94 ダイvsヒドラ戦(6) 

 

 さて、話は少し遡ってダイがヒドラに掴まったシーンに戻る。
 長い首を利用して、ダイに締め付け攻撃を仕掛けているヒドラは鈍重そうな見掛けと違ってかなり知能が高いようだ。

 手足のないヒドラの攻撃は、頭や巨体を利用して体当たりを仕掛けるか、炎を吐くのが主な様だが、これらの攻撃はダイにはあまり効いていなかった。なにせ動きが素早いダイはヒドラの攻撃を簡単に躱してしまうし、炎によるダメージもレオナの魔法で相殺されてしまっている。

 それなら、先に相手の動きを封じた方がいいと判断したのだろう。
 実際、この締め付け攻撃はダイにずいぶんと効いている。
 この時、他の頭を使ってダイに一気にとどめを刺そうとしない辺り、ヒドラの利口さが表れている。

 なにせ、ヒドラは複数の頭があるためにあまりに接近戦で噛み付き攻撃をすると、自分自身にまでダメージを与えてしまいかねない。実際に、この戦いでも自分で自分の頭の一つを噛むシーンもあるし。

 それに後に作品内で実証される事実だが、いかに最強を誇るドラゴンとはいえやはり外部の皮膚と違って口の中は脆い。とどめを焦って口内で暴れられてダメージを与えられるよりも、先にしっかりと弱らせようと考えるだけの知恵がヒドラにはあるらしい。

 手を完全に封じられ、しかも宙に持ち上げられた姿勢では足も使えず、さすがのダイも反撃のしようもない。しかもその締め付けが相当にダメージを与えたのか、ダイにしては珍しくひどく苦しそうだ。

 だが、ダイは自分自身のダメージではなく、ドラゴンに襲われかけたレオナを見たことで、竜の紋章の力を開放している。
 ダイの紋章の力の発動ポイントが怒りだけでなく、『守りたい』と思う気持ちを強く刺激されることだと、はっきりと分かるシーンだ。

 この時、ダイは力の開放と同時にヒドラの首を引き千切っている。
 凄まじい怪力ぶりをみせるダイだが、力以上に額の紋章を見てナバラとメルルが驚いているシーンが印象的だ。実際、この驚きが話の展開を左右する大きな伏線になっている。
 まあ、それはさておき、自由になった途端ダイは今まで自分を掴まえていたヒドラに目もくれず、レオナに迫るドラゴンに向かっている。
 すごく目立たないシーンなのだが、実はこの時がダイが飛翔呪文を使った初めてのシーンではないかと筆者は考えている。

 この時、ダイは単に落下しているとはとても言えない勢いでドラゴンに向かっているのだが、足場のない空中で勢いをつけるも、重力に逆らって落下の方角を変えるのも不可能だ。と、なれば、考えられるのは魔法力を使って方向を修正し、加速をつけた可能性だろう。

 ダイはマトリフとの訓練で、ポップが飛翔呪文を使うところを見ていた。つまり、そういう魔法もあるとの認識を持っていたということだ。さすがにこの時は自在に飛ぶまでは使えないようだが、地面に降りる方向に向かって発動するのは比較的簡単だったようだ。
 

 この時、レオナは恐怖から目を閉じ、身動きもできないという有様だったが、逆にそれが幸いしている。下手にレオナに動き回ったり、抵抗した方が、ダイも攻撃の狙い目に困っただろう。レオナが動かなかったおかげで、ダイはドラゴンの頭をまともに蹴り飛ばすのに成功している。

 人間でも頭に攻撃を食らえば威力は弱くても脳震盪を起こしてしばらく動けなくなるが、どうやらドラゴンも同じようだ。この一撃でこのドラゴンは動けなくなる。
 が、次のドラゴンが襲ってくるのを見て、ダイは倒れたドラゴンの尻尾を掴んでバットの様にもう一匹に叩き付けるという荒技を披露している。

 自分の身体の数倍もの大きさを持ち、おそらくは体重では数十倍、下手をすれば数百倍の重さの物を持てるのだから、ダイの力は並外れている。
 怪力ではクロコダインの方がイメージが強いが、ダイの力も相当なものだ。

 ところで、この直後に中級爆裂呪文を放ってとどめを刺し、さらにダイは続け様に呪文で女性の上の岩を砕き、レオナ達に早く逃げる様にと促している。
 作品中で説明はないが、この時、ダイが使ったのは魔法ではなく闘気の方ではないかと筆者は考えている。

 少なくともDQでは物質を直接破壊する呪文はない。直前に使っていた爆裂呪文はあくまで空気の成分を合成して爆発を起こす呪文なので、周囲にいる女性達に被害を与えず岩だけを器用に砕くのは難しい。
 それよりはごく弱い闘気弾をぶつけて岩を破壊したと考えた方が、納得できる。

