『レストア 9』

 

「……と、報告は以上です」

「分かったわ、ありがとう。もう下がっていいわよ、マリン」

 緊急の報告書を手にパプニカ王女の寝所に訪れたマリンに、レオナはいたって鷹揚にそう返答した。
 だが、マリンは即座に立ち去らなかった。やや心配そうに、問い掛ける。

「姫様、まだおやすみになられないのですか? 明日は戦後初の世界会議が開かれますし、もう休まれた方がよろしいのでは?」

 すでに、夜も更けている。
 本来ならば、今の時間は多忙極まる王女の執務から解き放たれ、レオナがプライベートに過ごせる時間帯だ。夜着に着替え、横たわっていてもおかしくない時間でもある。

 だが、レオナはまだ着替えもせず、自室にある簡易机に向かって書類を広げているところだった。

「もうすぐ、休むわよ。この書類を、ちょっと見終わったら寝るわ」

「そうですか……。では、あまりご無理はなさらないでくださいね」

 そう挨拶を残し、マリンは去っていく。
 腹心の部下がいなくなった後も、レオナは束となって置かれた書類から目を離さない。 空には、三日月が浮いている。

 欠けているのに、明るい月夜だった。
 窓際にあるレオナの簡易机は月明りの明るさだけで十分すぎるほど満たされ、明りがいらないくらいだ。

(……これは、ちょっとすごいわよね)

 今、レオナが見ているのは、ポップがまとめたダイ捜索用資料だ。
 レオナにしてみれば、その作業はポップに対するお仕置のつもりで、押しつけたまでの作業だった。

 だが、予想に反して――というべきか、予想以上というべきか。
 ポップのまとめ方や捜索範囲指定は実に適格で、しかも効果的なものだった。

 慣れていないせいで書類としての形式はやや型破りではあるが、少しコツを飲み込めばポップは間違いなく管理者としての才能も発揮するだろう。

 視点の広さや客観的な思考は、幼い頃からみっちりと帝王学を学んできたレオナにも匹敵する。
 とても、庶民出身の少年とは思えないほどだ。

 信じられないと思う反面、納得できるのはポップに教えを授けた師の存在があるせいだろう。
 アバンの教育は野放図に甘やかしているようで、弟子達の長所を最大限伸ばす方向に活かされている。

 優れた頭脳を持つポップに対して、おそらくアバンは魔法だけではなく多岐にわたる学問を教えたに違いない。
 加えて、ポップは順応力が極めて高い上に学習能力が高い。

 もう一人の師、マトリフのように宮廷魔道士として政務に関わるには充分すぎるほどの頭脳を持っていると言える。
 ポップなら、どこの城に勤めても立派に通用するだろう。

 だが、本人は自覚がないのか、全くその気はなさそうだが。
 各国からの捜索の知らせも一段落つき、ロン・ベルクがダイの生存を保証した後――勇者一行はそれぞれの道を選び出した。

 マァムやアバンのように故郷に帰る者もいれば、怪物の楽園であるデルムリン島に行きたいと望んだ者もいる。
 みんなが次々と旅立ったり、帰り支度を始める中、ポップの予定だけが空白のままだった。

「……?」

 不意に、見つめていた書類に影が差す。
 顔を上げると――窓の向こう側に、人影が見えた。
 三日月を背に、宙に浮かんでいる少年の姿。

 ここは城の上層部にある部屋だけに、それは本来ならば有り得ない光景だろう。だが、今、窓の外にいる少年に限っては不可能ではない。
 なぜなら、彼は魔法使いなのだから。

「ポップ君……」

 窓の外にいるのは、ポップだった。
 部屋の中を覗きこんでひらひらと手を振っているポップを見て、レオナは驚きながらも窓を開けた。

「どうしたの、ポップ君。こんな時間に?」

「へへっ、邪魔しちゃったかな?」

 笑いながら、ポップは窓枠にちょこんと腰を掛ける。

「夜に女の子の部屋に来るのはちょっと非常識かなって思ったんだけど、姫さんも忙しいからこんな時間しかなくってさ」

「それは別にいいけど……何か、話でもあるの?」

「いいや、別にないよ。おれは、聞きたいことはないんだ」

 ゆっくりとそう言ってから、ポップは意味ありげに軽くウインクをする。

「でも――姫さんは、言いたいことがあるんじゃないかって思ってね」

「…………」

 その質問に、レオナは沈黙する。
 それは、言いたいことがないからではない。
 溢れ出しそうな気持ちが、かえって重い蓋となって言葉を堰き止めてしまうせいだ。
 結果、憂い顔のまま沈黙する姫に、ポップは明るく話題を切り替えた。

