『エピタフ ー後編ー』 |
作りたての墓であろうと、どんなに古びた墓だろうと、時間は平等に流れていく。 「と……っととっ?!」 着地の衝撃で、魔法使いの少年の身体が泳ぐ。そのままだったら転びそうなところを、手を繋いでいた戦士の青年がグイッと引き戻した。 「……ありがとよっ!」 礼というにはほとんど噛み付くような勢いだが、ポップのそんな態度に一々腹を立てるほど、ヒュンケルは大人気ない性格ではない。 とりあえず、気を取り直すために周囲を見回したポップは……すぐに、それに気がついた。 「墓が……」 意外そうに呟いてから、ポップはすぐに誰が作ったものか悟ったようだ。 「奴も、ここを訪れたようだな」 ヒュンケルもまた、同じ結論に達したらしい。 「ポップ。ここにはオレとおまえ以外の者はいない。そうビクつくな」 「べ、別にビビッてなんかいねーよっ!」 図星をつかれて、ポップは腹を立てたのかぷいっとそっぽを向く。しかし、そんな憎まれ口の割には、先ほどまでの緊張感がきれいに解けている。それは、ヒュンケルへの信頼の証しに他ならない。口ではなんといおうと、ポップは無意識下ではヒュンケルの判断を信じているのだろう。 さっきまでのぎくしゃく加減がさっぱりと消え、ポップは今度は恐れげもなく墓の側に近寄っていく。その様子を、ヒュンケルは黙って見守っていた。 数日前……ラーハルト達の遺体をそのまま放っておくのはあんまりなんじゃないかと、そんな風にぼそりと言ったのが始まりだった。 死んだ者は、もう決して戻らない。 だが、ポップは戦士ではない。 葬儀とは死者のためではなく、生者の心の平安のためにこそあるものなのだから――。 敵のためでなく、ポップの気持ちの整理のために必要ならば、それも意味があるかもしれないと納得はできる。 しかし、それでもなお、魔王軍がいつ現れてもおかしくはないような危険な場所に、ポップが行くのは気が進まなかった。ましてや蘇生直後はポップは体調も思わしくなく、完調にはほど遠い。 だが、意見に異を唱えたところで、ポップは一人で来るだけだろう。そう思ったからこそ、ヒュンケルはポップの具合がよくなってからと条件を付け、自分も行きたいから必ず連れて行けと、無理やり同行を迫った。 ポップの方も、ラーハルト達が気になる割には、死体を放置した場所に一人で行くのは気が進まなかったらしく、意外とあっさりと承知してくれた。 墓穴掘りや、死体を埋めるなどという作業は、ポップ一人の手にはあまるだろう。主にそれに付き合うつもりで来たのだが――すっかり当てが外れてしまった。 汚れた墓石を軽く拭って花を備え、いつになく神妙な表情で手を合わせている。ポップはラーハルト達に殺されるところだったのだが、その割にはやけに真剣な祈りっぷりだ。 (……ここら辺はアバン譲りなのかもな) 弟弟子と師の共通点が、ひょんなところで垣間見えるのが面白い。 そうでもなければ、魔族である彼らに祈る者など、この世には皆無だっただろうから。 魔王軍として様々な戦いに身を投じ、散々、多くの人間を傷つけてきた者に、死後の安寧を祈る資格などあるものか。 ヒュンケルがラーハルトの死を悼み……彼のために何かしてやりたいと思うのならば――それは、祈りではないだろう。 死者に対し、ヒュンケルは常にそんな態度を取ってきたし、それはこれからも変わらないだろう。 ラーハルトの望み……それは、主君であるバランと、その息子のダイの和解だったはずだ。そのために、何をどうすればいいのか……正直、今はまだ思いもつかない。だが、今の内にしかできないこともあるだろう。 ポップが気が済んだ頃を見計らって、ヒュンケルは声をかけた。 「……ポップ。おまえはあの戦いの時、いつから目を覚ましていた?」 ヒュンケルがラーハルトと戦った時。 ヒュンケルとラーハルト戦の最中に目を覚ましたのは確実だったが、どこから起きていたかを知りたかった。 「…………」 憮然とした表情で、ポップが黙り込む。 「いつからって言ってもなー。……おまえ、グランドクルス使っただろう? あの衝撃は分かったよ。完全に気絶してた……ってわけでもなかったみたいで。それに、話とかもなんとなくは聞こえてたし……全部じゃないけどさ」 どことなく言い訳がましく言うポップに、ヒュンケルは少しばかり苦笑する。 まあ、少しばかり照れくさい気はするが。 だがまあ――ポップが、それは聞かなかったと言う態度を貫くなら、それでもいい。 「……そうか。なら、おまえの知っている部分と多少かぶるかもしれないが、話しておきたいことがある」
バランの身の上話を聞いた後、ポップは小さく溜め息をついた。 「それにしてもよ、世が世ならダイが王子様だなんて、なーんかピンとこないよな」 場違いなポップの感想に、ヒュンケルはつい笑みを誘われる。 「でも、これで納得したぜ。ダイを乗せたっていう船が難破して、デルムリン島に流れついたってわけか。道理で、ダイの両親らしい遺体や痕跡はなかったって、ブラスじーさんが言うわけだ」 半ば独り言めいたポップのその言葉を聞いて、ヒュンケルは自分の選択の正しさを確信する。 その作業は、ポップの方が得手だ。 口下手なヒュンケルは、正直、自信がない。 だが、ポップならばたやすい作業だろう。 ラーハルトの望みの一つ、真実をダイに伝える作業は、いずれ最良の形で叶えられるだろう。 「さて……じゃ、用も済んだしそろそろ帰ろっか。あんまり遅くなると、ダイ達が心配するしな」 決して短くはない話を聞く間、ポップは地面にペタンと座り込んでいたのだが、立ち上がって大きく伸びをする。 「そうだな」 答えながら、ヒュンケルは手を差し出した。 現にここに来る時もそうだったのだから、ヒュンケルとしてはごく当然の振る舞いのつもりだった。 「……あのよー、今度は肩の辺りとか触るだけにしてくれよ。それでも平気だから」 ――さっき、手を繋いだまま支えられたのがよほど嫌だったようだ。
END
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