11 チウVSゴメス戦(1)

 さて、ここで視点をチウに移してみよう。
 チウの予選の相手は、格闘家ゴメス。
 レスラーの名に相応しく武器は携帯していない素手のままだが、筋肉隆々とした身体付きはいかにも強そうである。

 注目したいのは腰に巻いている、いかにもチャンピオンベルト風の派手なベルトだ。このベルトは、ゴメスが他の大会で優勝した可能性をさりげなく示唆している。彼が名の知れた格闘家である可能性は高いだろう。

 また、腕にアームカバー、膝にニーパッドをつけている点も見逃せない。おそらく腕に防具を着けているのは、敵の攻撃をその豪腕で受けたり払いのけたりする目的だろうし、ニーパッドは膝への負担を軽減するのが目的だろう。攻撃に膝蹴りを組み入れているのか、あるいは寝技に持ち込んだ際に自重を軽減させるためか。

 いずれにせよ眉を剃っている上にスキンヘッド、さらには顔や身体に残る傷跡という人相の悪さも相まって、ゴメスは見た目からしてなかなかの強敵と見える相手だ。

 ゴメスはその人相の悪さを活かしてか、初っぱなからチウを脅しにかかっている。怪物のくせに武闘着など着やがってなどど、言いがかりに等しい文句をつけているが、これは彼の差別意識の表れや本心からの言葉とは思いにくい。

 後に分かることだが、ゴメスは戦い以外の場では意外なぐらいに人の良い発言が多い気さくな男である。だが、戦いの場ではその性格がプラスに働かないことを理解しているのだろう。

 現実世界でも、土俵の上と下とでは印象がガラリと変わる力士が存在するように、戦いの場では相手を目一杯威嚇するのも戦いを有利に導くための駆け引きの一つだ。

 相手を脅すことで萎縮させ、本来の実力を発揮させないまま勝ちをもぎ取るというのも立派な戦術の一つなのだから。だが、この戦術はチウには全くと言っていいほど通じていない。

 自信満々のチウは怯えるどころか、ゴメスの発言をただの大言壮語と思って見下している辺りが、ものすごい。

 コレが初陣なのにと言うべきか、あるいは初陣だからこそと言うべきか、チウは自分にとって都合のいい未来しか考えていない。自分が勝って当然と思い込んでいるチウは、ゴメスを対戦相手として認めてさえいない。

『こいつをハデにやっつけてカッコイイとこ見せちゃえば、マァムさんのハートはググッとぼくの大接近さっ!!』

 このモノローグを見れば一目瞭然のように、チウはすでにゴメスに勝つのは決定事項と考えている。その上で派手に戦って勝利を飾ってみせようとか、マァムの気を惹くためにちょうどいいと捉えているのだからたいした自信と言うしかない。

 マァムのチウへの態度はどう贔屓目に見ても異性に対するそれではなく、年下の子供を庇う保母じみたものがあるのだが、チウはそんなことなど全く気づいていない。

 ゴメスと戦って勝つのが当然と考えているのと同様に、マァムとの恋愛についてもチウは最初から彼女が自分に好意を持っていると言う前提を抱いているように見える。

 思い込みの激しいチウは、どうも現実をきちんと見る能力には欠けているようだ。
 実際にこの時、ダイ達が観客席を外していたことなど、チウは全く気がついた様子がない。

 言っては悪いが、マァムにとっては兄弟弟子ではあってもチウよりもダイ達の方が優先される。今、行われている兄弟弟子の初試合よりも、すでに終わってしまったダイ達の戦いの話を聞くことを優先しているのだ、彼女の優先順位ははっきりしている。

 だが、幸か不幸か初試合のチウは実際に戦いが始まってしまえば観客席にまで気を配るだけの余裕が無かったようだ。マァムがダイやポップの小声のやりとりも聞き逃さなかったのとは対照的に、チウはダイ達の言葉どころか戻ってきた事実にさえ気づいちゃいない。

 ゴメスに鼻面を真正面から殴られ、あっさりと倒されているチウの姿は悲しいほどに弱い。
 だが、それでも全く弱気にならない自信だけは見上げたものだ。
 
『ふ……ふふふふっ……やるね、キミ……。
 ぼくをここまで苦しめたのは、老師とマァムさん以外ではキミが初めてだよ』

 悪役張りの尊大なこの台詞には、実力を評価したとは言えまだゴメスを自分以下と見なしているかのような響きが感じられる。マァムは、チウが老師とマァム以外と組み手をしたことはないのにと呆れているが、チウの主観ではおそらくそれは違うと思える。

