86 ダイ対バラン戦2(9)

 

 一度、鍔迫り合いの形で競り合った後、ダイとバランは互いに後ろに飛んで距離を空けている。

 普通、鍔迫り合いの形ならば純粋な力比べが勝負の優劣を決めるため、力の強い方が有利――つまり、バランに分のある勝負だ。
 なのにこの戦いの中、バランは徹底してダイとの接近戦を嫌っている。

 自分を上回る巨漢のクロコダインを相手に素手で渡り合ったバランが接近戦を苦手とするとも思えないのだが、ダイが接近戦を仕掛ける度にバランは蹴りなどを利用して距離を空けようとしている。

 それも一度や二度ではなく、三度目ともなると偶然とは思えない。意図的なものだと考えてよさそうだ。
 紋章の力がこもったダイの拳を警戒しているのが最大の理由だろうが、筆者はそこにバランの精神的な問題も隠されているような気がする。

 バランはダイを殺そうとしてはいる――だが、彼はダイに接近するのを避けて、あえて遠距離からの攻撃で始末をつけたいと考えている様に見える。

 バランのその心理には、言うまでもなくソアラへの想いが関係していると思える。バランはダイにソアラの面影を見いだしている……それを思えば、バランがダイを否定して抹殺したいと思いながらも、その顔を直視するのを恐れる気持ちも分かる。

 古今東西で、処刑する際に罪人に目隠しをする風習は数多いが、これは罪人への慈悲というよりも処刑人のためのケアに近いと言う説がある。処刑人だけに限らず殺人犯の手記などでも報告があるが、相手の目を見ることで人間は罪悪感を呼び起こされがちだ。

 相手の視線を遮断することで、人間は相手を人ではないと自分に言い聞かせ、無慈悲な真似を行うことが出来るのだという。

 元々、死に逝く者を目の当たりにして、人は平常心を保ちにくい。ましてや、自分の手で他者の命を絶つともなれば、尚更だ。そのため近代になればなるほど処刑人に対して、直接相手を殺したという自覚を薄めるための工夫が凝らされている。

 例えば、死刑制度の中で銃殺は、射手は一人ではなく複数の兵士の手による一斉射撃が通例だ。銃の命中率が予想以上に低いという理由もあるが、兵士達本人でさえ誰の弾が命を奪ったのか分からなくさせるための処置である。

 日本では絞首刑が執り行われているが、これは処刑台の上に首に縄をかけた罪人が立ったところで足下の仕掛けを作動させて落下させるという、言わば落とし穴形式となっている。

 この足下の仕掛けを動かすスイッチを押すのは人間の役目なのだが、このスイッチは複数存在していて数人が同時に押す仕組みだと言う。どれが本物でどれがダミーなのか、当事者達には知らされない。

 他者の命を奪う役職についている者でさえ、殺人は大きな精神的負担がかかると言うことなのだろう。
 怒りのままにふるまっているバランもまた、息子を殺そうとしている良心の呵責を感じているのだと筆者は推測している。

 歴戦の戦士であるバランは、自分が本気で戦った際の被害の大きさを理解している。自分の勝利が、そのまま相手の命を奪うものだと考えているのである。

 だからこそ、敵であろうとも何度となくダイや一行に警告を放ち、バランは極力戦わずに納めようとしていた。しかし、戦い前には躊躇いをもっていたとしても、一度本気で戦い始めた彼には一切の容赦は無い。

 ダイが手にした剣――ヒュンケルが手にしていた魔剣が自分の剣ほどの強度が無いと見抜くや否や、雷を呼んでいる。
 バランが選んだ技は、剣に雷撃を纏わせて放つギガブレイク――彼の最高の技だ。

 剣の強度が違うのならば、接近戦で戦い続けていてもいずれはダイの剣は折れる。それを狙った方が確実な勝利が得られるはずなのに、バランはダイの自滅を待つつもりなどない。

 どこまでも遠距離からの大技で、自分の手で決着をつけることに拘っている。
 しかも、拘りを持つあまりバランは自ら弱みを暴露しているのにも気がついていない。

 バランはこの形態でギガブレイクを放つのは自分も初めてだと発言しているのに、注目して欲しい。

 竜の騎士の最強の姿であるはずの竜魔人だが、バラン本人が言っていたようにいざ変身してしまうと感情を抑えきれずに本能のみで戦う場合が多かったのだろう。

 武装したに等しい装甲を両腕に供え、竜闘気砲呪文(ドルオーラ)という超呪文を使えるようになる竜魔人ならば、確かに怒りのままに暴れているだけでも周囲を全滅させかねない。

 しかし、この時のバランは十分に理性を保っている。
 竜魔人の身体と飽くなき闘争心を持ちつつ、武器を使って敵を攻撃しようと考える理性が同時に働いているのである。これまではできなかったことを、バランはダイとの戦いの中で出来るようになった。

