとの戦いが終わってから力尽き、気絶状態にあったダイは、移動する際もマァムに運ばれていたし、みんながレオナを助けるために模索している間も床に寝かされていた。

 だが、起きてすぐにレオナを助けるために魔法を弾にこめたところを見ると、この時点で目を覚ましたと言うのは無理がある。少なくとも、魔弾銃に複数の呪文を詰めようと言い出したマァムの発言は聞いていたと見なすべきだ。
 意識はあったが身体が動かない状態だった、と解釈するのが正しそうだ。

 特筆すべきは、ここでダイが意図的に竜の騎士の力を使った点だ。
 これまで、ダイは幾度か戦いの中で竜の紋章の力を使用しているが、それは例外なく敵と戦うために無意識に発動した力だった。

 ダイ自身でさえ使った後でびっくりしているぐらいであり、コントロールできているとはとても言いがたかった。
 だが、ここでダイは明らかに戦いに関係ないことで、自力では使用できないはずの魔法を使っている。

 攻撃魔法という方向ではあるが、ダイ自身の意思で紋章を使用したという事実は大きい。
 この後、マァムがダイが魔法を込めた魔弾銃を撃ってレオナを見事に助けるのだが、魔法がレオナの氷を消し去った直後に額の紋章が消えているのが印象的だった。

 ダイ自身の意思とは無関係に、一度呼び出した竜の紋章は危険の有無を自動的に感知するのではないかと考えたシーンである。


 

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