『初めての夜 4』

  
  
 

「あーあ、今日はなんか色々あって疲れたなー」
 
「うん、ホントだねー。おれも今日はもう眠いや」
 
 気楽な会話を交わしながら宿屋の廊下を歩くダイとポップの後ろに、マァムは続いていた。
 眠いのか、ダイはさっきから何度もアクビを繰り返している。その気持ちは、マァムも良く分かる。
 
 昨夜、ポップに気をとられて、ずいぶんと寝そびれてしまったのが今になって堪えているのだろう。――が、マァムはそっとポップの様子を伺ってみた。
 
 ダイやマァムと同じように、ポップだって同じくらいかそれ以上に寝不足のはずである。だが、それでもポップの調子の良さは、全く変わりがない。昨夜の出来事が夢だったのかと思えるぐらいに。
 
 野宿は嫌だの疲れただのと、平気で文句やら弱音を吐くポップの足が遅いのは昨日と変わりはなかったが、不思議と昨日ほどは腹も立たなかった。
 
 かける言葉すら失う悲しみを見ているよりも、遠慮無しに文句を言い返せる方がずっといい。
 日が沈んだ後にやっとロモスまで辿り着けたが、残念ながら城はもう閉まっていた。

 明日改めて城を尋ねるとして、今晩は取りあえず城下の宿屋に泊まることにしたが――そこでダイの知り合いだという詐欺師じみた偽勇者の一行に出会ったのは驚きだった。
 
 かなりいい加減で調子の良さそうな連中ではあったが、気さくで面白い相手には違いがなかった。夕食は一緒に取りワイワイと楽しく過ごしたが、さすがに疲れた。
 ベッドが恋しい。
 
 部屋に入って休めるのが、待ち遠しくてならなかった。
 が、部屋を覗き込んだポップは、続いて入ろうとしたマァムに声をかけた。
 
「あー、この部屋、変えてもらおうか?」
 
「なんでよ? いい部屋じゃない」
 
 値段が安かった割には、この宿屋は一昨日泊まった宿よりも上等だった。三人部屋ということでベッドも三つ並んでいるし、条件はずっといい。
 が、ポップはちょっと頭をかきながら言った。
 
「でもよぉ……、やっぱ、おれ達と一緒だと、寝にくいんじゃないのか? おまえ……昨日も今日も、ずっと眠そうにしているしさ」
 
「……!」
 
 マァムは驚いて、思わずポップをまじまじと見てしまった。
 正直、ポップがマァムの寝不足に、気がついているとは思わなかった。疲れたの休みたいのとばかり言い立てるポップに、他人に目を配るだけの余裕があるとは思ってもいなかったから。
 
 寝不足の理由の推察こそは大外れだが、ポップはポップなりに新しく入った仲間の様子を観察し、気遣ってくれていたらしい。
 
「なのに、休憩の時だってあんまり休まないし。ここなら宿賃安いみたいだし、ゆっくり寝た方がいいんじゃないのか?」
 
 そこまで言ってから、ポップはマァムが自分を注視しているのに気づいたらしい。急に赤くなってぷいっとそっぽを向いて、付け加える。
 
「まあ、おまえみてえな怪力女、数日ぐらい眠らなくったって全然平気だとは思うけどさ。また、後で文句でも言われちゃたまんないもんな〜」
 
「ポップ!!」
 
(もう! すぐにこうなんだから!)
 
 この憎まれ口がなければ文句がなかったのに、どうして、こうも素直じゃないのか。だから、感謝も言えずについつい文句を言い返したくなってしまうのだ。
 
 だが――それだけに、気楽に話せる相手でもある。
 ギロッとポップを睨みつけた後、マァムは軽く彼を殴る真似をしながら言った。
 
「別にいいわよ、ここで。もう疲れちゃったもの、今夜はよく眠れそうだし」
 
 昨日のポップを見なかったら、迷わずに別室で眠るのを選んでいただろう。だが、あの姿を見た後では――離れた部屋で眠るのはなんとなく不安を感じる。
 
 それに、今日のポップは昨日よりもちょっと違って見える。
 一昨日は最低と思っていたのに、昨日はポップが隠していた悲しみを知った。今日はポップの意外な強さと、素直じゃない優しさを知った。
 
 ダイと同じように、彼もやはりアバンの使徒の一人であり、仲間として認められる少年なのかもしれないと――そう思える。
 
「そ、そうかあ? じゃあ……、おれも別にいいけどさ」
 
 一番先に部屋に入ったダイが、早々と部屋の隅にあったベッドで寝入ってしまったので、ポップとマァムは隣り合ったベッドに横たわる。
 よほど疲れていたのか、ポップはベッドに横になると同時に寝入ってしまい、はやばやっとイビキをかきだす。
 
 それを聞いて、マァムは怒るよりも先にホッとしていた。
 今なら、ダイの気持ちが分かる。
 
 あんな風にうなされ、泣き場所を探してどこかに行くポップを見ているぐらいなら、このイビキを聞いている方が遥かにマシだ。
 それどころか、気が安らぐというものだ。
 
 くすりと微笑み、安心して寝返りを打つ。
 そして、マァムは眠りについた――。

 
                   END



《後書き》

 アニメ版のエンディングであったダイ、ポップ、マァムの三人が焚き火を囲んで野宿しているっぽい図! あのシーンがすっごく好きだったのだけど、そんなシーン、アニメどころか実は原作にさえないっ!
 ううっ、一度くらい見たかったっ……と思った揚げ句生まれたのが、この作品。
 まだヘタレ全開で足手まといなポップを書くのも、なかなか新鮮で面白かったっす。

 

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