「そういや、この服、ありがとうな。すっごく着心地いいぜ」

 ポップが着ているのは、緑色の旅人の服だ。
 以前、ポップが着ていた物と全く同じデザインだが、似せたのは見掛けだけで内実は全く違う。

 以前の旅人の服はロモス王が国を救ってくれた感謝の証しとして贈ったもので、名誉ではあるものの、品質的には通常の旅人の服と変わりはなかった。
 だが、現在ポップが着ている服は、パプニカ製の極上の布で作った物だ。

 法術を織り込んだパプニカ産の布地は、軽くとも鉄の鎧並の強度を持ち、防御力に長けている。
 しかも魔法使い用とあって、魔法に対してもある程度の耐性を持たせてある特製の一品だ。

 パプニカに戻ってすぐ、ポップがまだ床から離れられない状態の時から制作を命じた品だが、出来上がるまでにほぼ一ヶ月近くかかったことからもその手間のかかりようが伺える。

「これはもう、是非お礼をしなきゃと思ってさ。姫さん、今、時間ある?」

 戸惑う王女の目の前に、ポップは自分の手を差し延べた。

「月夜の散歩、なんてどうかな? いい気晴らしになるぜ」

 

 


「わぁ……っ!!」

 いつもは大人びて見えるレオナの顔に、年相応の少女の笑顔が浮かぶ。
 それも、無理はあるまい。
 空から見下ろす光景なんてものは、普通の人にはめったに見れる光景ではない。

「すごい、すごい……まるで、鳥みたい!」

 風を切って、空を飛ぶ。
 それは最初は少しばかり怖かったものの、やってみると想像以上に爽快だった。

 レオナ自身は魔法使いの少年の手を握っているだけで何もしていないのだが、ポップが上手くコントロールしてくれているので、まるで自分の意思で飛んでいるように思える。


 パプニカ王国は気球船が有名であり、レオナも空から地上を見下ろした経験は何度もある。だが、こんな風に身体一つで空を飛ぶ経験はさすがになかった。
 空から見下ろすパプニカの光景を楽しみながら、レオナは夢見心地に呟く。

「素敵ね。まるで夢を見ているみたい」

「まだまだ。散歩の楽しさは、これからだよ」

 そう言ったからと思うと、ポップはレオナの手を繋いだまま瞬間移動呪文を唱えた。

「きゃっ?!」

 一瞬で揺れ動く感覚にレオナは一瞬焦ったものの、次の瞬間には彼女はポップと共に、柔らかい砂地にいた。
 ポップにしてはずいぶん頑張った着地で、ほとんど衝撃もない。

「ここは……」

 辺りを見回し、レオナは一瞬で切り替わった風景に驚く。
 甘く、強い薫りの漂う、暖かい大気。
 南方特有の植物が生い茂る海辺を見て、レオナはすぐに気付いた。

「ここ……もしかして、デルムリン島?」

「ご名答。よく分かったな」

「そりゃ、分かるに決まっているわ。あたしにとって、デルムリン島は特別だもの」

 王女としての生活は、実は決まりきった儀式を繰り返す退屈な代物だ。
 勝手に一人で遊びに行くことも許されず、同じ年の遊び相手も存在しない王女としての日々。

 そんなレオナにとって、デルムリン島への旅行はほとんど初めての自由な旅だった。
 それだけに自由闊達なダイとの出会いは、レオナにとっては大きな意味を持っている。


「この花……懐かしいわ、これ、ダイ君が摘んでくれた花……」

 夜目にも鮮やかな、顔の大きさほどもある大きな花を手にしたレオナだが、その表情は見る見るうちに沈み込む。
 さっきまでのはしゃぎぶりとは対照的なその沈み様を、ポップは静かに見守っていた。


「さて、ほかに望みはありますか、お姫さま?」

「……望みなんかないわ」

 顔を近付けて花の香りを吸い込み、レオナは目を閉じる。目も眩むような甘い香りに、息が詰まりそうだ。
 目元に涙が滲むのも、……そう、きっと強烈な花の香りのせいだろう。

