4 回復役達の戦い(2)

 仲間達の奮闘を見守りながら、レオナは文字通り這いずってポップの所へと向かっている。

 誇張ではなく、レオナにはもう立ち上がって歩くだけの力さえ残っていないのだが、レオナは自分自身の回復のための魔法力を一切使おうとしてはいない。これは、少しでも魔法力を温存してポップの回復をやり遂げようとするレオナの強い意志の表れだ。

 目的のためになら、レオナはなりふりにさえ構わない。
 ついでに言うのであれば、肌の露出の多いレオナの衣装では地面の上を這うのは少なからぬ擦り傷を負うだろうが、彼女はその汚れや痛みも厭わなかった。

 ポップの元に辿り着いたレオナは、真っ先に彼の心臓の上に手を置いて生死を確認している。

『や……やっぱり。心臓が止まってる……!!』

 この呟きから窺えるのは、レオナの類い希な自制心の強さと冷静さだ。
 自己犠牲呪文の効力を承知していたレオナは、それを唱えた術者が魔法の成功、不成功を問わずに死亡してしまうことも知っていたに違いない。だからこそ、レオナにとってポップの死亡までは予測できていた。

 だが、予測できていたからと言って、知人の死に衝撃を受けないはずはないだろう。

 しかし、レオナはショックに打ちのめされずその事実を受け止め、理性的に行動しようとしている。ポップが死んでしまったことに怯まずに、自分に出来る最善の手を打とうとしているが――この時、彼女にしては珍しく内心の葛藤を見せているのが興味深い。

 彼女がポップにかけようとしている呪文は、死者蘇生呪文……ザオラルだ。ゲームでも有名なこの呪文は、半々の確立で死亡した者を生き返らせる効力を持つ。

 しかし、この呪文は確実性には著しく欠ける。完全に蘇生できる保証がないので、場合によってはかけるだけ魔法力の無駄となり、戦闘ターンを無駄に消費してしまうだけの結果になりかねない。

 この呪文は、ほぼ賭けに等しい。
 一度も成功したことがないとレオナ自身が言っているこの魔法に、全ての希望を託すのは無謀な賭けとさえ言えそうだ。

 だが、ここで一つ振り返ってみてほしい。
 パプニカ王国を滅ぼされて以来というものの、レオナが選んできたのは常に無謀な賭けに等しい選択肢の連続だった。

 救援の当てが全くないのに、バルジ島に逃げ延びて身を潜めていた時点でレオナが戦いを諦めていなかったのが分かる。一緒に逃げ延びた数少ない兵士達を、レオナは単に自分の護衛ではなく、対魔王軍に抵抗する意思を持った、志を共にする誇り高い兵士として扱っていた。

 レオナは他国に救援を求めるのでもなければ、魔王軍に降伏する道も選ばなかった。魔王軍のやり方に真っ向から反対し、誇りを持って戦う道を選択したのである。

 レオナは、それこそがより多くの人を救う道だと確信していたに違いない。
 彼女は自分自身の身の安全や生存よりも、多くの人を導き、守ることを優先させている。

 もしもの話になるが、レオナが王女という身分を捨て一人の少女として生き長らえる道を選択したのだとすれば、それはさして難しいことではなかっただろう。

 ベンガーナデパートに行った時の手際の良さや彼女の頭の良さを考えれば、一般市民に紛れて生きるのは出来ない相談ではない。

 しかし、レオナの特徴の一つとして、長期的な視点から物事を眺めることができるという長所がある。

 だからこそレオナは、ただ生き延びるだけでは駄目だと早い段階から気づくことができた。彼女個人のことだけを考えるのならば、身分を捨ててダイのいるデルムリン島でこっそりと隠れ住むという未来も悪いものではなかっただろう。

 だが、レオナは自分の幸せを選ばなかった。
 魔王軍という圧倒的な戦力を前にして、人間が生存するためには譲歩せずに戦うことこそが正しいと、彼女はすでに考えていたのである。

 それゆえに理想を振りかざしながら人々を鼓舞し、自分の正義を追求する形で戦いを導いてきた。

 しかし、レオナはこの時初めて、他の人間の力ではなく自分の力こそが勝敗の行方を左右する戦いに参加した。戦いの補佐や指示能力ではなく、純粋に自分の力が問われる状況に陥ったのは、おそらくレオナにとっても初めてのことだったのだろう。

 一人の少女として、不安を感じるのも無理はない。この時のレオナが感じていたプレッシャーは、ひどく大きなものだったに違いない。かかっているのは、ポップの命だけではない。

 大袈裟に言うのならば、今後の魔王軍との戦い……つまり、未来に多大な影響を与えるかもしれないのだ。
 失敗は、決して許されない。

 ポップに呪文を賭ける寸前、レオナが珍しくも神にすがる台詞を口にしているのが印象的だ。

 王女や指導者としての立場上、人前では常に強気な言動を崩さないレオナが思わず神に救いを求めてしまったこのシーンは、貴重であると同時に彼女の心理にも多大な影響を与えたのではないかと思っている。

 心の弱さに負けて我欲に走った他人を容赦なく叱責し、それが義務だと言わんばかりに正義の遂行を求めた年若い王女は、自分の中の弱さと不安を抱えながら戦いに望むことになった。

 この経験は、きっと無駄にはならない。
 失敗をした人間ほど、他人の失敗や悲しみ、弱さを思いやれるようになる。知識だけでは得ることのできない、深い想いを自分のものにすることができるのである。

 並以上の聡明さに身分、人並み外れたカリスマを持つレオナが味わった、自分の力が及ばないかも知れないという不安感……そして、この先に味わう挫折は、彼女が成長する上での大きな転機になったであろうと筆者は推測している。

 

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