 この徹底した一連の行動を見て、ポップはあからさまにホッとした顔を見せているのだが、レオナは戸惑いや不安の方が強い表情を見せているのが印象的だ。

 実はレオナが紋章の力を使ったダイを見るのは、これが初めてなのである。
 ダイがレオナの公式の場での王女としての態度に冷たさや距離感を感じた様に、レオナもまた戦いの場でダイの戦士としての態度に気圧されるものを感じても無理はない。戦いの最中なだけに、ダイの方もいつもの明るさや余裕はない。

 おまけに、一度戦い始めたダイは途中では止まれない。
 首一つ失ってもまだ立ち向かってくるヒドラを見て、ダイは戦いに転じている。――が、冷静に判断するなら、ダイはここでヒドラを徹底して叩く必然性まではない。

 ダイ達の本来の目的は、敵の壊滅ではない。人達の避難する時間を稼ぐための戦いこそが、レオナが最初に掲げた目的だ。
 しかし、ダイの意識は明らかに戦いに傾いている。

 敵は完全に叩きつぶした方がいいと竜の騎士の本能で感じ取っているのか、いつもよりも攻撃が激しく、容赦のない物になっている。ダイを一番見慣れているはずのポップでさえ、いつものダイと違うと感じて戸惑い、恐れを感じているのだから。

 竜の紋章が浮かんでから、ダイの動きはさっきまでとは明らかに違っている。
 さっきまではダイは敵の攻撃を避けるのが精一杯であり、しかも時として避けきれない場合もあった。

 だが、紋章の力が目覚めてからは動きが各段に早く、また力強くなっているのが見て取れる。竜の紋章が発動してからはダイはただ避けるだけではなく、体当たりや蹴りを織り交ぜている。身体が鋼鉄並に固くなっている紋章発動時ならば、素手の攻撃でも敵にダメージを与えるのが可能だと知っているのだろう。

 ダイの動きについていけず、ヒドラは自分で自分の首に噛み付いてさえいる。
 だが、いくらダイの身体が固くなり能力値が高まったとはいえ、素手のままで相手に致命傷を与えるのは難しい。

 しかし、その時、ダイは地面に落ちていたドラゴンキラーを発見する。
 避難のどさくさで落としたとはいえ、本来これはオークションで落札したゴッポル氏の物なのだが、ダイは迷いもせずにドラゴンキラーを拾って腕に嵌めている。

 ここで面白いのは、ダイがドラゴンキラーを即座に身に付けている点だ。
 ドラゴンキラーというのはかなり特殊な形をした武器で、剣というよりも手甲に近い。
 腕に嵌めた上でしっかりと持ち手を握って装備するのだが、初めて見た人にはどう使うかも悩むような代物である。普通の剣と違ってリーチもかなり短いし、使い勝手の悪そうな武器だが、ダイはためらう様子もない。

 ここでダイは一度目を閉じ精神集中させているが、これは攻撃のための予備動作ではなく、おそらく魔法を使うための精神集中だろう。
 しばらく気合いをためた後、ダイは襲いかかってくるヒドラを物ともせず、ヒドラの5つの首の付け値深くに剣を食い込ませている。

 この攻撃自体は、ヒドラに致命的なダメージを与えたとはいがたい。
 なにしろ、ヒドラは図体が大きいだけに耐久度もたっぷりとある。それに、ヒドラの身体の構造からみても、首の付け値という場所は即急所とは言えないだろう。

 おそらく、ダイが刺した部分から真下に近い場所に心臓、もしくは重要な臓器があるのは予測できるが、いくらドラゴンキラーとはいえダイが刺した部分はごく浅い。

 だが、ダイはすかさず電撃呪文を唱えている。
 ダイが呪文を唱えた時にはすでに頭上に雨雲が浮かんでいるので、先程の精神集中で雨雲を呼び寄せたと考えていいだろう。

 自分自身に伝わらせる形で電撃呪文を落としているが、ダイが全くノーダメージなのにもかかわらずヒドラには致命的なダメージを与えた。これが致命傷となったのは、間違いない。

 ダイの狙いはヒドラの急所を正確に刺すことではなく、固い皮膚に比べれば脆い内蔵に電撃魔法を注ぎ込んでダメージを与えることだった。
 以前はポップの補助があってやっと唱えることができた電撃呪文を、ダイは無意識とは言え使いこなしているのである。

 同時に、竜の紋章の力も相当うまく使えるようになってきたと言えるだろう。
 まだ自分の意思だけで紋章の力を呼び起こすことはできず、なんらかのきっかけが必要な様子だが、一度紋章の力が働きだした後は、かなり自由に操ることができるようだ。

 しかし、この時のダイは自分の意思で紋章の力を沈めることもできない。敵にとどめを刺したのと同時にダイの額の紋章は消えているが、これはダイ自身の意思というよりは、敵を排除し終わったから自動的に消えたという印象である。

 この時のダイにとって、紋章の力とは多少は使えるようになったものの、まだまだ制御しきれない未知の力のようである。

 

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