『三人旅は、二人と一人 ―中編―』

  
 

2 僧侶戦士は思案する

(私、でしょうね。仕方がないけど)

 ネルソン船長から聞いた古いことわざを、マァムは何となく思い返していた。
 船室で洗い物の手伝いをしながら、マァムはそう思う。
 本来なら客人として遇されている以上、こんな下働きのような雑事はしなくてもいい。
 だが、平凡な村娘としての習慣に馴染んでいるマァムは、食べたものの後片付けぐらいしないとかえって落ち着かない。

 半ば無理をいう形で、洗い物を引き受けてしまった。何せ、船の中ではやることがなさ過ぎて退屈だ。
 特訓しようにも、船上では場所がなくてそれも無理だ。

 ダイやポップは結構楽しそうにあちこち走り回って遊んでいるが、それに混ざるのはちょっとためらいを感じてしまう。
 男の子二人と、女の子一人。
 もう、それだけで仲間外れは決まったようなものだ。

 まだお子様なダイとポップは同性同士で騒ぐ方が気が楽なせいか、いつも一緒にいる。
 今だって、そうだ。

 洗い物を終えて甲板に出てみると、ダイとポップが、楽しそうにわいわい騒ぎながらマストによじ登っているのが見えた。
 二人の回りをキラキラと光りながら飛んでいるのは、ゴメちゃんだろう。

 ダイはいかにも身軽にスイスイと上っていくが、ポップは見るからにへっぴり腰で、しょっちゅう手や足を滑らせている。一歩間違えたら落ちてしまいそうで、見ている方がハラハラする程危なっかしい。

 やめなさいよと思わず怒鳴りたくなるぐらいだが、そうしないのはダイがいるからだ。ポップが落ちそうになる度にいいタイミングで手を出して、難なく引きあげている。
 あれでは、どっちが年上だが分かったもんじゃないわねとマァムは内心呆れつつ見ていた。

 小柄ながら怪力なダイは、自分よりも背の高いポップを庇いながら楽々と上の見張り台まで辿り着いた。
 楽しそうなはしゃぎ声は、そこからでもよく聞こえる。

「ポップー、あれ、なに? あっちに見える、棒みたいなの」

「ん? おまえ、見るの初めてなのか? ありゃあ、灯台だよ。夜になるとあれに光がともって、航海の目標になるんだ」

 体力勝負な分野では圧倒的にダイの方が上だが、頭脳面ではさすがにポップの方が上回っているらしい。
 無邪気に聞くダイに、ちょっとからかいながらもポップはいつも分かりやすい説明をしてやっている。

 ダイにとって、この世界は初めて見るものばかりのようで、何を見てもすごく嬉しそうに目を輝かせる。
 ポップもまた、そんなダイに付き合うのが楽しいらしい。様々な質問にいちいち付き合って、案外真面目に答えてやっている。

 そんな二人は、見ているだけで微笑ましく思える。
 知り合ったばかりのマァムにさえ簡単に分かる程、二人は息のぴったり合った名コンビだ。

 最初、マァムは二人は昔からの親友なのだろうと思っていたが、聞いた話では出会ってからまだ半月と経っていないらしい。

 それでこれだけ仲がよいのだから、よっぽど相性がいいのだろう。
 マァムは、二人がケンカをする所さえ見たことがない。

(……っていうか、むしろ私とポップのケンカが多いわよね)

 いつだってぺらぺらよく喋るポップは、ちょっと軟弱で調子がいいところがあるものの、決して好感の持てない少年ではない。
 どちらかと聞かれたら、好きな部類に入る。

 この前のクロコダインとの戦いの時に見せてくれた勇気には、心底感心した。
 お調子者の割には芯はしっかりしているし、変に負けん気が強い点でさえ、悪くないと思える。

 まあ、ポップの口の悪さや、調子の良さが気になってついつい口ゲンカしてしまうのが常だが、それでもマァムは彼に親しみを感じているし、仲間だと思っている。
 だが……どうしても、二人の子供っぽさやら頼りなさが気になって、対等な仲間というよりは、姉のような気分で世話を焼いてしまう。

 素直で無邪気なダイが、可愛い弟なのだとしたら、ポップは反抗的で手を焼かせてくれるが、目を離せない弟のようなものだ。

 そして、一度、そういう形で面倒を見てしまうと、そこから抜け出しにくくなってしまう長女的な気質が、マァムにはある。
 過疎の村で、ただ一人で村を守る役割を背負ってきた少女は、未だに自分の役割から脱しきれないでいる。

 気楽に、楽しそうに遊んでいる少年二人を、マァムは羨望の目で見あげていた。
 女の子なんて、つまらないと思う。
 ダイと同等の条件ならば、ポップとはもっと仲良くなれたのじゃないかと思えてならない。

(私も、男の子だったらよかったのにな……)

 ポップ本人が聞いたら全力で反対するだろうとは夢にも思わないまま、マァムは一人、溜め息をついていた――。

 

 

3 魔法使いは確信する

(そんなの、おれに決まっているぜ)

 マストの天辺。
 さして広くもない見張り台に立ちながら、ポップは疑うまでもなく確信していた。
 下を見ると、思わず目も眩みそうな高さにある見張り台。

 それに初めて登ったにも関わらず、怖がりもせずにはしゃいであちこちを見回しているダイを見ながら、ポップはつくづく器が違うと悟らざるを得ない。

(神経太いっつーか、なんつーか……こいつって、やっぱただものじゃないよな)

