『勇者になりたいっ! 4』

  
 

「ぬっふっふ、ご褒美、ご褒美、ごっ褒美〜?」

 鼻歌交じりに、スキップでも踏みそうな勢いでデロリンは先頭を走っていた。続く僧侶も調子っ外れな歌を小声で歌っている。
 調子に乗っているのは、この二人だけじゃない。

 朴訥で不器用な戦士や、いつもはちょっと斜に構えたマゾッホでさえどことなく浮かれた様子だ。
 浮かれている彼らは、パプニカ城に近づくにつれ、兵士達が物々しく走り回っていることにさえ気づかない。

「変だな……なんか、あったのかな?」

 ポップはさすがに不審げに首を捻るが、まさかその原因が自分自身にあるだなんて思いもしなかった。

「あっ?! はっ、発見しましたっ!!」

 だからこそ兵士が緊張した声を張りあげた時も、それが自分に対しての言葉だとは気づかなかった。

 その声をきっかけに、数名の兵士達が寄り集まってきて槍を身構えるのを見るまで、自分に関連づけて考えもしない。ポップでさえそうだったのだから、偽勇者達の認識はもっと甘かった。

「観念しろ、悪党共めっ!!」

 取り囲まれて、そう怒鳴られてからやっと、デロリンは兵士達が自分らを取り巻いているのを自覚する。

「え……? えーと、なにかのお間違いでは?」

 目をパチクリとさせるデロリンが、とりあえず揉み手しながら挨拶しようとするが、兵士達の緊張は薄れるどころか強まる一方だ。

「動くな! 今すぐ、ポップさんを開放するんだ…そうすれば、罪はまだ軽くて済むぞ!」


「つ、罪っ?! オレ達が何したってんだよっ?!」

 すっとんきょうな声をあげたのがポップを背負った戦士だっただけに、兵士達の雰囲気はさらに険しいものになる。

「とぼける気か、この誘拐犯め……! 人質から手を離せっ」

「ゆ…うかい…………っ?!」

 この場に至って、ポップやデロリン達はやっと事態を飲み込めた。いささか遅すぎるきらいもあるが。

「あ…っ、いや、そのっっ…、あの、誤解、多分、それっ?!」

 しどろもどろに説明しようとするその態度が、デロリン達をより怪しい人物へと見せてしまう。
 兵士に詰問されるなど珍しくもない小悪党とは言え、こんな重罪で問い詰められた経験など皆無だ。

 重圧に押されて喉がかすれ、言葉すらろくすっぽ出てはくれない。
 青ざめて震えるだけのデロリン達に比べれば、ポップの方が遥かに落ち着き払っていたし、状況もいち早く理解していた。

「下ろしてくれよ、おれが説明するから」

 戦士の背中にいるポップが、身をよじって開放を求める。

「あ、ああっ、今すぐ!」

 こうなっては頼れるのは、彼らの無実を証明してくれるポップだけしかいない。焦る余り、戦士は身を屈めるのも忘れて、いきなり手を離してしまった。

 この不意打ちも、ポップが元気な状態だったらなんの問題も無かっただろう。
 が、足を挫いていたポップは、乱暴に地面に落とされた衝撃につい悲鳴をあげてうずくまる。

「貴様らっ、ポップさんに何をするっ?!」

「人質に危害を加えるとは、なんたる卑劣な!」

 途端に兵士達が殺気立ち、槍を一斉に偽勇者一行に突きつけてきた。弱い怪物と戦うのでさえいっぱいいっぱいな彼らにとって、それは恐怖の限界を超えたプレッシャーとなる。


「うぁああっ?!」

 咄嗟にポップを肩に担ぎあげ、偽勇者一行はそれだけは自慢な足にまかせて一気に走り出す。

「な、なんで逃げるんだよっ、おまえらっ?!」

 ポップの質問に答える余裕など、彼らにはない。
 なんでと言われても、ほとんど習性である。

 役人にきつい口調で声をかけられると、反射的に逃げ出すのは、すでに偽勇者一行の脊髄反射に組み込まれているのだから。

「止まれよ、戻れったら! ちゃんと説明してやるから、戻れっつーのっ!」

 ポップが騒ぐが、誰一人として足を緩める気配も見せなかった。理屈など、耳にも入らない。本能的恐怖心から、彼らは必死こいて走り続けずにはいられない。

「こらっ、下ろせっ!! つーか、せめておぶえっ、この姿勢だと苦しいんだよっ」

 戦士の肩に荷物のように担がれたポップはわめき立てるが、一度止まって担ぎ直す余裕などありはしない。
 騒ぐポップの口を押さえながら、小声で哀願するのがやっとだった。