「望んだりしたら、罰があたるわよ。だって、世界は救われた……。だって、ダイ君は生きているんだもの。それだけで充分よ」

 花びら越しに聞こえる声は、かすかにくぐもって聞こえる。それが決して花びらのせいだけではないと知っていながら、ポップははっきりと言った。

「ああ、ダイは生きている。――けど、おれはそれだけじゃ不満だ」

 そう言うと、ポップはレオナの肩に手を掛け、再び瞬間移動呪文を唱えた――。

 

 


「ここは……」

 王女の手から、はらはらと花びらが散って落ちる。瞬間移動呪文で散った花は、湖の上にその花弁を落とした。

 激しい戦火の傷跡も生々しい、壊れた遺跡。
 人里離れた湖はどこまでも澄んでおり、水面は月を反射して輝いていた。
 この場所も、レオナにとっては見覚えのある場所だった。

 戦いの合間、王女としての立場を離れ、ダイやポップと一緒に旅をした地。
 ダイが初めて自分の出生を知り、父親と宿命的な再会を果たした地。

 テラン王国の外れにある、竜の騎士の遺跡だった。
 思い出のせいで辺りを見回すレオナ同様に、ポップもまた、懐かしそうに回りを見る。


「……思い出すよ、ちょうど一ヶ月前の夜にも、ここに来たんだ」

「一ヶ月前……」

 レオナもまた、思いだす。
 まだ、大魔王との戦いの前だった。
 一度はバーンに挑んだのに惨敗したダイはひどく苦悩し、一人、逃げ出してしまったことがある。

 大騒ぎして皆で勇者を捜していた際、ポップまでいなくなって騒ぎは大きくなる一方だった。
 その時はさんざん心配したがポップはその日の夜遅くに、ダイも翌日の夜明けには戻ってきた。

 後で、前の晩にどこに言っていたのかと聞いてみたものの、二人とも照れくさそうに笑うばかりで教えてくれなかった。

「ダイは、ちょうどあそこにいた。あの、砕けた柱の所だ」

 ポップが指差した場所に、レオナは近付いていく。
 砕けた破片が、その辺に散らばっていた。

「そう、ちょうど、そこだよ。そこで、……ダイは、泣いていたんだ」

 前に、逃げ出したダイがいた場所。
 今は誰もいない場所。
 その場所に立ったレオナに、たとえようもなく優しい一言がかけられる。

「だから、ここでなら我慢なんかしなくったっていいんだぜ、姫さん」

 

 

「……っ…っ……!」

 抑えようとしても抑えきれない衝撃が、レオナを震わせる。
 今にも涙が溢れ出しそうなのにそれは紙一枚で押さえられたのかのように、ぎりぎりで押しとどめられていた。

 結果、声もなく立ちすくむレオナに、ポップの語りかける。その口調はどこまでも優しく、心地よく耳に響いた。

「ダイは……他人からかけられた期待で、いっぱいいっぱいで…辛かったんだろう。だからあいつはここで、ちょっと泣いて、弱味を吐き出した。ここなら誰もいないし、一人になれるから」

 この地はテランの民にとっては聖域であり、みだりに近付いていい場所ではない。
 そして、古代からの聖域であるがゆえ、魔物や怪物も近寄らない場所だ。

「さて――おれは邪魔だろうから、少し、席を外すよ」

 後で迎えにくるからと言い置いてどこかに行こうとしたポップを、レオナは引き止めた。


「待って……っ! ポップ君は……ポップ君は、どうなの……?」

 声が震えてしまうのは、どうしようもない。すでに、言葉は涙声になってしまっている。


「ポップ君は……ポップ君の方が、よほど我慢をしているんじゃ…?」

 昏睡から目覚めて以来、ポップは、ずっと一貫して明るい態度を取っている。
 そのおかげで城の雰囲気が一変したのだからいくら感謝してもしきれないが、彼が無理をしているのではないかとレオナはずっと気にしていた。

 そう思うのは、レオナ自身が無理を重ねていたせいかもしれない。
 息を飲んで答えを待つレオナに、ポップは背中を向けたままゆっくりと答えた。

「そうだな……おれは、我慢なんか、できない」

「……ポップ君……」

「ダイが生きてどっかにいるってだけじゃ、我慢なんかできないぜ。あいつとは旅の最初からずっと一緒だったんだ……、この先だってそうしたい。せっかく皆で勝ち取った平和なら――あいつもここで、一緒に味わうのが筋じゃないか」

