『勇者になりたいっ! 5』

  

 ドッッカァーンッ!
 轟音と共に港に投げ出されたデロリン達は、痛みに呻きながらも身体を起こす。

「し……死ぬかと思ったわぁ……っ」

 ゼイゼイと息をつきながら、僧侶が泣きそうに呟く。

「し、しかし、ここ…どこなんだ? あれ? 天国…じゃないよな……?」

 戦士ときたら自分の諸行も棚にあげ、図々しくも天国に行ける気でいるらしい。

「ここは…港か。なるほどな……坊主の魔法のおかげか」

 マゾッホだけは、正しく状況を把握していた。
 瞬間移動呪文は非常に便利で応用範囲の高い魔法だが、使い手はそう多くはいない。

 マゾッホも知ってはいるが使えない――となると、使用したのはもう一人の魔法使いとしか考えられない。
 勇者とはいえ、偽者であるデロリンには無理な呪文なのだから。

「おまえ……仲間を説得もしないでいきなり逃げたな……」

 うらめしげに訴えるデロリンに、やっと起きあがったポップは強気に言い返す。

「逃げるに決まってるだろ?! なんか知らないけど、あいつ、すっげー怒っているんだもんよ、さすがに怖えよ!」

 怒りの原因が自分にあるとは思いもしない点がポップの鈍さというものだが、その判断自体は間違ってはいない。

「にしてもおまえの仲間って……とんでもない連中しかいないのか? まさか仲間を巻き添えにしてまで殺そうとするなんて……」

「まあまあ、こっちはなんとか命拾いできたんだから、文句を言ったら罰があたるぞい。やれやれ、寿命が縮まったわい……感謝するぞ、坊主」

 苦笑しつつ、年老いた魔法使いは少年に礼を言う。
 ヒュンケルの殺気やポップの真意を感じ取れない程、マゾッホは老いぼれてはいないのだから。

 彼ほどの腕の戦士ならば、ポップを避けてデロリンだけを殺すのは充分に可能だった。 実際に、あのままだったらそうなっただろう。

 それを感じ取ったからこそ、ポップは説得を止め、デロリン達を連れて即座に逃げに転じた。
 それを思えば、感謝こそすれ文句を言うのは罰当たりというものだ。

「そ、そうだな、これで助かったんだし……」

 人の気配のない港を見やって、デロリンはホッと息をつく。
 が、安心するのはまだまだ早かった。

「見つけたぞっ、この悪党共めっ!!」

 轟く高らかな声。
 それと同時に、一際高い木箱の上にすっくと立ちあがったのは、一匹の大ネズミだった! まさにヒーローなご登場だが、惜しむらくは背丈が一際チビいだけに、踏み台があってやっと人並みな高さからの登場にすぎないという点か。

「チウ!! なんでここに?!」

 驚き度で言えば、ポップが一番強かった。
 ポップ自身だって港に戻る気なんざ寸前までなかったのに、なぜ分かってたかのようにここにいるのか――?

 が、チウにしてみればここにきたのは、犯人は必ず犯行現場に戻るという初歩の推理による結果などではない。自慢の鼻でポップの臭いを辿って追跡しようとして、最初に見失った地点にやってきただけ。

 そこに運良く、ポップ達の方がやってきただけのこと。
 が、チウはこれを天命と信じた。

「もう逃げられないぞっ!! おとなしくその未熟者を返して反省すればよしっ、さもなくばこのぼくが正義の鉄拳をくらわせてやるから覚悟しろっ!」

 大上段から堂々とそう言い切るネズミ――それを、ポップは説得しようとはした。

「……おい、チウッ、やめろって。勘違いなんだっつーの」

 が、緊張と武者震いで高ぶっているチウの耳にはポップの声など届いちゃいなかった。一方的に宣言し終わると、偽勇者の反応を見もせずにいきなり行動に出た。

「受けろっ、我が究極の必殺技、窮鼠包包拳っ!!」

 一瞬、チウが身体を丸めるのが見えたかと思うと、それがものすごい勢いですっ飛んでくる。弾丸並みの勢いと早さの体当たりは、デロリンらをかすめて倉庫の壁にぶち当たった。

 ドッゴオオオーーン!