「あああっ、騒がないでくれよっ、頼むっ、声を抑えて……っ!」

 頼むのに必死な戦士は、今の自分の姿がはたから見ればどう見えるかなんて想定外だった。
 特に、後ろからの追っ手の目なんぞは。

 兵士の目に映ったのは、嫌がる魔法使いの少年をさらっていった凶悪犯――当然のように追っ手の態度は悪化した。

「すぐに城に報告を! 犯人らは説得を振り切り、ポップさんを連れて逃走を続けている! 今すぐ緊急手配を!」

「繰り返す! 人質は非常に危険な状態だっ、犯人を刺激しないように各員は最大の配慮をせよ!」

 漏れ聞こえてくる兵士達の命令は、どう聞いても凶悪犯を追う者のそれだった。

「あぁあああっ、どうしてこんなことにっ?!」
 嘆きの叫びをあげつつ、偽勇者一行は逃げ場を求めて路地裏へと走り込んだ――。

 

 


「……………………終わったな……。勇者としてやり直すどころか…、オレ達はこのまま重罪犯人として掴まって殺されてしまうんだ。ふ…はは…は…」

「うぅ……み、みんな…っ、今までワガママばっかり言っててごめんね……! 今だから白状するけど、あのリンガイアの船旅の時にみんなのへそくりをこっそり使い込んだの、実はあたしだったのよ…!」

「今にして思えば……子供の頃、神父様がよく言ってたよなあ、ウソをつくとロクな大人になれませんよって。うぉっ、うおーんっ、ごめんなさい、神父様……っ、オレ、やっぱりダメだったよーっ」

 全く噛み合っていないが、嘆きの深さは全く同じだった。狭い路地裏で、肩を寄せあって嘆きあう偽勇者一行の傍らでは、ふて腐れきった表情のポップがやはり一人でブツブツ言っている。

「…ったく、あそこで下手に逃げたりするから、騒ぎが大きくなっちまったんだ。ちゃんと話せば、分かるのによー」

「そ、そんなこと言ったって、怖かったんだから仕方がないだろっ?! ううっ、どうしよう、もう逃げられないよぉ……っ、どこに逃げてもすぐ見つかりそうだし…」

 子供そこのけの情けない言い訳を臆面もなくデロリンは、恥も外聞もなく涙をボロボロとこぼしている。
 もはやどうしようもないほど追い詰められている偽勇者一行プラス1――が、その中で唯一冷静さを取り戻した者がいた。

「しかし……追っ手に見つかったのは、そこの坊主のせいだと思うんじゃが」

 マゾッホの言葉に、ポップも含めた一同は揃って注目した。

「へ?」

「考えてもみろ、ワシらがパプニカにきたのはついさっきじゃぞ? さっきの港での襲撃の時も煙幕を張ったから、顔が割れたとも思えまい。目立ったのは、そこの坊主の方じゃろう?」

 勇者一行の一員として常にダイと行動しているポップは、パプニカ王国ではそれなりの有名人だ。そんな人物と一緒にいれば、目立たない方がおかしい。

「現に、あの兵士達は坊主を連れていたから、ワシらを発見したわけだし」

「そ…、そうだな、言われてみれば……!」

 沈み込んでいたデロリン達の顔に、パッと明るみが差す。

「じゃあっ、オレ達だけで逃げればなんの問題もないわけだっ、そ、そうだよな、オレ達なんも悪いことしてないんだしっ!」

「凄いわ、マゾッホ、さすがよ! 伊達に年くってないわねっ」

 欠点は数あれど、切替えの早いのはこの偽勇者一行の紛れもない長所だ。涙など一瞬で乾いて笑顔を取り戻し、彼らは今までは唯一の命綱とばかりにすがりついていたポップから、そそくさと離れる。

「じゃ、元気でなっ、怪物小僧によろしく!」

 挨拶もそこそこに、彼らはそれこそ逃げ出す勢いで走りだそうとした。――が、その足元に火炎呪文が炸裂する。

「ひゃあっ?!」

 思わず悲鳴をあげて飛び退いたデロリンを、ぐいっと引き戻したのはポップだった。

「待ちやがれっ! おまえらはそれでいーかもしれないが、おれは一体どうすりゃいいんだよっ?!」

 怒りまくっている魔法使いの少年を前にして、偽勇者達はたじろがずにはいられない。なんといっても、この少年はアバンの使徒……本物の勇者の弟子なのだ。
 本気で怒らせれば、偽勇者一行を全滅させるなど朝飯前だろう。

