12 チウVSゴメス戦(2)

 さて、ゴメス戦にあっさりと敗北したチウだが、彼は呆れるほど不屈な精神の持ち主である。

 救護室のベッドで休むぐらいダメージを受けたにも関わらず、チウは『自分』が負けたとは考えていない。

『う――ん、う――ん。
 ぼ……ぼくの必殺技がなぜ負けたんだ』

 この呟きからも、『自分』ではなく『技』が負けたと考えているのがよく分かる。

 どんな武道でもそうだが、技はあくまでも術者が戦う際に使う一部に過ぎない。たとえ極めた技を持っていたとしても、本人の実力が不足していれば勝利には結びつくまい。実戦の中でタイミングよく技を繰り出すには、技の鍛錬をする以上の努力が必要とされる。

 つまり、敗北は結局のところ技の優劣ではなく本人の責任としか言いようがないのだが、チウはそうは考えていない。自分が敗北したのではなく、技が負けただけだと考えることで無意識にでも敗北のショックを和らげようとしているのだろうか。

 だが、ここでチウに致命的なダメージを与えたのは、マァムだ。
 正直な彼女は、チウに対して真っ直ぐに敗因を告げている。

『チウ……言いにくいことだけど……あなたの弱点が分かったわ……。
 あなた、手足が短いのよッ!!』

 何とも言いにくいことを、ずばりと言うものである(笑)
 レオナも思ったことをズバズバと言う娘だが、彼女はきわどい本音をずばりと言うことで自らのストレス解消をし、尚且つ他者の心理状態まで見切ることができる洞察力の持ち主だ。

 言っては悪いが、彼女は狡猾だ。この相手ならばこれぐらい言っても大丈夫というように、相手の精神状態に合わせて言い方をコントロールできる。歯に衣を着せぬ毒舌家のように見えて、レオナは相手を見て言葉を選んでいるのである。

 だがマァムの場合は何の思惑もなく、ただの善意からの言葉だ。
 戦いの中でチウの欠点を見つけたから、それを指摘することが本人のためになると素直に信じてそのまま告げてしまっている。そこには、相手の様子に合わせて言葉を飾る器用さなど、感じられない。

 実際、手足のリーチが極端に短いという欠点は、本人に告げたところでほとんど意味がない。成長でもしない限り解消されない欠点ではあるし、身体の成長というのは本人の努力で何とかできる類いの物ではない。

 筋肉を鍛えると言うならまだしも、手足や体格の成長ばかりはどうしようも無い。

 ましてやチウはネズミ族だ。
 小柄な体格の怪物が、人間に匹敵するほどの手足の長さを手に入れるなど不可能もいいところだろう。

 正直、このアドバイスはチウにショックを与えるばかりで何の打開点も与えてくれない。マァムは生徒としては優秀かも知れないが、コーチや教師としては向かないのではないかと思えるシーンだ。

 このマァムの指摘がよほどショックだったのかチウは大泣きしているが、同情するには及ばない。

 この時、ショックを受けているはずのチウは、ちゃっかりとマァムの胸に飛び込んで大泣きしているのだから。……まったくもってチャンスは逃さないネズミである。

 もっとも、この時は決勝進出を決めたマァムはすぐに出場となり、チウは心ゆくまで慰めてもらえなかったようだ。ダイやポップがマァムの入場に気を取られている時も、チウがむくれた顔をして黙り込んでいる。

 あまりにもションボリしているチウを見かねたのか、ダイが励ましているの面白い。
 しかも、ダイのアドバイスはなかなか的確だ。

 手足が短くても、パワーがあるのだから頭突きや体当たりで戦えばいいと言うダイの意見は、実践的だ。チウの戦いに興味を持って見ていた上でのアドバイスだし、これならばすぐにでも実行できる。

 が、チウはこの意見を受けつけなかった。
 頭突きや体当たりで戦うのは格好悪いと猛反論するチウに対して、ダイも妙に正直に賛同している。

 美意識的に、頭突きが格好悪いという感覚はダイも持っているらしい。だが、ダイは戦いを優先しているからこそ、いざとなったら戦いに手段を選ばない。

 しかし、チウは戦いなどどうでもいい。
 彼にとっては、自分が格好良く見えることが第一なのである。格好良く戦い、マァムの気を引きたい――その本音をむき出しにした途端、反応したのがポップだ。

