『お風呂でモシャス 5』

  
 

「――!? ポップ、どうかしたのか?」

 ヒュンケルが側についていてくれる……のは、本来ものすご〜く嬉しいことではあるのだが、今という今だけは無茶苦茶に困る。
 舌の先に当たるモシャス玉の大きさは、本当に微かなものにすぎない。もう、いつ変身が解けてもおかしくはない。

 もはやなりふりなど構っていられない、即座に逃げ出そうとベッドから飛び下りかけたが、ヒュンケルの方が早かった。

「あまり動くな。また倒れたら、どうするんだ」

 さすがは本職の戦士というべきか、軽く手を掴まれただけなのに全く動けない。

「え……えっと、その……喉、喉、乾いて! 冷たいものでも、持ってこようかなっと思って」

「なら、オレが持ってきてやるから、おまえは休んでいろ」

 素っ気ない口調ながらも、ヒュンケルは即座に行動に移った。彼が部屋の外に出て行くのを見届けてから、エイミは素早く周囲を見回す。

 ここは、普段、彼らが寝泊まりしている客室ではなく、パプニカ城の1階の客室のようだ。湯中りしてのぼせたポップを、取りあえず近くの客室で休ませようとした……そんなところなのだろう。

 ともあれ、いつもの客室に連れて行かれなかったのは、エイミにとっては幸いだった。城の3階あたりにあるその部屋から脱出するのは難しいが、1階の窓から外に出るのはたやすい。

 窓枠を乗り越えて、とにかく一番最初に目に付いた茂みの影に飛び込んだ時には――すでに、身体は変化していた。

(う……っ、これって……!!)

 いつもの自分の姿に戻れたという喜びなど、微塵もない。いや、それはそれでいいのだが、やはり服が全く変化しなかった点が大問題だ。
 さっき、エイミが……というよりもポップが着ていたのは子供サイズのバスローブだった。

 裸のまま移動させるのではなく、間に合わせでも服を着せてくれた好意には、素直に感謝する。それに、ポップの中途パンパな年齢上、大人用のバスローブだと大きすぎ、子供用だと少し小さくなってしまう理屈も分かる。

 だが、ポップにとっても少々小さいサイズのこのローブは、彼よりも頭半分ほど高く、胸元が豊かなエイミが着ると超ミニ丈に変化する。
 太股丸出しどころか、下手するとその下まで見えてしまうんじゃないかと思える短さだった。

 しかも、子供用なだけに胸元の生地に余裕が全くなく、目一杯前を掻き合わせても、胸の谷間までがくっきりと人目に晒されるほど開いてしまう際どさ。

 さらに言うのなら……今のエイミは下着など履いていなかった! ただでさえ湯上がりでほてっていたエイミの肌が、羞恥のせいでぽっと赤く染まる。

(ど、どおしよう〜っ!? こんな格好で……っ、どうすればいいのっ!?)

 声にならない絶叫を噛み殺しつつ、エイミはとても人前には出られないセクシー路線な姿のまま蹲った――。







 
「え……? ポップがいなくなったって……、それ、どういうことなの?」

 度重なる驚きの連続。
 マァムにとっては、今日はまさにそんな日だった。

 パトロールをようやく終えて帰ってきたかと思えば、まず、ダイからポップが湯中りでひっくり返ったと聞かされた。
 それを心配していればいたで、今度は看病していたはずのヒュンケルから、ポップが行方不明と告げられたのだから。

「どうもこうも……飲み物が欲しいというから取りに行ったら、その間にいなくなっていたんだ」

 ヒュンケルにしてみても、ポップの行動は解せない。
 部屋には争った形跡もなかったし、窓が開けっ放しだったところから判断して、ポップが自分から出て行ったとしか思えない。

