39 襲撃準備(5) |
さて、ここで視点をポップの方へ移してみよう。 その上で、泣いているばかりのダイの姿も見比べたポップは一人、ここで一つの決心を固めている。 それは、ダイを守ろうとするための決心ではない。 ポップがここで心を決めたのは、目的のためになら手段を選ばないと言う決意の方だ。 この状況下でいくら全員で力を合わせたところで、ダイを守り切ることはできないとポップは考えたのだ。 ダイの力を当てに出来ない以上、クロコダインをメインに戦闘を組み立てるしかないが、すでにクロコダインはバランに対して惨敗を喫している。バラン一人でさえ手こずったのに、その相手が3人の配下を連れてきたともなれば圧倒的に不利だ。 数の上だけならばダイ達の方が多いとは言え、質は比べものにもならない。それにポップはメルルやナバラ、おそらくはレオナも戦力としてはカウントしてはいまい。 レオナのリーダーシップは見事ではあっても、賢者の卵である彼女には回復能力はあっても戦闘力はほとんどない。 つまり、この場で実質的に戦えるのはクロコダインとポップだけしかいない。しかもメインとなれるのはクロコダインだけであり、ポップはせいぜいサポート役といったところか。 そして、ポップの考えは、レオナよりも実際的なものだ。 レオナのリーダーシップは見事だが、彼女は理想を第一に追求する。高潔な理想を掲げ、そのために全力を尽くすことを推奨するレオナは、実力差が及ばない相手との力の差を今一歩理解しきっていないような甘さを持っている。 この時だけでなく、レオナは作戦を立案する際、敗北や失敗した後の展望までは考えていないのである。全力を尽くしてもなお、ダイを守り切れなかったらどうするべきか、レオナの思考はそこまで及んでいない。 しかし、ポップはこの時点でレオナの作戦の穴や欠点に気がついている。 増援を呼ぶだけの時間すらないのだ、これではどんなリーダーでも現在の戦力でせいぜいしっかり戦えるよう、せいぜい味方の士気を上げるために毅然と振る舞うぐらいしかできやしないだろう。 だが、ポップはレオナが選ばなかった作戦を思いついた。 うまくいけば敵の人数を減らせるし、もし失敗したとしても防衛にはさして問題はでない。 だが、レオナはそんな作戦を受け入れるタイプではないとポップは、理解している。 クロコダインは人間の良さに目覚め、魔王軍を裏切ってまでダイに力を貸してくれているし、おとなしく見えても人助けのために危険な場所にとどまるメルルもまた、正義感は強い。 そんな彼らが、犠牲を前提としたこの作戦に頷くとは思えない。自分の作戦に仲間達が賛成はしてくれないだろうと判断したポップは、この時点で試しもせずに説得を捨てている。 無理な説得は、デメリットの方が大きいと判断したのだろう。 ポップを単独で奇襲に差し向けるという案は、必ずしも仲間の賛成がなければ実行できない案ではないからだ。仲間の目を盗んで、こっそりと抜け出しても実行することは可能だ。 だが、ポップはその方法は選ばなかった。 確かに、心理的にはその方が仲間達にとってはダメージが軽い。 それは、ポップがこっそりと抜け出した場合も同じことだ。 しかし、ポップの方が自分の身勝手さから勝手に逃げ出したのならば、仲間達の心の傷は最小限ですむ――そう考えた上で、ポップは即座に実行している。 わざと憎まれ口を叩いてレオナの怒りを買い、彼女の口から出ていけと言わせるのに成功している。 ついでに言うのなら、ポップは口の達者や演技力もなかなかのものだ。洞察力ではポップ以上に優れているレオナでさえ、彼の演技を見抜けなかったのだから。 しかもポップはこの時、レオナ達にも逃げ道を残している。 レオナを怒らせるための挑発ともとれる言葉だが、これは最悪の事態の時の最後の手段として口にした可能性と考えるのはうがち過ぎだろうか。 たとえ自分が奇襲をかけ、クロコダインが全力で防衛したとしても、ダイを守り切れない可能性があることをポップは最初から気がついていた。最悪の展開の場合、バランが仲間全員を皆殺しにしてダイを奪っていく可能性も否定しきれないのだ。 それぐらいならばまだ、ダイを手放す形になっても仲間達には生き残って欲しい――その気持ちが、ポップの中にはあったのではないかと思える。 しかし、そこまで仲間に対して気を遣っている割には、ポップは肝心要の所で読みが甘い。 ポップの心変わりに対して、レオナやクロコダイン、それにメルルが受けたダメージの大きさにポップはまるっきり気がついてはいない。ポップに裏切られた衝撃で仲間達が戦力喪失する可能性は、彼は微塵も考えていないのである。 自分がいなくなっても、後はダイや仲間達がなんとかしてくれるという信頼感を持っているポップは、自分の存在が仲間達に与える影響について全く考慮していない。 だからこそ平気で自分を捨て駒扱いできるわけだが、見ていて非常に危なっかしく、ヒヤヒヤされられる点でもある。 |