『エピタフ ー後編ー』

   

 作りたての墓であろうと、どんなに古びた墓だろうと、時間は平等に流れていく。
 雨が降り、日に照らされ、風に吹かれ――誰一人訪れる者のない荒野の墓の上にも、時は流れる。
 1週間後――瞬間移動呪文で、この地にやってきた者達がいた。





「と……っととっ?!」

 着地の衝撃で、魔法使いの少年の身体が泳ぐ。そのままだったら転びそうなところを、手を繋いでいた戦士の青年がグイッと引き戻した。
 それは、ポップとヒュンケルだった。
 が、助けられたにも関わらず、ポップはムッとした顔で手を振り払う。

「……ありがとよっ!」

 礼というにはほとんど噛み付くような勢いだが、ポップのそんな態度に一々腹を立てるほど、ヒュンケルは大人気ない性格ではない。
 が、ポップにしてみれば、そうやって相手にもされずに流されるのは、軽んじられているようで、それはそれでムカつくのだが。

 とりあえず、気を取り直すために周囲を見回したポップは……すぐに、それに気がついた。

「墓が……」

 意外そうに呟いてから、ポップはすぐに誰が作ったものか悟ったようだ。
 ポップとヒュンケル以外で、この場所を知っている者はたった一人――バランだけなのだから。

「奴も、ここを訪れたようだな」

 ヒュンケルもまた、同じ結論に達したらしい。
 今にもバランが現れそうな気がして、ポップは恐る恐る周囲の様子を窺った。決して会いたくはないが、ダイの父親かと思うと複雑な気分に襲われる。
 と、ヒュンケルは素っ気なく声を掛けた。

「ポップ。ここにはオレとおまえ以外の者はいない。そうビクつくな」

「べ、別にビビッてなんかいねーよっ!」

 図星をつかれて、ポップは腹を立てたのかぷいっとそっぽを向く。しかし、そんな憎まれ口の割には、先ほどまでの緊張感がきれいに解けている。それは、ヒュンケルへの信頼の証しに他ならない。口ではなんといおうと、ポップは無意識下ではヒュンケルの判断を信じているのだろう。

 さっきまでのぎくしゃく加減がさっぱりと消え、ポップは今度は恐れげもなく墓の側に近寄っていく。その様子を、ヒュンケルは黙って見守っていた。
 この場所に来たいと言い出したのは、ポップだった。

 数日前……ラーハルト達の遺体をそのまま放っておくのはあんまりなんじゃないかと、そんな風にぼそりと言ったのが始まりだった。
 落ち着いたら一度、様子を見に行きたい……正直に言えば、ヒュンケルはその意見には反対だった。

 死んだ者は、もう決して戻らない。
 その事実は何をしたところで変わらないし、感傷以外の何物でもない。戦士ならば、戦いの中で死者を放置するのにためらいなどない。ましてや、相手も戦士と分かっているのなら、なおさらだ。

 だが、ポップは戦士ではない。
 戦いを好まず、敵の死さえ平気でいられないポップには、弔いの儀式が必要なのかもしれない。

 葬儀とは死者のためではなく、生者の心の平安のためにこそあるものなのだから――。 敵のためでなく、ポップの気持ちの整理のために必要ならば、それも意味があるかもしれないと納得はできる。

 しかし、それでもなお、魔王軍がいつ現れてもおかしくはないような危険な場所に、ポップが行くのは気が進まなかった。ましてや蘇生直後はポップは体調も思わしくなく、完調にはほど遠い。

 だが、意見に異を唱えたところで、ポップは一人で来るだけだろう。そう思ったからこそ、ヒュンケルはポップの具合がよくなってからと条件を付け、自分も行きたいから必ず連れて行けと、無理やり同行を迫った。

 ポップの方も、ラーハルト達が気になる割には、死体を放置した場所に一人で行くのは気が進まなかったらしく、意外とあっさりと承知してくれた。
 墓を作るともなれば、綺麗事だけでは済まない重労働だ。