 ポップもある意味ではチウと同類で、戦いにはさして興味を持っていない。
 チウの戦いはしっかりと見ていたし、チウがゴメスにやられた時に『大岩は反撃しないもんなぁ』と呟いていた辺りから見て、チウの敗因の一つが攻撃の単調さにあると見抜いてもいた。

 が、ポップはマァムの様にチウの欠点を指摘しようとも思わないし、ダイのようにチウを慰めるために戦力増強のためのアドバイスもしてはいない。呆れて見ているだけで関わる気は無かったようだが、ことマァムに関することは話が別なようだ。

 チウの戦いにはほとんど興味を持たなかったくせに、マァムに関することではポップは思いっきりエキサイトしている。チウを子供扱いしているマァム以上に、生き生きとチウとやり合っていると言える。

 一方、チウの方も負けてはいない。
 マァムが好きだと言って憚らず、

『フン! 愛に国境はない!!』

 などと傲然と言ってのけるチウは、ポップを昔の男と決めつけ、自分は女性の過去には拘らないから別れるようにと2ゴールド(笑)を差し出している。

 ポップはこれを見て、いきなりチウにげんこつを落としてから『どこでそんなくだらねえことを覚えた!?』と怒鳴っていたが、鉄拳制裁から入るこの怒り方は後に登場するポップの父親にそっくりだ。血は争えないものである。

 この時、ムキになって言い合っているように見えるが、ポップもポップでチウを対等なライバルとしてではなく、どこか子供扱いしている部分があるようだ。

 その証拠に、怒ったチウがポップに殴りかかってきた時、ポップは反撃はしていない。

 軽く片手でチウの頭を抑えつけて攻撃を止め、どうしようかという顔をしているばかりだ。初対面の時は殴られたのに腹を立てて魔法でやり返そうとしたのに、この時点ではそんな気はなくなっているのがよく分かる。

 マァムはもちろん、ダイやポップにとってもこの時のチウは口では偉そうなことを言っていても、たいした実力も無い未熟者だと認識されている。実力が近いのならば、本気でやりあって力の差を見せつけるのもアリかもしれないが、あまりにも実力差がありすぎるとそんな気も怒らなくなるらしい。

 大人が子供の自慢や空威張りを本気で取らないように、ダイ達もチウの言動を本気で受け止めてはいない。

 だが、ここで問題なのはダイやポップがまだ大人とは言えない年齢なことだ。まだ子供の分類に入る彼等は、チウの空威張りを微笑ましく眺めるほど精神が成熟してはいない。

 三人の中では最年長でしかも精神成長の早い女子であるマァムは、チウを年の離れた幼児のように見守ることができているようだが、ダイやポップの視点はもっとチウに近い。

 高校生ならば幼稚園児を『面倒を見なければならない子』と認識できるだろうが、小学校程度の子では幼稚園児に対してそこまで寛大に接することもできないのと同じだ。

 ダイやポップから見れば、目一杯背伸びしまくっているチウを対等とは思えないので本気で腹を立てはしないが、かと言って邪険にするほどでもないし、どう扱っていいのかよく分かっていない。

 この辺は年下の子と接した経験が無いと言うのが、大きそうだ。
 ダイもそうだがポップも一人っ子で、しかも周囲に自分より年下の子がいた描写が無い。マァムは故郷の村で年下の子の面倒を見るシーンがあったが、ダイやポップにはそんなシーンはない。

 ポップから見ればダイは年下だが、これまで何度も解説してきた通り、彼等の関係は対等だ。上下関係ではない。

 ダイやポップにとっては、これまでに無いタイプの仲間の登場なだけに、戸惑いが先に立つようだ。仲良くなろうと思うよりも先に、変な奴と知り合ってしまったという感情の方が強いようである。

 しかし、チウの方はどこまでもマイペースと言うべきか、ポップを完全に格下と見なしている点に変わりはない。ポップに勝てないと気がついた時、チウは『今日はこのぐらいで勘弁してやる』と、どこまでも上から目線である。

 ところで最後に蛇足ではあるが、筆者はどうしても一言、チウ君に言いたい。――超えなければならないのは、国境ではなく種族なのだが(笑)

 

13に進む
 ☆11に戻る
九章目次1に戻る
解析目次に戻る

inserted by FC2 system