 背中からは、彼の表情は伺い知れない。
 だが、はっきりとした口調には少しの迷いもない。興奮してわめき立てるのではなく、静かな語り口は、それがよくよく考え抜いた上での結論である証明だった。

「我慢できないよ。

 おれは、ダイと一緒に遊んだり、笑ったり……そんな風に平和を楽しみたいって、思ってる。それなのに生きてるだけで満足しろだなんて、あんまりだぜ」

 その言葉が、レオナの中の最後の堰を切った。

「…っ……」

「ひ、姫さんっ?」

 突然、自分の背中にしがみついてきたレオナにポップは焦った声を上げるが、彼女は構わずにその背に顔を埋める。

「……ダイ君に、今の君の言葉を、聞かせてあげた……かった……」

 溢れ出す想いが、涙となって王女の頬をぬらす。
 ダイが行方不明になってからずっと、レオナはこうして泣きたかった。だが、王女という立場がそれを許さない。

 皆を勇気づけるためにも、弱音を吐けない立場にあった。
 勇者はもう見つからないだろうと、私情を殺して捜索を打ち切らなければならない。
 明日、レオナは公式に発表するのだ。

 世界会議の場で、勇者の捜索を中止して復興のための手を打つべき時期だと、明言する。それが、世界の指導者として名乗りを上げた者の責任なのだから。

 誰よりも大切な少年を捜す代わりに、戦火に荒れた自国を立て直す義務がレオナにはある。
 国と言う重圧を背負った王女には、一人の少女として嘆く場所などありはしない。

 だが、今は違う。
 目の前にいる魔法使いが、魔法以上の魔法をかけてくれた。堅く強張った心を溶かし、一人の少女に戻る時間を与えてくれた。

「…ダイ君……っ、ダイ君に…会いたい……っ…」

 泣きじゃくる少女に、魔法使いは黙ったまま背中を貸してくれた――。

 

 


 空が夜明け特有の白々とした色合いを浮かべる頃、月は色を失いつつ合った。
 夜明けは、近い。

 それが分かっていても、レオナは腰をあげようとしなかった。
 石作りの遺跡に腰を掛け、足を湖の水の上で遊ばせている。

「姫さん、そろそろ帰った方がよくないか? 今日、世界会議があるんだろ?」

 少し離れた所で湖に石を投げ込みながら、ポップはいかにも気掛かりそうに空を何度も見上げているが、レオナは首を左右に振った。

「まだ、月は出ているわ。もう少し……もう少しだけ、ここにいたいの」


 王女が気が済むまで黙って背を貸してくれた魔法使いは、このわがままにも異は唱えなかった。
 ただ、溜め息を一つついて、石を強くほうっただけだ。

 平たい石は水を切って二、三度度水面を飛び跳ね、沈んでいく。
 それを見ながら、ポップはいきなり話題を変えた。

「なあ、姫さん。吟遊詩人とかが語っている勇者談って聞いたことあるかい?」

 唐突な質問ではあるが、レオナは即座に頷いた。

「ええ」

 竜の騎士の末裔である、勇者ダイ。
 彼は大魔王バーンを倒すと同時に、地上を去った。
 ゆえに、吟遊詩人はこう語る。

 闘神の子は、人間を愛し、人間と共に地上で暮らした。そして地上を守るために、魔王と倒し、そのまま誰の手も届かない天高くへと駆け昇ってしまった、と……。

 その伝説は、ある意味で正しい。
 ダイは最後の時、黒の核晶と呼ばれる爆弾を抱いて天高くへと飛び上がった。
 だが、伝説では伝えられていない事実がある。

 爆破寸前の爆弾を抱いて飛んだのは、ダイ一人ではない。
 ポップも一緒だった。
 飛翔呪文を使えるのは、勇者一行ではこの二人しかいなかった。

 そして、より呪文が得意なのはポップの方だ。二人がかりで全速で飛ばなければ、誘爆を防ぐ安全圏まで爆弾を運べなかった。
 だが、そのせいで爆弾を手放す時間はなくなった。