 皮肉な話ではあるが、息子とのこの戦いがバランを戦士として成長させているのだ。

 だが、成長しているのはバランだけではない。ダイもまた、急激に成長している。バランのギガブレイクを見て、クロコダインは恐れを感じたように唸っているが、ダイは至って冷静だ。

 バランの迫力に惑わされることなく、彼の呼んだ雷撃が最上級雷撃呪文ではなくて初級雷撃呪文だと指摘し、自分でもすかさず初級雷撃呪文を使っている。

 ここでダイはやったことは、バランのギガブレイクの真似とは言い切れない。

 以前、ヒュンケルとの戦いで魔法剣を使った経験のあるダイにとって、目の前でバランが見本を見せてくれた雷撃呪文と剣の融合技をそのまま真似るのはできないことではなかっただろう。

 だが、ダイはバランと同じ雷撃呪文は使ったが、アバンから習った技に拘りを持って戦いに望んでいる。

『同じ条件なら……おれ達が勝つ!!
 おれの力と……先生の技と……ヒュンケルの剣と……!!
 そして、ポップが取り戻してくれたおれの思い出を全て一つにして……おまえにぶつけてやる!!』

 ダイのこの言葉は、そのまま彼の本音だ。
 ダイは、自分一人が戦っていると思ってはいないのである。客観的にはどうであれ、ダイの意識の中ではこの戦いは一対一の戦いではなく、仲間達とバランとの戦いなのだ。

 そして、ダイには迷いが無い。
 バランと違い、ダイにとっては敵と戦うこととその敵を殺すことは、イコールではない。

 本気でなれば相手を殺してしまうことに警戒心を抱いているバランとは、そこが大きく違う。本気になることに躊躇いを感じていたバランと違って、ダイは全力を出し切ることに何の迷いも無い。

 だからこそ手加減抜きで、本気で父親であるバランと戦うことが出来る。
 互いに決め技の準備を整えながら、技を放つ隙を狙うダイとバランの戦いは、圧巻だ。空中を高速で飛び回りながら時に交差し、相手の隙を突こうと拳聖的な攻撃を仕掛けている。

 先程までは素手のダイがバランから逃げ回る様な動きだったが、剣を手にしてからはダイもバランへと向かって動くようになっているので、飛翔呪文の軌道が大きく変わっているのが面白い。

 下からダイの戦いを見上げているメルルは、すぐに技を放とうとしない彼らを不思議がっているが、ヒュンケルは正確に彼らの意図を見抜いている。

 大技を連発したバランはもちろん、強度の足りない剣を持つダイも、攻撃を仕掛けられるのは次が最後だ。相手よりも先に自分の攻撃を当てられなければ負けると確信しているからこそ、ダイもバランも相手の隙をうかがうのに余念が無い。

 この駆け引きで、優位に立ったのはバランの方だ。
 ダイの攻撃が当たった際、地上に落下するように着地し、更には一度よろけて見せた。それを絶好のチャンスと見て攻撃してきたダイに対して、バランは額から竜閃紋を放っている。

 左肩を貫く光線の威力に、ダイが怯んだ隙にバランは攻撃を仕掛けている。
 騙しうちにも近いやり方だが、バランはすでに手段もやり方も選ばないほどに勝利のみに固執している。ダイを殺すこと、ただそれだけに集中しきったバランの背に、呪文が放たれる。

 この攻撃はバランにとって、思いかけない不意打ちだった。
 戦いの最中だというのに振り返ったバランは、今の呪文を放ったのが倒れたままのポップだと知り、驚愕している。

 ポップの死亡を確信していたバランは、その後のレオナの蘇生呪文に注意を払っていなかったのは確実だ。歴代の竜の騎士の記憶も引き継ぐバランが蘇生呪文の存在を知らないとも思えないし、レオナが死んでいるポップに呪文をかけている姿を見たのなら、蘇生呪文を連想しないはずがない。

 だが、バランはダイのみに集中しきっていたため、ダイの仲間達には関心を抱かなかった。満身創痍のクロコダインやヒュンケルの不意打ちが通用したのも、バランが彼らに注意していなかったせいだとすれば、それも頷ける。

 だからこそバランにとってポップの攻撃は、決して有り得ないはずの死人からの攻撃であり、意識を混乱させる元となった。

 その隙を突いて、ダイはバランにアバンストラッシュを打ち込んでいる。バランもそれに応じようとはしているが、必殺の一撃をいち早く打ち込んだダイの剣はバランの剣を折り、バラン自身にも大きな深手を負わせるのに成功している。 

 だが、そこまでの深手を負いながらも、バランは持ち前の竜闘気で防御したようだ。攻撃を仕掛けたダイもまた跳ね飛ばされ、両者は同時に地面に落下している。

 クロコダインはこれを相打ちと解釈していたが、これはダイの大金星と考えていいだろう。

 完全に自力の違う敵を相手に、本気を引き出した上で互角以上に渡り合い、深手を負わせるところまで戦い抜いたのだ。いくらバランに動揺や躊躇いがあり、仲間達の援護も大きな助けとなったとは言え、ここはダイの奮闘を讃えたいところだ。

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