83 敗戦処理(3)

 いつになく意気消沈するポップに対して、チウ以外のメンバーはどう声をかけていいものか分からない雰囲気が強かった。
 だが、そこで声をかけたのが、負傷し、ベッドに横たわったままのヒュンケルである。

ヒュンケル『……そいつはまだ半人前なのだから、無理もない。自分の命を守るので、精一杯なんだ。さあ、早く手当でもしてゆっくり休ませてやってくれ……』

 もし、これをレオナやマァムから言われたのならば、ポップは逆らうだけの気力さえなく言われるままに従っていたかもしれない。心が弱っていることもさることながら、自分のミスによる責任を大きく感じて萎縮してしまっているからだ。

 チウの叱責すら自分への罰と受け止めていたポップにとって、周囲からの意見も同様に受け止めただろう。

 たとえそれが本心からポップを気遣い、休ませてあげようと思いやる言葉であったとしても、その思いやりを素直に受け止められるだけの余裕はあるまい。

 むしろ自分はそこまで役に立たないんだと、自虐的に思い込み、だが自分には逆らう資格などないから言う通りにしようとする結果に陥る可能性が強かった。

 しかし、普段から反感を抱いているヒュンケルからの言葉には、ポップは素直に従わなかった。ほとんど反射的のように、泣かんばかりの勢いで反発している。

 だが、ヒュンケルはポップのその反発には取り合わず、クロコダインに対してダイの捜索を持ちかけている。しかも、さらに重ねて、魔法力のないポップに休めと言っている。

 ヒュンケルのこの誘導っぷりは、見事なものだ。常に他人から距離を置きがちで、いざ話すときには不器用にも真正面から本音をぶつけるだけのヒュンケルにしては、珍しいほど巧みな人心掌握術だ。

 しかし、人は基本的に経験したことしか実行できないものだ。
 他人に対してコミュニケーション能力の高い人間は、他人と接する機会が多いからこそ、その中から他人に対して有効な人あしらいを取得していくものだ。

 が、人間と付き合う機会が極端に少なかったヒュンケルの過去を振り返れば、彼が人付き合いの手本に出来た人物は、ただ一人――アバンしかいない。

 奇しくも、幼いヒュンケルもアバンに対して反発心を抱いていた。そんなヒュンケルに対して、アバンは一年以上にも亘って教育を行ってきた。おそらくその経験から、ヒュンケルはこの状況で自分でもできそうなパターンを選り抜いたのだろう。

 ここで注目したいのは、ヒュンケルがそこまでしてポップの復活を望んだことだ。

 ポップがキルバーンを追うことには反対したヒュンケルだが、彼はポップの判断力や行動自体は否定していない。普通ならば、無茶をやらかしたり、余計なことをしそうな人物は押さえ込んでいた方がいいと考えそうなものだが、ヒュンケルの考えは全く逆だ。

 冷静さを失ったポップの暴走は止めたが、通常のポップの行動を制止する気はない。それどころかヒュンケルとしては、ポップの力を認めているし、彼の自主的な行動を望んでいるのである。

 ポップを責めて、責任を取らせるためにダイの捜索を命じるのでは駄目なのだ。それではポップの気は済むかもしれないが、彼の長所がスポイルされてしまう。

 ポップがこのまま『自分が悪い』と思い込むのは間違いだと、ヒュンケルは誰よりも早く気がついていた。

 そう思えるのは、ヒュンケルもまた、かつて『間違った結論』に飛びついた者だからだ。

 彼の場合は、自分ではなくアバンが悪い……つまり『敵が悪い』と決めつけ、復讐に走るという方向性であり、『自分が悪い』と思う今のポップとは方向性は正反対ではある。

 しかし、間違った考えに固執してはいけないということを、ヒュンケルは知っている。

 人は、自分と同じ過ちをしようとしている人のことは、よく理解できる。だからこそ、救いの手を差し伸べることができるのだ。

 そのために、ヒュンケルはポップの反発心を利用した。誰もがポップに声をかけあぐねている中、敢えて、彼を刺激するような言葉を放って反発心を掻き立てさせ、ポップの行動を誘導するように慎重に言葉を選んだ。

 それに一役買ったのが、クロコダインだ。 
 ダイが死亡した可能性など微塵も考えず、彼が生きているという前提で話を進めるヒュンケルに、クロコダインも全面的に賛成し、積極的に応じている。その際、チウも誘っているのが面白い。

 前項でもクロコダインはポップの援護には回らなかったが、その姿勢がさらに強化されているといってもいい。

 正直な話、ポップを連れてガルーダで飛んでいけるのであれば、彼とほぼ同体格のマァムを連れていけないはずはない。

 戦力として考えるのなら、回復魔法を使える上に高い攻撃力を備えたマァムを連れていった方が有利だろう。この場では最大戦力になるし、運良く負傷もしていなければ、魔法力もまだ残っていそうだ。

 が、敢えてチウを選んだのは実力を見込んでと言うよりも、ポップに対する当て馬の意味が強そうだ。

 もちろん、実戦を共にしてクロコダインがチウが思ったよりも根性があると見直したせいも大きいだろうが、彼を連れて行くことがポップに対する刺激になると考えた意味も大きそうだ。

 ポップが連れて行ってくれと頼んできたのも無視して、クロコダインはそのまま外へ向かっている。

 さすがは空気が読める怪物と言うべきか、クロコダインはいち早くヒュンケルの意図に気づき、ポップを発憤させる方向性に手助けしているのである。

 ヒュンケルのその思惑に、ポップは見事に引っかかっている。
 休む気なんかなくしているし、ダイの捜索は自分がやると意気込みを復活させた。

 だが、そのためには魔法力が無ければ話にならない――そう気づいた途端、ポップはレオナを拝み倒さんばかりの勢いで、魔法力を回復させる方法を聞いている。

 この場にいる中で、それを知っていそうなのは彼女しかいないと瞬時に判断したのだろう。…………この場には三賢者のエイミもいるのだが、賢者としての実力だけでなく、知識面でもレオナよりも評価は低いようだ。

 しかし、レオナが思い出した魔法力回復方法の『魔法の聖水』の現在の所持者がマリンだと答えたのはエイミだったのだから、彼女に直接聞いた方が早かったかもしれないのだが。

 どちらにせよ、魔法の聖水の話を聞いた途端、ポップはいきなり部屋を飛び出している。

 合理的に考えるのならレオナを通じてマリンを呼び出し、譲渡してもらうように頼むのが筋だと思うのだが、いきなり行動に出る辺りがいかにもポップらしい。

 思ったら即行動にでる癖が復活している辺り、反省が活かされていないような気もするのだが、そんなポップを見やるヒュンケルはひどく満足そうだ。
 ヒュンケルがいかにポップを重視しているのが、よく分かる。

 ポップの反応に満足しているのは彼だけではなく、マァムやレオナも明らかに元気を取り戻している。ポップ本人は意識していないようだが、彼の存在が周囲に与える影響力の大きさが垣間見えるシーンだ。


 

 

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