93 ダイvsヒドラ戦(5)

 

 さて、ようやくダイとヒドラの考察に入る。…すでに、5話めではあるが(笑)
 騎士の鎧のパーツだけを付けて身軽になったダイは、ヒドラの炎に焼かれそうになった少女達(メルル)を庇ってヒドラと相対している。

 この時ダイはメルルに、自分がヒドラを引きつけるからそのスキに早くと告げているが、メルルの考察でもあげた様にこの指示はメルルにとっては実力的に実行不可能な指示だった。とは言え、戦いに集中するダイにもこの段階でメルル達を助ける余力などはない。それどころか、彼女らを背中に庇ったダイは一度も後ろを振り返る余裕などなかった。

 そもそも、あの状況ではダイが炎に焼かれそうになったメルルと少女には気付けても、瓦礫の下敷きになっていた女性の姿を確認していたかどうかは非常に怪しい。告げた言葉からいっても、単にダイはメルルと少女に逃げるようにというぐらいの意味合いだったのだろう。

 仮定の話になるが、ここでダイが瓦礫の下敷きになっている女性に気が付いて、母親の救助を優先していたのならこの先の展開が大きく変わっていた可能性もある。だが、幸か不幸か、ダイは戦いの場では敵にのみ集中するタイプであり、細かい部分にまで目や神経を配ることのできるタイプではない。

 この時のダイは襲ってくるヒドラを少女達から引き離すように距離をとり、ヒドラの神経を攪乱するのを優先している。

 なにしろこのヒドラは頭が5つもある怪物である。近い距離に人がいる場合、それぞれの頭が別々の目標に向かって攻撃する可能性は十分にある。少女達の安全を考えれば、やはり場所を移動させるのが最善だろう。

 だが、ヒドラを動かすのはかなり難しい。
 まず、ヒドラは身体が重いだけに動きが鈍い。巨体なだけに一歩一歩の歩幅が大きいが、前進速度自体はそう早いとは言えないのである。それにもかかわらず、ヒドラは首が複数あるために攻撃回数は多い。

 DQゲーム内ではヒドラ系の怪物は決まって二回攻撃を仕掛けてくるが、ダイ大界ではヒドラの攻撃の素早さでそれを表現している。複数の首でダイに噛みつこうと迫ってくるヒドラの動きは非常に素早く、また、根本が同一生物なため恐ろしいぐらいに連携が取れている。相手が大きいだけに、ダイはよけるのに苦労させられている。

 頭数は同じであっても、ドラゴン5匹を相手にしたポップの方がまだ楽だと言えるだろう。
 しかもポップと違い、ダイはこの時は飛翔呪文は習得していない。

 そのため、ヒドラに攻撃を仕掛けるためにダイは持ち前のジャンプ力を活かして周囲の民家の壁や屋根部分を足場におよそ三階建ての建物に匹敵するヒドラの頭の上まで飛び上がるという、驚異的な運動神経を発揮している。

 この時、ダイが狙ったのはヒドラの顔面だ。
 ここでもアバンの教育の成果が表れているのが、興味深い。アバンがドラゴンに化けた疑似戦闘でドラゴン族の皮膚の堅さを実感したダイは、顔面への攻撃が効きやすいと学習しているのだ。

 だが、残念ながらこの時のダイの攻撃は剣が砕けてしまい、全く効果がなかった。
 敵にダメージを与えるどころか、逆にダイは炎を浴びせられてしまう。
 ここで活躍を見せるのは、レオナだ。

 レオナはメルルやベンガーナの人々と一緒に女性の救助に当たっていたが、ダイの危機を見て素早く初級氷系呪文を放っている。
 ここで見事なのは、レオナがヒドラにではなくダイに向かって魔法を放ったことだ。

 レオナの魔法の威力は、そう強くはない。とてもドラゴン族に通用するレベルではないのである。おそらく、牽制であっても役には立たないだろう。
 それを承知しているからこそ、レオナは敵への攻撃としてではなく、ダイの消火のために魔法を放った。狙いどおり炎は見事に消え、ダイは自力で足から着地している。

 とはいえ、剣は柄だけを残して完全に壊れてしまった状態は、ダイにとって著しく不利だ。
 それでも、ダイは微塵も諦める気配がない。

 駄目になってしまった剣を潔く捨て、ダイは自分の使える唯一の攻撃魔法――初級火炎呪文で戦っている。

 しかし、正直な話、これは無謀もいいところだ。
 炎を吐くヒドラが、炎を苦手とする道理はない。実際、見物している戦士系の人々は勝ち目のない戦いを続けるダイに驚きを見せている。

 だが、この時、この場にいる見物人達はダイの行動についてひどく表層的に捕らえ、全く理解しようとはしていない。それが顕著に表れているのが、この期に及んでドラゴンキラーを大事に抱え込んでいるゴッポルだ。

