87 ダイ対バラン戦2(10)

 ダイとバランの対決――その明暗を分けたのは、なんと言ってもポップの攻撃魔法だ。
 というよりも、ポップの援護魔法に対する意識の差と言うべきか。

 正直な話、ポップの放った魔法は威力としてはたいしたダメージとは思えない。前項で記したようにバランは死んだはずのポップの反撃に驚き、それがダイに隙を見せる原因となっただけだ。ポップの魔法そのものは、バランに対して物理的なダメージを与えてはいない。

 では、ダイはどうだろうか。
 ダイにとっては、ポップからの援護魔法はプラスに働きこそすれ、全くマイナスにはなっていない。これもまた、ダイが一対一の戦いをしてはいなかったという意識が無かった何よりの証拠だろう。

 もし、ダイがバランのみに集中していたのであれば、たとえ仲間からの援護魔法であれそれがマイナスに働く可能性は大きい。プロのスポーツ選手でも、予想外の味方のアシストにかえって隙を見せるということはよくある話だ。

 しかし、ダイにとってはポップの援護は予想外のものではなかった。
 バランとの戦いの最中も地上にいる仲間達を気にするだけの余裕があったダイならば、レオナがポップに何か魔法をかけているのに気がついても何の不思議もない。

 ヒュンケルと違ってメルルからの説明を聞くチャンスのなかったダイが、蘇生呪文について知っていたとは思えないが、ダイはレオナが回復魔法の名手だと知っている。

 となれば、ポップに対して何らかの治療を行っていると考えるのは難しくないだろう。バランと戦いながら、ダイはポップの回復の可能性を予想、もしくは期待していたに違いない。ポップの死をまだ実感し切れていないダイにとっては、ポップが助かる可能性の方が予想しやすかったに違いない。

 だからこそ、ダイはポップの突然の魔法に少しも驚きを見せなかった。
 一人だけで戦っていると言う意識を持たないダイにとっては、自分の戦いにポップが手を貸してくれるのは当たり前のことであり、驚く理由すらない。

 ダイにとって、ポップの援護は実際の手助け以上に、奮起のきっかけとなる起爆剤の要素が強い。
 レオナやポップを深く信頼しているからこそ、ダイはポップの突然の援護魔法に不審さえ抱かなかった。

 バランとの壮絶な相打ちと共に地べたに落下してきたダイだが、満身創痍の状態で相手にとどめを刺しきっていないにもかかわらず、彼はこの時ひどく満足そうだ。
 バランのダメージや生死すら確定していない上、魔剣が崩れ去ってしまった――つまり再び攻撃手段を失ってしまったというのに、ダイはヒュンケルの物を壊してしまったことを気にしている。

 ひどく申し訳なさそうな顔をしているダイよりも、ヒュンケルの方がよほどさばさばしている様に見えるのが面白い。ヒュンケルは最初から剣が壊れるのを覚悟の上でダイに魔剣を渡していたのだから、覚悟の上だったと言えばそれまでだが、武器そのものへの執着心も影響していそうだ。

 己の武器に誇りを感じていたラーハルトと違い、元々ヒュンケルはバーンから貰った魔剣に対してそれ程深い思い入れがあるようには感じられなかった。実際にヒュンケルは武器の性能は自慢していたものの、その制作者には全く興味すら持っていなかった。

 武器としての効力は認め、利用はしていたものの、愛着までは感じていなかったと言うことだろうか。

 魔王軍を抜けた後でも、平気でバーンから与えられた剣を使用していた無造作から言っても、ヒュンケルにとっては魔剣が壊れたのは戦力的にはともかく、精神的なダメージは皆無と言えそうだ。

 ダイと同様に、ヒュンケルもまた、この結末に満足そうな様子を見せている。

 完全勝利とは言えなくとも、バランに対して自分の力――即ち、自分の主張を押し通すことが出来た満足感と、ポップが助かったという安堵感で、ダイはいささか気を抜いている節すら見られる。