 ダイに引きずられる形でここまで登ってしまったが、正直、ポップは高さへの恐怖と、ここからどう降りようかという実際的な悩みのせいで、景色を楽しむどころじゃない。

「ねーねー、ポップ、あれ、なんだろ?」

 なのにダイときたら、腹が立つぐらいに気楽なものだ。
 見るもの、聞くものを珍しがって、一々聞いてくる。

「またか? 今度は何だよ?」

「うん、あっちに見える、ふよふよしてる点々」

 ダイの指差した方向を向いたが、ポップは最初なにも見えなかった。ポップも目はいい方だが、野性児のダイの視力の良さはずば抜けている。

「どんどん近づいてくるみたいだね、あれ」

 ダイがそう言い出した頃になってようやく、豆粒のような大きさの何かが見えてきた。なんとなく嫌な予感を抱きながら、ポップはマストに下げてある双眼鏡を手にして確かめる。
 丸い某眼鏡越しにその姿を確認した途端、ポップは背筋がぞわっとするのを感じた。

「……やばいぞ、ダイ! あれ、ガーゴイルだっ!!」

「ええっ!?」

「2、3、4……全部で5匹もいる、こっちに向かってきているぞ」

 飛行系の怪物であり、かなりの知能を持ち、魔法封じの呪文を得意とする厄介な怪物だ。ダイにしろポップにしろ、戦った経験はあるが……正直、あまり戦いたい相手ではない。
 このロモスの船は海での怪物との戦闘を避けるため、常に聖水を撒きながら航海しているが、飛行系相手では意味のない防御だ。
 

 逃げようにも、まずガーゴイルの翼の方が早い。
 間違いなく追いつかれるだろう。

(……どうすれば……)

 ポップが思わず考え込んだ時だった。
 ダイが、行動に移ったのは。
 小柄な身体が、見張り台を蹴って空に飛び出したのは。

「え……っ、おいっ、ダイッ!?」

 焦るポップの目の前で、ダイは張り詰めた帆に向かって飛んでいく。
 帆の弛みに飛び込んで落下の衝撃を殺したダイは、帆を操るために張られた無数のロープの一本を掴む。それを手掛かりに、彼は一気に真下まで滑り降りた。

「大変だよ、怪物……っ、ガーゴイルが攻めてくるんだ! みんな、船室に避難しないと!」

 周囲に警告を発すると同時に、ダイはこんな船の上でさえ持ち歩いている剣をすらりと抜き放つ。
 ロモス王からもらったばかりの鋼の剣だが、まるで長年使い続けている武器のように、すでに手に馴染んでいた。

 その横に、当たり前の様に駆けつけたのはマァムだった。
 彼女もまた、自前のハンマースピアを手にしている。
 その頃には、ガーゴイルは誰の目でも視認出来る位置まで迫ってきていた。
 怪物に怯える船乗り達に、マァムもまたしっかりとした声で注意を呼びかける。

「怪物は私達が引き受けます! みなさんはさがっていて下さい!」

 身構えるダイとマァムを、ポップは途方に暮れたように見つめてしまった。

(すげえよな、二人とも……おれなんかとは、全然違う)

 ダイとマァム。
 年齢も性別も違うが、それでも二人の共通点にポップは気がついている。

 正義感が強くて真っ直ぐで。
 何の気負いも衒いもなく、困っている人を助けるために戦う役を引き受けられる。まるで、そうすることがごく当たり前であるかのように、自然にそうできる。

 アバン先生に対して感じていたのと同じ、抜きんでた特別さを二人からも感じずにはいられない。
 あの二人は 怖いとか、逃げたいとか思わないのだろうか?

 ポップ自身は怪物を前にして、意識せずに体が震えているというのに。
 しかし、ダイは憶する様子もなく舳先へと進んで先陣を切った。

「大地斬ッ!」

 真っ先に襲いかかってきた一匹に浴びせられたその一刀は、ものの見事に相手を袈裟切りにし、余波の衝撃が背後の海を割る。

 それが、戦いの始まりだった。
 早くも一匹が沈んだが、それぐらいで攻撃をやめるような怪物ではない。高い知能を持つガーゴイル達は、ダイの初撃を受けて一斉に四方に散った。

「あっ、待てっ!」

 船室の方に向かっていくガーゴイルに、ダイは再び身構えようとするが、今度は攻撃の斜線が船上に当たると知り、手を止めた。
 大技を使えば、船や乗務員まで巻き添えにしてしまう。

 ダイは普通の攻撃に切り替えて、剣を手に、体当たりするような勢いでガーゴイルを追い出した――。

 一方、先頭を飛ぶガーゴイルの前には、マァムが立ちはだかる。

「やぁあっ!!」

 気合いと共に、マァムのハンマースピアが唸る。
 先端に極端な重みをつけたハンマースピアは、扱いが難しい武器だ。
 振り回すには相当の腕力が要求されるため、通常の僧侶では装備すらできない武器だが、マァムの手にかかるとそれはバトンのように華麗に動く。

 細い柄をしっかりと掴み、マァムは遠心力をフルに使い、しならせるようにハンマーをガーゴイルへと叩きつけた。

「ぐぎぃいいっ!?」

 側頭部を強打された怪物は奇声を上げる。一瞬、バランスを崩したものの、生命力の強いガーゴイルはそれだけでは死なない。すぐさま体勢を立て直して、逆にマァムに切りかかろうとする。

 懐に飛び込む程狭い間合いでは、槍よりも小回りの利く剣の方が遥かに有利だ。
 が、一歩身を引いたマァムは今度はハンマースピアを回転させるように引き寄せ、刃の部分でガーゴイルの翼をかすめる。

 コウモリ状の被膜は、わずかに傷を負っただけでも飛行バランスを崩す。その隙をついて、マァムは再びハンマースピアを振り上げて殴りかかった――。

                                    《続く》
  

後編に進む
前編に戻る
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system