 彼はナバラから、ドラゴンキラーをダイに貸す様にと進められたにもかかわらず、自分の財産だと固執して抱え込んでいるだけだ。このままヒドラが暴れまくったらどうなるのか、ダイが戦いをやめたらどうなるのかまで、全く想像が及んでいないのだ。

 たとえ剣を失っても、逃げるだけならダイにとっては難しくはない。ダイの脚力や身体能力を持ってすれば、ヒドラをふりきって逃げ出し、武器を手に入れ直してから再戦を挑むのは難しくはないのである。
 だが、ダイはそうすればレオナを初めとする避難民達に被害が及ぶことを知っている。


 だからこそダイは、不利を承知で苦手な魔法で戦っているというのに、その献身は全くといっていいほどベンガーナの人々に伝わっていない。
 それをただ一人、理解しているのはレオナだけだ。

 自分達がここにいる限りダイもまた逃げられないと知っているレオナは、救助を急ごうと努力している。

 だが、努力は認めるが、この判断は正直いって甘すぎる。
 他人を助けたいと思う気持ち自体は素晴らしいものではあるのだが、この時のレオナもメルルと同様に自分の力の及ぶ範囲の見極めができていない。

 現状での救助が困難であり、なおかつ救助をする側にも危機が及ぶ場合、リーダーには一つの決断を求められる。二次災害を防ぐため、要救助者を見捨ててでも救援者の命も守るのはリーダーの役割だ。この場合ならダイ、もしくはレオナがその判断を下し、救助を見限ってできる限りの多くの人間を避難させるのが妥当な判断だったと言えるだろう。

 まあ、この時はダイもレオナも別に責任のある立場にいるわけでもないし、ただの通りすがりのボランティアに等しいのだからそこまで要求するのは酷な話だが。判断を下すのならばナバラや戦士達でもよかったのだが、生憎とこの場にいる人々はその辺がちぐはぐだ。

 大別して、この場にいる人達の思考パターンは3つに分けることができる。
 自分に被害が及んでも他人を助けたいという確固たる信念を持っている、ダイ、レオナ。
 自分のできる範囲で他人を助けたいと思っているポップ、メルル。
 特に強い意識はないので戦いにも避難にも中途半端で、その場の雰囲気に流されがちなナバラやベンガーナの人々。

 一緒に行動しているものの、至って急増的な彼らの意識はバラバラだ。意識が統一されていないのだから、救援活動がうまく行かないのも無理はない。

 しかも、この時はダイの武器を買う前だったこともあり装備も充分ではなく、ダイとポップしか戦力はなかった。つまり、この二人がきっちりと敵を倒す、もしくは引きつけるという役割を負えなくなった段階で、救援活動は実行できなくなるのである。

 最初からかなり無理がありまくりな難題なのだが、その認識がレオナ達にはできていない。
 ダイがヒドラの首に掴まって身動きを封じられた段階で、レオナ達にはダイを助けるどころか、自分達を助ける手段すら失っている。

 だが、レオナはまだ女性の救助を諦めていない。
 おそらく、彼女の脳内では女性を救助を優先してから、ダイを助けるための手を打つという布石が浮かんでいたはずだ。

 それが実行可能な策だったかどうかは今となっては分からないが、ポップがドラゴンを二匹を取り逃したことが発覚した段階で、達成困難度と危険度は格段に跳ね上がった。

 下手をすると、全滅コースである。
 ポップがそれを一番強く意識している様子で逃げてくれと指示してるが、この呼び掛けが実は問題ありまくりだった。

 なぜなら、この言葉こそがベンガーナの人々に大義名分を与えてしまったからだ。それまでは曲がりなりにもレオナの指示に従って行動していた人々に、別の指示を与えてしまったのである。

 強い思想も意思もない人々にとっては、他人の救助のために敢えて危険な場所に踏み止どまるより、逃げる方が遥かに魅力的だ。しかし、自分の意思でか弱い女性を見捨てて逃げるという選択をする意思までは持っていなかった彼らは、メルルやレオナの強い意思に引きずられる形で辛うじて救助側に踏み止どまっていた。流されやすい性格が、いい方向に働いているのである。

 だが、すぐ身近にまで迫った危機と、ポップの言葉が彼らに別の方向への道を与えた。
 言われた通りにしただけだから自分は悪くないと言う、精神的な逃げ道も与えてしまっているのだ。そのおかげで一気に精神的負担が軽くなり、ベンガーナの人々は一塊になって遁走している。

 ところでこの時、周囲の人間に対してレオナはどこまでも強気な態度で待ちなさいと命令しているのだが、メルルは懇願する様に待ってと頼んでいる。どんな状況になっても女性を助けたいという意思は同じでも、性格の違いがはっきりと言葉遣いに表れているようだ(笑)

 

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