 さっき、瞬間移動呪文で着地した時以上の轟音と共に、崩れる倉庫の壁を見てデロリンらの顔から血の気が引く。

 狙いはともかくとして、パワーだけは桁外れだ。
 そして、チウはやたら頑丈なネズミだった。

「ふ…っふっふ、このぼくの攻撃を避けるとはなかなかやるな……! この攻撃を避けたのは、おまえが三人目だ……」

 傷ついたヒーローのごとくかっこいい台詞を吐きながら、瓦礫の中から立ちあがってくる。

「……確か、おまえってこれが三回目の実戦だろ?」

 呆れた声でポップがツッコむが、そんなのは誰も聞いちゃいない。

「あ、いやいやいやっ、避けてない、避けてないからっ?! あんたが勝手にぶつかっただけだからっ」

「や、やめてぇっ、あたしら、この子を掴まえてなんかないわよっ?! ほ、ほらっ、見えるでしょっ?!」

 デロリン達が必死で言い訳するが、チウは聞いてはいなかった。すぐさま、身体を丸めにかかる。

「窮鼠包包拳、第二段っ!! 続けていくぞぉっ、第三段っ!」

「うわぁああっ、聞いちゃいねえっ!!」

 悲鳴をあげ、偽勇者一行はチウの体当たり攻撃から逃げ惑う。

「おまえの仲間ってのはどーしてこんなんばかりなんだっ、勇者一行ってのは乱暴だったり怪物だったり、人の話聞かない奴しかいないのかぁっ?!」

「知るかっ! そーゆー文句はダイに言ってくれっ!!」

 そう叫ぶポップもポップで、チウの攻撃から逃げている点では変わりはない。
 なんせ彼の攻撃はほぼ無差別であり、助けにきたはずのポップまで巻き込みそうな勢いでドカンドカンとその辺の壁やら荷物にブチあたっているのだから。
 その尋常じゃない騒ぎを聞きつけて、バタバタと人の走る音が響いてくる。

「いたぞっ、こっちだ!」

 駆けてくる兵士達の後ろに、クロコダインの巨体も混じっているのが見える。
 そこら辺までがデロリン達の限界だった。

「も、もうこんなのに付き合っていられるもんかっ」

 小悪党とはいえ、そのチームワークは完璧だった。目を見交わせた一瞬でアイコンタクトをすませた4人は、港に繋いであった一艘の小船に飛び乗った。
 偽勇者と戦士がオールを掴むと、猛スピードで沖に向かって漕ぎだした。

「あっ、おい! おまえら、ちょっと待てよ!」

 ポップが制止の声をかけるが、彼らは振り向くどころかよりいっそう速度をあげて逃げていく。その息の合いっぷりは、いっそ見事と言いたくなるほどだ。
 後を追おうかと一瞬思ったが、それを止めたのはいち早く駆けつけた仲間の声だった。


「ポップ、無事か?!」

「あ…、おっさん。ヒュンケルも。うん、おれは平気は平気なんだけど……」

 答える言葉は、歯切れの悪いものになる。

「な、なんてひどい跡なんだ……!! 相当の激戦だったんですね」

 駆けつけた兵士達が、周囲を見回して口々にざわめく。
 そう誤解するのも、無理もない。
 周辺の倉庫や荷物は無残に大穴が空き、ボロボロと瓦礫が零れ落ちているときている。


 正直言えば、これらは全部チウのせいなのだが――まあ、ポップはとりあえず言葉を伏せておいた。
 誤解だろうと何だろうと、チウはとりあえずは自分を助けにきてくれたのは間違いないのだから。

「うん、まあ……。それより、チウは?」

 さっきまでは、嫌という程飛び回っていた大ネズミの小さな身体は見当たらない。勢いあまって海にでも落ちたかと心配したが、クロコダインが瓦礫に埋もれていたチウを見つけて拾いあげる。

「チウなら、ここにいるぞ。気絶しているが……なかなかたいした奴じゃないか」

 苦笑するクロコダインの言う通り、チウは完全に目を回していた。いくら石頭であっても、これだけ連発して頭をぶつければ、当然だろう。
 毛並みはボロボロだし、傷だらけ……だが、チウは満足そうな顔のまま気絶していた――。

 

エピローグ

「はい、ポップ。これ、返すね」

 ダイが差しだした魔法の杖を、ポップは受け取って腰に差した。元々、杖を差し込む余裕を持たせて緩めてあるベルトは、そうやって初めてしっくりと馴染む。

「それにしても……これこそ『大山鳴動して鼠一匹』って言うのかしらね? それとも『雨降って、地固まる』?」

 レオナがくすくすとおかしそうに笑うのに対して、ポップは不機嫌そうに膨れて見せる。


「ちぇっ、人が悪いな、姫さんは。それを言うなら『踏んだり蹴ったり』だよ、まったくもう…!」

 パプニカ王国を大いに騒がせた大騒動。が、それさえも過ぎてしまえば、笑って流せるのが復興途中の国の逞しさというものだ。

 騒ぎが起こったのはつい昨日なのに、一夜明けただけですっかりと城は元の雰囲気を取り戻している。
 と、言うよりも、より結束が強まったというべきか。

 城の中庭では、兵士に混じってチウやクロコダインが稽古をしているのが見える。
 ダイ達は、中庭のよく見えるベランダでその様子を見下ろしていた。ティールームを兼ねるベランダに揃っているのは、ダイ、ポップ、マァム、ヒュンケルに加えて、レオナの5人だ。