 悪戯をして近隣の村人を困らせていたと言うチウは、老師と会うまでは負けを意識したことがなかったのだろう。チウが怪物にしては、並以上の賢さと根性を持っていることを考えれば、悪戯はさぞや思う存分行ってきたと思える。

 チウにしてみれば、自分は他の怪物などでは思いもつかない悪戯を思いつき、それを実行することの出来るヒーローだ。それも、どんな人間にも捕まらずに好き勝手にしてきたのならば、自分のことを負け知らずの無敵のヒーローとでも思っていそうだ。

 まあ、単に村人がチウを本気で成敗する気が無かっただけのような気もするが、チウはきっとそうは思っていまい。自分が強かったからこそ、誰も自分を止めなかったぐらいに思っていそうだ。

 自分の特別さに絶対の自信を持っているチウは、多少痛い目を見たぐらいではその信念を揺らがせることはない。
 まだまだ相手を倒す気満々で、必殺拳を見せてやるとこの期に及んでも強気だ。

 この時、チウが見せた技が窮鼠文文拳。
 ジャンプした上で相手に殴りかかる前に技を仕掛けることを宣言し、手をぶんぶんと回すと言う無駄なアクションを付け加えた上での大声で技名を叫びながらの攻撃は、一見、迫力はありそうだ。

 だが、わざわざジャンプしてまで、相手の顔面狙いの攻撃を仕掛けるこの技は、隙が大きすぎる。おまけにリーチが違い過ぎるせいもあり、ゴメスにあっさりとカウンターを取られ、あっけなく目を回している。

 この時のKOタイムは2分5秒。
 実は、このタイムはマァムの予選タイムよりも1分以上早い。実力差と言ってしまえばそれまでだが、マァムが対戦相手をぼこぼこに殴り倒したのと比べると、ゴメスの攻撃は手数が極端に少ない。

 それでもKOをとれたのだから、彼のパンチは相当に重そうだ。
 また、戦いの中でチウに終始挑発めいた言葉をかかさなかった割には、相手に与えたダメージが意外なぐらい軽いのにも注目したい。

 ごつそうな外見に反して、ゴメスは相手の攻撃をよく見て動くだけの冷静さと、明らかに実力不足な相手に対して手加減するだけの優しさも持った、なかなかの紳士のようだ。

 余談だが、チウは己の欠点が目に入っていないが、自分の長所も全く理解していない。

 ネズミ族という特徴上、チウは普通の人間に比べればかなり小柄な体格だ。戦いの場に置いて基本的に体格は大きいほど有利ではあるが、ここまで極端な体格差があるのならそれを活用することも可能だ。

 やってみればすぐに分かることだが、自分よりも低い姿勢を保つ相手に攻撃をしかけるのは意外と難しい。犬や猿などが攻撃的に襲いかかってきた場合、怪我をするのはまず人間の方だ。

 特にゴメスのような巨漢の男ならばなおさら、足元への素早い攻撃は躱すのは難しいだろう。

 日本では武家の女子が習う武道として薙刀が存在していたが、足元への変則的な攻撃が方に組み込まれているため、婦女子向け武道という印象とは裏腹になかなかに手強かったらしい。

 実際、足元から攻めていくと言うのは、地道だが実践的な戦法だ。ローリングソバットやネリチャギなどのように、見る者の目を見張らせる派手さこそは無いが、人間は二足足歩行を原則とする生き物だ。

 身体のバランスの要となる足を攻撃すれば、それだけで相手の移動力を削ぐことができるし、バランスを崩せば倒すことも可能だ。
 チウの身長ならば、無理なく全ての攻撃をローキックに匹敵する痛め技として繰り出せるはずだが、彼は足を狙う気など全くなかったようだ。

 的確に顔面狙いを決めてくるゴメスに合わせるように、チウも顔面狙いを繰り返したようだが、ジャンプは戦いの場では諸刃の剣だ。上手く利用すれば全体重を乗せた攻撃を相手に仕掛けることができるが、一旦空中に飛び上がってしまえば方向転換も効かず、無防備に近い。

 自分よりも大きな相手を倒したいのであれば、間違っても顔面など狙わずに地道に足元や腹を狙うべきなのである。

 

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