『夜明け前 1 ー爆破ー』
  
 
 
「ダイくーーーん…っ!!」
 
 レオナの絶叫は、完全に掻き消された。マァムやヒュンケル、その他多くの人間の叫びも、言葉にすらならなかった。
 
 凄まじい爆発の音が、その前の音を全て打ち消し、無意味なものにと変える。
 最大限に叫んでいる必死な人々は、無音芝居をしているも同然だった。
 黒の核晶と呼ばれる、驚異の爆発力を秘めた超爆弾。最後の最後で、魔王軍が残した爆弾の罠が炸裂したのだ。
 
 地上全土を焦土と化すだけの威力を秘めた爆弾――その割には、爆破の規模は小さいと言える。
 
 爆破の被害を押さえるために、勇者と魔法使いはなんの打ち合わせもなく、ほぼ同時に同じ行動を取った。一斉に爆弾にと飛びつき、二人掛かりの飛翔呪文でそれを空高くまで運び上げた。
 
 だからこそ、地上の被害は最小限ですんだ。
 天空を真っ白に染め上げ、その轟音が大地を揺るがせはしたが、爆弾の真下にいた人間達にまでは被害は及ばなかった。
 
 ――だが、彼等の心に与えたダメージは大きかった。
 爆破が収まり、広がる青空を前にして、勇者一行の面々は呆然と頭上を見上げるばかりだ。
 誰の姿も見えない空だけが。
 
「…ダイ…く…ん……」
 
 膝から地面に崩れ落ち、普通の少女のようにレオナは泣きだした。大魔王バーンの前でも、決して膝を屈さなかった誇り高い王女が。
 今まで常に、王女としての立場を崩さずに行動してきた気丈な姫も、この衝撃には絶えきれなかったらしい。
 
「ダイ…ポップ……」
 
 レオナと同じ様に、マァムもまた泣いていた。意味もなくふらふらと歩きながら、空ろな声で二人の名を呼ぶ。
 
「……っ…っ…」
 
 メルルは、名を呼ぶだけのこともできなかった。身体を支える気力もないのか、地面にぺたんと座り込んで地面に小さな滴の跡を増やしていく。
 
 涙こそ零さなくとも、その場にいる男連中とて想いは同じだ。沈痛な表情で俯くばかりだ。
 静まり返った大地に、少女達のすすり泣く声だけが響く。
 
 大魔王バーンを倒し、全員が生還した際の喜びなど、もはや微塵もない。地上が救われたという事実さえ、一行にはもはやどうでもよかった。
 
 ダイは、一行にとって太陽のような存在だった。そして、ポップは一行の希望そのものだった。その二人を同時に失って、一行は完全に打ちのめされてしまった。
 誰もが言葉もなく俯き、身動ぎもしない。重苦しい沈黙の中……一番最初にそれに気付いたのは、ヒュンケルだった。
 
「…………?」
 
 爆発の余波で立ち込めた煙が薄れていく中、かすかに緑色の物が目をよぎる。見覚えのある色合いに、目を凝らし――次の瞬間、ヒュンケルは駆けだしていた。
 
「ヒュンケル……っ?!」
 
 泣いていたマァムも重傷のはずのヒュンケルの唐突な走りに驚き、制止しようと後を追う。だが、ヒュンケルはマァムに目もくれずに一直線に走っていく。
 
 爆煙がまだ消えきらない、一際大きな瓦礫の前に駆けつけたヒュンケルは、そこでやっと足を止めた。
 その後を追っていったマァムもまた、同じ場所で足を止め――愕然と目を見開く。
 
「ポップ……っ?!」
 
 地面に不自然な格好で倒れている少年は、紛れもなくポップだった。
 ぴくりとも動かない少年の姿に、マァムは身を堅くして立ちすくむ。あれほど見つけたいと願っていた少年を前にして、彼女は一歩も動けない。
 ――確かめるのが、恐ろしかった。
 
「……ポ…ップ…?!」
 
 震えながらの呼び声に、ポップは何の反応も見せない。
 服がボロ布も同然で上半身はほぼ裸の姿なのは、爆風のせいではない。
 その前の激戦のせいだ。
 
 見たところ、怪我が増えたようにも見えないが……これほどの爆破に巻き込まれて、無傷でいられるだろうか?
 
 だが、ヒュンケルは果敢に真実を確かめようとした。
 倒れているポップに手を伸ばし……ヒュンケルが次に口を開くまでの数秒ほど、長い時間をマァムは味わったことがなかった。
 
 マァムだけでなく勇者一行のすべての者もまた、息を飲んで彼の言葉を待つ。多大な不安におびえつつ、一かけらの希望にすがりつく想いで――。
 永遠とも思える数秒の後、ヒュンケルは深く息を吐き出しながら、言った。
 
「…生きている…!! ……ポップは、無事だ!」
                                        《続く》
 

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