『三人旅は、二人と一人 ―前編―』 |
Two is company, but three is none.
きょとんと、ダイが目を見張る。 それに世間知らずな面があって、ことわざや慣用句なんてほとんど知らない。分からないことに出くわした時の癖でポップの方を見ると、口いっぱいにパンを詰め込んでいた魔法使いはそのままで何か言った。 「もぎょ、んぐ、んーん?」 「もう、ポップ、お行儀悪いわよ。ちゃんと食べてからしゃべりなさいよ」 マァムが眉をひそめて注意しながらも、水差しから水を汲んでポップに手渡す。それを飲み干してから、ポップは改めて言った。 「『二人なら仲間、三人なら仲間じゃない』昔っからあることわざだよ。別に、たいした意味じゃないって。三人組は揉め事が起こったり、仲間外れが発生しやすいってことだよ」
「また、好き嫌いなんかして」 呆れたようにマァムが文句を言うが、ポップは右から左へと聞き流しているし、押しつけられたダイの方もケロリとした物だ。偏食気味なポップと違い、大ざっぱなダイは島にいた頃とはガラリと違う食事を大いに楽しんでいる。 初めて食べる物が多いし、中にはあまり馴染めないなと感じる物もあるが、天然育ちの自然児はほとんどのご飯を美味しくいただいている。 ポップの嫌いな物を押しつけられているのも、食べられる量が増えていいや程度にとらえているのだから、問題も発生しない。 「ありがと、ポップ。ねえ、そっちのパンは嫌いじゃないの?」 「こっちは好物だから、最後までとっておいてるんだよ! ま、でも、もう腹もだいぶふくれたしなぁ……よし、特別だ、そんなに欲しいなら半分やるぜ」 そんな賑やかな朝食風景を前にしながら、いち早く食事を終えていたネルソン船長は、香りたつコーヒーを口へと運ぶ。 「ははは、本当に君達は仲がいいんだね。だから、昔っからのことわざも、君らには当てはまらないようだねと言ったのだよ」 少々からかうように気安く話しかけながらも、ネルソンは目の前にいる少年少女達に対する敬意は崩さない。 彼らをパプニカ王国に無事に送り届けること、それがロモス王国で一番の腕を持つ、王宮ご用足しの船乗りネルソンに与えられた使命である。 船内で最高の饗応を行うため、食事に気を使うのはもちろん、船長であるネルソンが常にホスト役として食卓を共にしている。もっとも、彼らを客人として遇するのは何の苦にもならない。 屈託のない無邪気な勇者に、いつも陽気な魔法使い、しっかりものの僧侶戦士は、至って親しみやすい性格の持ち主であり、極めてチームワークが良い。 だからこそ、ネルソンは何の気なしに古いことわざを思い出し、話題の継ぎ目として他意もなく口に出したに過ぎない。が、ネルソンが思っていた以上に、彼ら三人にとっては、その言葉は深い意味を持った言葉として心に残った――。
1 お子様勇者は考える (多分、おれなんだろうなぁ) 食事の後、ゴメちゃんを肩に乗せて甲板に出たダイはぼんやりとさっきのネルソンの言葉を思い出していた。 ちょっと、面白くないような寂しいような気がするけど、ダイはすんなりとそう思う。ダイとポップとマァムの三人旅。……まあ、ゴメちゃんも一緒だが、メインは三人旅と言って差し支えないだろう。 仲良く三人でやっているつもりだが、もし敢えて二人と一人に分けるのなら……弾かれるのは自分じゃないかと思ってしまう。 (だって……これだもんね) ダイと一緒に甲板に出てきたくせに、ポップはさっきからちらちらと船室の方ばかりを気にしている。 そんなに気になるなら、素直にマァムの側に行けばいいのにと思うが、意地っぱりなポップはそうはしない。 (どうしてなんだろ?) ダイの方がマァムよりも先にポップに会ったのだが、どうやら時間の問題ではないらしい。 実際、ダイからしてみれば、ゴメちゃんやポップやレオナやマァムに対する気持ちは、あまり大差ないのだから。 (みんな大事な友達だし、おんなじぐらい大好きだよなあ) まあ、それでも……あえて、と言うのならば、初めての人間の友達であるレオナや、一緒に修行したポップは特別な存在だと言えば言える。 もし、どちらがより大事か選べと言われれば、ダイはそれこそ知恵熱が出てくるまで悩んでしまうだろう。 (ポップは、違うのかな?) ちらりと、ダイは隣で手摺りに寄りかかっているポップを見上げた。 マァムもそのぐらいの背の高さだし、年もほぼ同じ。体格だって似通っているし、そういう意味では、お似合いなのかもしれない。 (けど、中身はだいぶ違うよなあ) ポップは15才だと言っていたから、12才のダイよりも三才年上だ。 が、ポップとは違い、マァムといると彼女が年上だというのを意識する。ポップより一つ上なだけだが、マァムは自分よりもずっと大人だと思ってしまう。 しっかりしていて、それでいてこまめにダイやポップの面倒を見てくれるマァムは、いかにもお姉さんという印象がある。お母さんってこんな感じだろうかと、密かに思えるぐらいだ。 比べれば比べる程、マァムとポップの差は大きく感じるが、それが年齢の差のせいなのか、男女差なのかは悩む所だ。 いつの間にか、微妙にズレた方向に悩み込んでいると、ポンと頭の上に手が置かれた。そして、その手が乱暴にダイの頭をくしゃくしゃと掻き回す。 「うわっ、急に何すんだよ、ポップ?」 「いや、おめえが珍しく考え事なんて生意気なことしてるみたいだからよ、ちょっと邪魔してやろうと思って」 悪戯を成功させた子供の顔で笑いながら、ポップは平然とそう言い切った。 「はぁあ?」 驚くというよりも呆れて、ダイは二の句が継げない。 自分はダイの側でぼんやりとこの場に居もしないマァムのことばかり考えているくせに、他人の考え事は邪魔するとは。この傍若無人ぶりはさすがに怒った方がいいのかなとダイは一瞬考えたが、行動に移る前にポップに手を引かれた。 「んなシケた面してボーッとしてるくらいなら、身体でも動かせよ。おまえにはそっちの方があってるって」 言いながら、ポップはダイはマストへと突き飛ばす。 「知ってるか、ダイ。見張り台に登れば、遠くまでよく見えるんだぜ。今日は天気もいいし、そろそろパプニカが見えてくる頃かもしれないな」 「……!」 その瞬間、ダイには分かった気がした。 (ポップは、おれを心配してくれてるんだ……!) パプニカ王国には、ダイは行ったことがない。 できるなら、一刻も早く駆けつけたい。 だけど――思えば、そんな時は決まってポップが『邪魔』してくれた。 「ん? どうしたんだよ、ダイ。まさか、動くのが嫌なぐらい気分でも悪いのか?」 反応しないダイを訝しがってか、ポップが除き込んでくる。その顔をじっと見つめ……ダイは、にっこりと笑った。 「ううん。ねえ、ポップも来いよ! 一緒に登ろう」 「えぇっ? お、おれは別にいいよ」 後込みするポップの手を、ダイは強引に引っ張った。 「いいじゃないか、行こうよ。おれ一人じゃ、つまんないもん」 「ピピピーッ、ピピッ!」 ゴメちゃんと一緒になって誘うと、仕方がないなとかブツブツ言いながらもポップは付き合ってくれた。 それが嬉しくて、ダイは何度も下を振り向いては、ポップの様子を確かめた。 (……やっぱり、ポップは特別かもしんないや) 今まで平均だった心の天秤が、ちょっぴり傾いた気がした――。
《続く》
|