 墓穴掘りや、死体を埋めるなどという作業は、ポップ一人の手にはあまるだろう。主にそれに付き合うつもりで来たのだが――すっかり当てが外れてしまった。
 所在なく立っているだけのヒュンケルと違い、ポップは忙しそうだった。

 汚れた墓石を軽く拭って花を備え、いつになく神妙な表情で手を合わせている。ポップはラーハルト達に殺されるところだったのだが、その割にはやけに真剣な祈りっぷりだ。

(……ここら辺はアバン譲りなのかもな)

 弟弟子と師の共通点が、ひょんなところで垣間見えるのが面白い。
 アバンも、やたらと寛大な男だった。その慈悲は敵にさえ及んでいたし、どんな死者に対しても祈りの心を忘れない人だった。ポップがその心を受け継いでくれたのは、嬉しく思う。

 そうでもなければ、魔族である彼らに祈る者など、この世には皆無だっただろうから。
 ラーハルトの冥福を祈ってやる気は、ヒュンケルにはなかった。そもそも、自分の祈りなど神に聞き届けられるはずがないと、確信がある。

 魔王軍として様々な戦いに身を投じ、散々、多くの人間を傷つけてきた者に、死後の安寧を祈る資格などあるものか。
 だから、ヒュンケルは祈りにはすがらない。

 ヒュンケルがラーハルトの死を悼み……彼のために何かしてやりたいと思うのならば――それは、祈りではないだろう。
 それは、ラーハルトが生きていれば行ったと思える望みを、代わりに引き受けること……ヒュンケルにとっては、それこそが供養だ。

 死者に対し、ヒュンケルは常にそんな態度を取ってきたし、それはこれからも変わらないだろう。
 アバンの代わりに、ダイやポップ達に手を貸し、守ってやっているように――ラーハルトの分も、背負っていくつもりだった。

 ラーハルトの望み……それは、主君であるバランと、その息子のダイの和解だったはずだ。そのために、何をどうすればいいのか……正直、今はまだ思いもつかない。だが、今の内にしかできないこともあるだろう。

 ポップが気が済んだ頃を見計らって、ヒュンケルは声をかけた。
 城のように、どこに人の耳があるか分からない場所では迂闊に話せない話。それを二人っきりで話したいというのも、今日、同行した理由の一つだった。

「……ポップ。おまえはあの戦いの時、いつから目を覚ましていた?」

 ヒュンケルがラーハルトと戦った時。
 ガルダンディーを倒すと同時に力尽きて、ポップは一度は気絶したが、ボラボーンの人質にされた時には目を覚ましていた。

 ヒュンケルとラーハルト戦の最中に目を覚ましたのは確実だったが、どこから起きていたかを知りたかった。
 戦いの中、ラーハルトはダイやバランの過去について語っていた。それを、ポップがどこまで知っているかを確認したかったのだ。

「…………」

 憮然とした表情で、ポップが黙り込む。
 すぐに聞き返さないところを見ると、ヒュンケルの質問に心当たりがあって……しかも、答えたくないのだろう。
 が、しばらく待つと、根負けしたようにしぶしぶ話しだした。

「いつからって言ってもなー。……おまえ、グランドクルス使っただろう? あの衝撃は分かったよ。完全に気絶してた……ってわけでもなかったみたいで。それに、話とかもなんとなくは聞こえてたし……全部じゃないけどさ」

 どことなく言い訳がましく言うポップに、ヒュンケルは少しばかり苦笑する。
 ――もし、ポップが完全に気絶していなくて、全ての会話を聞いていたとしても、ヒュンケルとしては一向に構わない。むしろ、好都合というものだろう。

 まあ、少しばかり照れくさい気はするが。
 あの時は、ガルダンディーやボラボーンがポップを痛めつけているのを見て、頭に血が昇っていた。怒りに任せて、普段だったら言わないような本音を漏らしてしまった覚えがある。