 本能的にそれを察知したからこそ、デロリンはポップの機嫌を取るがごとく、ヘラヘラと申し入れる。

「え、えっとぉ……、か、帰った方がいいんじゃないかな〜、と思うんだけど。あ、ほら、あの怪物小僧も心配してるだろうし、お城の皆さんも君を探してるんだからさ」

 が、この懐柔策はポップをより怒らせただけだった。

「こんな大騒ぎにしといて、どの面下げてノコノコ帰れるんだよっ?! ふざけんなよ、責任取れよっ!! 元はといえば、おまえらのせいなんだからなっ」

「は、離してくれっ、助けてっ!! いやぁーっ、やめてっ、離してぇええっ」

 兵士達の予測とは全く逆方向でもめまくっている一同は、周囲に対する警戒も忘れていた。ゆえに、彼らがその気配に気づいたのは、声をかけられてからだった。

「見つけたぞ……!」

 太い声が、路地に響き渡った。
 日に差し込まれて届く影が、異様に大きい。
 路地の出口を塞ぐように立っているのは、見上げるような巨体のリザードマン。見るからに猛々しい怪物の姿を見て、偽勇者一行は震えあがった。

「あ…っ、ああっ、あんたは……っ」

 少し前までロモスを拠点にしていた偽勇者一行は、国を襲った魔王軍軍団長の姿を一度ならず目撃した。
 全ての獣系怪物を率いる、百獣の王。

 獣王と呼ばれる、魔王軍軍団長クロコダイン。巨大な斧を手にした異形の戦士を目の当たりにして、偽勇者一行は震えあがらずにはいられない。

「ひ、ひぃいっ……お助け…っ」

 今まで振りほどこうとしていたポップにしがみついたのは、恐怖のあまり何かにすがらずにはいられなかっただけだ。
 が、ポップが誘拐された知らせを聞いたクロコダインの目には、それは全く違う意味を持って映った。

「その手を離せ……!」

 ズシッと重い音を立てて、太い足が一歩前に踏み出される。
 その途端、偽勇者一行は悲鳴をあげて、一斉に駆け出していた。

「わっ、わわっ?! いたっ、痛いって、とまれっ」

 引きずられたポップも、一緒に逃げる羽目になる。足の痛みにうめきながらも、ポップはデロリン達を引き止めようと必死に声をかけた。

「おっさんは仲間なんだよっ、話せば分かるんだって!」

「そんなの信じられるかぁあっ?! おまえら、あいつと戦ってただろうがっ」

「前は戦ったけど、今は敵じゃねえ! おっさんは改心したんだっつーの! 今じゃ、仲間なんだ!」

 ポップの説明は掛け値なしの真実なのだが、ロモスを襲ったクロコダインの恐怖を目の当たりにした経験のある人間は、はいそうですかと頷けるわけもない。

「おまえもしょせんあの怪物小僧の仲間だなっ、なんだって怪物ばっかり仲間にしてるんだよっ?!」

 やり取りの間も、デロリン達は足を緩めない。クロコダインは後ろから追ってはきているものの、なぜか彼はゆっくりと歩いてくるから追いつかれはしない。
 が、路地の反対側の端から、もう一人の戦士が現れた。

 今度は人間だ。
 が、彼が放っている気迫はクロコダインと比べてもなんの遜色もない。
 偽勇者一行は知る由もなかったが、立場的には彼はクロコダインと大差がない。

 人間の身でありながら魔王軍軍団長に選ばれ、パプニカ王国を壊滅寸前まで追い込んだ魔剣戦士ヒュンケル。

 そこらの怪物の比ではない、見るからに剣呑な雰囲気を漂わせた戦士を前にして、偽勇者一行はすくみあがった。

「ポップを返してもらおうか……!」

 前を塞ぐ、この殺気立った戦士に、後ろからジリジリと歩を進めてくる怪物――。
 どっちにしても逃げ場のないこの状況に、デロリンはガタガタ震えながらも、それでも前にいる人間の方がまだマシかもしれないとの希望的観測にすがる。

「ま、ま、待って…、待ってくれっ、話せばわかる……、なっ、な?」

 怯えつつも話し合いを申し込み、デロリン達はすがりつく心境でポップに説明を任せようとした。
 ずっと引きずってきたポップを前に押しだし、彼を開放して敵意がないと証明しようとした。

 ……が、惜しむらくは、捻挫した足のまま無理に引きずられて走らされたせいで、ポップはとても説明どころじゃなかった。
 さっき走っている時に無駄に喋っていたせいで、すっかりと息も切れていたし、悪化した足の痛みに呻いている。

「…………」

 ヒュンケルの目に、隠しようのない殺気がたぎる。
 問答無用とばかりに、彼はそれ以上言葉もかけずに槍を身構える。目にも止まらぬ速度で、それが自分目がけて飛んでくるのをデロリンは見た。

「……ひぃいい……っ!!」

 避けるのも、受けるのも不可能な必殺の一撃。
 が、槍がデロリンに当たる直前、彼らの姿は光の軌跡となって上空へと飛んだ。

「……!! 逃がしたのか?」

 意外そうに聞いたのは、クロコダインだった。
 寸前で的を失い地面に深く突き刺さった槍を、ヒュンケルは無造作に引き抜きながら返答した。

「ああ。……逃げられたな」
 

                                                    《続く》

 

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