 が……着替えも靴も無しで、逃げるようにポップが出て行かなければならない理由など彼には思い当たらなかった。

「何かあったの?」

 心配そうなマァムの問いに、クロコダインも太い首を捻る。

「さあ、別に何もなかったが。……言われてみれば、今日はポップの様子はどこか変だったな。魔法の調子も悪いとか言っていたし」

「ポップ……どこいっちゃったんだろ?」

 ダイはどうしていいのか分からないのか、意味もなくおろおろとその辺を歩き回っている。目的がはっきりと決まれば無類の行動力を発揮する勇者とは言え、こんな点ではまだ子供だ。

「……状況が掴めないのが辛いわよね。でも、万一に備えて、捜索隊を組むべきかしら?」

 レオナはレオナで、問題を早め早めに考え過ぎる癖をだして、眉間に皺を寄せて真剣に考え込んでいた。

(な、なんか、すごい騒ぎになっちゃっている〜)

 城の入り口からこっそり中を覗き込み、エイミは一人、頭を抱え込む。
 今の彼女は、なんとかまともな服を着ている。ついさっきまで進退窮まっていた彼女だが、追い詰められれば人間というのはなんとか切り抜ける道を思い付くものだ。

 悩みに悩んだ揚げ句、エイミが思いついたのは納屋だった。パプニカ自慢の気球がしまわれている納屋には、補修用の布や針、それに気球に乗った時に防寒着用のマントなどが常備されている。

 その布を利用して、開き過ぎているバスローブの胸元を隠し、さらにはスカート替わりに腰に巻いた。とっさに取り繕ったにしては、悪くない出来栄えだ。

 少々の不自然さは、羽織ったマントでごまかせる。
 しかし、城中庭の木陰から、納屋まで恥ずかしい格好での大移動……それも相当な冒険だと思っていたが、今の状況もそれはそれで大変な冒険と化している。

 勇者一行の騒動っぷりを聞きながら、エイミはこそこそと正面広間に潜り込んだ。
 パプニカ城の玄関口とも言えるこの正面広間は、正面の入り口から正式に出入りするためには必ず出入りしなければならない場所だ。

 回廊的な要素が強いため、普段はほとんど使用されず人もほぼいない。だが、何か有事が起きた時には対策本部の設置するのにちょうどいいとして、よく利用される。

 誰にもバレないように、こっそりと通り抜けるつもりだったが、レオナが目敏くエイミを見つけてしまった。

「あ、エイミ? 今帰ったの、遅かったわね」

「は、はいっ、申し訳ありません、マトリフさんの洞窟が思ったよりも散らかっていて、お言いつけの薬草を見つけるのに手間取りましたので……っ!」

 聞かれもしないのに饒舌な言い訳がついてでてしまう。

「ううん、それはいいのよ、ご苦労様。それより……エイミ、あなた、ポップ君に会わなかった?」

「い、いいえっ」

「そう。それじゃ、マトリフさんの所に行ったわけでもないってわけね……」

 落胆するレオナを見て、エイミは『はい』と答えておかなかったことを激しく後悔した。

 マトリフは、ポップにとっては師匠に当たる。師匠からの急な呼び出しで、ポップが彼の洞窟の方にいたといえば、それで通ったかもしれない。
 みんなの心配をいったん沈め、それからどこかに行っているポップを探し出して、なんとか口裏を合わせてくれるように頼み込んでおけば――。

(いや、今からでも遅くないかも!)