 だがまあ――ポップが、それは聞かなかったと言う態度を貫くなら、それでもいい。
 重要なのは、ダイとバランの話の方なのだから。

「……そうか。なら、おまえの知っている部分と多少かぶるかもしれないが、話しておきたいことがある」






「――ふぅん。なるほどなあ」

 バランの身の上話を聞いた後、ポップは小さく溜め息をついた。

「それにしてもよ、世が世ならダイが王子様だなんて、なーんかピンとこないよな」

 場違いなポップの感想に、ヒュンケルはつい笑みを誘われる。
 友達が怪物でも魔物でも構わないと言い切った少年には、たとえ正体が王子と知ってもほとんど意味のないことらしい。その変わりのなさが、頼もしかった。

「でも、これで納得したぜ。ダイを乗せたっていう船が難破して、デルムリン島に流れついたってわけか。道理で、ダイの両親らしい遺体や痕跡はなかったって、ブラスじーさんが言うわけだ」

 半ば独り言めいたポップのその言葉を聞いて、ヒュンケルは自分の選択の正しさを確信する。
 別々の人から聞いたバラバラの情報を繋ぎ合わせ、一つの物語として繋げていく。

 その作業は、ポップの方が得手だ。
 それに、おしゃべりで人好きのするポップの方が、この手の情報は集めやすいだろうし――なにより、ダイに伝えるならば、彼以上の適任はいまい。

 口下手なヒュンケルは、正直、自信がない。
 バランを襲った悲劇を、複雑な出生の事情を、ダイを傷つけずに話すにはどうすればいいのか、見当もつかない。

 だが、ポップならばたやすい作業だろう。
 もし、ダイが自分や両親の過去に心を痛めたとしても、ポップならばそれを救い、癒やしてやれる。

 ラーハルトの望みの一つ、真実をダイに伝える作業は、いずれ最良の形で叶えられるだろう。
 そして――ヒュンケル自身は、ポップが得手とはしない方向で、ラーハルトの望みに力を尽くすつもりだった。

「さて……じゃ、用も済んだしそろそろ帰ろっか。あんまり遅くなると、ダイ達が心配するしな」

 決して短くはない話を聞く間、ポップは地面にペタンと座り込んでいたのだが、立ち上がって大きく伸びをする。

「そうだな」

 答えながら、ヒュンケルは手を差し出した。
 瞬間移動呪文では、移動出来るのは術者だけではない。触れ合っている者なら何人でも移動できる。身体のどこに触れていても移動出来るが、二人で飛ぶのなら手を繋ぐのが一番楽だ。

 現にここに来る時もそうだったのだから、ヒュンケルとしてはごく当然の振る舞いのつもりだった。
 ……が、ポップは顔をしかめて、その手を拒否した。

「……あのよー、今度は肩の辺りとか触るだけにしてくれよ。それでも平気だから」

 ――さっき、手を繋いだまま支えられたのがよほど嫌だったようだ。
 苦笑し、ヒュンケルは言われたとおりにポップの肩に軽く触れる。途端に瞬間移動呪文が発動し、二人の姿は一瞬で消えた。






 そして、墓だけが取り残される。
 誰も来ない荒野に、その粗末な墓はぽつんと存在し続けた。誰も訪れる者もないまま、いつまでも、いつまでも――。

  
 

                                                  END



《後書き》
 ポップのメガンテ後のストーリーの一つ、バランパパ視点のお話です! 実は、この話はサイト開設時に用意した10個の話の一つであり、うちでは一番古い類いの話になります。
 元々は、連載中にすでに思い付いていたらしく、当時のメモに走り書きでネタをざっと書いた文章を見つけました! ……が、当時は書かなかった一番の理由は、ラーハルトが復活したショックからだったのではないかと、推察します(笑)


 ところで、実はここの後書きは最初は別な文章を書いていたはずなんですが……後書きはその場のノリで書くことが多いので、保存データに残っていませんでした(笑)


  あー、小説本体のデータはきっちりと残しておいたのに、後書きはその場で書きましたからねー。今となっては、何を書いたかも思い出せません(<-ダメダメな気が)
 そのため、以前書いたものとは違う後書きになっています。

 

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