38 襲撃準備(4)

 

 レオナ達がテラン城の地下牢を拠点と決め、籠城の準備を整えている中、ナバラは占い師として敵の正確な位置を調べている。

 占いの能力や素質自体はメルルの方が上のようだが、さすがはベテランの力量と言うべきか、ナバラは占い師としての能力の使いどころを心得ている。
 メルルは敵の存在を敏感に察知できるが、それを第三者に伝えるという力にはかけている。メルルは自分自身で見た不吉な占いを、言葉で他人に伝えるしかないのである。

 これでは、相手がメルルを信頼していなければ、信じてさえもらえない。
 だが、ナバラの能力はもっと実践的だ。
 自分が予知の力で知り得た遠方の光景を水晶球に映し出し、他人に見せることができるのだから。

 これは、占い師にとっては非常に大きな強みだ。
 自分の目で確かめたことほど、人間にとって確かなことはない。望んだ占いに対して、実際に視覚で確認できる占いを与えてくれる占い師ならば、有名になるのも無理はない。

 この時、ナバラが実際に映し出した映像により、ポップ達は竜騎集の姿を知ることになる。バランはともかくとして残り三人は全員が初対面ではあるが、ドラゴンに騎乗して疾走しているだけでもその実力は推し量れるというものだろう。

 ドラクエ世界では、ドラゴンは最強種族の怪物だ。それをやすやすと従えることができる魔族なら、ただ者のはずはないと予測も出来る。
 また、この時点でクロコダインが竜騎集の情報を出している。

 バラン配下の最強の竜使い達であり、竜に乗っている時は軍団長並の力を発揮すると彼らの強さを説明するクロコダインだが、これでもこの説明は控えめな方だ。

 顔色を変える女性陣以上に、クロコダイン本人が一番、敵の強さを痛感して恐れ戦いていると言っていい。

 この時、クロコダインが考えている方針はあまりにも弱気だ。
 なにしろ彼は自分達だけではしのぎきれないかも知れないと弱気になり、この場にせめてヒュンケルがいてくれればと願ってさえいるのだから。

 クロコダイン自身は自覚していないかも知れないが、バランに惨敗した事実が精神面にも影響を与えている。バランがそう望んだ通り、クロコダインは自分では決してバランに勝てないと言う苦手意識がすり込まれ、戦う気力も半減しているのである。

 かなわないと知りつつ、ダイ達を守るためになら単独で戦う気満々だった誇り高い獣王に、自分以外の力を頼りに思う気持ちが生まれている。

 ダイがいればまだ、決して戦いを諦めないダイの勇気に助けられて共に戦うことができただろうが、その肝心のダイが戦力外になった影響は、クロコダインの精神力に大きなダメージを与えているのである。

 ただでさえ弱気になっているクロコダインや女性陣に追い打ちをかけるように、この時、ポップが突然に逃走宣言をする。

 勝ち目は絶対にないし、無駄死にはごめんだからとっと逃げ出すと言い出したポップに対して、レオナとクロコダインはまず、最初に驚いている。
 ポップがそんなことを言い出したのが信じられないとばかりに驚き、それから彼の気を変えさせようと必死に説得に努めている。

 この時のクロコダインとレオナの説得の言葉を比較してみると、その差が興味深い。

 クロコダインはポップにアバンの使徒だという自覚を思い出させようとし、ダイを失うことが人間にとって、世界そのものを滅ぼすに繋がる危機だと強く訴えている。

 つまり、彼は理詰めからポップにダイを見捨てて逃げだす不利さを訴えているのだ。
 それに対し、レオナのポップへの引き留めの言葉は、いたって感情的だ。
 親友のダイを放っておいて逃げるのかと、感情からポップを引き留めようとしている。

 それに対し、ポップはダイは人間じゃない、奴らの仲間なんだから返してやってもいいんじゃないかとまで言ってのけている。

 この時のレオナの反応は、峻烈だ。
 怒りを露わにした表情で、レオナはポップに平手打ちを食らわしている。その後の決然とした台詞にも、彼女の怒りが感じられる。

『……いいわ! どこへでも消えなさい!
 あなたのような人の力は、借りません!!』

 レオナがこれほど拒絶感を露わにし、他人を露骨に責めるシーンは珍しい。
 感情的なせいで一見そうは見えにくいが、レオナは他人を許すという感情を強く持っている少女だ。

