83 回復役達の戦い(1) |
話が前後するが、ここでダイ以外のメンバ−……特に、回復役であるレオナとメルルの働きについて注目したい。地上にいる仲間達も、ただ手をこまねいていたばかりではない。ダイとバランの戦いに平行して、行動しているのである。 この場にいる全員の中で、もっともダメージを受けておらず自由に動きをとれるのは、メルルだ。地下牢でダイの放つエネルギーの余波に吹き飛ばされたとは言え、ダメージはごく軽微なものであり動きに支障はなさそうだ。 しかし、メルルには積極的な行動目的がない。 他のメンバーが思考的にはいち早く立ち直り、冷静に戦況を分析していたにも関わらず立つことも出来ずに地面に伏せていたのとは対照的に、メルルは立つ力を持っていながら思考停止状態に陥っていたのだろう。 ポップが死に、それでいながらバランが再び息子を取り戻そうと精神攻撃を仕掛けた時、メルルは竜の神に救いを求めている。 しかも、メルルが祈りを捧げている竜の神とは、まさに目の前にいるバランそのものであることを考えれば、届くはずもない祈りにすがる少女の姿が、一層哀れに感じられる。 ポップの死に衝撃を受けた彼女は、この時は自分自身の身の安全やダイのことを祈っているわけではない。だが、ポップが命を懸けてまで成し遂げたいと思ったことが無になるのが辛く、なによりも耐えがたかったのだろう。 その意味では、ダイが記憶を取り戻して自分の意思で人間との共存を決意し、バランとの戦いを選んだのはメルルの望みにかなってはいるはずだ。 しかし、その割にはメルルはダイとバランの戦いへの関心は薄い。 この時のメルルは、ポップ以外何も目に入っていない状態だ。 メルルのこの行動は、戦場に立つ戦士はおろか、回復役の思考ではない。そして、占い師としての行動でさえない。 戦況を度外視して自分や自分の大切な人の命にしか興味を持たず、感情のままに動いているメルルは、運悪く戦いに巻き込まれた一少女そのものだ。この時、メルルを放置していたのならば彼女はポップの遺体と対面し、彼の死を悟って悲嘆に暮れることしかできなかっただろう。 だが、この時のメルルを呼び止めたのはレオナだ。 だが、彼女はもっと広い意味での戦況に思いを馳せていたに違いない。 その際、メルルをも戦力に組み込んでいるのがレオナの判断力の凄さだ。 『……私はいいからクロコダインとヒュンケルに回復呪文を……!!』 ここで思い出して欲しいのが、バランとの初戦の際にメルルがクロコダインの手当てをしようとしていた時にダイが言ったセリフだ。 メルルを完全なる非戦闘員と判断していたダイは、彼女を戦いに巻き込むのを良しとせず、早く逃げるようにと告げた。だが、レオナは避難を呼びかけるどころか、メルルの回復能力をも利用しようとしている。 この呼びかけには、レオナの信念が感じられる。 そして、レオナはメルルが何を気にしているかもきちんと見抜いている。 『一度も成功したことないけど……彼に試してみたい呪文があるの……!!』 このレオナの決断は、見事だ。 勇者ダイを引き留めることを最優先するのであれば、レオナはメルルと二人で手分けしてクロコダインとヒュンケルの回復に努めるのが定石だ。 回復魔法が使えるとは言え、メルルの力はレオナよりもずっとレベルが低い。メルル一人では、重傷のクロコダインとヒュンケルに対してまともな回復は期待出来ない。 しかし、レオナの回復をする間に補助的に回復魔法をかけているのなら、クロコダインとヒュンケルによる波状攻撃をしかけることができる。ダイと力を合わせる形で二人ずつ交互に攻撃を仕掛けるのならば、さすがのバランもクロコダインとの戦いでそうしたように軽く敵をあしらいながら回復役に攻撃する余裕はあるまい。 レオナがクロコダインとヒュンケルの回復に専念すれば、ダイの勝率は大きく上がっただろう。 だが、レオナはここでポップの回復を優先させる決断を下した。 その決断が、感情だけから発したものとは筆者は思わない。 しかし、レオナは並の少女ではない。 レオナの目的は、バランとの戦いの勝利ではない。彼女は、地上侵略を計る魔王軍との戦いに勝利するために、戦いに名乗りを上げたのだ。言わば、この戦いは彼女にとって通過点にすぎない。 勇者ダイの存在が人間達にとって必要不可欠であるように、ダイにとってはポップの存在が失えないものだと考えた。ポップの存在が、ダイの……引いて言うのならば、この先の魔王軍と人間の戦いを大きく左右する可能性があるのなら、目先の勝利を優先して捨てるわけにはいかない駒だ。 例え成功率が低い上に、ダイ達の戦いの勝率を下げたとしても、挑戦する価値があると踏んだ。 出会ったばかりの頃は、頼りなさそうな魔法使いと認識していたはずのポップを、レオナは見直したどころではない。最大級の信頼を寄せて、助けようとしている。 この激戦の最中、レオナの目は戦いを超えた先にある未来を見つめているのである。 |