誤解。
それは、事実や本人の真意などを誤って理解すること。
別に本人や周囲の者に悪意がなくとも、それはほんの些細な、互いの認識の違いや思い込みから発生する。
そして、誤解は誤解を生み、さらなる問題を招くことも多いものである――。
「きゃぁああ〜〜っ?!」
事の起こりは、その悲鳴がきっかけだった。
絹を裂くような声とは使い古された言葉だが、まさにそんな声。
甲高い少女の声に、ポップはものの見事にバランスを崩してすっ転んだ。
「いてっ…、な、なんだ?」
その時、ポップはパプニカ城の中庭で、瞑想を行っている最中だった。
メディエーション……瞑想とは、魔法を学ぶ者なら一番最初に習う基礎的な訓練方法だ。
座禅を組んだまま頭だけで逆立ちをする姿勢で目を閉じ、精神を統一する――地味だが重要な修行であり、ポップは暇な時はよくこれをやっている。
一度、集中して瞑想に入れば多少の雑音などは聞こえなくなるものだが、その悲鳴はいくらなんでも無視できなかった。
(今の……マァムの声だよな?)
声が聞こえてきたのが、割と近くだったせいもあり、ポップはすぐにその声の元に駆けつけた。
「マァムっ、どーしたんだよ、何があったん――んわぁっ?!」
声が聞こえた部屋の扉を開けた途端、今度はポップが悲鳴をあげる。なんの前ぶれもなく、いきなりふっとんできた銀色の巨大な塊を、ポップは避けきれなかった。巻き込まれて、一緒に廊下の壁に叩きつけられる。
とっさに、トベルーラ(飛翔呪文)の要領で身体を浮かし、ダメージをいくらかでも減らしたから良かったような物の、まともに食らっていたら気絶ものの衝撃である。
声も出せずにうずくまっているポップの目の前で、銀色の塊がむっくりと起きあがる。
「いてて……ちくしょう…っ?」
頭を押さえながら起きあがったのは、よく見ればヒムだった。
「もう……っ!! もうちょっとデリカシーを持ってよね!! 今度、同じ真似をしたらタダじゃおかないからっ!!」
怒りまくるマァムの声に、ポップは少しばかり安堵はする。これだけ怒る元気があるなら、無事なのには違いあるまい。
が、悲鳴を聞いて即、駆けつけたというのに、この仕打ちはいくらなんでもあんまりと言うものだ。
やっと身を起こすと、ポップはマァムに聞いた。
「マァム〜、いったいなんなんだよ?」
「え…? ポップもいたの?」
初めて気がついたとばかりに、マァムが目を見張る。
それと同時にポップの目も、最大限に見開かれた。身体のあちこちから湯気を立ちのぼらせ、真っ赤に紅潮した少女。
まあ、怒りのせいもあるのかもしれないが、主な理由は風呂上がりのせいらしい。
濡れた髪をざっと頭上にまとめ、バスタオル一枚を身にまとっただけの姿は、思春期の男子にとっては、到底目を離せる光景ではない。
巻きつけたバスタオルから今にもこぼれ落ちそうな、ふっくらと盛りあがった胸元。バスタオルの裾から見える、むっちりとした太腿が挑発的に目に飛び込んでくる。
鼻血を噴きそうな光景を目の当たりにしながら、ポップはやっと、ここがどこなのか思い出した。悲鳴に気を取られて忘れてたが、ここは風呂場の更衣室。
しかも、女子用だ。
男用風呂の入り口からはやや離れているし、ポップにとっては入ったことがない場所だから、気がつかなかったのだ。
(な、なにが起こったんだ?)
と、疑問を口にしたいのは山々だが、ポップの口はあんぐりと開いたままの形で固まっていた。
「――何見てんのよっ?!」
「でぇっ?!」
どこから出したのか、水のたっぷりと入った桶がポップ目がけてぶん投げられる。
ポップのすぐ頭上で壁にぶち当たった桶は、ひとたまりもなく割れて、派手に水をまき散らした。
「冷たっ?! 何すんだよ、マァムっ?!」
びしょ濡れになったポップは当然のごとく抗議するが、マァムは荒々しく音を立てて扉を閉めてしまった。
廊下に取り残されたのは、びしょ濡れのポップと、まともに壁に吹っ飛ばされ、痛そうに顔をしかめているヒムだ。
ポップはまだしも、金属製であるヒムでさえこれほどダメージを受け、痛みを感じるとは……マァムの怪力ぶりと怒りようが知れると言うものだ。
まあ、それでも防御力が桁外れのヒムに対しては遠慮なしに殴りとばし、ポップに対しては水をかけるだけですませるなど、手加減が計算できるだけの冷静さはあるようだが。
――しかし、もう一度、ノックして彼女に事情を問いただす度胸など、ポップにはなかった。
わざわざそんな危険を犯さなくとも、事情を知っていそうな奴なら、すぐ隣にいる。自分が衝突したせいで、ひびの入った壁をなんとか元に戻そうと悪戦苦闘しているヒムに向かって、ポップは声をかけた。
「……おい、ヒム、いったい何やってマァムを怒らせたんだよ?」
《続く》
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