 王女という立場のせいもあるのだろうが、レオナは自分の感情を度外視してその場の状況に相応しい言葉を言うことが出来る。その際、彼女は他人に対してひどく寛大だ。

 バルジ島で潜伏していた時、食料争いをする兵士達を叱りながらもきちんと諭して導いているし、パプニカを一度は滅ぼしたヒュンケルさえ、彼女は許した。

 怪物と友達のダイともすぐに友達になり、クロコダインとも早々と馴染んだレオナは、他人の長所をきちんと見抜く目を持っていると言える。だからこそ、相手の中から良い部分を見極め、それを正しい方向へ導くことが出来る。

 実力そのものよりも、その志の方を高く評価する傾向を持つレオナは、力は弱くても正義の志を強く持つ人間の無力さを責めることはない。

 ベンガーナで出会った、女子供を見捨てて逃げ出すような根性なしな男達にさえ、レオナは責めずに守ろうとさえしたのだ。後での話になるが、傲慢で自分勝手なベンガーナ王との会見の時も、レオナは彼の一方的な理屈に辟易しながらも、それでも彼と話し合おうと努力している。

 たとえ相手が気に入らない存在であっても、それでも諦めずに目的を重ね合わせ、まずは話し合いを試みるのはレオナの大いなる長所の一つだ。
 しかし、レオナはポップの毒舌だけには我慢せずに切れている。
 その怒りの大きさや、見切りをつける速さは彼女の傷心と比例している。

 他人が言った言葉ならば許せても、恋人や家族が言えば許せない言葉があるように、身近に感じている人間であればあるほどその裏切りは堪えるものだ。

 もし、ポップがレオナにとって全く知らない人間であれば、ダイを人間扱いせず、見捨てようとしたからと言ってここまで責めることはないだろう。現にベンガーナの国民達が同じことをしたのに、レオナは彼らに対して怒りを見せてはいない。

 だが、ポップが同じことをするのは、許せない――そう思うのは、ポップを信頼し、親しみを感じていたからこそだ。
 相手を信じているからこそ、相手の裏切りを強く感じ、傷つく――この時、レオナの感じた精神的なダメージは大きい。

 ポップの変心を見て、思わず追いかけようとするメルルとクロコダインの内、戦力として欠かせないクロコダインだけを引き留めるレオナは表面上は冷静さは保ってるが、気丈な彼女はポロポロと涙をこぼしている。

 その時、レオナはアバンの使徒への憧れを語っている。
 アバンへの憧れと、アバンの使徒への憧れを同列に語るレオナにとっては、アバンとアバンの使徒は半ば同一視している。アバンへの期待や親しみを、そのままそっくりとその弟子達に望んでいる点が見られるのだ。

 ヒュンケルに対しては有利に働いたこの同一視は、ポップに対しては不利に働いている。これまで、短い期間とは言え一緒に危機を乗り越えた仲間としての親しみさえ帳消しにしてしまう程強く、レオナはポップに対して失望した。

 その失望感が大きいからこそ、レオナはポップの態度の不自然さに気がついていない。裏切られた怒りもすでに消え失せ、悲しみを強く感じているレオナの心境は最悪と言っていい。

 そして、その失望感の大きさはクロコダインも同じだ。
 ポップの勇気を目の当たりにした経験を持つクロコダインには、ポップの豹変に対して怒りよりもまだ信じ切れないという戸惑いの方を強く感じている。

 これは、衝撃を受けた場合の人間心理としては妥当な物だ。 人間は、あまりにも衝撃的な事実を突然突きつけられた場合、すぐには信じられない。まず、最初はそれが嘘ではないかと否定するものだ。

 それが嘘ではなく事実だと認識してからやっと、怒りや悲しみのような感情が噴き上がってくるものである。

 つまり、この段階でレオナはポップが裏切ったと認識しているのに対し、クロコダインはまだポップが裏切ったと決めつける一段階前、なぜそんなことを言い出したのかと疑問を抱いている状態なのだ。

 いずれにせよ厳しい戦いが間近に迫っている時に、ダイに続いてポップも失った彼らの嘆きは大きい。

 戦いに備えて防御を固めるどころか、主戦力の一人であったはずのポップが離脱し、しかもレオナとクロコダインの心理状態まで最悪の状態にまで陥っている。
 絶体絶命という言葉なども生温い、最低最悪の籠城戦のスタートである。

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