 それはダイばかりでなく、メルルやヒュンケル、クロコダインでさえその傾向は少なからずある。ポップの援護を見たため、彼らはレオナの蘇生呪文が成功したと考えた。そのためか、特にメルルは、物静かな彼女にしては珍しくはしゃいでさえいる。

 しかし、ダイの元に集まって喜び合う仲間達の中で、ただ一人ポップの側に居続けたレオナは、俯いて涙を零している。

 喜ぶ仲間達と違って、レオナだけは知っていた――自分のかけた蘇生呪文が、成功しなかった事実を。ポップが確実に死亡してしまった事実に、レオナはいち早く打ちのめされている。

 ダイの勝利や彼の生存でさえ喜べない程、レオナは悲しみと絶望の中にいるのである。それでもきちんと自分の力が及ばなかった事実を告白し、謝罪すらしているのは、見上げた責任感の強さだ。

 レオナのこの告白を聞いた時の仲間達の反応の差に、注目して欲しい。
 この時のダイは、驚きが強い。そして、一番ポップの死に対して悲痛な表情を見せているのは、ヒュンケルだ。
 
 ヒュンケルの思考は、常にネガティブ気味だ。後ろ向きと言うべきか、どんな時でもまずは最悪の事態を想定しがちな傾向が見うけられる。

 しかしネガティブな思考という物は悪い意味で取られがちだが、この思考方法にも長所はある。最悪を想定して心構えを予め作っておくという思考は、危機管理意識としては実際的な物だ。

 そのため、ヒュンケルはポップの蘇生を心から望みながらも、レオナの魔法が失敗する可能性も考えていたに違いない。だからこそ失敗を告げるレオナの言葉をすんなりと理解し、誰よりも早くポップの死亡を確定事実として受け入れて悲しんでいる。

 それに対し、ダイの思考はポジティブだ。
 失敗など考えもせずにとりあえずやってみるタイプであるダイは、最悪を想定するという発想が無い。

 常に楽天的に、うまくいった時のことしか考えない単純さはよい方向に働くことが多いが、こんな時には手酷い精神的ダメージを負うことになる。

 ましてや、すでにポップは助かったと解釈していたダイにとって、この死はあまりにも予想外すぎる。心構えも出来ないまま、ポップの死を突きつけられたも同然だ。

 それを受け入れきれず、まず驚きが先に来るのは当然のことだろう。そこまではバランがポップの死体を投げ出した時と同じだが、あの時と違って悲しみを怒りに転じる対象は、ない。
 ダイはポップの死と、この時、初めて向き合っているのである。

 嘘だと否定しながらダイはポップを揺さぶり、必死に呼びかけているダイは、その願いとは裏腹にポップが二度と目を覚まさないという現実を認識しつつある。

 このままならダイはポップの死を受け入れるしかなく、悲しみに打ちひしがれることになっただろう……だが、幸か不幸か、そうはならなかった。

 ダイが悲しみに沈みきる前に、バランが登場する。
 バランの接近に対して、ダイやヒュンケル、クロコダインでさえも全く気がつかない辺りにいかに彼らがポップに気を奪われていたかが窺える。

 バランのダメージは、ダイ以上にひどい。折れた剣を手にしたバランは、立っているのもやっとという様な有様に見えるが、バランを認めた途端にダイは彼に対して警戒し、身構えている。

 ポップの死に気を奪われて、仲間達を気遣うことさえ忘れていたダイだが、バランだけは無視しきれない様子だ。

 ただし、この時点ではダイの警戒心は強敵に対するそれと大差は無い。ダイの中でバランは、酷いことをした上に父親とはとても思えない相手ではあり、決して相容れない精神を持つ敵だ。

 しかし、この後のバランの行動こそが、ダイの中のバラン像のイメージを大きく塗り替えることになるのである――。

 

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