『三人旅は、二人と一人 ―中編―』 |
2 僧侶戦士は思案する (私、でしょうね。仕方がないけど) ネルソン船長から聞いた古いことわざを、マァムは何となく思い返していた。 半ば無理をいう形で、洗い物を引き受けてしまった。何せ、船の中ではやることがなさ過ぎて退屈だ。 ダイやポップは結構楽しそうにあちこち走り回って遊んでいるが、それに混ざるのはちょっとためらいを感じてしまう。 まだお子様なダイとポップは同性同士で騒ぐ方が気が楽なせいか、いつも一緒にいる。 洗い物を終えて甲板に出てみると、ダイとポップが、楽しそうにわいわい騒ぎながらマストによじ登っているのが見えた。 ダイはいかにも身軽にスイスイと上っていくが、ポップは見るからにへっぴり腰で、しょっちゅう手や足を滑らせている。一歩間違えたら落ちてしまいそうで、見ている方がハラハラする程危なっかしい。 やめなさいよと思わず怒鳴りたくなるぐらいだが、そうしないのはダイがいるからだ。ポップが落ちそうになる度にいいタイミングで手を出して、難なく引きあげている。 小柄ながら怪力なダイは、自分よりも背の高いポップを庇いながら楽々と上の見張り台まで辿り着いた。 「ポップー、あれ、なに? あっちに見える、棒みたいなの」 「ん? おまえ、見るの初めてなのか? ありゃあ、灯台だよ。夜になるとあれに光がともって、航海の目標になるんだ」 体力勝負な分野では圧倒的にダイの方が上だが、頭脳面ではさすがにポップの方が上回っているらしい。 ダイにとって、この世界は初めて見るものばかりのようで、何を見てもすごく嬉しそうに目を輝かせる。 そんな二人は、見ているだけで微笑ましく思える。 最初、マァムは二人は昔からの親友なのだろうと思っていたが、聞いた話では出会ってからまだ半月と経っていないらしい。 それでこれだけ仲がよいのだから、よっぽど相性がいいのだろう。 (……っていうか、むしろ私とポップのケンカが多いわよね) いつだってぺらぺらよく喋るポップは、ちょっと軟弱で調子がいいところがあるものの、決して好感の持てない少年ではない。 この前のクロコダインとの戦いの時に見せてくれた勇気には、心底感心した。 まあ、ポップの口の悪さや、調子の良さが気になってついつい口ゲンカしてしまうのが常だが、それでもマァムは彼に親しみを感じているし、仲間だと思っている。 素直で無邪気なダイが、可愛い弟なのだとしたら、ポップは反抗的で手を焼かせてくれるが、目を離せない弟のようなものだ。 そして、一度、そういう形で面倒を見てしまうと、そこから抜け出しにくくなってしまう長女的な気質が、マァムにはある。 気楽に、楽しそうに遊んでいる少年二人を、マァムは羨望の目で見あげていた。 (私も、男の子だったらよかったのにな……) ポップ本人が聞いたら全力で反対するだろうとは夢にも思わないまま、マァムは一人、溜め息をついていた――。
3 魔法使いは確信する (そんなの、おれに決まっているぜ) マストの天辺。 それに初めて登ったにも関わらず、怖がりもせずにはしゃいであちこちを見回しているダイを見ながら、ポップはつくづく器が違うと悟らざるを得ない。 (神経太いっつーか、なんつーか……こいつって、やっぱただものじゃないよな) ダイに引きずられる形でここまで登ってしまったが、正直、ポップは高さへの恐怖と、ここからどう降りようかという実際的な悩みのせいで、景色を楽しむどころじゃない。 「ねーねー、ポップ、あれ、なんだろ?」 なのにダイときたら、腹が立つぐらいに気楽なものだ。 「またか? 今度は何だよ?」 「うん、あっちに見える、ふよふよしてる点々」 ダイの指差した方向を向いたが、ポップは最初なにも見えなかった。ポップも目はいい方だが、野性児のダイの視力の良さはずば抜けている。 「どんどん近づいてくるみたいだね、あれ」 ダイがそう言い出した頃になってようやく、豆粒のような大きさの何かが見えてきた。なんとなく嫌な予感を抱きながら、ポップはマストに下げてある双眼鏡を手にして確かめる。 「……やばいぞ、ダイ! あれ、ガーゴイルだっ!!」 「ええっ!?」 「2、3、4……全部で5匹もいる、こっちに向かってきているぞ」 飛行系の怪物であり、かなりの知能を持ち、魔法封じの呪文を得意とする厄介な怪物だ。ダイにしろポップにしろ、戦った経験はあるが……正直、あまり戦いたい相手ではない。 逃げようにも、まずガーゴイルの翼の方が早い。 (……どうすれば……) ポップが思わず考え込んだ時だった。 「え……っ、おいっ、ダイッ!?」 焦るポップの目の前で、ダイは張り詰めた帆に向かって飛んでいく。 「大変だよ、怪物……っ、ガーゴイルが攻めてくるんだ! みんな、船室に避難しないと!」 周囲に警告を発すると同時に、ダイはこんな船の上でさえ持ち歩いている剣をすらりと抜き放つ。 その横に、当たり前の様に駆けつけたのはマァムだった。 「怪物は私達が引き受けます! みなさんはさがっていて下さい!」 身構えるダイとマァムを、ポップは途方に暮れたように見つめてしまった。 (すげえよな、二人とも……おれなんかとは、全然違う) ダイとマァム。 正義感が強くて真っ直ぐで。 アバン先生に対して感じていたのと同じ、抜きんでた特別さを二人からも感じずにはいられない。 ポップ自身は怪物を前にして、意識せずに体が震えているというのに。 「大地斬ッ!」 真っ先に襲いかかってきた一匹に浴びせられたその一刀は、ものの見事に相手を袈裟切りにし、余波の衝撃が背後の海を割る。 それが、戦いの始まりだった。 「あっ、待てっ!」 船室の方に向かっていくガーゴイルに、ダイは再び身構えようとするが、今度は攻撃の斜線が船上に当たると知り、手を止めた。 ダイは普通の攻撃に切り替えて、剣を手に、体当たりするような勢いでガーゴイルを追い出した――。 一方、先頭を飛ぶガーゴイルの前には、マァムが立ちはだかる。 「やぁあっ!!」 気合いと共に、マァムのハンマースピアが唸る。 細い柄をしっかりと掴み、マァムは遠心力をフルに使い、しならせるようにハンマーをガーゴイルへと叩きつけた。 「ぐぎぃいいっ!?」 側頭部を強打された怪物は奇声を上げる。一瞬、バランスを崩したものの、生命力の強いガーゴイルはそれだけでは死なない。すぐさま体勢を立て直して、逆にマァムに切りかかろうとする。 懐に飛び込む程狭い間合いでは、槍よりも小回りの利く剣の方が遥かに有利だ。 コウモリ状の被膜は、わずかに傷を負っただけでも飛行バランスを崩す。その隙をついて、マァムは再びハンマースピアを振り上げて殴りかかった――。 《続く》 |