『お風呂でモシャス 6』 |
「偽物だよ、そいつは! 魔王軍の連中だったらモシャスぐらい使えるし、なんか悪巧みでもしてんだろ!?」 事情を聞くなり、ポップは憤慨してそう決めつけた。 結局、エイミは震えつつ、成り行きを見守るしかない。 「だがなあ……魔王軍の仕業とも思えないのだが」 「どうしてだよ、おっさん!? ……って言うか、だいたい、その偽物のおれって何をやらかしたんだ?」 「えーとね。火事の中から子供を助けだして、一緒にお風呂に入って、のぼせていたよ」 ダイの返事を聞いて、ポップは一瞬絶句する。 「…………なんだ、そりゃあ? ホントに魔王軍がそんなことを?」 (だから、魔王軍じゃないってば……!) 声に出せず、エイミは一人、のたうち回りたい羞恥を必死に堪える。もし、この場の誰か一人でも彼女の注目していたなら、挙動不審さから一発で犯人とバレただろう。 が、口やかましく文句を言っているポップの方に注意が集まっていたのが幸いだった。 「だいたい、偽のおれと本物のおれの区別がつかなかったのかよ!? どっか、違いがあるとかなかったのか?」 「あ、そーだ」 パッと顔を輝かせたと思うと、ダイは何の前ぶれもなくポップのズボンを、下着ごとズルッと引きずり下ろした。 「きゃぁーっ!?」 「な、なにっ!?」 黄色い悲鳴を上げたのは、女の子達だった。 しかしそれでも、ぷりっとしたお尻がいきなり現れたんじゃ、驚くのも無理はない。 もっとも、一番驚いたのは、当のポップだろう。 だが、ダイはなんの頓着もせず、ポップの下半身の前面をとっくりを見つめた揚げ句、満足したように頷いた。 「うん、いつものポップだ」 しばし、プルプル震えて突っ立っていたポップだったが、正気に返るや否や、素早くズボンを引き上げると同時にダイの頭をぶんなぐる。 ガコンとやけに派手な音が響いたが、竜の騎士の頑丈さは頭にまで及んでいるのか、ダイはさほど痛そうな顔も見せない。むしろ、いきなりそうされた驚きの方が勝るようだ。 「ポップ、いきなり何するんだよ?」 「それはこっちの台詞だよっ、いきなりなにしてくれてんだ、おまえわっ!?」 「だって、ポップが言ったんじゃないか、偽物と本物の区別できないのか、って」 きょとんとして答えるダイに、悪気は全くなかった。 が、思春期真っ盛りのポップにしてみれば、過剰に反応してしまうのも無理はない。なにしろ、この場にはマァムが――彼が、恋してやまない少女もいるのだから。 「もっとマシな区別のつけ方はないのかっ!?」 怒鳴るポップの肩に、とんと手が置かれる。 「……何する気だよ、まさかおまえまでズボンはごうだなんて……」 ヒュンケルを警戒してか、ポップは疑わしげに聞く。が、彼はいつも通りの淡々としたクールさのままでいった。 「そんな真似はしない。ちょっと、後ろを向け」 「?」 当惑顔ながら、ポップはそれでも案外素直にヒュンケルに背中を向ける。さすがにダイにされた仕打ちが忘れられないのか、ズボンのベルトをきっちりと押さえているのが失笑を誘うが。 だが、それは無駄な用心というものだった。 「…………っ!?」 予想外の成り行きに、再び硬直したポップの肩を、ヒュンケルはしげしげと眺め回す。 「……やはり、違うな」 彼もまた、本物と偽物のポップの違いに気付いた。 本物のポップよりも少しばかりたくましくて――なによりも、肩にある筈の傷がなかった。ダイの父、バランに負わされた傷は完治はしているとはいえ、真新しい傷跡がしっかりと残っている。 それを確認すると、ヒュンケルはなんの前触れもなくポップを抱き上げる。さっき偽物を抱き上げたのと同じ、お姫様だっこだ。 「な……っ!?」 「動くな。少し、確かめるだけだ」 モシャスは、外見や質感もそっくりに変えるのが可能だが、唯一変えられないのは重量だ。 背の高さや横幅は幻覚も駆使すればごまかせるが、本来の質量だけは変化させようがないのだから。 「……偽物の方が重かったな」 その独り言は、内心青ざめながら成り行きを見守っていたエイミにとって、致命的なダメージを与えた。 (ううっ、ダイエットしなきゃ……っ!) 客観的に見て、エイミは少しも太ってなどいない。まあ、女性としてやや長身な上に、剣の鍛練を積んだ身体は見た目よりも筋肉がついている。それに年齢差から言っても、身長差から言っても、ポップの方が体重が軽いのは当然だろう。 だが、そうと分かっていたとしても、男の子よりも体重が重いと指摘されれば、心傷つくのが乙女心というものだ。 「こ……この……っ、何ぬかしやがるんだっ、離せっ、離せよっ!」 顔を真っ赤にしてじたばたと手足を暴れさせ、ポップは落ちるようにヒュンケルの手から逃れる。かなり痛そうなので、ダイが心配そうにかけよった。 「大丈夫、ポップ?」 「ええいっ、触るなよっ! よってたかってセクハラ合戦でもしてるのか、てめーらっ!?」 叫ぶ声はすでに悲鳴に近い。 「ポップ君!? ちょっと、どこに行くのよっ!?」 「もう、知るもんか! もう……っ、もうこんなの、おれは関係ないからなっ!」 レオナの引き止めも聞かず、負け犬の遠吠えじみた捨て台詞を残し、ポップは脱兎のごとく逃げ出した――。
それに……何より、唯一の被害者でもあり、勇者一行で最大の推理力を持つポップが、全く冷静さを見失い、事件に関与しようとしないのだから、解決するはずもない。 うやむやの内に終わってしまった事件に、誰よりもホッとしたのはエイミだった。 後ろめたさの分、ポップの分の食事の盛りを細やかに増やすなど目立たない罪滅ぼしなどもしたが、それは誰も気づかなかった。 「ポップー、ポップってば! どうして一緒にお風呂に入るの嫌だって言うんだよーっ!?」 「うるさい、うるさい、うるさいっ! もう当分、おまえらと風呂なんか入るのはごめんなんだよっ!」 風呂場の前で騒ぐダイと、中から怒鳴り返すポップのやり取り。新たなパプニカ城の風呂場の風物詩となってしまった光景だ。 勇者一行の魔法使い、ポップ君は今日もお風呂は一人で入る派である。 彼はその理由を決して語ろうとはしないが……誰もが察しが付いているので、何も聞こうとせず、生暖かい目で黙って見守ってやっている。
《後書き》
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