「良かった……チウ、もうすっかりと馴染んだみたいね」

 レオナを手伝ってお茶の支度をしながら、マァムは嬉しそうに呟く。
 怪物だからとチウを敬遠する者がいるのではないかと心配していたが、昨日の騒ぎは良い方向に作用していた。

 誘拐された魔法使いを取り戻した小さな英雄として、チウは城の兵士達に受け入れられたようだ。
 それを見るのは、ダイにとっても嬉しい。

「うんっ、楽しそうだよね」

 昨日までは、チウはクロコダインにちょっと怯えていた様子だったが、事件を乗りきったことで自信がついたのか、今日は対等に稽古をしている。

 ……まあ、クロコダインが大幅に手加減しているから成立しているようなものだが、チウ本人は全く気がついちゃいない。

「ふーんだ、いい気なもんだぜ、あのネズ公ときたら……!」

 ベランダの手摺に持たれかかったまま、ポップはまだ機嫌が収まらないように文句を言っている。
 その背中を眺めながら、仲間達はこっそりと声を立てずに笑い合う。

 昨日の事件でチウが株を上げたのだとしたら、ポップは面目を失ったと言っていい。負けず嫌いのポップにしてみれば、誘拐されたと思われるのは我慢のならない誤解だろう。


「おまえもおまえだぜ……! あの時、気がついてたんだろ? ならさっさと誤解を解いてくれりゃいいのによ」

 恨みがましげにポップは、ちらっと視線を兄弟子に向ける。一人だけ少し離れた場所で壁にもたれかかっていたヒュンケルは、ポップの抗議をごく当然のように受け止めるが、肯定も否定もしない。

 ポップの言う通り、ヒュンケルは誤解に気がついてはいた。
 絶妙のタイミングで瞬間移動呪文で逃げたのが、ポップだという事実に。あの時点で、ヒュンケルはポップが誘拐されたわけじゃないと分かった。

 その意味ではポップの今の意見を肯定しなければならないだろう。
 しかし、感情的な意味合いでは否定しかできない。
 ヒュンケルは、あの四人組を許してやる気はなかった。

 事情はどうであれ、あの時のポップの様子を見た瞬間の怒りは、とても抑えきれるものじゃなかったのだから。

 結果、ヒュンケルは肯定も否定もできない。
 だからいつものように、感情を殺して素っ気なく言った。

「……やりたければ、自分でやればいいだろう」

「……」

 なんの気なしに言ったヒュンケルの言葉は、ポップにとっては痛い点を突いていたらしく、ぷいっとそっぽを向く。
 それもそうだろう――やれるはずがない。

 ブツブツ文句ばかり言っている割には、ポップは昨日、誤解を訂正しなかった。
 後になってから、この場にいる仲間達やクロコダインにはちゃんと事情を説明してくれたが――チウや城の兵士達には真相は打ち明けていない。

 せっかく馴染んだチウの活躍に水を差すまでもないからと、わざわざ話すまでもないだろうとポップは言った。
 意地っ張りで素直じゃない――ポップのそんな優しさが、みんなは微笑ましく映る。

「ポップ君、いい加減に機嫌を直してお茶しない? 昨日は一番貧乏くじを引いた分、今日は代わりにお茶菓子を一番サービスしてあげるわよ〜?」

 笑いを含んだレオナの誘いに乗る前に、ポップはちょっと考え込む。

(一番……ねえ。それって、おれじゃないんだけど)

 ポップもポップでかなりひどい目にあったものだが、思えば昨日の大騒動、一番割を食ったのは彼じゃなくて偽勇者のご一行だろう。

 小船で沖へ逃げていったのを見たっきり、消息が途絶えたが――あの後、あの連中がどうなったのか、さすがに気にはなる。

 だがまあ……逃げ足だけは早い連中だし、意外としぶといし、あれぐらいで参るとも思えない。きっと、どこかで元気でやっているだろう。
 ポップはそう思うことにした――。
                                    END


《後書き》
 原作のタイムスケジュールでは有り得ない『もしも』な出会い話。いやー、たまにはこーゆー軽いノリのドタバタ話をかくのも楽しいのなんの♪ 偽勇者ご一行やチウ君、大好きっすよ(笑)
 

4に戻る
小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system