 自分達は犠牲になるが、他に道はなかった。その時、ポップは爆弾を少しでも遠くで爆発させるために、ダイと一緒に死ぬつもりだった。

「あのままだったら、おれも一緒に英雄伝説に名前が残ったかもしんないな。だけどさ、ダイの奴、最後におれを蹴飛ばしやがった」

 蹴られたのが不満とばかりに文句を言うポップに、レオナは少しだけ苦笑する。
 だが、あの時の状況は笑い事ではなかった。それに、悪気でした行為ではなかったはずだ。

 ただの人間であるポップと違い、ダイには打つ手があった。
 黒の核晶は、魔界の奥地にある黒晶石という魔力を無尽蔵に吸収する石を原材料にして作り出す、凄まじい破壊力を秘めた爆弾だ。

 うかつに魔法をしかけると誘爆するという厄介な爆弾だが、竜の騎士だけがもつ竜闘気を使えば、封じ込められる。

 ただし、それは命懸けの作業になる。
 実際にダイの父バランは、黒の核晶の爆発からダイを守るために、全生命力を使って命を落とした。

 それと同じ事を、ダイもした。
 ぎりぎりでポップを地上へと蹴り落とし、自分は黒の核晶の爆発を半減以下まで押さえ込んだ。直接見たわけではないが、確信できる。
 爆破の一番近くにいたはずのポップが、無事だったのがそのなによりも証拠だ。

「……ダイ君は、ポップ君を助けたかったのよ」

 レオナの声が、少し震える。
 あれだけ泣いたのに、まだ目元に熱いものが滲むのが自分でも不思議だった。

 あの時――。
 爆弾を抱えて飛んでいったダイとポップを見送った時の不安は、忘れられない。
 魔王を倒したと全員が喜んだ瞬間をついた、卑劣な罠。

 だが、その驚きが消える間もなく、ダイとポップは飛び出していってしまった。
 その直後に見た、目も眩むような閃光――二人は助かるまいと、ほぼ全員が絶望したものだった。

「ダイ君は……地上が一番好きだと言ったわ。人間が、地上に住むすべての生き物が好きだって。自分が戻れないなら、せめて君だけでも地上に返したかったんだわ」

 ダイを失って一度はどん底に突き落とされた勇者一行が、ポップの生還にどれほど力づけられたか。

「そりゃあ、おれは英雄になって天に昇るなんてより、地上でせせこましく生きている方が似合うもんな」

 一人、納得したように頷いてるポップに、レオナは思わずくすりと笑う。

(……ポップ君、相変わらず自分のことになると、鈍いのね)

 自分の価値を全く自覚していない魔法使いに、レオナは問いかける。

「……ポップ君は、これからどうするの?」

「ダイを捜すに、決まっているだろ」

 ごく当たり前のように、ポップは言い返す。

「いくら国が捜索を打ち切るって言っても、個人的にダイを捜すのが禁止されたわけじゃないんだし」

「そう……」

 正直、その選択が、最良だとはレオナには思えない。
 勇者一行の中で唯一家族が健在である彼は、故郷で待っている人もいる。
 魔王軍の猛攻で傷つけられた世界の復興のために、最高級の魔法使いの手助けは国を治める立場からすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。

 だが、レオナはポップにその道を強制する気はなかった。
 思えば……戦いの後、勇者一行の全員は修復不可能かと思うほどに傷ついた。

 それを立ち直らせ、それぞれの道を考え直すゆとりを与えてくれたのは、紛れもなくポップだった。

 そのポップがこだわりたいと言うのなら、邪魔をせず本人の気が済むまで見守ってあげたいと思う。ちょうどポップがレオナに対して、そうしてくれたように。

「……そろそろ、帰りましょうか」

 空がついに赤みを帯びてきたのを見て、レオナは気持ちに区切りをつける。
 魔法使いのくれた、月夜の魔法もそろそろ終わる時間だ。
 この地上に生きる者は、地に足をつけて生きていかなければいかない。

 ……おそらくは、天に姿を消した勇者もそう望んでいるだろうから。
 名残を惜しみつつ、レオナは自分の力だけで立ち上がった――。
                                     END

 


《後書き》
 長い話をご愛読ありがとうございました! この後、ポップがダイを捜す魔界編、もしくは天界編へと繋がる予定です。実は地下に置いてある『ラヴァーズ・ビー』シリーズも、この流れから続いとります(笑)
 アドベンチャーゲームのように、分岐次第で良い未来にも悪い未来にもなるストーリーを考えて書くのが好きなものでして。もう少し話が増えたら、分岐ポイントや軽い年表でも作る予定です! …多分(笑)

 

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