 少なくとも、朝の時点ではポップは別に、どこに行くとも言っていないかった。つまり、遠出の予定はなかったのならば……そろそろ戻ってきてもおかしくはない。

「姫様、なんなら私、その辺を捜しに――」

 言いかけた提案は最後まで言う必要もなかった。最悪のタイミングで、脳天気な声が響き渡ったのだから。

「ただいまー……って、あれ? みんな、揃ってどうかしたのか?」

 いつもの調子で戻ってきたポップに、全員の視線が一気に集中した。

「ポッ、ポップ!?」

「どこいってたんだよ、ポップ!? 心配したじゃないか!」

「へ? どこって、裏山だけど……、なんだよ、まだそんな心配されるほど遅い時間でもないだろ?」

 当たり前といえば当たり前の話だが、事情を全く知らないポップはダイ達の心配などまるっきり理解していなかった。

「それよりダイ、通してくれよ、先、風呂に行きたいんだ。もう、沸いてるんだろ?」

「ダメだよ、さっき、のぼせたばっかりなのに!」

「のぼせた? はあ? なんのことだよ?」

 噛み合わない会話を、エイミは今にも焼き切れそうな綱渡り気分で聞いていた。すでに、ポップの方は互いの話の食い違いに、不思議そうな顔をし始めている。

 そして、疑惑を抱いているのはポップだけじゃなく、他のみんなもそうなようだ。

「ポップ、おまえ……本当に今帰ってきたところなのか?」

 ヒュンケルの質問に、ポップは少しばかりムッとした顔を見せたが、それでもちゃんと答えた。

「本当も何もないだろ。見ての通り、今、帰ったばかりだよ! 朝からずっと裏山に行ってたんだ、チウ達とな」

 その言葉を証明するように、ポップに続いてどやどやと賑々しく広間に入ってきたのは、チウくんとゴメちゃん……現在はたった二匹しかいないが、獣王遊撃隊の面々だった。

「なんですって? それ、本当なの、ゴメちゃん?」

 先頭を飛んでいる小さなスライムに向き直って問いただすレオナを見て、ポップはいささかショックを受けたようにふて腐れた。

「なんだよ、姫さん!? おれより、ゴメの方を信用してんのかよ!?」

「ふふん、未熟者の魔法使いなんかより、我が優秀な部下の方が頼りになるのは当然じゃないか」

 と、得意そうに胸を張る隊長のチウ君だったが……、信用度においては彼もまた、ゴメちゃん以下と判断された点には気付いていないらしい。

「ピッピッピィー、ピッピ! ピッピピピピ!」

 熱心に訴えている言葉こそさっぱり分からないものだが、ゴメちゃんはコクコクと何度も頷く仕草を繰り返す。
 通常の人間には全然分からない言葉を、理解できるのは幼い頃から共に育ったダイと、同じく怪物であるチウだけだ。

「え? そうなの? ポップはずっと、ゴメちゃん達と一緒だったんだ。……って、……あれ? それじゃあ、一緒にお風呂に入ったのは……? あれ?」

 混乱する一方のダイに対し、レオナの方はもう少し冷静だった。

「……じゃ、もう少し詳しく聞きたいんだけど、ポップ君が一人になる時間とかはなかったの?」

 ポップは瞬間移動呪文が使える。
 たとえ遠方にいても、わずかな時間があればひょいと戻ってきて、また元の場所に戻ることができる。
 その疑惑を逸早く感じ取ったのは、他の誰でもないポップ本人だった。

「……事情はさっぱり分からないけど、姫さん、オレのこと本っ気で信じてねーだろ?」

「いやぁね、ただの形式上の質問よ。で、答えは?」

「ずっと一緒だったに決まってんだろ! こいつらが毒草と薬草の区別も付かない癖に、薬草を採りに行くなんて恐ろしいこというから、ずっと付き合っていたんだよ!」

「間違いありませんよ、姫様。ぼくも隊長として、きちんと配下の動きには目を配っていましたからね。特に、この未熟者が迷子にならないように、いつも側にいるようにしていましたよ、はははっ」

 チウの勘違いな自慢に、ポップは露骨に嫌な顔をしつつボソッと呟く。

「誰が未熟者だってんだよ、ったく……」

 実力の差から言えば、ポップとチウの差は歴然としている。あまりにもはっきりし過ぎているせいで、誰一人としてツッコミをいれる気にもならない。
 ゆえに、その話題はさらっとスルーして、レオナは話を先に進めた。

「そう。それじゃあ、どうやら――さっきまでここにいたポップくんは、本物じゃなかったようね」

(ぁああああっ、ついにバレたっ!?)

 死刑宣告を聞く面持ちで、エイミはそれを聞いていた。


                                                 《続く》

 

6に進む
4に戻る
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system